第22話 雨生(覚醒する者)

遠い遠い海の向こう

遥彼方の水平線の向こうを眺めながら

彼は自分の人生を考えていた。


この現実世界での人生ではない

夢で見た島国の世界を。


人は彼の事を

最高の成功者だと言う。


無一文の生活から始まり

ある事業に手を出し

失敗を何度も経験しながら

世界でも名だたる企業を立ち上げ

今では何不自由もなく暮らせている。


その苦労は

どれだけのものであったであろうか?

然し、それを記載しようとは思っていない

彼の記憶を探ってみようと思っただけである。


その始まりは

海に戻る。


夢で見た物語の始まりは

漢字から始まる。


その漢字は

雨生

と書かれていた。


彼が見た遠い海の向こうでは

夕陽が沈もうとしていた。


ふと気がつくと

足元に何かが当たる。


木片である。


その木片には

雨、生、と書かれていた。


そう思えただけかもしれない。


よく見れば

何も書かれていない腐りかけた木片であったからだ。


誰もが奇跡を信じたい時があるが

彼が感じたのは奇跡ではなく

現実であった。


夢で見たあの島国

それは実際に存在していたのではないか?

そう思えたのである。


その島国は一人の王を中心として栄えた王国であった。


大陸とは隔たった小さな島は

幸いにも争い事に巻き込まれずに

静かに繁栄の中で民は暮らせていた。


そんな島国に一人の青年が現れた。


島の民は不思議そうに眺めていたばかりではない。


何故なら

倒れかけている青年を助けなければならないし

島には言い伝えがあったからだ。


島に住み生まれてくる命は宝物

島に現れる命は神からの贈り物

島民達は青年を神からの贈り物と捉えたのだ。


その青年は島民達から飢えを凌ぐ食べ物を与えられ

乾いた喉を潤す井戸水を与えられ

疲労を回復させる寝床を与えられた。


そして青年の体力が回復した頃

島民達は理由を伝え

王への謁見を願った。


その島には犯罪は無い

なので取り締まる者もいない

そこで王は青年を

犯罪を取り締まる任務に就かせることで

この島の永住権を与えた。


何事もなく過ぎていく時間の中で

青年は任務に勤しむ必要もなく

それでは申し訳ないと王の執事としても働くようになった。


夜遅く王室で働いた朝の帰り

異変が起こった。


寝不足の為に馬上で居眠りをしてしまった青年の馬が

幼児を轢いてしまったのだ。


青年は王へ死罪を申し出たが受け入れてもらえず

流刑と裁かれ

島のはずれの高い丘で海から来るかもしれない異国の船を一生監視せよ

との防人の役を申し渡された。


青年はすでに歳を取り

その日から何十年も経て

初めて海から渡ってくる船を発見した。


彼は遭難船の可能性もあると判断し

船から、ただ一人の生き残りの男を助け出した。


まるであの時

島民達に青年が受けた施しのように

できる限りの力で接した。


数日が過ぎると

その異国の男は歩けるまでになり自分で食事も取れるようになった時

その遭難した男は防人の男に尋ねた。


「あなたのおかげで、私はこんなにも回復しました。ありがとうございます」


「私は、私のできる限りの事をしただけ。それも、この島の民達がしてくれたことと同じ事をしただけ。礼には及びません」


「あなたの篤き思いに感謝をいたします。できれば、あなたのようなお方が何故このような辺境で住まわれているのかお教えいただきたいのですが」


 その言葉を聞き、防人は今まであったことの一部始終を語り始めた。


 目が覚めれば、この島に居て、王室で働いていたが、忙しさのあまり馬上で眠ってしまい。幼児を殺してしまったこと、そして今に至る事、全てを話した。


 そして自分は罪を償う為だけに生きている意味もない人間だと最後に付け加えた。


 防人の話が終わった頃には空から雨が降り始めていた。

そして一部始終を聴き終えた遭難船の男が防人の男に語り始めた。


「この雨は、この島の草木を潤し、その草木は多くの命を育んできた。しかし、今、私達を濡らすこの雨は、そのことを知っていて、空から降りてくるのでしょうか?」


 遭難船の男は続ける、


「命とは生まれたことに意味があり、生き続けることに意味がある」


「私が、この岬で罪を償うだけの生き方をしていても意味があると言うのか?」


「空を見なさい、遠い国から降り注ぐ水滴を感じなさい。彼らに意味を聞いても答えてはくれない。そこにあるのは意味ではなく育まれる命さえも知らず、ただ大地を潤しているだけだからです」


「私に生きる事を教えてくださる人よ、私は意味もなく生きていても、誰かの役に立っているのか? 教えて欲しい」



 それから何年もの月日が流れ、防人の男の頭髪には白いものが混じり始めていた。

そして遭難船の男が言う、


「あなたは私の元で随分と勉強をした。これからは村に降りて、その学びを伝えてほしい」


「私にできるでしょうか?」


「分からない。なので聴きたいことがある。もしも間違えを起こした人がいれば貴方はどうしますか?」


「はい、お師匠様。注意するのではなく、諭すのでもなく、説を解くのみです」


「その教えに抗う者がいればどうしますか?」


「その人と共に正しい道を考えましょう」


「行きなさい、村へ。そして、ウセイ、と名乗りなさい」


「ウセイ?」


「はい、漢字で、雨生、と書きます。雨と共に生きる者、と言う意味です」


「お師匠様・・・」


「行きなさい、雨と共に生きる者よ」

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