第2話 「ほんとうにたまったもんじゃないですよ!!」
「わたくしが貴方の恋人になってあげても構いませんのよっ!!」
ピンと突き出されたわたしの右手の人差し指は、真っ直ぐ彼のことを指していた。
わたしは、急に叫び出したわたしの口を慌てて塞いだ。
「ちょっとぉ!?何勝手に喋ってるんですか!?」
「いいじゃないのよ!さっさと勝負かけちゃいなさいよ!」
デイリーはそういうと私の体を勝手に動かし、さらに何かを喋ろうとした。
「ンウ~!…ンンー!」
わたしは勝手に動く自分の口を必死に塞いだ。そんな私の不自然な行動を見て、彼はキョトンとしていた。恥ずかしすぎる…。今すぐここから立ち去りたい。
しばらく、わたしとデイリーのせめぎあいが続いた。すると、不自然な行動をとるわたしに恐る恐る彼が話しかけてきた。
「えっと…それって…?」
彼はわたしの顔を覗き込みながら言った。わたしはそれにびっくりして、口を塞いでいた手を緩めてしまった。デイリーはその隙を見逃さず、彼に高らかに言い放った。
「だから!わたくしが貴方と付き合ってあげても構わないと言っているのよ!!」
終わった…。絶対に頭のおかしな奴だと思われたに違いない。いや、っていうか実際そうだし。今のわたしはだれがどう見ても、現在進行形で黒歴史を製造している、悪役令嬢に過剰な影響を受けた勘違い少女である。
わたしは顔が徐々に赤くなっていくのを感じて、それを隠すように頬っぺたに両手のひらを当てた。それに伴って、体の自由が戻ったことを知ったわたしは、彼の足元を見ながら慌てて言い訳をしようとした。
「あ、あの…!これは…そ、その…!」
恥ずかしさに身をよじらせながら、わたしは必死に言葉を紡ごうとした。そんなわたしを見ながら、直樹君はずっと戸惑っていたが、やがて私に向かってゆっくりと口を開いた。
「あ、あのさ…。それって…告白?」
彼の声に反応するように、わたしは勢いよく顔を上げた。すると、きらきらと輝いて見える彼の瞳と目が合った。
私の中で時間が止まった。今まで生きてきた中で一番長く感じた一瞬だった。心臓が飛び出そうなほど大きく、そして早く動いた。彼から見た私はどう映ってるのだろう?極度の緊張と共に、とても冷静にわたしと彼を俯瞰で見ているわたしもいた。
「日高さん?大丈夫?」
再び発せられた彼の言葉は、わたしを現実に引き戻した。慌ててわたしは、彼から目を逸らして大きく両手のひらを振った。そして、今までの一連の出来事をなかったことにしようとした。
「だ、だだだいじょうぶ!!ご、ごめん、急に変なこと言って!今までのやつ全部忘れて!」
たぶん、なかったことにはならないだろう。いや、確実に彼の中で、変な女という称号がわたしにつけられたはずだ。
「…そう…わかった。」
直樹君は不思議そうな顔をしながらわたしに背を向け、そのままゆっくりと歩き出した。
最悪だ。わたしはデイリーを一生恨むことにした。デイリーのせいで、彼のわたしに対する印象は、最悪なものになったに違いない。彼女が土下座してきたって許さない。まぁ、そんなことしないだろうけど。とにかく、どんなに謝っても許さない。だって、もう直樹君と一生もとの関係に戻れないかもしれないし…
…もとの関係って何?
わたしは直樹君の何だったの?喋ったことすらないのに、もとは何があったっていうの?デイリーのやり方はめちゃくちゃだけど、少なからず彼と話す機会はできた。そもそも、このことがなければ、わたしは直樹君と一生話しなんかできなかったかもしれない…。遠ざかって行く彼の背中を見た。
本当にこれでいいの?
