傭兵隊の私戦史

床豚毒頭召諮問

エスニトラー候領某重大事件 前編

机を挟んで二人の男が激しく言い争う。

「私の命令で捕まった事は認める。だが、救出する道理はない」

「しかし、彼は命令を実行したではありませんか」

「だから?」

二人のうちの一人、ヴィタースタンツ侯爵は冷たく言い放つ。

「お前達は傭兵だ。命令に従い、人を殺す。その命令に従った結果、死のうとも雇い主は何の責任も負わない。そういう契約のはずだ」

「しかし、あなたの命令は暗殺でした!傭兵の仕事の範囲外の仕事です!」

そしてもう一人である傭兵隊長バルバロッサは雇い主に食い下がる。

「暗殺者も傭兵も同じだ。金のために人を殺す」

「その点については同じですが、彼はあなたの命令を実行し、見事にハウゼマン枢機卿を殺害して見せたではありませんか!」

「その見返りに助けろと?命令の実行に伴い、生じた傷病については責任を負うが、死については責任を取らないし、捕縛された場合も同様だ。それに、私は遠距離での狙撃が出来る傭兵に枢機卿を暗殺させろとお前に命じたんだ!お前の人選だ!私だけに責任を問うんじゃない」

バンッ!

バルバロッサが机を両の拳で叩く。

「そんな子供騙しで終わる話ですか?彼がもし私の命令であると吐いたら、私は追われる身となる。私は捕まったらあなたの事も言いますよ!全部吐いてあなたにも処刑台に来てもらう!」

「なんだと!なら今すぐ舌をかっ切るか?!」

ヴィタースタンツ侯爵は椅子から立ち上がり、バルバロッサの目を覗き込んで睨み付ける。

「私に火の粉を振りかけるなら、殺すまで。長年の主従関係も今日で最後だ」

ヴィタースタンツ侯爵は啖呵を切る。

「そうならないためには彼を救出する必要があります」

バルバロッサは怯む事無く堂々と言葉を発した。

「…………奴を助けたら……貴様は永遠に裏切らないのだな?」

「もちろん」

「誓え」

「侯爵閣下に誓って……」

「神に誓え」

神。この世界におけるこの存在は地球におけるこれとは比較にならない。

信仰のやり方、考え方で何千何万もの人間が血を浴び、流すこの世界で神ほど絶対的な権威を持つものはいない。

そんな存在に誓いを立てると言うことは万に一つ、いや、億に一つの確率でもその誓いを破っては成らないことを意味する。

傭兵隊長バルバロッサにはそれは出来なかった。

なぜなら

「それは出来ません」

「なぜだ?!」

「私は神を信じていないからです」

現代の日本人は無宗教であると言うが、実際には無宗教と言う宗教に入っているのだ。

なぜなら、それも信仰と言うものの一つだからである。何か信じ、仰いだ時点で信仰であり、それの信者なのだ。

その点で言えば、彼は無神論の信者であったのであったのだ。

「貴様はこの世界に来て日は浅くないはずた。この世界で神を信じていないと良く言えたものだ。口が裂けても言える事ではないのだぞ」

「しかし、私は信じていないのです。存在を信じていないものに誓えと言われましても」

ヴィタースタンツ侯爵は付き合いきれないと言うようにため息をついた。

「そうか、お前は神を信じないという己の信条のためにマクラコフは死ぬのだな」

「閣下に誓うのでは足らぬというのですか?!」

「当たり前だ、馬鹿者。本人の目の前で裏切る可能性を示唆した奴の言う事を簡単に鵜呑みに出来るか!」

「あれは……売り言葉に買い言葉でしょう!」

「そんなもん口実だ!事実として貴様は場合によっては裏切ると宣言したではないか!それに、売り言葉に買い言葉でそんな事をすらすら言えると言う事は、常日頃から私への反逆を考えていたんだろう!」

