6kakeru6

@makonatsu54

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 35人のクラスに36の席がある。空席はない。


 そのことに気づいたのは昨日、学級委員長が修学旅行の班分けを名簿化する作業を手伝っていた時だった。6人の班が5つ、5人の班が1つ。合計35名で確かに間違いない。しかし、今、私はこの教室に6列×6列=36の席が、欠けのない正方形をして広がっていることを確認できる。クラスメイト以外の誰かが紛れ込んいるのか?それとも交通事故で死んだはずの生徒の席がまだ残っていて、実はそれは自分でしたとか、よくある陳腐な話かも。

 一応、手のひらが頬に触れる感覚や、伝わる熱を怪しんでみるが別段変わりはなく、自分が確かに存在していると感じられる。しかし、ここまで私は「確か」という言葉を繰り返しているが、果たして名前や存在はそんなに確かなものなんだろうか?


 いくら自分の頬の感触を確かめていても答えが返ってくるはずもなく、とりあえず班の名簿と座席を照らし合わせてみることにした。第三班、自分の名前は確かにあることに安堵した。やはり、いないはずの誰かがこのクラスに存在しているんだろうか?名前と座席を一つずつ確認していく。最も窓側の列の前から三番目は私、その後ろは委員長。その後ろは吉田。ん?その後ろ、つまり一番後ろの席は空席のはずだ。少しの緊張と臆病な好奇心で胸が高鳴るのを感じながら、振り向いて委員長に空席のはずの席のことを尋ねる。

「委員長の後ろの後ろの席って誰だっけ?」

「図書委員の佐伯さんだけど?どうかした?」

「あれ、そうだっけ、なんでもない。」


 私は向き直ると再び名簿をチェックする。おかしいな、佐伯さんは確か廊下側だったような…。しかし始業のベルが鳴り、何処からか戻ってきた佐伯さんが窓側の一番後ろの席に座る。もう一度名簿を一からチェックし直す。南はここ、安田はここ。今度は廊下側から二列目、後ろから二番目の席が空席のはずだった。振り向くと野球部の田中が座っている。田中は今、確認した時、と言っても数十秒は過去だが、一番前の席だったはず。何度繰り返しても、空席のはずの席はクラスの誰かが占めていて、自分が特定した空席が存在した世界は何かの勘違いだったように思えてくる。3列目の三番目、ここは本当に前から佐藤の席だったのか?36人目の存在がわからない。席を特定すると、世界が書き換わる、そんなことがあるんだろうか。


 一人の人間が、同時に識別できる人間の数は何人だろう。視野は両目で200度ほどあるが、文字など複雑な形や色を判別する最も感度が高い中心視はわずか2〜4度、その外に物を認識できる有効視野が70度程度しかない。残りは周辺視野として見えてはいるが、注意を向けるまで見てはいない曖昧な世界として広がる。目前の5人や6人でも顔と名前を合致させるには視線は対象を判別しようと彷徨う。左端いた田中は、右端の吉田を認識するときも、まだ田中のままだろうか。ましてや36人に同時に意識を向けることができるのは、天井越しにこの世界を俯瞰して小さな世界に変えてしまえるような存在だろうか。私の左右では世界はぼやけ、その観測の外の世界は無限の可能性の霧なのだ。その霧の中を漂流している席が今日も確かにこのクラスにはあり、私の認識に捕まることなくその席に座っている、そんな漂白者はいるのだ。

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