私に乗り移る予定だった異世界人様とつくる妖精郷 ~万能作業台はチートだそうです~

ヒコマキ

01 神と異世界人と5番目のプロローグ

「──グボッ」

「よ、クィィィン。少ぉ~し足りねぇんじゃねえか? あ?」

「ごめ、なさい。お兄ちゃゥギッ」


 稼ぎが少ない。そう言う兄は私を何度も殴る。


「程々にしてよ? 治すのだって疲れるんだから」

「コイツが大げさなだけだ。それに疲れるっつっても大したことないんだろ? 姉貴様にはよ」


 回復魔法を使うために見るのも嫌だと、私を蹴とばす姉。

 父と母は一瞥すらもしない。

 私の稼ぎが減ったから。


「ゴホッゴホッぐぇ……」


 駄目だ。ここにいたら私は殺される。2人の兄は既にいない。ウーナとクァットは、私と同じように小さかった。

 私と同じように咳をしていた。

 そして私と同じように稼ぎが少なかった。

 だから稼げる家族に殺されている。


 だって家族が死んだら、見舞金が支払われるのだから。


 鉱石はいっぱい出るけど、崩落の危険がある坑道で殺されるのを私は見せられた。

 稼げる家族たちに。

 稼げない場合はどうなるのかを。


「グボッ、ギッ、げぇ……」

「あー、腹は失敗だった」

「……トレースが掃除しなさいよ?」

「ッチ、クソが」


 そう言いながら私に回復魔法を掛ける姉。

 優しさじゃないことは身に沁みて分かっていた。

 ただ働かせるためだけの、回復ということは。


「ドゥアエ、お前に名前を授けようと話が来ている」

「ホント!? やったあ!」

「クッソ、姉貴だけかよ! 俺は? 俺にはねぇのか?」

「ない」


 一言で話を終わらせる父にイラついたのだろう。私はまた殴られた。薄れていく意識に抗いながら、この人たちの会話を聞き逃さないよう注意する。

 父に続いて姉まで名前をもらえるということは、この家の稼ぎがもっと上がるということだ。


「トレース。クィーンは明日、14番に連れて行け。病を撒き散らされてもかなわん」

「あいよ。なあ親父、14に行くならよお、そろそろ新しい武器にしてくれ」

「いいだろう」

「あーあ、損した。魔法掛けるんじゃなかったわ」


 14番坑道。

 あると言われてる金銀財宝は、誰も発見していない。

 邪魔ものを追放するために入れられる、ただの穴。

 上位の奴隷たちによって見舞金を得るためだけに使われる、ただの危険な穴だ。


 つまり名前を付けられてさらに稼げるようになる姉と違って、稼げない底辺奴隷の私は明日、私の命を消費して兄の新しい武器になるようだ。姉と兄は楽しそうに、お金の使い道を話してる。


 この犯罪奴隷の巣窟は地獄だった。

 ただここで生まれただけで、生まれながらの奴隷。

 5番目クィーンクェと呼ばれる、稼ぎのない奴隷。

 放り込まれた納屋で、私は覚悟を決めた。


「今夜しかない」


 5年かけて準備していた。1番目ウーナ4番目クァットが家族に殺されたその日から。私は少しずつ少しずつ、発覚しないように家の地下や壁に細工をしていた。


 隠してあったバッグを確認する。少しずつ貯めていた干し肉は、1週間分くらいにはなるだろう。逃げた先で森の恵みをいただきながら過ごせば、しばらくは大丈夫だと思う。

 縄、ある。大丈夫。

 水袋、ある。大丈夫。

 回復草も毒消し草もある。大丈夫。

 炸裂玉もあるし、大丈夫だ。


 あと必要なのは、私の意思だけだ。そっちがそのつもりなら、私だって反撃してやる。追われないように、あの人たちを傷つけること。なるべく深い傷。

 あの人たちが死んだって、構わない。


「私は死にたくない」


 だけど私の力じゃ、あの人たちには勝てっこない。

 だから建築現場を何度も見て学んだ。

 大丈夫、大丈夫。


 寝床に仕込んだ炸裂玉で一網打尽にするのが私の計画だった。私が納屋で暮らすよう強要されていたのも、幸運だったのかもしれないな。私は隠してあった地下道を進む。

 鉱石を掘るのには役に立たなかった器用さが、家に施す細工には役立った。


「絶対に生き残ってやるんだ」


 荷物を確認してるうちに夜も更ける。あの人たちはお酒を飲んで騒いでいたから、静かになった今はもう寝ているはずだ。私は静かに準備を進める。仕込んであった炸裂玉に導火線を取り付ける。


 少しずつ貯め込んだ破裂岩で作った炸裂玉。作り方はちゃんと見ていたので効力は発揮するはず。なにも全部吹き飛ばす威力じゃなくてもいい。

 導火線も所々に細工した壁や床に仕込んである。繋げれば完了だ。


「スパーク」


 私は初級魔法で導火線に着火する。そして炸裂玉へ火が入るまでの間に、逃げ出せば終わりだ。私は急いで地下道から出て、奴隷居住区の奥にある森に向かった。

 私は新しい人生を歩む。

 あなたたちは、そこで朽ち果てたらいい。

 炸裂する音を聞きながら、私はそう思った。


「ゴホッ、ッゲェェ……あれ? 足……動……あれ?」


 か、回復草、食べ……大丈夫、大丈夫。

 あとは逃げるだけだから大丈夫。


「逃げ……出…………?」

「残念だがそなたの人生は、あの場所で終わりを迎えた」

「終わってませんが? ギリ助けられたんですから!」


 え?

