第2話



こんな目に遭い続けるのならいっそ逃げても良かった。父を信用してない親戚は「爺さん達もカティアの方が大事に決まってる、無理だと思ったら逃げろ」と何度もカティアに助言してくれた。


祖父は自分達に何かあった時カティアがどうなるかを心配していた。カティアが18になったら侯爵としての権利を父から譲渡する、と遺言を作ろうとしていたそうだがその前に事故に遭ってしまった。


この国では結婚するまでは女性でも一時的に爵位を継げ、結婚してからは婿入りした者に譲渡することになっている。祖父はカティアとその婿になる者に侯爵家を託そうとしていた。「侯爵家を守ってくれ」が祖父の口癖だった。


祖父母が亡くなり、父が戻ってくるとニナに跡を継がせてカティアのことは持参金目当てで金持ちに嫁がせると思っていた。けど父は勉強が苦手なニナに無理強いは出来ない、とカティアを後継者に指名して知り合いの伯爵家の次男であるダニエルを婚約者に据えた。それが4年前、14歳の時だ。その頃には碌な食事を与えられずにいたせいで年の割に痩せて肉付きが悪かった。ダニエルはそんなカティアを見た瞬間、嫌そうに顔を歪めたのを覚えている。


だがダニエルからしたらカティアと結婚すれば生家より爵位の高い家を継げるのだ。だから疎みながらもカティアに対して必要最低限の付き合いは果たしていた。彼のことは好きではなかったが、祖父の願いを守るためにはこれくらい何ともない、と自分に言い聞かせた。


カティアは差し伸べられた手を取らず、侯爵家を守る道を選んだ。そのためにずっと努力を続けていた。父は領地経営のことはカティアや管理人に丸投げして贅沢三昧。


この管理人は祖父母の代から仕えていたが流石に彼を解雇するほど父は愚かではなかった。彼が居なければ、先祖代々守って来た領地がどうなっていたか分からない。


「カティアお嬢様が継いでくださるのであれば安心でございます」


そう言って笑っていた彼の顔が酷く懐かしい。


カティアは今までのことを思い返した後、ダニエル達に向き直る。


「婚約破棄は受け入れますが、そうするとダニエル様が婿入りする話も無くなりますがよろしいんですね」


「何言ってるのお姉様、ダニエル様は婿入りして侯爵家を継ぐのよ。私と結婚して」


「は?」


ニナの言葉の意味が分からず思わず聞き返す。ニナが侯爵家を継ぐ?そんなことはあり得ない。そもそもニナが嫌がったから父は渋々カティアを跡取りに据えた。カティアとダニエルが勉強に追われている時に、彼女はドレスにお茶会、宝石等に夢中になっていたのに。


「ニナ、あなた領主になるための勉強全くしてないでしょう」


「お姉様に出来ることが私に出来ないわけないわよ。それにダニエルもお姉様と一緒に勉強してたんでしょ?なら結婚相手が私でも問題ないわ」


ニナに同意を求められたダニエルの顔が一瞬は引き攣る。出来もしないのに大口を叩いてしまったのだろう。


ダニエルはカティアと一緒に領地経営について学んではいたものの、直ぐに飽きてカティアに丸投げしたのだ。多分学んだことを碌に覚えていない。


そんなダニエルと勉強嫌いのニナが領主としてやっていけるわけがない。


「…領地なんてどうでも良いとずっと言っていたじゃない。それに高価な方と結婚すると息巻いていたのに、急に…」


バン、とニナがテーブルを思い切り叩いた。突然の大きな音にカティアとダニエルもビクリ、と肩を震わせる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る