ドラゴン狩り

「さて、ダンテさん、ここからは私の質問です」

「なんだ、アル?」


 からりとした調子で返事をしたダンテに、アルフォンスが聞いた。


「あの金色のドラゴン――ギラヴィと貴方の関係を、教えてください」


 馬車の中に、ピリリと緊張がはしった。

 というのも、金色のドラゴンとダンテ・ウォーレンの間に何かしらの関係性があるのは明白で、誰もが気にしていたからだ。


「……やっぱり、話さなきゃダメか」


 ダンテはというと、さほど言い渋りはしなかった。

 どうして隠していたのかと疑うほどに、ダンテはあっさりと話し始めた。


「俺があいつと初めて会ったのは、10年ほど前……『ドラゴン狩り』の任務の最中だ」

「『ドラゴン狩り』に……ダンテさんが?」


 彼にとっての忌々いまいましい思い出は、オフィーリアの疑問とともに始まった。


「オフィーリア、気になることがあるの?」

「20年以上前の知識で申し訳ありませんが、あの時はドラゴンを狩るのは一部の騎士だけだったはずです。冒険者の依頼には決して回されず、王国側から認められた冒険者に、任務として命令が下るんです」


 ふむふむ、とセレナとリンが頷く。

 知識は20年前からなかなかアップグレードされないが、こういう時、一番知識量が頼りになるのはオフィーリアである。


「しかもB級どころか、A級になりたての冒険者ですら決して声はかけられません。相応の熟練者、A級冒険者でもひと握りのパーティーにだけ……そんな任務に、どうしてダンテさんが?」

「確かに。ダンテがいくら強いって言っても、C級冒険者だもんね」

「そもそも10年前だと、ダンテってただの浮浪者じゃないの?」

「浮浪者って言うな……あの頃は冒険者になりたてで、役割が荷物運びだったんだよ」

「荷物持ち!?」


 ハイデマリーが驚いた。

 一方でセレナは、ダンテが自分達と似た境遇にいたのが予想外だった。


「へー、ダンテもあたし達と同じような時期があったんだね」

「そりゃそうだ。冒険者の始まりは、誰だって同じだからな」


 D級から始まった冒険者ライフが、いきなり荷物持ちからスタートするのは珍しくない。

 むしろ、強い冒険者に守ってもらいながら基礎を学べる良い機会でもあるので、その辺りの事情を知っている新人は、存外荷物持ちをやりたがる。

 ところが、冒険者界隈の雑学を知らないハイデマリーは、湯気を立てていきどおった。


「おじ様ほどのお方が、荷物運びを!? 許せませんわ、荷物を運ばせた下賤な連中を今からでも見つけ出して、牢屋にぶち込んでやりますわ!」

「落ち着け、マリー」


 アルフォンスが肩を叩くと、彼女はハリセンボンのように頬を膨らませながら、渋々席に座った。

 きっと頭の中では、ダンテを雑用に使った連中を叩きのめしているに違いない。


「オフィーリアさん、今はそれなりのサイズであれば、冒険者でも討伐できるようになったんです。もちろん、A級冒険者であるという条件付きですがね」

「じゃあ、ダンテがドラゴン狩りに参加しててもおかしくないんだね」

「ま、そういうわけだ。もっとも、他のやつらがみんな嫌がったから、貧乏くじを引いただけと言ってもいい」


 ドラゴン狩りなど、同じ立場であればだれもが随伴ずいはんを断るだろう。

 D級冒険者としてスライムを倒している頃に、怪獣の相手などしたいわけがない。

 そんな中、ダンテはあまたの猛者と共に、堅牢けんろうなる竜の山の要塞に挑んだというのだ。


「任務は単純明快、とあるドラゴンの一族の殲滅せんめつだ。ゴドス山周辺を根城にする羽の生えたトカゲを、1匹残らず駆逐くちくしろってのが命令だった」

「そのような任務、わたくしは聞いたことがありませんわ」

「極秘中の極秘だ。今話してるのは、秘匿ひとく義務が終わったとでも思ってくれ」


 誰も知らない任務がどんな結末を迎えたかは、知っての通り。


「任務はあっさりと進行した。ドラゴンも人間が、ここまで本気を出してくるとは思ってなかったんだろうな。ほんの半日ほどで、ドラゴンは山から姿を消した」


 馬車に『セレナ団』の沈黙が流れた。

 いくら人間が強いといっても、ドラゴンをひと晩で皆殺しにできるとは。


「ドラゴンを消すって……できるの?」

「ボク、聞いたことがあるよ。ドラゴンは騎士が束になっても敵わないって」

「そんなの、ずぅっと昔の情報ですわ」


 グライスナー兄妹はというと、そう驚いた様子ではなかった。

 特にハイデマリーにいたっては、常識も知らないのか、と言いたげに鼻を鳴らした。


「モンスターに関する研究が進めば進むほど、討伐もたやすくなりました。いくつか部隊を集めれば、今はドラゴンの討伐に犠牲者を出さないほど、敵は調べ尽くされています」

「当時は冒険者だけじゃない、モンスター討伐にのみ特化したその道のプロも同伴させた。人間が本気を出せばどうなるかってのを、知らしめるためにな」


 ダンテを含めた、恐ろしい人間。

 家畜や他のモンスターを食い尽くす凶暴なドラゴンを、野兎のうさぎを狩るよりも簡単に滅ぼしてしまう種族。

 セレナやリン、猫耳族の心に浮かび上がった感情は、敬意よりも恐れであった。

 人間の残虐性に対する、言いようのない恐れの感情だ。


「……獣人だから言えるわけじゃないけど、人間って怖いんだね」

「美食のために、他の種族を滅ぼすようなやつらが、怖くないわけがないだろ」


 己の行いをかえりみるように、ダンテは吐き捨てるように言った。


「とにかく、ドラゴンは壊滅した。周辺のモンスターもろともな」


 彼は目をつむり、過去に思いを馳せた。

 まぶたの裏に浮かび上がる光景は、赤く燃える山々と、ドラゴンの亡骸。

 その中心に立つ、血濡れのナイフを携えた自分と――向かい合うモンスター。


「ただ、俺は1匹だけ、あるドラゴンと会ってしまったんだ……金色の鱗に覆われた、幼いドラゴンとな」


 轟々と炎を巻き上げる木々の中心にいたのは、怯えた目でこちらを見るドラゴン。

 金色に光り輝く鱗を持つ、世にも珍しい竜だった。

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