不法大全

床豚毒頭召諮問

神話の役者

「私はこの世を憎む。この、歪んだ世を。歪み、曲がり、膿を生み出し、腐りきってもまだ落ちぬこの世が、私は途方もなく憎いのだ…………だからこそ、私はこの世の全てを私の犯罪の標的にする理由がある。だが、その中でも、特筆して、最も的とすべき者達がいた…………それは、「官」だ。いわば政府に属する者達、公務員、官僚、政治家だ。それらが私が一生涯の標的とした者達だ。連中は………国家国民に奉仕する僕とのたうち回るが…………ふっふっふっふっふっはっはっはっはっは…………ふてさぶてしいにも程があるとは思わないかね?ふはっはっはっはっ………」

一人の男がネットで動画を生配信していた。

顔を牛の頭の被り物で隠し、笑い声を立てている。

配信のコメント欄には

『誰だよ?』

『まぁ、被り物外せよ、恥ずかしいのか?』

『何こいつ、犯罪者?』

等と茶化す言葉と戸惑う言葉で溢れていた。

「ま、彼らも人間だ。完璧ではない。だが、それらの人間が例え罪を犯しても、その手に鉄の輪がかけられることは無い。おかしいとは思わないかね、奴らと常軌を逸した犯罪者の何が違うと言うのだ?どちらも法を犯した事は変わらない。地位か?金か?それとも階級か?どれとも違う…………正解は、伝統。風習。であるからだ。言ってしまえば彼らの伝統芸能と言うわけだよ…………権力闘争、とかげの尻尾切り、粛清…………………例が挙げればきりがない。それらの事を実行しても、罪に問われること無く、今日もまたのうのうと職務に付くのだ。死ぬまでな…………私は…………私は憎む。憎いんだ……それらの人間達が塀の中へ放り込まれずに、常軌を逸し、法を犯した元一般人が塀の中へ放り込まれる事がな。もう一度言うが、何の違いがある?私にそれを理解させる事が出来る者が居るなら説明して欲しいくらいだ………とまれ、私は彼らに恐怖を与えようと思った。そして、その恐怖を何によって与えるのが一番彼らの内部を叩くのか………彼らの精神を………彼らに、犯罪者と呼ばれる者の背徳感を味合わせる事が出来るか………それが知りたかった。それは………犯罪を起こした者達に対し、死の恐怖を与えるだけでなく、その悪しき伝統を次ぐ次世代に対する警鐘となるのだからなぁ………私は、犯罪に勝敗は無いと思っている。犯罪は、法を破る民間人が起こした事象に過ぎない。あくまでも……犯罪は止められない。警察は、ただ、法を破った者を捕えるか、殺すしか出来ない………いわば、誰も救えないのだ」

男はそう断言した。

配信のコメント欄には賛否両論が溢れる。

『そりゃそーだ』

『罰を与えるしか出来ることはない』

『何言ってんの?』

『犯罪を止める方法はない、防ぐ方法があるだけだ』

男はそれを見ながら、少しだけ微笑みを浮かべた。

「犯罪者にとって、勝利とは、犯罪を起こした瞬間だ。なぜなら、それは己が犯罪者足る所以が生まれた事に成るからな………その時点で……犯罪が起きた時点で……犯罪者は目的を達した。つまり、その時点で犯罪者は警察に捕まっても、その犯罪は消えない。そして、犯罪者の目的は逃げきる事では無い。警察はあくまで、法を犯す者の敵になるくらいの事しか出来ない。起きてしまった事を変える事は出来ない。同然だがこの私もな…………そんな中で私は、ある一つの仮説を立てた…………」

男はそこまで言って、一度言葉を区切った。

コメント欄へ、目をやったのだ。

『まぁ、言ってる事は正しいけどなぁ』

『犯罪を起こした時点で人間として負け』

『すげぇ、知能犯みてぇだな』

『自首しろ、というかすぐ警察来るんじゃね?』

『警察を待ち伏せてんのか?』

『もったいぶらずにさっさと言えよ』

『気取ってんのか?』

ふっ。

男は口から笑いをこぼす。

「警察は、法律を犯す者の敵だと言ったな。ならば、犯罪者は犯罪を起こした者を指す言葉だ。これらは対になっていないのだ!」

男は声を張り上げて強調する。

「警察は、法律を犯す者の敵でありながら、法律を犯す者の味方は存在していない。これは、あまりにもフェアでは無い。平等でないのだ!ならばこそ!誰かがそれになる必要があった………人間の命が、人種の違いによっても、いかなる立場の違いによってもその価値が変わらないのと同じように、歯には歯を、目には目を、対を為す平等性が無いのであれば、平等にするしか無い。そうではないかね?」