「何年あなたに忠義を尽くしてきたとお思いか!一時の喜怒哀楽、感情などで断ち切る間柄では無いでしょうに!」

「貴様と私の関係は傭兵隊長と雇い主だ!主従関係だ!それ以上でもそれ以下でも無い!いつだって切り捨て……」

ガチャ

二人が口論する部屋に一人の人物が入ってきた。

その瞬間、侯爵が口の動きが止まった。

傭兵隊長も振り返って両足をそろえて敬礼する。

入ってきた人物は右手の動きで傭兵隊長に

楽にするよう促し、ため息をついた。

「兄さん、この城中にあなたの声が響き渡っては、メイド達が怖がって城の掃除が滞ってしまいます。それに、バルバロッサ隊長が来ているなら私にも声くらいかけていただいてもよろしいのでは?」

「ふんっ、こいつは私に連絡も無く、ここにやってきたのだ。そして、急用であると伝えておきながら用件は一人のとかげの尻尾が捕まったから助けたいという下らん話だ。理性的なお前ならどうするべきか分かるだろ?」

「総督閣下、彼は、マクラコフは優秀な傭兵です!侯爵閣下の命令通りにハウゼマン枢機卿を亡き者としたのです!そんな男が捕まり、明日にもギロチンの刃に首を斬られそうになっている!傭兵としてこれは不名誉な死です!」

侯爵に負けじと、バルバロッサが虜囚(りょしゅう)となった部下の弁護をする。

「死に名誉も不名誉もあるものか。甘ったれるな。なぁ、フェルディナンド」

フェルディナンド総督。

彼はヴィタースタンツ侯爵の弟にして、侯爵の傭兵軍の最高司令官を勤めている人物である。配下に七人の傭兵隊長を従え、五万もの大軍を指揮した事もある優秀な将軍であった。

そんな彼が両者の“自分の味方に付けたい!”という意図を察する事は難しくなかった。

「う~ん、バルバロッサ隊長。君は私の配下の傭兵隊長ではないし、兄さんの命令に従うべきだが参考程度に聞いておく。その、マクラコフ君は今にどこに居るのかね?」

優秀な司令官である総督は、議論の前進を試みた。自分も口論に加わっては何も進まないという合理的な判断のゆえのものだろう。

「はっ。恐らく、マクラコフはルーベントクルツ要塞刑務所に居るものと思われます」

「なに?!となると奴はエスニトラーの野郎の手の内にあると言うのか?!」

怒りを露にして侯爵が怒鳴る。

政敵の話になると侯爵は敏感に反応する。

「なぜそこに居ると?彼が殺したのは枢機卿だ。騎士団の手にあるとは思わないのかね?」

侯爵をよそに総督が疑問を呈する。

「はっ。エスニトラー選帝候は司法権の独立を法に明記しております。そのため、教会から圧力がかかってもマクラコフを引き渡したりしないと思われます」

「エスニトラーの領地で枢機卿は殺された。そして、暗殺者もエスニトラーの領地で捕まった。自分の領地で裁く大義名分はある訳か」

総督は顎に手を当て思案する。

「教会からの圧力をはねのけるとしてもそれは、あくまで選帝候に限った話だろう。裁判官達は教会に“配慮”するだろうし、そもそも、枢機卿暗殺を行った時点で火炙りにされるのは想像に難くない。彼が捕まって何日たつ?」

「今日で四日であります」

「なら、裁判は始まっているな。他の案件より優先されるだろうから連日で裁判を行うはずだ。となると、あと何日彼の命が持つか分からんな」

総督は横目で侯爵を見やる。

侯爵は腕組みをして助けるべきか、否かを考えていた。

「………やれ。やって良い」

長い沈黙の末に、侯爵は命令を下した。

「はっ!直ちに!」

「だが、やるなら徹底的にやれ!お前の部下を総動員しても構わん!何があっても俺の関与がばれるような証拠を残すな!部下が死んだらその遺体は回収しろ!」

「はっ!」

「そうだな………この際だ、大規模な脱獄に見せかけて囚人を解き放て!奴らにはせいぜいエスニトラーの領地を荒らしてもらおう」

「はっ!了解致しました!失礼します!」

そういうと、バルバロッサは満面の笑みで部屋を出ていった。










「雇い主から認可が下りた。今晩にも作戦を実行する」

部屋に入って開口一番バルバロッサはそう言った。

「そんでぇ?作戦は?」

「そもそもそこに居んの?」

「そこ以外あり得ん!」

「下調べも無しか」

「俺達ゃ鉄砲玉かよ」

傭兵隊長に苦言を呈するはこの作戦に参加する我らが二人の傭兵である。

「絶対にそこに居る!心配するな」

「んで、どうすんのよ。ちゃんと作戦はあるんだろうな?」

両腕に通常より一回り大きなガントレットを装備した大柄の男がいぶかしげに言う。

ウガチというこの傭兵は、巨人と言うわけではないが、巨漢の部類には入る体躯をしていて、剣や槍を持たずにガントレットで相手を甲冑もしくは兜ごとぶん殴って殺すという戦闘様式は目を見張るものがある。

