第2話 「彼こそまさに正義の使徒だ」by一課



「白木ィイイッ! 貴様はまたあんな滅茶苦茶な逮捕を行ったのかーッ!?」


 警察署に戻った俺は、また犯人を跳ねちゃった件で上司の高田課長に怒られていた。

 禿げあがった頭をテラテラと光らせながら怒鳴る課長。そんな彼に周囲の者たちは陰口を叩く。


「うわぁ、高田課長また白木さんにキレてるよ。まぁしょうがないっちゃしょうがないけど……」

「でも犯人は女子高生を何人も殺してきたクソ野郎だぜ? 半殺しくらい当然だろ」

「そうそう。白木警部が活躍するようになってから、都内の犯罪率も激減してるしな。高田課長も認めてやれっての……」


 ぶつぶつと呟く同僚たち。

 喜べばいいのか呆れればいいのかわからないが、凶悪犯を追う『一課』に勤めているだけあって、みんな犯罪者には超厳しい。

 俺の暴力的な逮捕劇を、彼らは『正義感の表れ』として認めてしまっていた。


 っていやいや駄目だろ! 暴力で暴力魔を鎮めてたら暴力魔しか残らねーよ!

 しかも俺の場合はほとんど事故や偶然で相手を半殺しにしちゃってるからな。これもう最悪だろ……。


 はぁ~、ゆえに高田課長は俺の癒しだ。

 今この瞬間も眼鏡を曇らせながら唾を飛ばす彼に敬意を表する。


「おい白木ィッ、聞いているのか!?」


「ハッ、もちろんです。自分が人として間違ったことをしているのは重々承知しております。……自分は所詮、誰かを傷付けることしか出来ない劣等です」


「ってそこまで卑下しなくてもいいわッ!? 不本意ながら貴様の影響で犯罪率が減っているのも事実だし……ってえぇい! とにかくもう少し穏便に犯人を捕まえろッ!」


「ハッ!」


 力強く応えて席に戻る。

 はぁ、今日のお説教も最高だった。できればもっと叱ってほしいくらいだ。


 だってアレだよ、人を跳ねたのに誰にも怒られなかったら頭おかしくなっちゃうでしょ普通?

 なぜか知らないけど俺辞めさせられるどころかどんどん出世しちゃうし、お偉いさんは何を考えてるんだマジで。

 ネットとかでもなんか俺評判いいらしいし。


 だからこそ、俺のことをちゃんと叱ってくれる高田課長はとても貴重な存在だ。

 みんなからは堅物だのなんだのと毛嫌いされているが、自分は彼のことを心から尊敬している。


 それに髪の毛のことで困っている同志でもあるしなー。

 彼は少なさについて悩んでいるようだが、俺は白髪の数について悩んでいた。

 机の隅に置いてある鏡を見ると、もう真っ白のおじいちゃん状態だ。


「……はぁ、もう黒い毛なんて残ってないじゃないか……」


 髪を掻きながら小さく呟く。

 

 若白髪というやつだろうか。小さい時から俺はちょこちょこ白髪が生える体質で、それで村の悪ガキたちからよくいじられていた。

 そのストレスでさらに白髪が増え、またそれをいじられて白髪が増え、ついに大人になる頃には真っ白になってしまっていたのだった。

 

「最悪の悪循環だな……こんなことになるんだったら、暴力を振るってでもイジりを止めるべきだった……」


 そんなどーでもいい後悔を呟いた時だ。

 なぜか一課の仲間たちが真剣な目でこちらを見てきた。


 って、なになになに!? なんか怖いんですけどー!?



 ◆ ◇ ◆



 ――いま最も警察官の間で注目されている男。それは白木警部に他ならないだろう。

 ノンキャリアで交番勤めになって以降、数多くの指名手配犯を捕まえてきた人物だ。

 そのミステリアスな白づくめの風貌はもちろん、どんな手を使ってでも悪党を捕縛する苛烈さから、一般人の間でも話題に上がり続けている男である。


 まさに正義感の塊だ。

 いつしか若者を中心として、彼のことを『純白の執行者』と呼ぶようになったのも頷ける。


 だがしかし、一課の者たちは知っていた。

 その正義感ゆえに、彼が自身の人間性に悩みを持っていることを。


「――見ろよ、白木さんまた頭に片手を当ててるぞ」


「あぁ、きっと悩んでるんだろうな……本当にこんなやり方でいいのかと」


 白木のことを遠目に見つめる一課の者たち。

 そう、彼は決して悪党の命を軽んじているような人物ではない。

 そうでなければ、高田課長からの説教をあれほど真剣な姿勢で聞かないはずだ。


 彼はきっと理解しているのだろう……自分の在り方があまりにも苛烈すぎることに。

 だがそれでも、


「俺は白木警部のことを尊敬しているよ。暴力を抑止力とするのはよくないことかもしれないが、彼のおかげで犯罪者は減った」


「あぁ、むしろ最近は犯罪者に対しても『人権を守れ』だの言ってくる連中が多くなった。そのせいで弱った警察の権威を、あの人は取り戻してくれたんだ」


「彼に感謝している被害者遺族は本当に多い。もう少し自分を愛してくれてもいいのに……」


 敬意と悲哀の混ざった目で白木を見つめる同僚たち。

 これでもしも彼が人を傷付けて平気そうにしている人物だったら、ここまでの人望はなかっただろう。

 白木遠矢という男が自身の危険さを理解できてる『真の善人』だからこそ、一課の者たちは彼を敬っているのだ。



 ――なお、全ては勘違いである!



 たしかに白木は人を跳ねてしまったことなどを後悔しているが、その度合いは彼らが考えているよりかなり軽いものだった。

 頭を抱えているように見える今だって、ただ「白髪まみれだな~」とどうでもいいことを悩んでいるだけである。

 ついさっきまで説教を受けていたのに驚きの思考の切り替え力だ。


 そもそも彼の逮捕劇はほとんどが偶然である。

 もしも『真の善人』だったら、一人目を跳ねた時点で“すみません、たまたまヤっちゃったんです”とちゃんと告白していることだろう。

 そうせずにカッコつけて誤魔化しているあたり、もはやただのクズである。


 ――しかし一課の者たちは気付かない。

 彼らの目が尊敬で曇っていることや、白木のほうも無駄にミステリアスな雰囲気を放っていることもあり、こんな歪んだ勘違いを何年も続けていた。


 そして、



「最悪の悪循環…………暴力を振るってでも……止める……」


『ッ――!?』


 ……白木がポツリと呟いたどうでもいい発言の一部が聞こえてしまったことで、刑事たちはまたも勘違いを深めてしまう。

 ――“犯罪と憎しみが連鎖する最悪の悪循環を、暴力を振るってでも止める”といった感じに解釈してしまい、一課の者たちはさらに白木への敬意を強めたのだった……!



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