ウンコとドラゴーレム

 少し前に受注したクエストは、アイテムの採取だけなのに報酬がやけに高かった。

 セレナ達は喜んだが、笑顔はたちまち消え去ることとなる。


『……ねえ、もしかして今回の採取アイテムって、牛のウンコ?』


 平野の真ん中にもりもりと重なった、異臭いしゅうを放つ大便だいべんの山を目の当たりにして。


『正確にはブリーカウってモンスターの排泄物はいせつぶつから採れる、『牛煌石ぎゅうこうせき』だ。生成される確率は低いが、薬に使われる、稀少きしょう価値の高いアイテムだよ』


 顔をしかめるセレナとリンに説明しながら、ダンテは少し離れたところを指さす。

 黄色い肌の牛型のモンスターが、今まさに肛門からひりだしているのは、目の前に鎮座ちんざすると同じだ。

 まさか、もしやと嫌な想像を巡らせるふたりに、ダンテは言った。


『手に入れる方法はひとつ……糞を漁る。お前ら、頑張ってくれ』


 ウンコの山に手を突っ込み、稀少なアイテムを採れ、と。


『はぁ!? ダンテが取ってよ、男でしょ!?』


 当然、セレナはものすごい形相でダンテに詰め寄った。


『冒険者に男も女もあるか。というかお前ら、師匠にウンコ触らせる気かよ』

『ダンテは仲間で師匠じゃない……リン、どこ行くのさ!』

『ボク、お腹痛いから帰る』

『嘘つけーっ!』


 こそこそと逃げようとしたリンの尻尾を掴んで、セレナが無理矢理引き戻した。

 いずれにしても、日が暮れるまでウンコの前で言い合いをしているわけにはいかない。


『埒が明かないな……こういう時は運に任せるとするか、じゃんけんで決めるぞ』


 ダンテの提案に、ふたりも頷いた。


『いいか、恨みっこなしだ』

『よーし!』

『分かった』


 ぐっと利き腕の拳を握り、指で窓を作り、手に息を吹き当てる。


『『じゃん、けん、ぽん!』』


 そして3人同時に、手を振り下ろした。

 ダンテはグー、セレナもグー、リンは――チョキを出した。

 勝者がにやにやと笑い、敗者は干した果物のように顔がしわしわになる。


『リンの負けだな』

『ぐ、ぐぬぬ……!』


 それでも、負けたのならば仕方ない。かなりまごつきはしたものの、リンは意を決した。

 服の袖を思い切りめくって、ウンコに手を突っ込んだのだ。

 腕を奥に進めて動かすたびに、肌にぐちゃぐちゃと不快な温かさがまとわりつき、リンの耳と尻尾がびくりと跳ねる。


『生ぬるい、それに……くちゃい……!』


 しかもブリーカウのウンコは、近くで嗅ぐと、さっきよりずっと臭いのだ。

 いやらしい笑顔を浮かべるダンテとセレナを呪い殺さんとばかりに凝視ぎょうししながら、しばらくの間指を動かした末に、とうとうリンはウンコから手を抜いた。


『……と、採れた! 採れたよ、もう近くの川で洗い流してきていいよね!?』


 彼女の手に握られたのは、他のウンコとは違う黒い塊。

 紛れもなくこれこそが『牛煌石』だと、リンは確信した。


『いや、ただのウンコだぞ』

『硬いウンコだよ』


 ウンコだった。

 ウンコを高級アイテムだと言い張り、リンはそれをかかげていたのである。


『~~っ! う、ううぅ~~っ!』


 臭いやら恥ずかしいやら、リンは顔を真っ赤にして、ヤケクソ気味にもう一度ウンコに手を入れた。

 そんなこんなで、無事にアイテムは納品できたのだが、リンはしばらくの間お面を貼り付けたような無表情でふたりに接していた。

 この一件がダンテ達の言う『ウンコ手づかみ事件』だ。


「あれから何日も、リンの右手からウンコの臭いがしたんだよねーっ」

「……ダンテ、まだ恨んでるから……!」


 ギルドの前まで来た3人のうち、セレナは大笑いし、リンはダンテを睨んだ。


「なんで俺に恨みをぶつけるんだよ。というか、ちゃんと洗ったのに臭うのか?」

「獣人はたいてい、鼻が利くの」


 セレナが、ひくひくと鼻を動かした。


「ダンテも人間にしてはすっごく鼻がいいけど、あたし達や犬耳族には敵わないね!」

「まさか。本気になれば、お前らよりずっと遠くの匂いを嗅ぎ分けられるさ」


 試すようにダンテが笑い、3人はギルドの中に入ってゆく。

 目抜き通りよりもずっと人で賑わう冒険者ギルドにいるのは、その8割以上が冒険者で、残りはスタッフと受付嬢、併設したカフェの従業員だ。

 さらに冒険者の内訳は、C級が6割、B級が3割と5分。

 残り5分のA級冒険者はというと、たいてい長い日数を要するクエストを受けているので、他の冒険者と関わるタイミングすら少ないのである。


 閑話休題。

 ダンテがカウンターまで来ると、受付嬢が後ろのボードから紙を取った。


「こんにちは、ダンテさん! 頼まれていたクエストの受注は完了していますよ!」


 そのままカウンターに置かれた紙を受け取ったダンテの隣で、セレナ達が首を傾げる。


「頼まれてた? ダンテ、何をお願いしてたの?」

「ああ、昨日の内から討伐クエストを探してもらってたんだ。なるべく高額の報酬で、ギルドの評価も上がるようなものをさ」

「お、そりゃいいね! どんなクエストなの?」


 テンションが上がったセレナに、彼は書類の内容を読み上げた。


「――『ドラゴーレム』の討伐だ」


 途端に、ふたりの顔から血の気が引いた。


「……え、マジで?」

「そいつはまずいよ」


 こんなリアクションは想定していなかったのか、今度はダンテが驚いてしまう。


「なんだ、お前らがドラゴーレムを知ってるのは意外だな」

「サマニ村の近くにも、たまに来るんだ。ボクらは皆、そいつが来たら避難してた」


 頷くセレナとリンの顔からして、ドラゴーレムがかなり危険なモンスターだというのは、ふたりにとっての常識らしい。


「大の大人10人で束になっても、ボロボロになって帰ってきたし……ドラゴーレムを見たらとにかく逃げろ、ってのが村の決まりになるくらいのバケモノだよ!」

「それを、まだC級冒険者のボクとセレナが倒すなんて……」

「今回ばっかりは、相手が悪いかも……」


 いつになく弱気なふたりは、クエストにすっかり及び腰だ。

 彼女達のモチベーションを考えれば、別のクエストを受けるのも手だろう。

 しかし、ダンテは彼女達を気遣うつもりなど毛頭なかった。


「あー、そうかそうか。お前らみたいなじゃ、ドラゴーレムの討伐なんて絶対無理だよな!」


 むしろその真逆で――あおる言葉で、ふたりをきつけたのだ。

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