第2話 玉座

 偶像視認システム(IDOL sighting system)。


 略してISSは、舞台上のアイドルに付けられたヘアアクセサリーから脳波を読みとり、それを偶像空間に反映させると、歌やダンスなどのアイドルの動きが技となって表現され、その映像は直接アイドル達の右目の網膜に映し出される。

 それにより、アイドル達は自分が偶像空間に入り込んだような感覚で舞台上で歌い踊るのだ。

 以前はヘッドギアを付けていたが、アイドルが顔を隠してどうする!というファンと開発者の熱い情熱によって、ヘアアクセレベルにまで圧縮され、小型化に成功した。

 ファンも舞台上の巨大モニターで、偶像空間と現実を両方同時に見る事が可能になっている。

 アイドルの動き一つ一つが、相手への攻撃となり、防御となり、技をぶつけ合い、さながら格闘ゲームのように技の応酬を繰り返す事で、アイドルのパフォーマンスに勝敗をつける。

 アイドル戦国時代に現れた、戦いによって頂点を決めるアイドルバトルライブ!


 全ては、アイドルへの愛が生み出した驚異のシステムなのだ!



 激しい技の応酬に、大地が揺れる。

 しかしそれは偶像空間の演出では無い。

 激しくも美しく可憐で、人の心つかむ技……いや、芸に魅了された観客の興奮が起こした、地鳴りだった。

 バトルライブも終盤に差し掛かり、観客の興奮も最高潮を迎えようとしていた!

「―――ふふ、思ったよりもやるわねん」

 王者ユミカは、肩で息をしながらも、決して姿勢は崩さず、背筋を伸ばし凛と立ち続けている。

「ありがとう。でも私は知ってたわ……私が最強だってね…!」

 一方の千愛希は、言葉ではそう言いつつも今にも膝が折れ、座り込んでしまいそうな体をなんとか支えている。

 一見すると ユミカ有利のようにも見えるが、王者としての意地が姿勢を保たせているだけで、ユミカも決して余裕が有るわけではない。

 ここまでの勝負は―――互角…そう言えるだろう。

「けど―――そろそろ、勝負を決めさせてもらうーの!」

 ユミカは、ひときわ大きな声を張り上げると、不敵な笑みを浮かべて―――服を脱いだ!

 会場に響く荒れ狂う雷鳴のような歓声に包みこまれたユミカの姿は―――水着姿。

 伝家の宝刀、水着ライブ!!

「―――あははっ、何かと思えば、ただの水着?いまさら、その程度―――」

 しかし、千愛希にとってもそれは想定内。

 余裕の笑みを見せるが、その千愛希の視線を誘導するように、ユミカがある物を指さす。

 それは――「推しメーター」。

 今現在、会場に居るお客さんが誰を推しているのか……つまり、誰に注目しているのかを表すメーターだ。

 アイドルにとって、多くの人に注目される事、それはそのまま、そのアイドルの持つ魅力の象徴だ。

 ライブ終了時にこのメーターをより多く獲得している方が勝ちとなるので、どれだけ素晴らしいパフォーマンスで観客の心を掴むかが鍵となる。

 そのメーターが……ユミカの推しメーターが、有り得ないほどに圧倒的な勢いで上昇していく……!

 もちろん、それと反比例して下がっていく千愛希の推しメーター…。

「―――なんで!?たかが水着じゃない!いくらなんでもこんなに上がるなんて………はっ!」

 千愛希は気付いた。

 気付いてしまった。

 あまりの事に、全身がわなわなと震え、その言葉を口にすることを心が拒否しているかのような錯覚――。


「それ、それは、まさか――――下着!」


 下着!!!!!


 SHITAGI!!


 水着と隠れている面積は同じであるにもかかわらず、なぜかそれが下着だと言うだけで、圧倒的に……目が離せなくなる魔性の魅力!!!

「ふふん…気付いたかしらかしら?……私は、オシャレな下着モデルもこなせるアイドル!下着を武器にする事になんの抵抗もないさね!」

 そして、下着でセクシーポーズを見せるミサキ!

 洋服に隠されていた豊満な胸が揺れると、メーターは激しく上昇する!

「くらいなされい!」

『魅惑の乱舞(テンプテーションポーズ)!』

 次々とポーズを繰り出し、その度に千愛希の周囲で土を噴き上げる爆発が起こる!

