転生者がたくさんいる世界に転生した僕の話

九重

第1話 転生したけど平凡です

 この世界には、前世の記憶を持つ人が多くいる。

 しかも、一回や二回じゃない。三回とか五回とか、中には前世十回分の記憶があるという人までいる世界だ。

 平均寿命七十年だとしても×かける十で七百年。そんな記憶をどう整理しているのだろう?

 少なくとも僕には無理だ。前世があったとしても、そんなに記憶したくない。

 幸いにして、僕が覚えている前世は三回だった。どれも平々凡々で、特筆するようなこともない穏やかなもの。

 人によっては、前世は救国の英雄だったとか、世紀の発明家だったとか、高名な画家だったとかいう、羨ましい人生もあるようだが……僕にはそんなものなにもない。

 そして、それが一番だとも思っている。


「――――俺は、前世で王国の騎士団長だったんだぜ」

 十二歳になり入学した学園の教室で隣に座った男子も、そんな華々しい前世を持つやつだった。

「へぇ~、スゴいね。いつの時代?」

「ガレルモン王のご時世さ」

「ああ……僕はそのとき王城に仕える文官だったな」

「文官か。だったら、城内ですれ違ったことくらいあったかもな」

「どうだろう? いつも部屋に缶詰で、書類に埋もれていたような記憶しかないからな。そうでなければ出張で、人外魔境に派遣されていた」

「うわぁ~、それはお気の毒」

 僕の前世の話をすると、だいたいの相手は「お気の毒」という言葉をくれる。自分ではそれほど「気の毒」だとは思わないのだけど、見解の相違は致し方ない。

「僕も、兵士だったときもあるんだけどね」

 前々世のことだ。とはいえ、兵士は平民で騎士は貴族。僕は、その他大勢の有象無象のひとりで、戦場にはいたけれど、お偉いさんの下働きで武器なんか触りもしなかった。

「ふ~ん、ただの兵士か。……いつの時代?」

「三国時代だよ」

「うわっ! 戦乱まっただ中かよ。それは気の毒だったな」

 ……やっぱり気の毒と言われてしまった。

 文官でも兵士でも気の毒なのだから、もうひとつの前世もきっと気の毒と言われてしまうのだろう。わざわざ話すまでもないかな?

「私は、大魔法使いだったのよ」

 僕たちの話に、前の席の女の子が加わってきた。

 ちなみに僕が座っているのは、教室の窓際の席の一番後ろ。名簿順だが、特等席に当たったと思っている。

「え? 大魔法使い?」

「すげぇっ! 属性は?」

「空間魔法よ」

「おおっ! じゃあ、転移魔法とかできたりするんだ?」

「そんなもの、朝飯前だわ」

 女の子は鼻高々にそう言った。

 それはちょっといいかも。

 僕もそういう今世にも役立つ前世が欲しかった。


 羨んでいれば、突然大きなサイレンが鳴り響いた。

 続いて、ズズゥ~ン! という地響きも。

 驚く僕らの教室に、担任の教師が駆けてきた。

「校外にドラゴンが現れた! 全員このまま教室内に待機するように。学園には強力な結界魔法がかけられていて、ここにいる方が安全だからな。……ただ、ドラゴンと対峙できる前世を持つ者には、国から協力要請が出ている。君たちの中にいるか?」

 ――――ドラゴンか。

 そこまで慌てる相手ではないと思うのだが……なぜこの担任は、こんなに顔色が悪いのだろう?

 それに、国から協力要請?

 なんでそんなもの出す必要があるんだ?

「俺は、前世で勇者だった。ドラゴン相手なら、俺に任せろ!」

 教室の一番前のど真ん中に座っていた男子が、勢いよく立ち上がる。

 おいおい、勇者がドラゴンと戦っていたなんて三百年は昔の話だろう?

 こいつ、それ以降の前世の記憶がないのか?

「おお! それは助かる。君、一緒に来てくれ!」

 僕は内心呆れていたのだが、担任は大喜び。前世勇者を連れて教室から出て行った。

 窓から外を眺めれば、学園からかなり離れた場所に巨大なドラゴンが一頭いるのが見える。赤い鱗は……たしか、南海竜王の配下のはず。

「ドラゴンの国とは友好を結んだんじゃなかったか?」

 僕は、同じように外を眺めている前世騎士団長にたずねた。

「あ、ああ。ガレルモン王の時代はそうだったがな。その後交流がバッタリ途絶えたらしいぞ。俺もはじめて聞いたときは驚いたんだが……ここ百年間、ドラゴンの姿を見た者は誰もいないそうだ」

 意外と情報通だった前世騎士団長が教えてくれる。

 ――――うわっ、マジか?

