異世界怪談:山村の襲われること

@tohjaku

第1話

「ケガはねぇか?ボウズ」

斬り伏せたオウガの首を胴から分けながら、俺は足が震えて立てねぇようすのガキに話しかけた。歳の頃は、10と少しか。たぶん、さっきとおった村の子どもだろう。めんどくせぇが村まで送ってやる、と俺が差し出した手を掴みながら、ガキは首を振った。

「母ちゃんを助けに行くんだ。この奥にいる奴に、連れてかれたんだ。父ちゃんも殺されちまったし、村の奴らは助けてくれねぇ。」

オイラがやるしかねぇんだ、と言うのは消え入りそうな涙声で、俺の手を離したらすぐにまた転びそうなくらい、足は震えていやがる。なるほど、こいつも被害者ってワケだ。俺はガキに背中を向けながら腰を落とすと、背負ってやった。

「ボウズの仇には俺も用事がある。落っこちねぇように、しっかりつかまってろよ」

俺はオウガの来た方向へ向かって歩き出した。


「怪我はなかったかい?人間の童」

暗い森を歩くのは、駆け足ってわけにはいかない。俺は周りに気を配りながら森を縫い、俺と師匠のことをボウズに話した。

師匠に会ってからもうずいぶんたった。腹も懐もすっからかんだった俺が他人の家に盗みに入って、まんまと罠にかかって宙吊りになったところで、ニヤニヤ笑いながら怪我してないか聞いてくる、イヤミな耳長野郎が師匠だった。思い出しても腹が立つ。その後、命乞いもせずに睨みつけるところが気にいったとかいう適当な理由で、師匠は俺に飯をくれて、長い間暇だったからと、山や川から物を採って、街の中で稼ぐ方法を教えてくれた。獣や人との戦い方も教えてくれた。何年たっても、師匠は俺を童と呼んだ。自分に比べたら、人間なんてみんな子どもだからと。

字の書き方、手紙の書き方も師匠に習って、好きな女に初めて書いた手紙も師匠に見てもらい、その女と付き合って、正式に一緒になるからと師匠に会わせた帰りに、女は死んだ。急に倒れた女を診にきた医者に女が噛みつき、女の家族と一緒に女を引き剥がしたところで、女の父親と医者が殺し合いを始めた。次の日には俺以外の街中みんなが死んだ。仲間どうしや、家族で殴り合って死んだ奴がほとんどだったが、家で寝ていただけの老婆まで、原因は知らないが死んでいた。そういう呪いが俺の女にかけられていた。

「怪我はなかったかい?人間の童。お前の絶望は随分と旨そうだから、間違って殺されないか不安だったよ」

知り合いがみんな死んでるのを2回確かめて、茫然としている俺の前に、最初の時とおんなじニヤニヤ笑いで、師匠は現れた。

「お前の絶望は全部食べたから、お前はもう要らないよ。これからは好きに生きておいき」

さも良いことを言ったと満足げに、師匠は歩いてどこかへ行った。

それから3日後に街へやってきた行商人に拾われて、何にも考えられないまま仕事を手伝って、何年か経って、師匠を憎いと思えるようになった。あの悪魔をぶち殺してやる、と、そう決めたのが3年前だ。ボウズの村に出た、オウガを率いて村を襲い、男を殺して女を連れ去る魔人、師匠の仕業かは分からんが、耳は長かったと聞いてる。


オウガの通った後は獣より目立つ、俺はボウズを連れてそいつの住処に近づいていった。

夜が開ける前に、オウガの群れの中で、人間の女に酌をさせてるエルフを見つけた。なんだ、師匠じゃねぇじゃねえか。俺はボウズにそう言うと、草むらの中にボウズを置いて、斬り込んだ。

一振りで近くのオウガの首を跳ばし、動きが止まった奴らの間を縫ってエルフに近づく。クソ耳長は何かの呪文を俺に向けるが、発動しない。師匠の施した呪い除けだ。驚くエルフの胸を貫き、振り返ってオウガの群れの中へ。服従の呪文の外れたオウガどもは、エルフの身体を八つ裂きにしながら、森の中へ消えた。野生が残っているなら、俺と闘う生き物はいない。


「母ちゃん!」草むらから子どもが飛び出してきた。見たところ、女の方にも怪我は無いみたいだ。「母ちゃん、母ちゃん。おっさん、ほんとうにありがとう。ありがとうな」茫然してと事態が飲み込めていない母の手を握ったまま、ボウズは何度も礼を言った。村へ送る途中では、母親からも何度も礼を言われた。

昼前には村に戻り、その日は村をあげての祭りになって、俺も夜までしこたま飲んで寝て、翌朝村長の家の水がめで顔を洗ってから、ボウズの家に出かけていった。

ボウズの家で、ボウズの母親は死んでいて、他の村人もみんな死んでいた。

ボウズは俺の足音に気付いて、俺の方を振り返った。俺は聞いた。

「ケガはねぇか?ボウズ」

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