「もちろんだ。まず要塞に近付く。回りは平原だから少々難しいかもしれないが、チョウジ君ならばれずに近付けるだろう」

バルバロッサは部屋の真ん中にある机に要塞の見取り図を広げる。

「うん。で、門番殺して侵入すんの?」

物騒な事を言っているが、チョウジと呼ばれた傭兵は先述したウガチの半分も身長は無い小さな少年である。

「いや、壁に近付いて登る。君の革靴の底には刃が仕込んであるだろう?それを使って登ってくれ。登り終わったらウガチ君のためにロープを下ろしたまえよ」

「へーい」

「へいだけに?」

「壁じゃねぇの?」

「同じようなもんだろ」

彼ら二人はこの傭兵隊に入る前から一緒に行動していたと思われる。

それだけ友好関係を築けていて、気心が知れた仲のようだ。

「続けるぞ、城壁を登ったら、弓兵が居るはずだから気づかれないように始末しろ」

二人の会話を遮ってバルバロッサは続ける。

「そうだな、二手に分かれて、一人は弓兵の始末。もう一人は壁の中に入って囚人を解放しろ。看守が居たら始末しろ」

「待て、なんで壁の中に囚人が居んだよ?」

「要塞と言えど監獄は監獄だ。壁の中に牢獄を作ってる。そこにはマクラコフ君は居ないだろうが」

「じゃあ、どこに居んの?」

良い質問だと言わんばかりに得意気にバルバロッサは話し始めた。

「そこがこの作戦の肝だ。恐らくだがマクラコフ君は中央の建物の地下に居るはずた。彼は凶悪犯として牢獄の中で鎖に繋がれているだろう」

「うへぇ……」

「へましたんだ。相応の報いだよ。俺達ゃ基本は後腐れのねぇ関係だ。隊長みてぇにこうも面倒見の良い傭兵隊長はそう居ないぜ」

マクラコフの状況を想像したのだろう。不快感を露にするチョウジにウガチが傭兵について語る。

「傭兵は体が資本、基本は切り捨てとかげの尻尾。雇い雇われ、例え命落としてもあの世の渡し船の賃金すら支払われねぇ。そういうもんさ。ま、とにかく金は使えるうちに使っとけって事だな」

「解放した囚人達は暴動を起こすはずだ。その騒ぎが収まる前に中央の建物に到着しろ。通路は城壁から行くルートか、壁もとい監房ブロックから通じる渡り廊下から行くか。どっちかだ」