 ここ、どこ?

 白い……世界?


「否、終わりである。この娘の生命力程度で、しかも病に侵されておる。さすれば助からぬのが道理」

「私は助けてと言った。そして神様は了承しました」

「しかし効率は悪い」

「人の命を効率で考えないで! だいたい神様のくせに死にかけるまで手出しできないとか!」

「決まり事である」


 神様?

 男神様と女神様が喧嘩をされている。

 どうしたらいいんだろう?

 分からないけど伏せておくべきだと思う。平伏したまま、私は神様たちの話が終わるのを待つことにする。


「頑固であるな。そなたの依り代となる予定の娘なのであるからして、大人しく待っておればよいのだ」

「私は他人の人生を奪ってまで、転生なんて望んでいません」

「ホノカ、そなたに付与する祝福が減少する」

「構いません。この子は諦めてなんかいなかった!」

「生存能力に直結するのだぞ? 転生ではなく、そなたの身体そのままなのだから」

「だったらこの子と2人で力を合わせればいいじゃですかっ!」


 神様たちの影が近づいてくるのが分かった。

 女神様に手を取られる。

 汚れなんてない綺麗なお顔。

 黒く艶やかな光沢を放つ髪の毛。

 こげ茶色の大きな瞳が、私を優しく見ていた。


「め、女神様、お、恐れ多いです。お目を汚しては」


 私は顔を伏せる。


「私、ほのか。ねえ、私のバディにならない?」


 あとで聞いたことだけど、この言葉は大人気ドラマの始まりの言葉なんだそうだ。

 私にとっても、これは始まりの言葉になった。

 死を待つだけだった私の人生を変える──始まりの言葉。


 でも今の私の知らない言葉。

 刻まれて、こねられて、肉料理になるんだと思った。


「パ、パティ……ですね? わ、分かりました。に、肉はあまり付いていませんが、お、お、お召し上がりください」


 できればあんまり痛くしないで欲しいけど、女神様がお望みなら死ぬしかない。

 私、逃げられなかった。

 でも。

 私なんかでも。

 女神様の糧になるなら光栄なことなのだろう。生きてていいことなんてなにもなかったけど、最後にご奉仕できるなら意味はあったのかもしれない。


「通じておらぬ。この娘はホノカに食べられると考えておる。ホノカの世界のハンバーグにされる、とな」

「ち、違ううううっ! 食べないよ? ワタシ、アナタ、タベナイ!」

「女神様、ご遠慮なさいませんよう。私に意味をくださいまして嬉しく思います」


 私は平伏して、そのときを待つ。


「……私、ほのか。女神様じゃないよ? ただの異世界人。ね、私の友達になって欲しいな。人を食べたりもしないし……」

「い、異世界人様でしたか……異世界人様とご友人など、恐れ多く」


 私みたいなのだって知ってる。異世界人様は凄い人ばかり。

 だって英霊様だから。

 だから私なんかと友達なんて恐れ多すぎる。


「話が全く進みまぬな。どれ」


 そうおっしゃった男神様が私の頭に手を乗せ、神の一撃を放った。


「うわあっ!?」

「ちょッ、神様!?」

「問題などない。ほれ」

「ぅょえッ!?」

「そなたらの意識のずれ。世界の違いによる認識の齟齬を埋めるため、そなたらの記憶を少々──」


 色んなものが流れ込んでくる。とっても温かいなにか。優しい気持ち、嬉しい気持ち、ワクワクする気持ち。そんな不思議ななにか。ポカポカと温かいなにか。

 ホノカ様の頭にも、男神様の手が乗せられているということは、ホノカ様にも流されてる?


「ふあぁ……」

「サウナで整っていく感じぃ」


 ホノカ様のお顔がとろけてる。

 わ、私もかな?