『何言ってんだこいつ』

『もしかして、こいつ、犯罪卿みたいな感じ?』

『現代のモリアーティ教授か?』

『平等とかそう言う次元の話じゃないだろ』

『頭沸いてんな』

『お薬増やしておきますね~』

『あたまおかしい』

『犯罪を肯定するな』

『確かに、対は為していない。だが、それが問題か?』

熱を帯始めたコメント欄をよそに男は続ける。

「私は自分がその平等性を保証するものにならねばならぬと思った。だから、私はそう決意してから長い事警察と対を為すものとしてこの世に存在し続けた………ある時は汚職政治家を惨殺し、ある時は、全体の方針に逆らった同僚を殺した官僚を事故死に見せかけ殺した。冤罪事件を起こし、被疑者を自殺に追い込んだ刑事を洗脳し、自殺させた。そして、これから法を犯そうとする者に、殺し方、アリバイ作り、逃走計画まで提供した…………」

男の告白に、コメントの流れる速さが加速した。

『まじかよ』

『こいつ……殺ってんのか』

『誰か通報してー』

『何が目的なのか、よくわからん。平等性を保つためにここまでやるのか?』

『犯罪卿』

『死刑とか言うレベルじゃない』

『ゴミ死ね』

『捕まれ』

『ふざけんなよ』

『早く逮捕しろ』

『嘘だと言ってくれ』

『どうせ捕まる、時間の問題だ』

『警察何やってんだよ』

『どうやったらお前と接触できんの?普通に犯罪やりたいんだけど』

『普通に人殺したくなったら、こいつに計画練ってもらうか』

『ガチじゃね?』

『嘘でしょ、さすがに』

『自首しろ』

『で、今何やってんの?』

『うん、それで?』

『なんか罪の告白始めたww』

『その話、kwsk』

『共犯者多そう』

『顔を見せろ』

男はそれに構わず続けた。

「私は完全に、警察と言う司法勢力と対を為す犯罪勢力としてこの歪みきった世にある程度の平等性を持たせる事に成功した…………刑法に関わる部分はな…………だが、それも、もうすぐ終わりが来る………私も老いには勝てない。つまり、何が言いたいかと言うと、我が勢力にも次の世代を迎え入れたいのだ……ひいては、試験を行いたいと思う。我が勢力にふさわしい実力を備えているか………それを見極めさせていただこう」

『は?試験?』

『いつ?何すんのー?』

『それも配信してー』

『受けるわ、おもろそう』

『何すんだ?』

コメント欄がざわつく。

それを見て男は被り物の下で不気味な笑みを浮かべた。

「試験内容は後に連絡する。だが、試験は一つではない、いくつ受けても構わないが、多分野に渡る。一つに特化した人材であるだけで我々にとって重宝するに足る存在だ。出し惜しみはいけないが、自分の力を過信してはいけない………試験開始は来月の今日、今日と同じように配信にて試験内容を公表する。それまで、己の力を蓄える事だ…………そして、警察諸君に告ぐ。我々の関係はミノタウロスとテセウスだ。我々は迷宮から出る事は出来ない。お互い合いまみえ、殺しあい、一人になるまではな。それまではラビリンスの中で、共存するしか無い。悔しいのなら、こちらの首をとってみろ。だがな、ラビリンスに入った時点で、そちらも命を狙われている事を忘れるな。この物語でのアリアドネーは平等に両者に剣を手渡した。ラビリンスに居る、入る事になる全員が、剣を持っているのだ。なぜなら、人は自分が生け贄であるか、テセウスであるか、分かりはしない………そして、それらは双方一人では無い。さぁ、永遠に終わらぬ、舞台で踊ろうじゃないか」

男はそう呼び掛けた。

『おいおい、今言ってくれよー』

『その試験受けるからな』

『ん~、給料によるかなぁ』

『警察に妨害されるだろこれ』

『それまで捕まらないと良いな』

『本当にこういうやつって居るんだな』

『正義は勝つ!』

『勝ち負けにこだわらないって、警察と戦いたいって訳じゃないだな』

『少なくとも愉快犯の類いではない事はわかった』

『いいぞ、もっとやれ』

『公僕なんざに人権がある訳ねぇだろ』

『汚職政治家はどんどん殺ってクレメンス』

『同僚殺すとか……相当出世したいんだな』

『嘘であっても良い、楽しませてくれ』

『で、試験はどんなもんなのかね?』

『刑務所から死刑囚奪還するとかやんの?』

『アメリカ大統領暗殺かも』

コメント欄がざわつく中、男は配信している映像から消えた。

そして、再び戻ってきた時には車輪の付いた椅子を押してきていた。もちろん、椅子にはスーツ姿の男が縛られている。

「彼は………警視庁捜査一課強行犯二係の本藤巡査部長、年齢二十八………これから起きる、我が勢力に関わる殺人事件の確認できる第一の被害者だ。さぁ、なにか言い残す事はあるかな?」