「もう監房ブロックって言ってんじゃあん」

「うるさい。私は外でシュムッツァーと待っている。マクラコフを奪還後、シュムッツァーの転移魔法で離脱。分かったか」

「あぁ、わあった。分かったか、チョウジ」

「あん」

「それでは、シュムッツァーが来るまで自由時間だ」

チョウジが疑念を持ったのだろう、目を見開きバルバロッサを見つめた。

「なんだ?」

「いや、シュムッツァーには言わないの?」

「何をだ?」

「作戦を」

バルバロッサは顔をしかめた。

「あいつに言ったらまた、ぐちぐちぐちぐち言うだろう、知らせない方が良いの。お前らも言うんじゃねぇぞ」

「へいへい」

ウガチの返事を聞くとバルバロッサは出ていった。

「あいつ、哲学とか好きなんだよ。今回は一人助けるために何人かの人間を犠牲にするだろ?どんな精神状態なのかとか、色々聞いてくんだよ。面倒だろ」

ウガチがシュムッツァーについて述べる。彼もバルバロッサ同様彼を煙たがっているようだ。

「そうなんだ……普通の人だと思ってた」

「ここにゃあ普通の奴は居ねぇよ」









「あぁ、良い忘れたが」

要塞のある平原に転移した瞬間、思い出したようにバルバロッサは言った。

「二人のうち、最初に登るのはチョウジ君だ。だから、チョウジ君が弓兵を始末したまえ」

「うん、そのつもり」

「あ……」

「お前、細けぇ事毎回言わねぇから迷惑してんだよ」

「……それでな、チョウジ君はウガチ君が登り終わる前に弓兵を全員始末したまえよ。そうでないと……」

「そのつもりだよ」

「上がしっかりしねぇと、下がどうにかするしかねぇんだよ、無能」

「う……あ、す…すまない……」

ちっ。

ウガチが舌打ちをする。

「小物と言う訳ではないが、長としての才覚に欠ける………と言ったところかな」

シュムッツァーが追い討ちをかける。

「う、ま、まぁ、頑張って。作戦開始……」

「うーい」

チョウジの返事が夜の平原に消えた。






ザッ……ザッ………

レンガで作られた要塞の壁をチョウジは大きな音をたてる事無く登っていく。

上を見上げながら登る姿はさながらヤモリかとかげのようだ。

(すげぇもんだぜ)

小さな相棒はいつにもまして凛々しく見えた。

小さな相棒の姿が城壁の上に消える。と数秒後に上からロープが降ってきた。

(さぁて、ぼちぼち始めますか)

俺はロープをつたって壁を登り始めた。





(よし、これで落ちないはずだ。さすがに……)

城壁の兵士が弓矢から身を隠すところにロープをくくりつけたものの、巨漢な相棒をロープが支えきれるのだろうかと心配になった時だった。

何かがこちらにやってくる気配がして、俺は目を凝らした。

一人の弓兵が暗がりの中からこちらに向かってやってくる。そう気づくと、俺はマントの中で片手剣を静かに抜いた。

(どうする、近付いて殺すか?それとも投げ殺すか?)

だが、気付かれてはならない。

悲鳴でもあげられたら一巻の終わりだ。

身を屈めたまま、足音をたてずに後ろに下がった。

近付いてきた弓兵はそのまま俺に近付いてきて……くくりつけられているロープに気づいた。

「……!」

完全に弓兵の注意がロープへ向いたその時だった。

俺は身を屈めながら弓兵の真横へ飛び出した。

「あっ…」

弓兵が気付いたときにはもう遅い。

ズキュ……

俺の片手剣が弓兵の動脈を突き抜いた。

「あ……あ……」

弓兵の体が前に傾く。

俺はそれを支えながら、音を立てないようにゆっくりと下ろした。

(これで良し。あと何人だ)

幸いな事に俺の目は暗がりに慣れている。

夜になっても闇市と賭け事の無い日は、光一つ無い貧民窟で育った事がこんなところで活かせるとは思っていなかった。

(この調子でやってくか)

俺は身を屈めながら、次の標的の元へと向かった。






ちっ。

(ロッククライミング……やっておくんだったぜ……)

ずるっ。

登る度に重心を置いた方の足に装備した鉄靴(鉄の靴。足を守る。鉄製のスニーカーみたいなものと思えばイメージしやすい)が滑って、俺はその度に肝を冷やした。

(くっそ、手が震えてきやがった)

それでも登らねばならない。俺はロープを握る力を強めた。

(やるんだ、何怯えてやがる。チョウジの腕なら、もう弓兵を全滅させて俺を待ってるはずだ。足引っ張ってたまるか)

俺は多少音は出るが、壁に体をくっつけながらゆっくりではあるが確実に登っていく。

(もっと、手早く。早くするんだ)

自分で自分を急かしたが、焦れば焦る程手の震えが止まらなくなっていった。

結局、俺は何度も滑りながら何度も音を立てながら登っていった。この時、城壁に弓兵が居たら、間違いなく見つかって矢ダルマになって地面に叩きつけられていた事だろう。






「よっ、待ったか?」

「いや、さっき終わったとこ」

「そうか……へへっ、思ったより時間かかっちまったぜ」

「ウガチは体が大きいから仕方ないよ」

「へへへっ……じゃ、囚人解放といきますか」

「うん、こっち」

チョウジはウガチを梯子のところへ連れていく。

城壁から内部の監房ブロックに通じる梯子は城壁の床をくりぬかれて下ろされており、即席感が否めないが梯子が固定されていないところを見るに、もしもの時は梯子を外すことも考慮に入れているのだろう。