 いったいどうして国交断絶になんてなったんだ?

 ちゃんとはしたはずなのに。

 …………ああ、でも、ひょっとして……これはマズいんじゃないかな?

 ドラゴンは狡猾だ。うっかり攻撃なんてしてしまったら、どんな無理難題をふっかけてくるかわからない。

 僕は少し考えて……仕方ないかと立ち上がった。

「ごめん、ちょっと手伝ってくれるかな?」

 たずねた相手は、前の席の女の子。前世大魔法使いだ。

「え? 私?」

「うん。転移魔法が使えるんだよね」

「そうだけど」

「僕を、あのドラゴンの前に転移させてくれないかな?」

 そう言って、窓の外に見えるドラゴンを指さす。

「え! えぇぇっ!!」

 女の子はすごく驚いた。

 そこまで驚くことかな?

「おい! そんなことしたら、死んじまうぞ」

 前世騎士団長まで、焦っている。

「大丈夫。死なないよ。ドラゴンはそんなに好戦的な生き物じゃないんだ。……知っているだろう? 騎士団長くん」

 むしろあの外見から考えもつかないほどの理論派だ。……頭がよすぎて嫌になる。

「あ? あ、ああ……たしかに、前世で見たドラゴンは滅多に暴れなかったけど」

「ほら、ね? 心配いらないよ。それに、僕は前世でドラゴンと交渉したことがあるんだ」

「え? ドラゴンと?」

 女の子は意外そうだ。

「は? お前文官だったんだろう?」

 前世騎士師団長は、不審そう。

「うん、そうだよ。下っ端文官だったからね。交渉の下準備とか会談の根回しとかで、何度もドラゴンと打ち合せしなくっちゃいけなかったんだよ。おかげでドラゴン語もペラペラさ」

「すげぇっ! ドラゴン語なんて、俺『ガオオ』くらいしかできないぞ」

 騎士団長の『ガオオ』は、『こんにちは』かな? まあ、ちょっと……かなりイントネーションが違うから、ものすごく訛っているけれど。

「ね、僕は平気だから、パパッとドラゴンのところに送っちゃってよ。……それともできないかな?」

「なっ! そんなわけないでしょう! 私は大魔法使いなのよ。転移くらい、あっという間にさせてあげるわ」

「ありがとう。じゃあ、お願い」

 僕がニッコリ笑って頼めば、前世大魔法使いの女の子はちょっと顔を赤くした。

「し、仕方ないわね。……死んでも恨まないでよ!」

 そう言うと、女の子はどこからともなく大きな杖を出す。目の前に掲げ、ギュッと柄の部分を握って呪文を呟いた。

「テレポーテーション!」

 ――――次の瞬間、僕は巨大なドラゴンの真ん前にいた。


 本当にあっという間だ。

『グォォォォォッ――――』

 ドラゴンは真っ赤な口を大きく開き、唸り声を上げている。

 ちなみに、意味はない。突如現れた僕を威嚇しているだけの雄叫びだ。

『――――空を統べる御方に、地上に棲まう人族よりご挨拶を申し上げます』

 僕は、深く一礼しながら、ドラゴン族への常套句となる挨拶を述べた。

 もちろんドラゴン語。

 きっと人間の耳には「ガウガウガウウ」みたいな音に聞こえるだろう。

 僕の挨拶を聞いたドラゴンは、大きな口をパクンと閉じた。

 その拍子に、ブワッと熱風が舞い起こり、僕の髪が後ろに靡く。

 ちょっと熱かったのは、ご愛敬だ。

『……ほうっ? 今の時代にその挨拶を知る者がいるのか? ……フム。興味深いな。――――人族の挨拶を受けよう。我は四海竜王の一角、南王コーリの家臣バーブルだ』

 ……お前かよ。

 前世の知人――――ならぬ知竜の名を聞いた僕は、思わず頭を抱える。ドラゴンは、みんな同じような顔をしているので、区別なんてつかないんだ。

 そういやドラゴンは、長生きだったな。百歳、二百歳はざらだって言っていたっけ。

『バーブルさま。人間の国に何用でしょう? 聞けば、ドラゴンの方々は、ここ百年ほどお姿を表わしておられぬとか?』

 向こうだって、転生した僕の顔の見分けなんてつかないはずだ。初対面のふりを押し通す。

 ……こいつ、面倒くさいからな。

『それそれ、そのことよ。……友好を結んだはいいが、その後は一切連絡なし。互いに使節を送り合うと約したはずが、人間の国からの使節がいっこうに来ないのだ。いったいどういう了見でいるのか、我はそれを確認に来た』


 ――――いまさら?

