目指すは温泉地?

 おさないとはいえ、ダンテが見つけたのはドラゴンというモンスターだ。

 しかも討伐対象なのだから、無視するわけにはいかない。


「荷物持ちとはいえ、俺のやるべきことは決まってた。他の冒険者やモンスター専門の狩人に声をかけて、討伐してもらうべきだった」


 ダンテはそうしなかった。


「でも……俺はあの時、ドラゴンを見逃した」


 くるりと背を向けて、誰も呼びもせず、その場を立ち去った。

 ほんの数十秒も顔を合わせていなかったダンテだが、なぜか嫌というほど、あの時遭遇した金色のドラゴンの目を彼は覚えていた。

 それは恐らく、向こうも同じだろう。


「きっと、気まぐれだったんだろうな。その気まぐれが、惨劇を引き起こしてるんだ」

「ドラゴンを直接殺したのは、他の人なんでしょ? たまたま顔と名前を覚えていたのがダンテだって、それだけだよ!」

「覚えてた相手の名前を呼ぶなんて、はた迷惑だよね」

「気に病まないでくださいな、おじ様」


 腕を組んで深く息を吐いたダンテを、仲間やマリーが慰めた。


「……そうだったら、いいんだがな」


 ダンテは悪くないのだ、と仲間達が正当性を話し合う中、アルフォンスは静かに彼に耳打ちした。


「ダンテさん、マリーはともかく……私は、依頼を遂行したのは貴方ひとりだと、クロード大宰相さいしょう様から聞いていますが」


 そう。

 ダンテは仲間達に、嘘をついていた。

 ドラゴンを討伐したのは、実はダンテ・ウォーレン本人だったのだ。

 当時から特級冒険者として国王からの勅命を受けていた彼が、凶暴にして強大なドラゴンを、ただひとりだけで皆殺しにしてしまったのである。

 つまりダンテは、自分が殺したドラゴンの一族の最後の生き残り――金色のドラゴン、ギラヴィから狙われているのだ。

 ギラヴィがダンテの名前を呼んでいるのは、どこかで彼の名を知ったからだ。

 自分の同胞を殺し、今なお仲間に言えない秘密を抱えるダンテという――仇敵きゅうてきの名を。


「事実を話すのが、いつでも正しいわけじゃないさ」

「隠し事が多いのですね。いつか、今以上に痛い目を見ますよ」

「どうも」


 軽く忠告を受け流したダンテの隣で、アルフォンスは肩をすくめた。


「ああ、そういえば、ここからゴドス山まではかなりの日数を要します。なので中継地点として、宿を用意しました」

「この辺りは高級宿ばかりだぞ、どこにとったんだ?」


 彼は少し自信ありげに、にやりと笑った。


「もう少し先にある温泉街――ユドノーです」

「「ユドノー!?」」


 アルフォンスが宿泊地を教えた途端、女性陣が一斉に立ち上がった。

 その勢いは、大きな馬車が揺れるほどだ。


「なんだお前ら、食いつき良すぎるだろ!」


 思わずずっこけそうになったダンテに、美少女達の視線が注がれる。


「むしろどうして、ダンテさんはそこまで鈍い反応でいられるのですか!?」

「ダンテ、ユドノーは知ってるよね!?」

「そ、そりゃあ知ってるぞ? 貴族連中や富裕層が使う温泉地だ、それがどうした?」

「ユドノーといえば、リットエルド王国に住む全女子の憧れですよ!」


 特にオフィーリアは、幽霊屋敷を脱出した時よりもずっと目を輝かせている。

 まるで、1億エメトの宝くじを当てたかのような喜びようだ。


「街全体が温泉地で、山を見ながらお風呂に入れる。お金持ちしか行けないから、冒険者や一般人とは縁遠い場所。ボク達にとっては、ステータスみたいなもの」

「入るだけでお肌つるつるになる、かけながしの温泉は言うまでもなしですの! 大けがを負った騎士が3日ほど湯治するだけで完治した話も残っていますわ!」

「特産品の温泉卵はチョーゼッピンで、王都だと1個買うのに300エメトもいるのに、ユドノーだと50エメトで買えちゃうんだよ!」

「私が聖職者だった頃は、富裕層でもごく一部の方々しか街に入ることすら許されませんでした! そんな街に行けるなんて、夢みたいです……!」


 どうやらユドノーというのは、女性からすれば憧れの的らしい。

 ダンテとアルフォンスにとっては、ただの宿泊地なのだが。


「あ……で、でも……お高いんでしょう……?」


 不意に費用が気になり、下手に出て手もみするセレナに、アルフォンスが答えた。


「安心してください。費用はすべて騎士団が持ちますよ」

「「やったーっ!」」


 彼が答えた瞬間、もう一度馬車が揺れた。

 しかも今度は、さっきよりずっと大きな衝撃なのだ。


「ユドノーから少し離れたところでは、ワイバーンの目撃証言もあるんです。マリーも、あまり気を抜かないよう……」

「「温泉温泉おんせ~んっ!」」

「温泉ですわ~っ!」


 アルフォンスが忠告しようとしても、『セレナ団』は聞いてもいない。

 しかもいつだって兄の命令を優先するハイデマリーですら、いがみ合っていたセレナと手をつないで喜ぶ始末だ。


「ユドノーでがっつり回復して、ドラゴンをぶっ飛ばすぞーっ!」


 温泉地で何を食べようか、何を買おうか、どんな湯につかろうか。

 わいわいとはしゃぐ女性陣を見て、本来の任務すら忘れているのではないかと、アルフォンスは半ばはらはらしてすらいるようだ。


「まったく、ついさっきまで喧嘩していたというのに……」

「女の子ってのは、そういうもんだろ?」

「念のため、もう一度警告しておきましょうか」

「よせ。マリーとセレナ達が一緒になってはしゃぐなんてそうそうないかもしれないんだ。ここはそっとしておいてやれ」


 どっかりと座席にもたれかかるダンテの慣れた様子を、アルフォンスは尊敬半分、戸惑い半分の目で見つめた。

 規範に則る騎士の在り方で言うならば、ここは彼女達を咎めるべきなのだ。

 ところが、ダンテはあえて放っておくと言った。

 つまり、ダンテという人間は、いざという時に彼女達をまとめられるカリスマの持ち主であると、アルフォンスは思った。


「……まるで気まぐれな台風だ。よくパーティーをまとめられましたね、ダンテさん」


 敬意を込めた彼の言葉に、ダンテは首を横に振った。


「まとめちゃいないさ。俺はただ、台風に乗っかって進むだけだ」


 意外な返答に、アルフォンスはきょとんとするしかなかった。

 少しだけ楽しそうに笑うダンテを乗せて、馬車はとことことユドノーへと向かうのだった。

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