梯子の下は看守の控え室となっているのか、三人の看守が食っちゃべっていた。

「お前すごいわ。こんな奴らにばれずに弓兵全員殺るとか」

「別に。夜襲なら当然だよ。やくざだって夜に襲われたら弱いもん」

「あぁ……そうか、そうだな。次俺やって良いか?」

「良いよ」

チョウジが言い終わるとすぐにウガチは控え室へと降り立った。

そして、降りると同時に三人の看守に飛びかかった。

一人の看守の顔面にウガチの通常より一回り大きいガントレットが打ち込まれる。

「あぁ…!」

同僚がやれたのを見てとっさに剣の柄(つか)へと手をやった看守の首にウガチの左手が食い込む。

「か……か……」

ウガチは食い込ませた左手を高く掲げ、最後の一人の看守に苦しむ同僚を見せつけた。

「何もするな。こいつの死ぬところを見たいのか?」

「くぅっ…………」

最後の看守は奥歯を噛み締めたがどうする事も出来ず、ウガチに向けていた剣を放り投げた。






ガチャガチ……

「お前ら!仮出所だぜ!!」

ウガチは次から次へと牢屋の鍵を開けながら大声で叫んだ。

「な……やった!」

「おい、早く開けてくれ!」

「やった、自由だ!」

「あぁ、神様……」

「へへっ、復讐してやるぅ……」

監房ブロックに鍵束の音と歓喜の声がこだました。







「何!直ちに鎮圧しろ!」

「城壁内部の牢獄から囚人達が中央へ向かってきます!」

「全員俺に続け!」

「逃がすんじゃねえぞ!門の警備を固めろ!」

「中央の牢屋には凶悪犯ばっか居るんだ!絶対に世に解き放っちゃならねぇぞ!」

「選帝候に連絡しろ!」

「伝令!伝令!市街地方面城壁より伝令です!こちらは壊滅状態、至急援軍を!」

「騎士団に連絡しますか?」

「馬鹿野郎、連中なら逃がすくらいならってまだ出てねぇ奴らまで殺すかも知れねぇ!特に枢機卿殺した奴は目に入った瞬間に殺っちまう!」

「地下牢!そちらは異常無いか!」

「転移魔法急げ!近くの町から守備隊を連れてこい!」

喧騒の中、チョウジは中央の建物に侵入を試みる。

ザッ……ザッ………

(さすがに、外から入ってくるとは思うまい)

ウガチとは違い、素早く城壁をつたって横に移動し、中央の建物の壁の近くでふと止まった。

スッ………。

チョウジは透明な片手剣を抜いた。

チョウジの目線の先には窓ガラスが見える。剣で割って侵入するつもりだろう。

「非力ってのは嫌なもんだぜ」

チョウジはそういうと、剣の刃先を窓ガラスへ向けた。

チョウジは身体中の魔力を剣へ送り込む。

すると透明な水晶で出来た剣は、青白く光始めた。

(割れろ!)

チョウジは剣の中へ送り込んだ魔力で魔導弾を撃ち込んだ。

パリィッ!

窓ガラスが勢い良く割れ、魔導弾が要塞の床で着弾する。とはいっても無属性の魔力なので床が少しへこむくらいしか威力は無いが。

(上出来だ)

チョウジは剣を鞘にしまうと、壁をつたって建物へと急いだ。







バンッ!ドッ!キィン!バァァ……ドッ……!

囚人達は殺した看守から武器を奪うなり、素手で飛びかかるなりして、鎮圧しにきた看守達と戦い始めた。

(喰らえっ!)