男は本藤巡査部長の口に張られているガムテープを剥がした。

「今居る場所はどこかの駐車場です!恐らく、二階はある建物です!自宅に居るところを連れ去られたようです!どこに居るかは分かりません!」

巡査部長が配信をしている機器の画面に向かって叫ぶ。

男がそれを見て笑った。

「ふはっはっはっはっはっはっ……見たかね?死ぬ寸前まで仲間に情報を渡そうとしている、まさに警察官の鏡だなぁ。ま、無意味な事だが……………どれが良い?何で死にたい?どんな死に方をしたい?皆見てる。泣き叫ぶ事は考えていないだろう?」

男はそう言って、配信をしているであろうパソコンを持ち上げ、机に置いてあるナイフや拳銃、スパナを配信画面に写した。

『ガチだ』

『殺るのかよ?』

『やめろ』

『いいぞ、捕まる前に殺しとけ』

『まじかよ』

『そいつ殺してどうするんだよ?』

男は拳銃を取り、銃口を巡査部長に向けた。

「腹か?頭か?それとも足か?動脈か?どれが良い?君はあいにく出血している部分に手を当て、流血を少しでも止めようと努力する事も出来ない。早めに楽になるか、最後まであがくか、どちらか選びたまえ」

男が巡査部長に問う。

「俺を殺したところで何の意味がある!」

「あぁ………警察官が一人死ぬ事と、一般人が………民間人が一人死ぬ事。どちらが………果たして警察にとって重要なのかな?」

『そりゃあねぇ…』

『警察官に決まってんだろ』

『警察』

『そりゃ身内が殺されたらね』

『命に優劣は無いが、何を捜査するかは選べるだろ』

『敵討ちするだろ』

コメント欄は早々に答えで溢れた。

巡査部長は荒い息づかいでそれを見つめる。

「さて、命は平等だ」

ガチッ

男が回転式拳銃を手に取り、撃鉄を起こす。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」

巡査部長の息づかいは心なしか先程より荒くなった。

両眼の視線は銃口に注がれ、沸き上がる恐怖を表情に張り付かせていた。

「ふふふ、君は………今まで自分が猟師だと思っていたのだろう?銃を向けるのは自分で、向けられる事はあっても、自分を標的として、自分を最初から殺すために計画が立てられ、銃が用意され、その撃鉄が起こされる事など予想もしなかったのだろう………?その表情………恐怖か、それを感じているのか。今更ながらに、その感情を…………全く持って嘆かわしい。警察官なら恨まれてなんぼだろう?自分が標的になる事も頭では分かっていたはずだ。だが、それをいつも考えていられるわけではない。どんな猟師であっても、山に入る時、入っている時、常に頭に自分は殺られるかもしれない等と考えている者は居るまい。まぁ………万に一つ居るくらいだろうな。だが、君は違った。君は自分が射程内に居る事に気付かなかった。そして、そんな警察官達の、いや、殉職者達の中に入れなかった者達の仲間入りをする事になる」

男はそう言いきると、引き金に人差し指をかけた。

バンッ

乾いた銃声が電波に乗った。

巡査部長の悲鳴と共に、赤い液体が巡査部長の額から流れる。

「…………どうだね?気分は?」

男は驚いた顔をした巡査部長に尋ねた。

「どう言うことだ?」

「インク弾、とでも呼べば良いかな。弾丸の形に固めたインクの中にインクを流し込んで、命中した瞬間に固めたインクが割れて、中のインクが出てくるというわけだよ………で、どうだった?」

男がもう一度尋ねる。

『おいおい、なんだよ』

『ふざけんな、さっきまでの気持ち返せ』

『緊張した~』

『殺す気無いの?』

『やっぱパフォーマンスか』

『殺せよ』

『どうせ殺したこと無いんだろ?』

『なんだよ、びびし。たけってんのか?』

コメント欄に書き込んでいる人々は拍子抜けしたようだった。

巡査部長が男に言う。

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だよ。つまり、どう感じた。という事を聞いているのだ」

「どう感じたって………なんなんだって。ふざけてんのかって、思ったよ。今でも思ってる」

「そうか」

男は牛の被り物の首辺りに手を当てる。恐らく、あごに手を当てているのだろう。

「では、おおむね、ふざけている。が、君の頭に沸いた感情かね?」

「そうだよ、お前だって、ふざけんだろ?なんでこんな事!」

巡査部長の疑問に男は答えた。

「ただ……ただ、思っただけだよ。殺される。そう思って殺されなかった人間とは、どのような感情を抱くのか、とね」

ガチッ

男はもう一度撃鉄を起こした。

巡査部長が目を見開く。

「これは……プロローグでは無い、序章でも無い、序曲でも無い、幕開けでも無い、まだ何も始まってはいない。これは、こちらの、今後百年の、意思表示だ」

男は巡査部長の目を見ながら面と向かってそう言った。

「言っただろう?人は自分が生け贄になるか、テセウスになるか、分かりはしないとな」

バンッ

乾いた銃声が電波に踊った。

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