第37話 第一王子の立身


「おはよう、フラン」


 辺境伯の屋敷の朝、第一王子様は、既に起きて、着替えていました。


 今日は、王都に帰る予定です。


 自分で、カーテンと窓を開け、外の空気を入れています。奇跡です! なんだか、男前になっています。



「おはようございます、フラン様」


 部屋の中で、メイド長が、金ちゃんへ、朝のお茶をいれていました。


「そうか、ここは辺境伯様の屋敷なんで、私もお客様なんだ」


 第一王子のメイドだったという職業病ですね。


「フラン様のお茶も、こちらで楽しみますか?」


「いえ、私は、自分でいれますので」


 メイド長の誘いを断り、第一王子の部屋を出ます。なんだか、二人の朝を邪魔しない方が良いと、そんな雰囲気でしたから。



 お茶の道具を借りようと、キッチンへ向かいます。


「おはよう、フラン」


 冒険者“武闘家”が、ダイニングルームから、私に声をかけてきました。


 珍しく、穏やかな女性の声になっており、昨日までのガサツな声ではありません。


「おはよう、あっ、おはようございます、辺境伯様」


 冒険者“武闘家”に並び、同じテーブルで、辺境伯が朝のお茶を楽しんでいました。


 偽王子の事件で、二人は仲良くなったようです。なんだか、ここも居心地が悪いです。


    ◇


 料理長にお願いして、10人分のお弁当をもらいました。屋敷の外に出て、隠れて護衛している騎馬隊長に渡します。


「少ないですけど、温かいうちに食べて下さい、騎馬隊長」


「ありがとうございます、フラン様」


 王族の方は、見えない所で働く人たちの苦労を、もっとねぎらう必要があると思います。


    ◇


「辺境伯様、先ぶれが来ました。お嬢様のお相手の令息が、辺境伯様にお会いしたいとの内容です」


 メイド長が緊張した顔で、辺境伯の答えを待っています。


「会って下さい、辺境伯様」

 じれったいので、私は辺境伯の尻をたたきます。


「しかし、跡継ぎの問題がある」

 辺境伯の悩みはもっともですが……



「辺境伯様が結婚なされば良いでしょ、意中の女性はいないのですか?」


 私は、誰しも気を使って言えなかった話を、ぶつけました。


「これまでは、いなかったが。しかし、年の差という問題がある」


「それは辺境伯様が考える問題ではありません、相手の女性が考えることです」


 あ~、じれったいです。


「相手の女性に求婚しましょう。その女性を呼んできます、どちらの令嬢ですか?」


「この令嬢だ。年の差はあるが、私との結婚を考えてくれないか?」


「え?」



 辺境伯の視線の先は、冒険者“武闘家”です。


「はい、頼りがいのある辺境伯様のことを、私は愛しております」


「え?」


 冒険者“武闘家”は、年上が好きだとは聞いていましたが、まさか、まさかの、ほとんど父親に近い年齢の辺境伯ですか?


「辺境伯様、彼女は腕っぷしも強いですが、冒険者パーティのリーダーとしての統率力も素晴らしいです。辺境伯様の右腕として、力を発揮すると確信しております」


 冒険者“武闘家”のことを、盛って話しておきます。



 さらに


「辺境伯令嬢様、午後に来る令息は、誰からも好かれる素晴らしい令息だと聞いております」


 私は令息が誰か判りませんが、第一王子は、どの令息か、察しがついているそうです。彼が大丈夫だと言うからには、大丈夫だと思います。


    ◇


「遊び人の金ちゃん、行きますよ!」


 第一王子に出発を知らせます。


「メイド長、世話になった、貴女のことは忘れない」


「金ちゃん様、少しの間でしたが、幸せでした」


「いつか、貴女を迎えにくるから」


「軽々しく約束するな!」


 私は、金ちゃんにツッコミをいれます。


 辺境伯の屋敷を背に、馬の歩を進めながら、金ちゃんは、まっすぐ前を見据えています。


「フラン、俺は王太子になる覚悟ができた」


 急に、いつか見せてもらった宝剣を取り出し、眺め始めました。


「危ないから、ちゃんと前を見て下さい」


「そうだな、僕は新しい世界を見つけることが出来た」


 そんなスットンキョウな事を言う第一王子、頭でもぶつけたのでしょうか?


 なんだか、昨日までとは別人のように見えます。


    ◇


「フラン、辺境伯に行った令息は、騎馬隊長の息子だぞ」


 王宮に戻り、王弟陛下に帰還を報告した時です。

 これもまた、驚きの事実です。騎馬隊長の息子は同級生です。


 真面目なあいつなら、辺境伯令嬢を幸せにできるでしょう。



「王弟殿下、第一王子様が、王太子になる覚悟が出来たと言っていましたが、これまでも王太子でしたよね?」


 疑問をぶつけてみます。


「国王の第一子であることは自分では選べない」


「しかし、王太子になるかどうか、国民を護る決意は、自分で決める」


「それが、男として階段を登るということだ」


 よくわかりませんが、王太子になるかどうかは、自分自身で決めるようです。


 その後、国王陛下の承認を得るのでしょうか? 王位継承権の順は、飾りですか?



「現在は、王太子はいないのですか?」


 第一王子が覚悟を決めるまで、王太子がいないのでは、何かと困るでしょうに。


「え? 何を言っている、俺が王太子だぞ……」


 え? 王弟殿下って、そんなに偉い人だっけ?


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