「不自由、苦難、困難。よくぞ耐えた。よくぞ選んだ。その強き心の輝きは、そなたたちの力の源である」

「あっ」

「うっ」


 我が祝福を授けよう。

 そう聞こえたところで、私の意識は途絶えた。



「……──ほわぁぁぁぁなが~いですよぉ? 私だけぇ」

「ほ、ホノカ様っ!」

「この世界の言語と祝福の力を注いでおる。ゆえに──」


 私より時間が掛かるそうだ。


「お慈悲を! お、男神様、ホノカ様にどうかお慈悲をっ。ホノカ様のお顔が、不思議な笑顔にアップグレードされています。よだれが! よだれが!」


 あ、私にもホノカ様の世界の言葉が入ってる。そう思いながら、私はホノカ様のよだれをお拭きする。


「だ、だって気持ちよすぎィ」

「終了であるぞ、ホノカ」

「ホノカ様っ、ホノカ様っ」

「ダ、ダイジョブ……」


 男神様は私たちが落ち着くまで楽にしていなさいと、軽食と飲み物をどこからともなく出してから、溶けるようにお姿を消された。


「お飲み物を、ホノカ様」

「ありがと。ねえ、私のこと、様付けで呼ぶのやめない?」

「無理です。だって私のせいでホノカ様に不都合が」

「お姉ちゃんって呼んでくれるくらいでもいいのに」

「い、いえ、それは」

「そっか、ゴメン。アイツらろくでもなかったもんね」

「……はい」


 ホノカ様の記憶が流れてきた私には、あれがどういったものなのか理解できた。 私の家族のことも、ホノカ様に知られたみたいだったので、私の記憶が流れたんだと思う。

 ホノカ様の世界だと、暴力で人を支配するというのは、愚劣で恥ずべき犯罪行為と認識されている。


 でも私たち家族だと当たり前のことだった。ううん、あそこにいた人たち全員なんだと思う。名前がある人たちだって、人らしく生きてはいなかったんだから。

 グッジのところの5番目クィーンクェ。危険な鉱山に詰め込まれて労働を強制される、犯罪者とその血族。


 私はそこで生まれて番号で管理されていた。私なんて、あそこじゃ人ではなかったんだと思う。5歳の頃から働いてたから、10年分の、ただの労働力。

 それが私。


「でもまあ、ざまぁしたっぽいし、楽しい未来のことを考えようよ!」


 だからかな。

 ホノカ様も男神様も、私のことを5番目クィーンクェとは呼ばない。

 私、望んでもいいのかな?

 お願いしても、いいのかな?

 人に、なれるのかな?


「ホノカ様、私に名前をいただけますか?」

「もちろん!」


 即答してくれたホノカ様の笑顔は、直視できないくらいの輝きを放ってた。


「ま、眩しいです。ホノカ様」

「あなたも明るくなり始めたよ」

「感情で光量が決まるんでしょうか?」

「神界って不思議よね。そんなことより名前よ、名前。なにがいいかなあ」


 そう言いながら候補を出していくホノカ様。


「ひかり、うーん、のぞみ……みらい、んー」

「ニホン風の名前ですね!」

「うーん、うーん、まい……マイ! あなたは今からマイよ!」


 舞と書くそうだ。毎日踊るくらい楽しく生きましょうって意味らしい。


「はい。ありがとうございます!」

「2人とも落ち着いたようであるな」

「男神様、祝福をありがとうございました。ご恩に報いるべく生涯を掛けて精進いたします」

「私からも改めてお礼を。私たちを助けてくれてありがとうございます」

「フフ、ならば我の神殿を建てるくらいには、なってもらおうか」


 とは言われたものの、祈りを捧げるくらいでいいそうだ。余裕のあるときに、とのこと。


「そなたたちは健全な生活を心掛けよ」

「はい」


 私は強制された労働。

 ホノカ様は楽しんでいたみたいだけど、やらざるを得なかった労働。

 お互い、命を削って働いていた。


「そうね。せっかく異世界に転移するんだしスローライフを目指しましょうか」

「ではホノカ。異世界転移ということを踏まえ、よく考えて能力を取得するように」

「マイは?」

「マイには既に与えておる」


 ホノカ様は私の能力が選べないのが不満なのか、男神様に不満を漏らしてる。異世界人様って凄い。神様に、直に、要求してる。

 怖くないのかな?


「あ、あの、ホノカ様っ。私には感謝しかありませんので」

「だって不公平じゃん。マイだって自分で選びたいでしょ?」

「いいえ」

「そお? ホントに? 戦闘力だって必要な気もするけどなあ」


 私はビックリしてる。だってホノカ様はゲームをやってるような気分で神様に色々と要求してる。そんな気がする。男神様に対して不敬が過ぎます。

 不安になった私は、男神様を見てしまった。


「問題ない。心躍らせながら自己を構築するほうがよかろう」

「は、はい」

「ホノカが能力の吟味に夢中になっておる間、マイの力を教えておこう」

「お願いいたします」

「まず──」


 私には願いがあった。痛くないこと。健康であること。お腹いっぱい食べること。そしてあの鉱山の人たちから逃げられること。それを叶えてくれたそうだ。


「もっとも自ら望んであの鉱山に行けば、再び相まみえることにはなるがな」

「はい」


 大怪我はしたそうだけど、死にはしなかったようだ。まあいいか。爆発した炸裂玉の管理責任も問われるはずだし、底辺の奴隷に落ちるだろうな。ホノカ様の言う、ざまぁと言うやつだ。


 私はホノカ様と、新たな人生を楽しもう。



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あとがき

読んでいただきありがとうございました!


推しキャラ転生はしゃーわせです

https://kakuyomu.jp/works/16818023212548900178

コロロの森のフィアフィアスー ~子エルフちゃんは容赦なし~(完結済み)

https://kakuyomu.jp/works/16817330652626485380


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