第2話 賀来君への接し方が分からなくなった

「賀来、先方に連絡はしたのか?」



「あっ、忘れてま…い、いいえ、まだです。これからしようと…」



「遅い!」



課長の怒号が今日も鳴り響く。



体育会系のジジイが、ひょろい若手の男の子をイジメている構図を横目に、私は来週に行われる定例会の資料を作る。



「また怒られてるよ。賀来さん。そんでまた挙動不審になってるぞ」



お調子者の下田君がひそひそと笑う。



「もっと器用にできないもんかね」



「ぶっちゃけ、課長も楽しそうに叱ってるよね。仕事のミスを叱責する名分で日ごろの鬱憤腫らしてそう」



「ああいうのにはなりたくねえな」



社員たちの陰口も無視。



「磯貝さんにも怒られてかわいそう」



「この後も何かのきっかけで言われると思うぜ。電話対応が挙動不審とかで」



…。



ピタッと仕事の手が止まった。



どうすればいいんだろう。



今までの私ってどんな感じで怒ってたっけ?



今の今までアドバイスなんてしたことなかった。そういうのは他の同期たちがやってくれてたから、その分私は多くの仕事をやることが役割だと割り切ってた。



賀来君がストレスで自殺なんかしちゃったらどうしよう。



続きが読めなくなる。彼の死はじんべい先生の消滅を意味する。



考えろ。考えるのよ、磯貝潮音。いつだって逆境を乗り越えてきたじゃない。高校時代はソフトボールで全国制覇したし、大学時代は卒業生代表でスピーチを任されたし、なんだかんだで私はできる子なんだから!



「おい、見ろ。磯貝さんが貧乏ゆすりしてるぞ」



「賀来のポンコツぶりにイライラし始めたんだ」



違う、違うから!



ていうか、賀来くんのくせに私のことを悩ませるなんて、ちょっと傲慢すぎないかしら。ムカつくムカつくムカつく!



「賀来君のくせに…」



声に出てしまった。



「ん? …ははは、そうだな、ポンコツの賀来のくせに先方を待たせるなよ! あっはははは!」



課長の耳にも届き、大笑いを始めた。



周りも同調して笑い始める。



私も、笑顔を作った。



賀来くんは顔面蒼白で、今にも泣きだしそうな目をしていた。



ああもう!



私のバカ!!




△△△



「あのガマガエルとクソアマ! また絵空さんのことバカにしやがったのか!! 今からでも殴りこんでやる!!」



ライオンのようにぼさぼさで茶色の髪をした男が作業着の腕をまくり上げて、むくりと立ち上がる。



「おい、やめてくれ。もともとは僕が悪いんだから」



会社でできた唯一の友人、武雄勇(たけおいさむ)、通称『タケくん』。僕とは真逆のタイプで気が強く荒事も難なく行うことができる。僕の元居候で、僕が働いている会社のビルで清掃員をしている。そんな彼の怒りを慌てて沈める。



「真珠のようで高尚な存在である絵空さんの価値が分からない豚どもをこれ以上野放しにできませんよ! 殺処分して俺が食ってやります」



「その表現は、課長はともかく、磯貝先輩に対してはちょっと意味深になっちゃうからやめて」



「ああ、それもそうっすね。あんなメス豚は乳とケツだけは立派ですが、食う価値はありませんね。鞭でシバくぐらいにとどめておきます」



「タケくん、それも違うから!」



彼のせいで、鞭でしごかれる先輩の姿を想像してしまった。



「なにもじもじしてんですか?」



「な、なんでもない!」



「とにかく、次なんかあったら、俺行きますからね! 絵空さんがどんだけすげえ努力家だと分かるまでは」



「だ、大丈夫だよ、これから認めさせる予定だから。自分の力でやるよ。僕は作家の卵だから」



「おお、その意気っす! 絵空さんは俺の主人公なんですから! スカーフルの主人公、ニシキ=エソラのような凛々しさ、見せてくださいっす!」



「うん、任せて」



嘘も方便だ。



彼をまた僕の部署に行かせるわけにはいかない。半年前の惨事を招いてしまう。



課長の前に急に姿を現し、出会い頭の背負い投げをかました結果、クビになりかけたあの事件。



家出をしてお金のない彼をクビにするわけにはいけない。



「主人公らしく、がんばるよ」



僕はそう言って、トイレへと向かった。



タケくんの余計な例えのせいで、磯貝先輩への妄想が膨らんでしまった。



局部も膨らんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る