第11話


「行くーーーーーー!」


「ダメーーーーーー!」


 俺が土御門さんのところに行く行くしていた、その時。


 

「――なっ、なんか先生の叫び声がしたんだけど……!」

 


 女の子が医務室に入ってきた。

 一体どうしたのか、妙に顔が赤らんでいる。風邪かな?


「って、あれ? 二人とも服着てる? あれれ……?」


「あぁ真緒マオくんっ、ちょうどよかったわ! この男の子が噂のシオンくんよ!」


 へ、俺ってば噂のシオンくんなんですか? 噂になってるんですか?

 ――おいおい九尾、どうするよ。俺ってば大人気みたいだぞ? なんでだ?


『絶対に良くない噂だと思うんだがなぁ……』


 九尾さんは俺の肩で微妙な顔をしていた。

 うむ、これは嫉妬だな。俺を独占したいんだよな、わかるよ。


「先に言っておくが、俺の一番は九尾なんだ。みんなの想いには応えられそうにない……!」


「ってキミはいきなり何を言ってるの!? ねぇ先生、この子ってば目が死んでるしなんだか――って先生どこ!?」


 気付けば、医務室の先生は消えていた。

 後に取り残されたのは、俺と九尾と謎の女の子のみ。


「たしか真緒くんさんと言ってたか。よろしくお願いします」


「あっ、はい、よろしくお願いしますー……!」


 丁寧に挨拶し合う俺たち。彼女はひくひくと微笑んでいた。

 うん――どうやら仲良くなれそうだなッ! よし!



 ◆ ◇ ◆



「――屋敷内には色んな部屋があってね。すごくおっきな図書館に、劇も出来そうな体育館に、それから何百人も一斉に食べれる広い食堂に。もうとにかくすごいんだよ!」


「ほほー」


 真緒くんさんに導かれながら、屋敷の廊下を歩いていく。

 本当にめちゃくちゃデカい屋敷だ。もう屋敷だけで俺の村の何倍も面積がある上、外に広がる庭園や森林や桜並木まで含めたら、山より広いんじゃないか? すごいぞ。


「俺もいつかはたくさん稼いで、これくらいデカい家を買いたいものだな。九尾を住ませてやるために」


「おぉ、旦那さんみたいな発言、男らしい……!」


『ってシオンのような餓鬼ガキに養われる気はないわッ! あと誰が旦那だっ!?』


 俺の言葉に目を輝かせる真緒くんさん。それから少し寂しげな様子で、「僕も男らしくなりたかったな」と微笑んだ。


 ――ん、 


「えっ、真緒くんさん女性では……?」


 瞳を凝らしてジッと見る。一歩引かれたので寄って見る。


 まず顔。女の子だ。俺と同い年かそれくらいの少女だ。目がとってもパッチリしている。あと泣きボクロある。はい顔:女の子

 次、服装。――女の子だ。

 日本の服ではない。たしか行商人が一度売り込みに来てた、“ちゃいなたうん”というところで流行ってるらしい服だ。

 白くて布地がテカテカで、腕も足も出てる。陰陽師の正装らしい黒スーツは、後ろから袖だけ通して肘に引っ掛けてる感じだ。はい上半身:女の子。

 下には黒くて短い“ずぼん”とやらを着てるが、長さはほとんど腿の付け根くらい。

 あとに目に付く装飾は、首に巻かれた黒い布と、白い花の髪飾りくらいで――うん、総評:女の子だ。


「というか、胸あるし」


「うッ!?」


 なにやら固まる真緒くんさん。……どうやら事情がありそうだな。よし。

 

「――どうしたんだ。話、聞くぞ?」

 

 真摯な声で、聞いてみる。

 俺には人付き合いの経験がないからな。雰囲気で察するなんて真似は出来ない。

 だから直接聞くしかないんだ。


「えっ……い、いや、すごく変な話だから、いいよ」


 返答は拒否だ。そのまま通路を過ぎ去ろうとする。

 ふむ、拒否されたなら仕方ない。この話は終わり――にしようと思ったところで。


「それに僕のことなんて、どうせみんなの噂話で聞けるから……」


「知らん」


 壁に手をつき、引き留める。彼女がびくっと肩を震わせた。

 

「俺は、お前の口から聞きたいんだよ」

 

