第3話 文芸部のインタビューと、四人目の重役の暴走

「はい、それでは今から、三年連続で我が鈴谷すずたに高校の野球部が夏の甲子園出場を決めたことを記念して、関係者にインタビューしていきたいと思います!」


 俺たちの前でマイクを持って喋っているのは、文芸部部長の吉永慎太郎よしながしんたろうだ。なぜ文芸部がインタビューをしているのか疑問に思うかもしれないが、鈴谷高校の文芸部は新聞部も兼ねているのである。この新聞というのが毎日朝に校門前で配られ、各教室の前に貼り出されるというすぐれもので、不用意にスキャンダルなどやろうものなら、この新聞にスクープされてしまうのである。幸い今日の一面は『一学期期末試験の成績速報! 三年は堀田が大差で首位! 平均点と赤点率も徹底検証!』とかいうどうでもいいネタだったが。


「では野球部部長の滝川さんに伺っていきます。まずは甲子園出場が決まった感想をお聞かせください」

「そうですね、メンバー全員が協力して力を発揮したからこそ、今回の県大会優勝、全国大会出場という結果を得られたのだと思います」


 俺は慎重に言葉を選ぶ。このインタビューはカメラを持った放送部に撮影されていて、そして放送部はこのインタビューを今夜Youtubeに投稿するつもりであるらしいこともあって、ますます迂闊なことを言うわけにはいかない。まったく、どうして生徒会副会長に加えて野球部部長まで引き受けてしまったのか……と俺は憂鬱になる。


「エースで四番の小野寺さんについては期待できると考えますか?」

「期待できるでしょう。彼の調子は今のところ良いと思います。彼の実力は飛び抜けていますが、私たちも小野寺君に負担をかけないよう、練習に励みたいと考えています」

「それは素晴らしいですね。どうでしょう、小野寺さんって、もうすでにプロ球団からスカウトが来たりしているんでしょうか?」


 吉永の質問はかなり危ないところを突いてくるが、俺は冷静に対応しなければならない。


「いや、そこは小野寺君のプライバシーにかかわることですので、ここでお答えするのは差し控えさせていただきたいです」


 吉永は少し残念そうな顔をしたようにも見えたが、すぐに普通の表情に戻って言葉を続けた。


「そうですか。それではここで、野球部の甲子園出場が鈴谷高校全体に与える影響について、生徒会の駒場こまばさんにもお話をいただきたいと思います」


 マイクが俺ではなく、俺の横に立っていた駒場の方へと向いた。駒場美波こまばみなみは生徒会のメンバーである。駒場はいわゆる生徒会三大重役ではない、入会届を出せば誰でも入れる生徒会の一員である。だが、駒場は各方面への調整力でずば抜けたものがあり、生徒会では三大重役に続いて力がある。人呼んで『四人目の重役』。今回は、副会長でありながら野球部部長として喋らなければならない俺の代わりに、生徒会の代表として喋ることになっている。


「ええ、今年の夏も野球部が甲子園に出られることは喜ばしいことであると思います。やはり甲子園大会の持つ社会的注目度は高く、野球部を応援することを通じて私たちの愛校心を高めることができると考えています」


 愛校心って何だよ。愛国心じゃないんだから。


「その通りですね。……あれ、小野寺さん、いいところに」


 吉永が俺たちの後ろに目線を向けたので慌ててそちらを見ると、小野寺がこちらに歩いてくるところだった。正直小野寺がインタビューを受けるのはやめてほしい。小野寺のインタビュー力は俺よりも回数が多いくせに壊滅的に低く、すでに3球団からスカウトが来ていることをさらっと言ってしまってもおかしくないのだ。俺は小野寺をどうあしらうか考えようとしたが、そのとき駒場が「あっ、我らがエースの登場ですよ!」と手を叩き、小野寺にさっと近づいていった。


「県大会の決勝、現地で見ましたよ。5回を無失点に抑えた上に、コールドゲームを決めるホームランもあって、大活躍でしたね。小野寺君なら、鈴谷高校を甲子園優勝に導いてくれると信じています!」


 駒場の流れるような賞賛に、小野寺も「いや、まあ……」とかボソボソ言いつつ、まんざらでもないようだ。これは小野寺の爆弾発言は抑えられたかもしれないーーと俺が思ったそのとき、さらなる爆弾発言が別の人物から飛び出したのである。


「どうでしょう、小野寺君の豪速球、私も体験してみたいんですけど」

「へ?」


 駒場の謎の発言に、小野寺は怪訝な顔をした。俺も駒場の意図が理解できない。だが、駒場は少し背の高い駒場を見上げるようにして、さらに言い募った。


「えーとつまり、小野寺君に挑戦してみたいというか……これでも私、一応テニス部部長で、全国級に強いんですよ。キャッチャーの滝川君もいることですし、ちょっと私をバッターボックスに立たせて、一球投げてみてほしいんです。小野寺君からホームランを打ったら、私の一生の名誉になりますから」

「はほ!?」


 小野寺はさらに訳がわからないという顔になっている。俺ももちろんわからない。駒場は確かにやや思考がぶっ飛んでいるところがあるのだが、それがまさかここで発現するとは思わなかった。


「うーん、肩自体はあったまっているんだけど……えーと、駒場さん、野球とかソフトボールの経験はないわけでしょ? それに間違えて体に当てたりなんかしたら危ないし……もちろん冗談のつもりなんだよね?」


 小野寺はやんわりと断ろうとしているが、肩が温まっているとか言った時点ですでに駒場に誘導されている気がする。


「小野寺君のコントロールなら大丈夫ですよ! 新聞と放送部の動画の見映えも考えないといけませんし!」


 駒場の暴走はそういうことだったのかと俺は勝手に納得しそうになったが、当の吉永文芸部部長と放送部の人は目をぱちくりさせている。当然想定外であるようだ。もちろん、駒場にバットを振らせるわけにはいかない。安全的な問題もあるし、何しろ今の駒場は制服とスカートなのである。俺がこの場をどう収めるか悩み始めたそのとき、事態を理解していない声が聞こえた。


「おーい、みんな、滝川君をちょっと借りてもいい?」


 見れば、校門のあたりから生徒会書記・堀田幸音が歩いてくるところだった。

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