ウガチはそんな乱闘の中で看守を蹴散らしながら中央の建物へと急ぐ。

「やぁぁっ!」

看守がウガチを突き刺そうと繰り出してきた片手剣を、ウガチは造作もないと言わんばかりにガントレットでつかんでその動きを封じてしまった。

「なぁっ!くっ……うっ……」

看守が剣を引き抜こうとするが、うんともすんとも言わず、一向に抜ける気配はしない。

「おい」

ウガチはそのまま周りの看守を見渡して怒鳴った。

「俺と張り合える奴出てこい!死にたくない奴は道をどけろ!」

ウガチの怒鳴り声に看守達は完全にびびってしまった。

ウガチは剣を離すと、一気に駆け出した。

剣を抜こうとしていた看守の倒れる音が背中から聞こえてきたが、気にも止めずに中央の建物へと一心不乱に突入する。

看守達はウガチを防ごうと剣を振るったが、ウガチはそれを全て腕の動き一つで凪払い、そのまま看守の人垣を力任せにこじ開けて、一切走る速度を落とさなかった。








キィン!キィン!ズキュ……!

チョウジは地下へと続く螺旋階段(らせんかいだん)を守っていた看守を右手に持った剣と左手に持った短剣で圧倒する。

(待ってろよ、マクラコフのおじさん)

チョウジは螺旋階段を駆け降りると見た事がある顔を探しながら「マクラコフのおじさん!」と叫んだ。

檻の中の囚人達は男も女も下着を着けている者が稀で両足首に鉄球付きの足錠を着けていた。

ほとんどの者がボロ雑巾のように傷だらけで、鞭で叩かれたのであろう大きなみみず腫が見立つ。

(くっ、この世の地獄はコウノベリじゃねぇのかよ)

「マクラコフのおじさん!マクラコフのおじさん!どこだ!」

助けを呼ぶ気力も無い囚人達を見渡しながら、チョウジはマクラコフを探す。

すると、チョウジの目に一人の囚人が目に入った。

天井から手首にある腕輪で吊るされ、身体中みみず腫だらけで、両足首は固定され鉄球がつけられている。顎からは血を出していた。

極めつけは胸に大きな焼き印がある事だった。

見るも無惨なその囚人は、明らかに他の囚人とは対偶が違った。

「マクラコフのおじさん!マクラコフのおじさん!おい!返事しろ!」

チョウジは鉄格子を揺さぶって大声で呼び掛ける。

マクラコフは少しだけうなだれた顔を上げて、ぁぁ……と声になら無い声を発した。

「今助けてやる!」

チョウジは牢屋の番号と同じ番号の鍵を見つけて、鍵穴に半ば突き刺すようにして回した。

ガチャッ!

牢屋の鍵が開くと同時にチョウジは乱暴に鍵を開けると、マクラコフの両手の腕輪を魔導弾で撃とうとするが、すぐに舌打ちをした。

「なんで!くっそ、充填忘れてんだよ!」

チョウジの水晶の剣は、魔力を注ぎ込む事で魔導弾や魔力の刃を放つことが出来る。だが、彼はまさかマクラコフがこんな状態になっているとは露知らず、魔力を充填していなかったのだ。

めぐまるしく変わる状況への対応能力が足りないと言えばそれまでだが、誰がここまでひどい有り様であると想像できるだろうか。

「くっそ、くっそ、くっそ、くっそ、くっそ!」

チョウジは今すぐ救えないという失意から発狂してしまった。

だが、ヒーローは遅れてやってくるものである。

「うっわぁ……周りの奴らよりひでぇじゃねぇか!おい、マクラコフ!すぐにこんなの壊してやるぜ!」

ウガチは牢屋に入ってくるとすぐにマクラコフの右手首の腕輪と天井を繋ぐ鎖をつかむ。

「うあぁっ!」

そして、それを力任せに引っこ抜いた。

「すげぇ!すげぇよ!ウガチィ!やっぱウガチは最強だぁ!」

さっきまでとは打って変わってチョウジは満面の笑みを浮かべてはしゃぐ。

ウガチはそのままの勢いで左手首の腕輪と天井を繋ぐ鎖も引き抜いてしまった。

「よっと……!へへっ、パワーこそ力だぜ。おらぁぁっ!」

ウガチは天井と腕輪を結ぶ鎖が壊された事によって床へ叩きつけられそうになったマクラコフをキャッチすると、使い古された決め台詞を言う。

ウガチはそのままマクラコフをお姫様抱っこして連れ出す。

「ごめんな!がさつでよ!許してくれな!チョウジ!俺戦えねぇから……」

「守るよ、任せろ!」

二人は螺旋階段へ向かうと、一気に駆け上がった。






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