3人の日々

 ダンテがセレナ、リンを拾ってから数日が経った。

 彼らの泊まる宿の中庭では、朝から昼の間まで騒がしくなる時間がある。


「――とおぉーうっ!」


 それは彼女達がダンテの指導の下、戦闘訓練をする時間だ。

 今日もまた、尻尾で木剣を掴んだセレナが、素手のダンテとぶつかり合っていた。

 しかも彼女の動きは、初めて彼と戦った時よりもずっと鋭く、機敏きびんで、がむしゃらさを感じさせない洗練されたものとなっているのだ。


「いいぞ、セレナ! 俺だけじゃない、後ろのリンの位置も常に意識しろ!」


 彼が教えるまでもなく、セレナは自分とリンの位置を把握している。

 少なくとも、仲間に誤射をさせてしまうようなマヌケな失敗はしない。


「リン!」

「ラジャー」


 攻撃を続けるセレナの呼びかけに応じて、リンは魔導書を光らせ、呪文を読み上げた。


「『踏まれた土くれ、お前が呑みこむ者となれ』」


 すると、彼女の足元がめきめきと膨れ上がったかと思うと、地割れの如くダンテのそばまで届き、魔法が彼の足場を持ち上げてしまった。


(土属性の魔法……地面を隆起りゅうきさせて、俺の姿勢を崩すつもりか)


 うまくいけば、彼が転んでいるうちに木剣の打撃を叩き込めるだろう。


「よし、これなら!」


 セレナもそうなると確信したが、相手はダンテだ――簡単にはいかない。


「甘いぞ」


 つまずいたように見えたダンテは、なんと隆起した地面に手の指を突き刺して、体を支えてしまったのだ。

 彼が必ず転ぶと思っていたセレナの一撃は、そのせいで空振りしてしまった。


「え、ええっ!? 指だけで体を支えて……」

「ぼさっとするな」

「んぎゃっ!」


 驚くセレナの頭に、立ち上がったダンテのげんこつが命中した。


「リンもだ」

「あてっ」


 いでたちまち距離を詰められたリンの頭にも、げんこつを一発。

 ひりひりと痛む頭を抑えるふたりを交互に見て、ダンテは満足げに鼻を鳴らした。


「今日も賭けは俺の勝ち、一撃も与えられなかったな。約束通り、次の食料品の買い出しはお前らに任せたぞ」


 落としてしまった木剣や魔導書を拾い上げながら、セレナもリンも口を尖らせる。


「うーん……昨日よりは絶対にうまくいったはずなんだけどなあ……」

「ボク達、本当に強くなってるのかな?」

「何言ってんだ。訓練を始めてまだ数日だが、ふたりとも、めきめき上達してるぞ」


 ふたりの疑問に、ダンテが当然のように答えた。


「セレナはほとんど無意識にリンの場所を把握して、攻撃しながらも魔法の邪魔をしないポジションにつけてる。リンは魔法の発動回数を最小限に減らして、一番効果のある時に撃てるようになった」


 ダンテの目から見ても、ふたりの動きは初日とは比べ物にならない。

 彼女達の実力が想像以上に低ければ、ダンテはもう少しレベルを落とした基礎的な戦闘訓練に変えるつもりだったが、その必要もないだろう。


「少なくともお前らの実力は、もう新米冒険者の域を出てる。俺の教えのたまものだな」


 自分には教師の才能もあったのかとひとりごちて、ダンテは腕を組んで頷いた。


「確かに、リンの場所がなんとなくわかるかも! ダンテの教えかはともかく」

「ボクも、魔法を撃っても疲れなくなった。ダンテの教えかはともかく」

「ひどくないか?」


 もっとも、今時の若者は教えを大事にしないものだ。

 ちょっぴり生えたひげをさすりながら、ダンテはちょっぴり寂しそうにため息をついた。


「とにかく、ここまでやれたなら上出来だ。それじゃあ、今日もクエストを受けに行くか」

「「はーい!」」


 こうして訓練が終われば、3人は軽く汗を流してからギルドに向かい、受付嬢からクエストの一覧表をもらいに行く。

 特に買い出しなどがない日は、ダンテ達は冒険者活動にいそしんでいた。

 軽く準備を整えて、宿屋のおかみと娘に挨拶して宿を出るのもいつも通り。

 ギルドまで一直線に続く目抜めぬき通りを歩くのも、いつも通りだ。


「そういえば、ダンテと出会ってもう半月も経つんだね」


 冒険者や行商人ぎょうしょうにん、様々な人間や獣人が行き交う中、ふとセレナが思い出して口を開いた。


「フレイムリザードを討伐してから、C級に昇格した。受けられるクエストも増えた」


 リンの言うように、ふたりはあっという間にC級冒険者に昇格できた。

 巨大なフレイムリザードを討伐した実績が認められたのと、その後に何度か連続でクエストを成功させたのもあって、昇格はあっという間だった。


「ま、だいたいは俺がどうにかしてやったけどな」


 ダンテが歯を見せて笑うと、セレナがむくれる。


「むーっ! そんなことないよ、あたし達だって大活躍してたじゃん!」

「そうか? セレナは『スカーウルフ』を追いかけてひどい目に遭ってただろ」

「あ、あれは……!」


 だが、ダンテがとある話を切り出すと、急に彼女の顔が赤くなった。

 リンもくすくすと笑いだす話は、さかのぼること2日前にあった、スカーウルフと呼ばれる凶暴なモンスターを討伐するクエストの最中に起きた事件だ。

 クエスト自体は単調で、森にいたモンスターはセレナが簡単に斬り伏せた。


『やった、スカーウルフ討伐! もう1頭は逃げたけど、すぐに追いかけよう!』

『納品する分の毛皮は、もう足りてるよ』

『追加で狩れば、その分報酬がもらえるじゃん! リンとダンテは待ってて、あんなの、あたしの爪でパパっと細切こまぎれにしちゃうからさ!』


 ダンテは無言でリンの意見に賛成したが、セレナは欲を出して駆けてしまった。

 森の中に姿を消した彼女がいつ戻ってくるのか、リンは少しだけ心配そうにしている。


『行っちゃった』

『なに、すぐ戻ってくるさ。なんせスカーウルフは……』


 リンの隣で眉を動かすダンテが話している途中に、彼の予想は的中した。


『……ぬ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ絶対死ぬっ……!』


 鼻水と涙をまき散らして、セレナが戻ってきた。

 ――しかも後ろに、雄たけびを上げる9頭のスカーウルフを引き連れて、だ。


『最低でも10頭で群れパックを構成するからな。いい勉強になったろ?』

『はひ、はひ、た、たっ、助けてぇーっ!』


 けらけらと笑うダンテのところに全力疾走してくる、迫真極まりないセレナの顔は、忘れようと思っても忘れられないだろう。

 結局スカーウルフは全部ダンテが討伐したのだが、セレナはしばらく腰を抜かしていた。

 あの時の話をすると、リンが今みたいに、珍しく口を押さえて笑うのだ。


「狼に追いかけられてるセレナ、すごい顔だった。ふふっ」


 ただ、セレナもカウンターになる話題をもっている。


「ふん! リンだって、すっごく恥ずかしい経験があるでしょ!」

「ああ、確かにあったな。ありゃ今でもお笑いぐさだ」

「む……お、思い出させないでよ」


 今度はリンがリンゴのように頬を膨らませるが、当然セレナは口を閉じない。


「ダメダメ! 『ウンコ手づかみ事件』は、ぜーったい忘れられないもんね!」


 しかもリンに関する失敗談の方が――セレナより、ずっと恥ずかしいのである。

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