 噂話で聞く伝聞、というのが大嫌いだからだ。

 かつて……俺が村人たちに歯向かっていた、五歳ごろの頃。

 村の子供が畑の野菜をこっそりと盗んだ時、誰かが『シオンが盗んだ』と噂しだして、一気に村中に広がった。

 そして折檻された日は、本当に悔しかったな。

 俺は畑の世話をするばかりで、食べさせてすら貰ってないのに。子供が泥棒していると見つけて報告したのは、俺なのに。


「ちょっ、シオンくん……?」


「顔も知らない連中の話など、俺にとってはどうでもいい。俺は、俺のことを優しく案内してくれた、お前自身の言葉を信じたいんだ」


 ――少しだけ怒りという感情を思い出し、声に熱が帯びてしまっていた。

 しまったな、これでは彼女を怖がらせてしまう。


 ……そう思ったが、なぜか真緒は「そ、そこまで、言うなら……!」と伏し目がちに切り出してくれた。


「あのね……思い出したくもないんだけど、さ。……実は、『フランケン』という妖魔に、人体実験を受けてさ」


「ああ」


「それで、脳を取り出されて――今は、カラダだけが女の子なんだよ……!」


 そうなのか。


「あははっ……信じられないよね。でも本当なんだ。脳だけを、別の子に入れられちゃってさ……! ぶっちゃけ気持ち悪いよね……!」


 そうなのか。


「まるで継ぎ接ぎ死体だよ。動いてるのがおかしい、化け物だよ。気持ち悪いよ。みんなが嫌な目で見てきても仕方ないよ……ははっ……」


 笑いながら視線が下がる。まるで自分を罵り、嘲っているように。


「それに中身が男なら、着飾るなって話だよね。男装して、顔に傷でも付ければいいよね。でも……この服装すがたは、この身体は――妹のッ」


「真緒」


 肩に手を置き、その名前を呼ぶ。

 ……会話は一人でするものじゃない。そろそろ、俺の気持ちも喋らせろ。


「俺は、お前に何も思わない。気持ち悪くなんてないし、化け物だなんて誰が思うか」


「え……」


 当然のことだろう。


「というか気持ち悪いってなんだ? 化け物ってなんだ? お前は綺麗だし、いい匂いだし、声も明るいし、作り笑いも出来ない俺に愛想よく接してくれていた。気を悪くする要素がないだろ。継ぎ接ぎ死体じゃ断じてない、ただの優しい、人間だろ」


「っ……!」


 視線をそらさず、そう言った。

 ――真緒は驚いているようだが、俺のほうこそお前の現状に驚きだよ。


「なぁ真緒。嫌な目で見られるとも言ったが、どうしてだ? お前は人に嫌なことをしたのか?」


「えっ……して、ないけど」


「だったらお前は、悪くない」


 顎を持ちあげ、俺の瞳を見つめさせる。

 コイツが伏し目がちになる必要はない。悪くなければ堂々と前を見ればいいんだ。

 

「お前が誰かを気持ち悪がり、化け物と呼び、嫌な目で見たのなら仕方ない。“やられたらやり返せ”、だからな。――でも、違うんだろう?」


 静かに真緒に問いかける。

 俺は声が小さいから、ちゃんと聞こえるように顔を近づけて。


「お前は、普通に生きていただけなんだろう? 誰も、傷付けてないんだろう?」


「ッ……うん……」


「だったらお前は、悪くないだろ。お前の周りが悪いだけだろ」


「っ……!」


 真緒は、医務室で立ち尽くす俺に屋敷の案内を願い出てくれた。

 誰に言われたわけでなく、自分の意志で言ってくれたのだ。

 嬉しかった。真緒からは無償の親切を貰った。だからこそ、


「俺はお前の、味方だよ」


「っっ……――!」


 言い切った瞬間、真緒は両手で顔を抑えた。


 表情は分からない。人付き合いの経験がないから、顔を隠されたらどうしようもない。

 ……鼻を啜る音が、はたして風邪のせいなのかどうかも、俺にはまったく分からなかった。


 そして。



「――わ、わぁ……。キミ、すごいね……!」



 廊下の曲がり角から、清明さんがひょっこりと顔を出したのだった。

 とりあえず挨拶してみよう。


「こんにちは」


「ど、どうもですシオンさん……!」


 なぜか敬語を使われてしまった。なんでだ。


 

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