「きゃああああーーー!!」

 絶え間なく襲い来る豪雨のような攻撃が降り注ぎ、吹き飛ぶ千愛希。

 なんとか立ち上がって見せるが、満身創痍なのは明らかだった。

「ほらほらほらほらぁ!」

 さらに、ユミカの猛攻が止む事は無く、何度も何度も吹き飛ばされる。

 もうこれで勝負は終わりは見えた……。

 千愛希の心は折れ、パフォーマンスを続ける事も出来ないのではないか……その場に居た人間の大半が、ユミカの勝利を確信していた。


 ―――だが―――――立ち上がる。


 何度吹き飛ばされて、もう終わりかと思っても、それでも、千愛希は立ち上がる。

「……っ!な、なんなのよアンタ!いい加減諦めるがいいっての!」

 爆風は幾度も千愛希の身体を吹き飛ばし、ついには千愛希の諦めない心までをも吹き飛ばす―――――かのように思えた。

 しかし、それはまるで地中深く埋め込まれた高層ビルの基礎の様に、しっかりと根付き、千愛希の心を離れない。

「―――はぁ…!はぁ!はぁ!」

 ついに、攻撃していた ユミカが深く肩で息をして、その動きを止めた。

「………どうして?どうして立っていられるぽん?何があなたを支えているきゅん?」

 その問いに、千愛希は先ほどのお返しとばかりに無言で指を動かし、ユミカの視線を誘導する。

 それは―――千愛希の推しメーター。

 目をこらさないと見えない程の、ユミカに比べたら、何十分の一の僅かな量しか残っていない。

 ユミカは、眉をひそめる。

「―――…はっ?そんな数人程度の推しがなんだっていうのよ!そんな物が!この!私の!大量の推しメーターのパワーでも倒しきれない理由だっちゅーの!?」

「―――当然でしょ……?」

 絞り出すような、魂を削って言葉に変えているような、千愛希の声。

 いつの間にか会場は静まり返り、スピーカーを通して響くその声に、誰もが耳を傾けていた。

「私たちが、アイドルが、辛くても悲しくても悔しくても、泣きたくても……時には泣いてしまっても!!……それでも諦めずに前に進む理由なんて、最初から一つしかないのよ……


 ―――そんなの、応援してくれる人のため以外に、何があるって言うの……?」


 髪は乱れ、衣装はボロボロ、肌も顔も傷つき汚れ、そこにはキラキラした可愛さはもう無い。

「人数なんて関係ない…応援してくれる人が一人でもいれば、私は、その人の為に輝いて見せる!その人に、笑顔を届けてみせる!―――だって、私はアイドルだから!!」

 それでも、そこに居るのは、間違いなくアイドルだった。


 その輝きは!煌めきは!アイドルだった!!!


「っ…!な、なんとでも言いんさい!推しメーターの差は歴然で、ここから逆転なん……て?」

 自らの推しメーターに目を向けた瞬間、ユミカは気付く。

「減って……る?」

 一つ、また一つと推しメーターのメモリが減って行く。

 それと反比例して、千愛希の推しメーターがぐんぐんと増えて…!

「な、なによこれ!なんでよ!?見てよ!私を見てよ!下着なのよ!?好きでしょう!?」

 確かに、アイドルを性的な対象として見る事は多いだろう。

 けれど、本当にアイドルの魅力を決めるのは、それでは無いのだ。

 本当のアイドルファンが見たい物は、安易なエロスなどでは決してない。

 アイドルが、アイドルとして舞台の上で輝く姿……それこそが、真に求めているモノ!

 そしてファンは知っている、彼女たちが、そうして輝くまでにどれだけの努力を重ねているのかを。


 積み重ねられた汗と涙と努力の結晶が、光り輝くのだという事を!!


 だからこそ、応援したいのだ。

 あの努力を、意味のある物にしてあげたい、花咲く瞬間が見たい。

 アイドルを応援する事の本質は、そこにある!

「うああぁあああぁぁあぁぁーーーー!!!」

 大量の推しメーター増加に、千愛希の心が満たされる…!

「―――届く、届いてるよ、みんなの想い……!熱い……熱いよ…!全身が燃えてるみたい……!」

 背筋を伸ばし、顔を上げ、客席を見る。

 会場を埋め尽くすサイリウム……それは、アイドルを照らす光の海。

「この光の下に、ひとりひとり、みんなが居る……そう思うと、本当に暖かいんだ、この光が―――」

 衣装の切れ端で、髪を後ろに結び、顔がハッキリと見えた。

 ―――そこに有ったのは、アイドルの最終兵器――――


「みんな―――ありがとう!」


 天使の笑顔(エンジェルスマイル)―――その輝きは、会場全てを包み―――同時に、偶像世界をも包みこんだ。

「こんな…こんなのって―――!!」

 その光は、ユミカをも飲みこんで―――世界の全てを、光で覆い尽くした。


 ――――――勝負は決まった。


 誕生したのだ、新たな、最強のアイドルが。




「―――悔しいけど、今回は私の負け、認めるっきゃないないなーい」

 悔しそうな、けれどどこか嬉しそうな笑顔で、ユミカは千愛希に向けて手を差し出した。

「――ユミカさん…あなたは、本当に、最強でした―――あなたが居たから、私も、あなたを目指してここまで来れました………!!ありがとうございました!」

 ステージ上で、固い握手を交わす二人。

会場の外まで揺らすような、雷鳴のような歓声が二人を包み込む。

 同時に聞こえ始める「アンコール」の声――


「さあ、勝者の義務と権利のアンコールだ!見せてやれや!たった今生まれた、新たな最強アイドルのステージをさぁ!」


「―――はい!みんな!いっくよーーー!」


 その日一番の歓声が、空気と大地を震わせた――――。



「「「「「「「「ちょっと待ったぁぁぁーーーー!!!!」」」」」」」」」


 轟く、大勢の声。

 千愛希が視線を向けると、そこには……若く、激しく、そして強い新たなライバルたち。


「―――――……ふふっ、そうね……私は追われる側になった。……頂点に立つものとして、あなたたちの挑戦を受ける義務がある!!責任がある!!そして、立ち塞がる壁になる責務と、跳ね返すだけの力がある!!」


 偶像空間に、玉座が現れる。

 千愛希はそこに座らず……椅子の上に立ち、仁王立ちで腰を手を当てて、堂々と宣言する。


「私が、私こそがアイドルの絶対王者!!さあ、かかって来なさい!!!」


 それは新たな時代の幕開け。


 アイドル戦国時代、第二幕のスタートの合図だった。


 彼女たちの戦いはこれからも続いていく。


 ファンの歓声と、笑顔と共に――――――――


               おしまい。

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アイドルスーパースター列伝 猫寝 @byousin

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