わたしはゆっくりと大きく息を吸い込んだ。これが正解なのかはわからない。でも、今は…
「あの!ちょっと待って!!」
彼を呼び止めた。わたしの中で迷いがあった。
この機会を逃したら、一生彼に近づくチャンスなんて来ないんじゃないか?いや、たぶん来ないだろう。それに、もし来たとしてもこの機会を不意にするような奴に、その時何かできるとは思えない。
わたしは手のひらをギュッと握りしめた。
「…や、やっぱりさっきのやつ全部嘘じゃない…!直樹君!わたしと付き合って!…くれ…ませんか…?」
最後がとても弱々しくなってしまった。でも、言い切った。今までのわたしなら絶対にできなかったことだ。
直樹君はしばらくの間、わたしを見つめて戸惑っていた。2人とも何も喋ることができず、沈黙が続いた。その沈黙はわたしをとても不安にさせた。ネガティブな考えがよぎった。余計に引かせてしまったかな?とか、もしかしたら嫌われたかな?とか、断られたらもう一生仲良くなれないのかな?とか。
彼のことを見ることができず、握りしめた手のひらも力が緩んできた。まだ断られたわけじゃないのに涙が出そうになった。わたしはがんばって彼の顔を見ようとした。でも、どうしてもできなかった。それが出来ないとわかった瞬間とても怖くなり、今にも逃げ出したくなった。こんなんじゃ駄目だ。せっかく変われたと思ったのに。…強くなれたと思ったのに…。
「そのままでいいわよ。自信持ちなさい。」
頭の中で声が響いた。
身体が楽になって、不安と恐怖が消えていくのがわかった。
わたしはそのまま彼の返事を待った。
やがて、直樹君はゆっくりと口を開いた。
「…ごめん。付き合えない…かな。」
彼が返事をした。
わたしは身体を動かさず、重い口だけを開いた。
「…そっか。ごめんね、呼び止めて。…ありがとう。」
わたしはゆっくりと彼の方へと歩き出して、駅のホームの階段に向かった。
涙が出そうだったけど、彼を横切るまで我慢した。
崩れ落ちてしまいそうだったけど、頑張って歩いた。
「あっ…待って!日高さん!」
わたしが直樹君の横を通り過ぎた直後、今度は、彼がわたしを呼び止めた。
わたしは涙を堪えて、間を置いてから振り返った。
彼は言った。
「あの…ごめん。急な告白だから断っちゃった。正直、自分の気持ちもよくわからなくてさ。」
わたしは、身体を彼の方に向けて、下を向きながらそれを聞いていた。
「ほら、日高さんと一回も喋ったことないから、そのまま付き合ってもいいのかなって…。」
一瞬、彼が言った言葉の意味がよくわからなかった。わたしはそれくらい困惑していた。
「…えっ。」
言葉の意味を理解した時、わたしは顔を上げて彼の目を見た。
「だからさ…まずは友達からでもいいかな?」
風が吹き抜けていった。
わたしは、しばらくキョトンとした顔で彼を見つめていたが、やがて自然と口元に笑みが溢れ、溜まってた涙が消えていった。
「うん!よろしく!…お、お願いします…!」
わたしは元気よく答えた。今回も言葉が尻すぼみになってしまったが、もうそんなこと気にしなかった。
「じゃあ、また明日。日高さん。」
「うん!また明日…!」
その後、駅の中で少しお話してから解散した。直樹君の家は、駅を挟んでわたしの家の反対側にあるので、わたし達は違う出口から駅を出た。
駅を出ると少しだけ日が沈んでいた。水色からオレンジ色に染まりかけている空の下、わたしはルンルン気分で帰り道を歩いた。
すると、わたしの頭の中で、わたしとは別の誰かがわざとらしく咳払いをする音が聞こえた。
「コホン!」
わたしがその咳払いを聞いて足を止めると、デイリーは少し間を置いてから続けた。
「…あなた、何かワタクシに言うことあるんじゃなくって?」
そう言うとデイリーはわたしの返答を待つように静かになった。
そうだ、わたしはデイリーに言わなきゃいけないことがあったんだ。
「あ!本当だ…!忘れてました…デイリーさん!」
わたしは頭の中で大声で言った。
「何してくれてんですかぁ!!ほんとにぃ!!勝手なことしてぇ!!」
「…えっ?」
急に怒り出したわたしに対して、デイリーは激しく困惑していた。そんな彼女をよそに、わたしは勢いよく続けた。
「危うく直樹君に頭のおかしな奴だって思われるところだったんですよ!!いや、てか思われたかもしれないし!!もしかしたら今も思ってるかもしれないし!!」
