第4話 いつもの定食
日曜日のお昼。
小さな町の古い食堂で、一人の男性が食事をしている。
メニューは、いつもの定食。
特に美味しいという訳ではないが、毎週のように来る彼は、どこの店もこの味に勝ることはできないといったふうに、目を潤ませながら食べている。
彼は高校卒業を前にして母親を亡くし、少しの間、父一人子一人の生活をしていた。
父親は今も現役で働いているが、彼は高校を卒業して働き先の近所に住んでいる。
別居しているのである。
時々父親が訪ねて来て、晩ごはんに連れて行ってくれる時もあるが、彼の大好物は父親と二人暮らしをしていた時の小さな町の、古い食堂のいつもの定食である。
彼の母親は、彼が小さい頃に交通事故で片腕が不自由になり、それでも家事全般をこなしてはいたが、父親がこまめに働き、家事を手伝っていたことも事実である。
それゆえ、父親も彼も、料理はお手のものである。
ただ、小学校は給食で良かったのだが、中学からはお弁当になり、片手の不自由な母親のお弁当は、見るからに不細工であった。
それでも、お料理好きの母親の事だから、味については文句の言いようがなかった。
不器用なりにも体裁を繕おうとするが時間がかかる。
そのため、母親に代わって父親が自分の分と一緒に息子のお弁当を作る機会が多くなった。
母親は、父親に感謝し、不自由な手で人の何倍もかかって料理に時間を取られてしまうことがなくなったことに有り難くも思っていた。
父親は感謝などしなくても良いと言い、息子である彼自身も男だったせいか見た目をそんなにも気にしてはいなかった。
少しだけ、他の学生に見られないように食べていたことは事実である
そして、母親は不自由な片手で生活を支えていることに、申し訳なく思っていたようで、夫にも息子にも常に、済まないね、と口癖のように言っていた。
高校生になってからは、父親と同じように、自分で制服のシャツにアイロンをかけたりするようになった頃、済まない済まない、と言って情けない顔をする母親が鬱陶しくなってきた。
反抗期である。
そんなある日、クラブ活動も終わって、ヘトヘトになって帰ってくると、食卓の上にはハンバーグがお皿に鎮座していた。
デミグラスソースが乗った本格ハンバーグの横には、綺麗に盛り付けられたサラダが添えられていた。
母親はニコニコ顔である。
彼は、そんな母親の顔を他所に無反応で食べると、確かにいつもとは違う味付けにびっくりもし、舌鼓を打ってしまうほどであった。
それよりも盛り付けである。
ハンバーグへのデミグラスソースのお洒落な掛け方、花を飾ったように盛り付けられたサラダ、カップスープも間違いなく手製であろう、具材が細かく切られている。
味もさることながら、見た目にこだわった料理は、片手の不自由な母親がどれだけ苦労をして作ったかが痛いほどによくわかる。
そして、母親は彼が気に入ったのを見てとると、家族で誰の誕生日にでも、夜は母親お手製のハンバーグが定番になった。
定番になったと言っても彼の誕生日で出されたのは、2回だけである。
何故なら母親は、またしても交通事故に遭い、今度は片手を失うだけではなく、命までもが奪い取られたから。
お葬式が終わり、月日が経ち、母親のいない、父と二人だけの彼の誕生日が訪れた。
たまたまその日が日曜日であったこともあり、父親は彼をその街にある綺麗な食堂に連れて行った。
父親は、ハンバーグ定食を二つ頼んだ。
暫くして、定食が運ばれて来ると明らかに息子である彼の目の色が変わった。
母親が、父や自分の誕生日の時に作っていてくれていた定番のハンバーグと全く変わらなかったのだ。
彼の驚いた顔を見ながら父親は言う、
「母さんのハンバーグだ」
「父さんは、ここに来てたの?」
「いいや、初めてだ。ただ、母さんが残してくれた手紙に書いてあったんだよ。自分のことが恋しくなったらこの店に来てハンバーグ定食を食べて欲しいってね」
「それって、?」
「母さんの口癖さ、済まない済まない、ってね。なんとか家族に見た目も味も最高の料理を食べさせたかったんだろうね。お料理の好きな人だったから・・・。ここは母さんの知り合いのお店のようで、昼間はここでアルバイトをしながら料理を覚えようとしていたみたいだね。そんな思いをさせていただなんて、済まないのは此方だよ」
そう言い終わると父親は、ハンカチで鼻をかみ、
「さぁ、食べよう、母さんの味だ」
今は古びてしまった小さな食堂。
成人した彼は、ステーキや焼肉定食ではなく、子供なら誰もが喜ぶであろうハンバーグ定食を懐かしむように食べる。
いつまで経っても変わらない手作りの味である。
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