 友好が途絶えて百年経ったって、聞いたんだけど?

 今まで、なにをしていたの?

 ドラゴンにとって百年は、そんなに長くないのかな?

 …………ああ、いや。やっぱりそこそこ長いよな。

 ……ってことは、これってただのイチャモンでは?


 僕は、少し考え込んでから、ニッコリと笑った。

『ああ、そうですか。それは失礼いたしました。引き継ぎはしっかりしたのですが――――』

『引き継ぎ?』

『こちらのことです。……それで、我が国から使節が派遣されなかった件ですが――――条約の付随協約のひとつの「交流に伴う移動手段の提供に関する協定」の中に、使節の送迎はドラゴン側で行うとなっていたはずですよね? その提供は滞りなく行われたのでしょうか?』

 僕の問いかけに、四海竜王の一角、南王コーリの家臣バーブルは、クルリと目玉を回した。

『……ああ?』

 濁点のついているようなダミ声の「ああ?」である。

 ひょっとして、僕を威嚇しているのかな?

『人間が、はるか上空に位置するドラゴン島に、自力で行けるはずがございません。使節を送る際は、ドラゴンの方々が迎えに来ていただけるというお話になっていたはずですが』

 僕は、事実を淡々と述べる。他ならぬ僕自身が草案を練った協定だから、間違いない。

『……使節を送るという連絡がなかったのだ。迎えに行けるわけがあるまい』

『おや? おかしいですね。百二十年前にドラゴンの使節をお迎えした際に、翌年こちらから使節を出したいと伝えましたら――――翌年など早すぎる。十年か二十年後にしろ――――と返事がきて、迎える準備ができたらドラゴン側からご連絡いただけるという約束になっていたと思うのですが?』

 ちなみに、そう言ったのは目の前のバーブルだ。忘れたとは言わせないぞ。

 僕は、その後すぐに定年退職し、うっかり事故で死んだから約束がどうなったか知らないけれど。

 この様子じゃ、僕の死を幸いに、連絡なんてせずにうやむやにしたに違いない。 

『…………証拠は?』

 バーブルは、少し考えてからそう言った。

 書面にしようとしたら『我が信用できないのか!』とか言って怒りだしたくせに、図々しい。

 しかし、大丈夫。僕は用意周到なのだ。もしものときの保険はかけてある。

『実は、そのときの経緯を竜帝陛下の逆鱗に刻ませていただいたのです。恐れ入りますが、竜帝陛下にご確認いただけますか?』

 僕の言葉を聞いたバーブルは、大きな口をパカンと開いた。

 相変わらず、鋭い牙だね。

『……りゅ、竜帝陛下の逆鱗だとっ!?』

『事情をお伝えし、なにか後世に残せる方法がないかと相談しましたら、ここにメモすればいいとおっしゃられまして、逆鱗を見せられたのですよ。なんでも逆鱗は生えかわらないため、永遠に残せるのだとか』

『――――竜帝陛下の逆鱗をメモ用紙代わりにするなぁっ!!』

 バーブルは大声で怒鳴った。

 全部お前のせいだけどな。

 俺だって、そんな怖いことしたくなかったわ!

 あと、竜帝陛下、ノリノリだったぞ。

 ギリギリと鋭い牙を歯ぎしりさせるバーブルだったが……やがて、ハッとする。

『――――この、覚えのあるイライラ感……さては貴様、だな!!』

『違います』

 即否定した。

 僕の名前は、今も前世もラスボスだったことはない。

『嘘をつけ! 人間の黒幕で、国王や重臣を背後で操り、すべてを己が思うままにしていた影の支配者め!』

『誤解です』

 誰だそれは?

 こちとら、上司の無茶振りに怯える下っ端文官だったんだぞ。

 ドラゴンとの交渉だって、なんとか人間側が不利にならないようにしろだとか、無理難題を押しつけられて、ものすごく苦労したんだ。

 自慢じゃないけれど、己が思うままにできたことなんて、ひとつもないわ!

 ジロリと睨みつけたのだが、ドラゴンには聞く耳がないようだ。

『そうか、そうか。……これは、重畳! ラスボスが転生したとお伝えすれば、我が君コーリさまのみならず、他の四海竜王さまたちも竜帝陛下も、大層お喜びなさるだろう。なにせ、お前が背後で暗躍しない人間界は、手応えがなさすぎてつまらないと、いつもおっしゃっているからな』

 なんだ、その言い草は?

 僕は、暗躍したこともないし、暗躍するつもりもないぞ。

 勝手に好敵手認定しないでほしい。

 それにしても……まさか、ここ百年ドラゴンが人間と交流しなかった理由は、僕がいなかったせいとかじゃないよな?

 手応えがないとか、理由がおかしすぎるだろう!

『ここは、一刻も早く戻り、この吉事を報告しなければ。……そうだ。ついでに天界や魔界、精霊界にも報せを走らせよう。天帝も魔王も精霊王も、きっと喜ぶに違いない。……情報の対価は、なにを強請ろうかな』

 バーブルは、悪そうな顔で笑った。


 うわっ! ちょっと待て!

 あの面倒くさい奴らに知られるのは、勘弁してほしい。

 なんせあいつら、僕は平々凡々な一般人だって、いくら説明しても聞きゃしないんだから。

『おい! バーブル!』

『ハハハ、楽しみだな。今度こそラスボスに一矢報いてやろうぞ』

『そのラスボスは、断じて僕じゃないからな! ……てめぇ! 僕の話を聞けよ!』

『フハハハハ――――』

 高笑いしながら、バーブルは帰っていった。

 無駄にバサバサ羽ばたくから、僕の髪はぼさぼさだ。


 ………………あ~あ。

 大きくため息をついた僕は、ノロノロと振り向いた。

 そこには、突如現れた僕とドラゴンの会話を、呆気にとられて見ていた人々がいる。

 あ、先頭は、クラスメートの前世勇者の少年だ。どこで用意したのだろう、立派な剣を握り締め、どこか呆然としているみたい。

 ……僕が出番を奪っちゃったせいかな?

 幸いだったのは、僕とバーブルの会話がドラゴン語だったために、誰にも意味がわからなかったことだろうか。

 そう思っていたのだが――――。

「……お前って、ラスボスなのか?」

 前世勇者が、不思議そうに聞いてきた。

 え? 勇者って、ドラゴン語がわかるの?

 ……まあ、勇者なんだ。そうかもしれないよな。

「ラ、ラ、ラスボスだとぉっ!?」

 途端、背後の人々が絶叫した。


「ラスボスといえば、あの伝説の!」

「魔王すら手玉に取ったという、あの噂の!」

「人畜無害を装いながら、最後の最後ですべてを徹底的に陥れるという、あのホラーの!」

「ドラゴンが踏んでも壊れないという、あの都市伝説か!」


 ……なんだ、その流言飛語。

 魔王なんて手玉に取れるはずがないし、人畜無害は本当だぞ。人を陥れたつもりもひとつもない。

 あと、ドラゴンに踏まれたら、僕は普通に死ぬからな!

 ムッとして睨めば、前世勇者以外の全員が視線を逸らす。


「――――ラスボスじゃないから」


 仕方ないから、僕は勇者に訴えた。

「え? でも、あのドラゴンは――――」

「人違い。僕はドラゴン語が話せるだけの一般人だよ」

「……そうなのか?」

「そうそう」

 きっぱり否定する。

 他人が僕をなんと呼ぼうが、僕は断じてラスボスなんて名前じゃないから。

 ムスッとしながら歩きだせば、自然と人が避けてくれた。

「どこへ行くんだ?」

 そんな中、いまいちわかっていなそうな前世勇者が話しかけてくる。

「学園に帰るんだよ。ドラゴンはいなくなったんだから、当然だろう」

「……そうなのか?」

「そうそう」

 三十六計逃げるにしかずだ。後始末なんて、知ったこっちゃない。

 僕は、疲れたんだよ!



 ――――そう。誰がなんと言おうとも、僕は平々凡々な一般人なのだ。

 前世は、城に勤務する文官で、前々世は、平民出身の兵士。

 前々々世は、この世界とは違う世界の日本という国で会社員をしていたけれど、いたって普通の市民だった。

 まあ、歴史オタクで特に戦国ものが好きだったから、前々世の兵士のときは、その知識が少しは役だった。

 あと、前世文官時代に、会社員のノウハウが生きたかな? 日本の商社マンを舐めんなよ。


 とはいえ、僕には本当に派手な転生チートなどなにもないのだ。

 即死クラスの攻撃魔法も完全防御魔法も、流行はやりだった鑑定とか錬金術すらできないんだから、これでラスボスなんて、過大評価もいいとこだと思うだろう?

 どうして、みんな誤解するのかな?

 まあ、誤解なんだ。そのうち解けるに違いない。


 今世もきっと僕は、平々凡々な一般人だ。


 前世と同じようにそう信じて生きる僕の前に、竜帝やら魔王やらが現れるのは、三日後のこと。

 嬉々としてちょっかいをかけてくる傍迷惑な人外にキレた僕が、本気でしてしまうのは、しばらく後のことだった。

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