「…いや、ちょっと…?」
「ほんとうにたまったもんじゃないですよ!!あんな恥ずかしい告白を無理矢理させられて!!」
「…あれ?感謝されると思ってたんだけど?」
「そんなわけないじゃないですか!!冗談じゃないですよ!!わたし、デイリーさんのこと一生許さないですからねぇ!!」
怒りをすべてぶちまけて、わたしはフン!と言って腕組みをした。
それを聞いたデイリーは「なによ!せっかくワタクシが手助けしてやったのに!」などと言っていじけていた。
しばらくブツブツ言っていたデイリーも、やがて静かになり、わたし達の間に沈黙が流れた。
「…デイリーさん?」
沈黙を破ってわたしが言った。
「…なによ?」
それにデイリーが答えた。
わたしは静かに息を吸ってから言った。
「…その…ありがとうございました。」
姿の見えない相手に対して、わたしは小さくお辞儀をした。デイリーはふんと鼻を鳴らした後に言った。
「…気にしなくていいわよ。別に。」
デイリーの喋り方から、彼女があまり納得のいってない様子だというのがわかった。でも、同時に、わたしに悪いことしたなと反省してる様子も少し感じられた。
わたしが再び歩き出そうとすると、ポケットの中にしまっていたスマホがブルっと振動した。スマホを取り出して電源を入れると、バッテリーが残り僅かだと知らせる通知が画面に表示されていた。
「やば!もうすぐバッテリー切れだ。」
わたしがそう呟くと、デイリーが頭の中でわたしに語りかけてきた。
「あなた、アプリつけっぱなしにしてるでしょ。それが原因じゃなくって?」
「あ、アプリ消すの忘れてました。直樹君から連絡来るかもしれないし、アプリ消してバッテリーを温存しないと…あれ?でも、デイリーさんって、このアプリ消してもわたしの頭の中にいられるんですか?」
それを聞いたデイリーは淡々と言った。
「ん~どうかしらね。まあ、どの道ワタクシはここら辺でお暇させていただくわ。」
「え…?もう帰るんですか?」
「ええ、そうよ。」
「そうなんですか…。…あの、また会えますよね?」
「どうかしらね。そもそもワタクシは、あなたをゲームに集中させるために出てきただけだからね。また会えるかどうかはわからないわ。」
デイリーの言葉に、わたしは戸惑ってしまった。短い時間だったけど、その間にわたしの中でいろいろな変化があったせいで、デイリーと一緒にいた時間は実際よりも少しだけ長く感じられた。だから、別れるのがちょっと寂しかった。それにこれからのわたしと直樹君の話も聞いてほしいし、他のことも喋ってみたいし…。
せっかく仲良くなれたんだし…。
「まあ、これからもがんばりなさいよ。ワタクシの労力を無駄にしないように。じゃあね。」
彼女の言葉は徐々に小さくなっていった。それは、彼女がわたしの頭の中から消えていくことを示していた。
わたしは大きく息を吸って、手のひらをギュッと握りしめた。そして大声で言った。
「デイリーさん!わたし、デイリーさんが頭の中に入ってきてくれてよかった!!おしゃべりできてよかった!でも、もっと喋りたいこととかいっぱいあるから!だからさ!どれくらい難しいことなのかわからないけど、絶対にまた会おう!」
誰もいないところに向かって叫んだ。すると、わたしの中で声が響いた。
「…あなた、どもらずにしゃべることできたのね。」
「まあ、友達に対してはね!またね、デイリー!」
「…フフッ…またね、ひより。」
デイリーは、わたしの名前を静かに呼んだ。
やがて、頭の中で声がすることはなくなった。わたしは同じ場所に突っ立ったまま、オレンジ色に染まった遠くの空を見ていた。しばらくした後、わたしは目を瞑り、ゆっくりと深呼吸してから、再び目を開けて歩き出した。
さっきより周りの音がうるさくなったような気がした。
また会えるだろうか?会えるとしたらいつ頃だろうか?そんなことを思いながらわたしは帰り道を歩いた。
…あれ?そういえば、なんでデイリーは、わたしの下の名前を知っていたのだろうか?一回も名乗らなかったはずなのに…。
まあ、わたしがやってるゲームの中のキャラだし、人の頭の中に入り込めるような人だから、それくらい知っててもおかしくないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます