セレナの夢、リンの理由
「――よーし、これからお前達を一流の冒険者に鍛え上げてやる!」
次の日の早朝、セレナ達はダンテにたたき起こされ、宿の中庭にいた。
雑草が伸び放題の庭に連れてこられたふたりの前に立つのは、つけ髭を揺らし、木剣を地面に突き刺して、鬼の
もちろん、セレナもリンも怯えてなどいない。
ダンテがどんな人間かを知っているから、むしろ妙なキャラ付けに困惑しているようだ。
「……なんか、ダンテの方がノリノリじゃない?」
「昨日はめんどくさそうだったのに、変なの」
「訓練中は私語禁止っ!」
木剣を突き出すダンテの目は、ふたりが気味悪がるほどの熱意に満ちていた。
「俺のことは師匠と呼べ! あと発言の前と後ろにサーをつけろ! B級に昇格するまでは泣いたり笑ったりできなくしてやるから、そのつもりでいやがれ!」
「えーと、昨日とキャラ違くない?」
「サーをつけろ!」
「……サー」
恐らく、どこかで鬼教官だの、熱血教師だのの情報を取り入れたのだろう。
騎士を鍛える学校では、こんな話し方をする厳めしい教官がわらわらといるらしいが、ダンテには何とも似合わない。
(ダンテ、形から入るタイプなんだなあ)
ただ、いつまでもこの態度では、訓練しようとも思えない。
「あのさ、あたし達は確かに戦い方を教えてほしいって言ったけど、師匠と弟子ってノリじゃなくない?」
セレナが提案すると、リンも同意した。
「そもそも、ボクらってランクも同じくらいの、下級冒険者同士だよね」
「周りの目線も、なんか痛いしさ……」
そう言われて、ダンテは中庭に面した通りを歩く人達の顔を見た。
誰も足を止めないが、なんだか白い目でこちらを見てゆくのだ。
「ダンテのやつ、何してんだ?」
「ママ、変なおひげー!」
「こら、見ちゃいけません!」
冒険者だけでなく、親子にもおかしな人だと思われているのだと悟ったダンテの頬が、
「……それもそうだな。じゃあ、師匠もサーもなしだ」
そしてたちまち、つけ髭を外して捨ててしまった。
(つけ髭、外しちゃった!)
(飽きるのも早い!)
ふたりが内心ツッコむのも構わず、ダンテは何事もなかったように話し出した。
「さて、オババの店の前でセレナが言ってた通り、フレイムリザードの成体も倒せないんじゃ、冒険者として成り上がるのはまず無理だ。その途中で、モンスターに食い殺されるか、悪党に奴隷として売り飛ばされるだろうな」
モンスターに食われるのも、捕えるはずだった悪党に捕らえられるのも、冒険者の末路としてはよくある話だ。
ひと口でぺろりと食べられてしまうのはまだましで、奴隷として売られれば、これまで持っていた人権のすべてをはく奪される。
およそ人間扱いされない悪夢の中で、こうなった連中は誰もが後悔するのだ。
――ああ、どうして冒険者になんてなってしまったのか、と。
そうなるのが早いか遅いかだけで、セレナ達の実力では前者である。
「やっぱりそっか……あたし達、けっこう腕に自信はあったんだけどなーっ」
「冒険者は誰だってそうだ。弱気なやつなんて、ひとりもいないさ」
「他の冒険者も、ボクらみたいに訓練とかするのかな」
「あまりそういう話は聞かないな。最初から才能があるか、死線を
多くの場合、冒険者を
特に慢心は非常に多く、地元で腕っぷしが自慢だった、小さなモンスターを何度も狩ったなど、新米の自慢話は枚挙にいとまがない。
もっとも、それは同じくらい、冒険者の
だから引退は珍しい話題ではないし、ある意味では勇気ある決断ともいえるのだ。
「言っとくけど、あたしは引退なんてしないよ! A級冒険者になるまで、絶対!」
しかし、セレナは強く首を横に振って、ダンテを見つめた。
「ほう、A級冒険者になるのが夢なんだな」
「あたしのアニキは、元B級冒険者だったからね!」
「なるほど、憧れってやつか」
親兄弟が冒険者だから自分も冒険者になる、というのもよくある動機だ。
「どうだろ? 『ブッ殺したい』って気持ちは、憧れと同じなのかな?」
「う~ん、違うなぁ~」
セレナの場合は、少しおかしな動機のようだが。
当たり前のように殺したい、と宣言するセレナを見て、ダンテの顔がへにょりと緩んだ。
「あいつはあたしを、昔から『無能』とか『キモい二股』とかバカにしてたし、パパとママに金を無心して散々迷惑かけたんだよ!」
「セレナのお兄さん、村の皆にもお金を借りてて……冒険者になったら金を返すって言ってたけど、引退してすぐに蒸発したの」
彼の話をするだけでセレナが苛立つのも分かるほど、彼女の兄はどうしようもない男だ。
殺すと宣言する彼女の気持ちも、分からなくはない。
「あたしは、そんなクソバカアニキを超える冒険者になりたい! そしてアニキを見つけ出して、半殺しにして村の皆の前に突き出してやるんだ!」
「ふーん……ま、目標があるのはいいことだよ」
セレナ・ソーンダーズという少女は、必ずそれを成し遂げてみせるだろう。
「リンは、なんで冒険者になりたいと思ったんだ?」
金色の耳が揺れるのを見つめていたダンテは、黒い耳の方にも聞いてみた。
リンは特に夢や目標とは縁遠そうで、彼としても興味があったのだ。
「ボクはお目付け役。セレナのパパさんとママさんに、セレナだけだと危ないからついて行ってほしいって頼まれたんだ」
なるほどな、とダンテは納得した。
もしもセレナひとりでサマニ村を飛び出していたなら、無鉄砲さのせいで、きっと今頃どこぞのモンスターの腹の中に納まっていただろう。
「はは、そりゃご両親が正しいな」
リンがこくりと頷き、セレナがむくれるのを見て、ダンテは笑った。
「とにかく、今より強くならないと夢は叶えられないわけだ」
こうして話を聞いておいてよかった、とダンテは思う。
彼女達を、今よりずっと強くしてあげたいと意気込めるからだ。
「俺の見立てじゃ、ふたりとも才能はある。これからそれを、しっかり伸ばしていくぞ」
馬の尾のような髪を揺らし、ダンテが木剣をふたりに向けた。
金色の尻尾と黒の尻尾、みっつが緊張でピンと立った。
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