グレイ スノウ タウン

汎田有冴

グレイ スノウ タウン

 私が新メニューのアイデアを得たのは5回目のスリープ治療から目覚めた時のことです。

 参加しているスリープ治療ツアーのクルーズ船はアジアの端の島国に寄っていました。あの美しい霊峰で有名なところです。昔まだ元気だったころに旅行したことがあります。懐かしくて、動けるようになるとすぐバルコニーに駆け寄りドアを開けました。

 ムッとする硫黄と熱気の匂い、黒っぽい粒子が斜めに降りこんできます。下界は一面錆びてマットな銀の砂に埋もれていました。寄港すれば、世界最大級とうたわれる客船のバルコニーからは、たいてい港を囲む明るく活気に満ちた街並みが望めるのですが。

 顔がザラザラしてきたので急いでドアを閉めました。私の動きに異常を感知したウーコンがティッシュペーパーを差し出します。(ウーコンはこの部屋専用の管理ボットで、私がつけた名前です。部屋の掃除から荷物の運搬、警護までしてくれるよくできたベルボーイです)目覚めて最初の言葉を唾とともに吐きました。

「黒い雪って、いったいどういうこと」

「……灰です。お客様」ウーコンが私の声に反応して答えました。「近くの火山が噴火して灰を降らせているのです」

「なんてこと。巻き込まれたらどうするの」

「ご安心ください。そんなひどい災害ではありません」

 そう言われてもまだ怖かったのですが、火山には興味を覚えました。世の中には火山見学ツアーなんてものもあります。あの霊峰だって火山だったはず。窓越しに外を覗くと、東に内海を隔ててあの霊峰が爆発して半分ふっとんだような山がそびえていました。でこぼこした荒々しい頂から黒煙が火の粉を交えて対流するこぶをいくつもこさえながら立ち上り、上空の風に流されて空に広がっています。山の後ろには青空が見えますが、こちら側は太陽の光が遮られて薄暗く、船は砂地の海に沈没したのではないかと思うほどです。

 部屋の端末によると、目の前の火山には活動する火口四つもあり、もっと距離はありますが、北の方、南の方にも活火山があります。火山に囲まれた港街なのです。

 なぜこんな危険な環境の土地に寄港したのかと調べてみると、物資などの補給の都合だったのですが、お客からの要望もあったようです。理由はプライベート設定で不明。陸地を踏みしめたかったのでしょうか。

 それはともかく、次の治療の眠りにつく前に私は仕事をしなければなりません。スリープ治療には保険がききますが、スリープ治療ツアーは保険適用外なので、高い買い物になります。正直、目覚めるたびに肝が冷える思いです。でも、旅は楽しい。落ち込まなくて済む。数年寝たあと「あんた誰?」と周りに尋ねることがないのもいい点です。

 私の資金元は家族と共同経営しているレストランです。店の収支報告を3年分いっぺんにチェックして、病とは別のめまいをおぼえました。家族から3年分のバースデーメールもきていましたが、それは後回しにして、この港に降りてみることにしました。店の利益になりそうな何かを探さないと。それができるのも良いところです。

 港の隣に観光センターがあり、そこに市場もあります。パンツスーツに着替え、ロングブーツとサングラスを装着。大きな傘を差し、ウーコンも付き添わせました。

 港には今は私たちの船しかありません。駐車場と広い公園がありますが、どこも灰が数センチ積もってある意味ふかふかです。遊んでいる人はいませんが、大きなショベル片手にベンチに座る人や、木の下に立って空を眺めたり話をしている人達がいます。私たちをじっと見つめる人も。彼らは私たちと同じ服装の上につるつるした素材のポンチョ、ゴーグルやマスク、フードなどをつけていますから、こんな天気もへっちゃらなのでしょう。ポンチョの模様や小物のパイピングが蛍光色に近い鮮やかさなのは、降灰の中でも目立つようにでしょうか。

 港からアーケードが三階建てのビルまで続いていて、そこの一階が市場です。傘をたたんでガラス扉を二つ開けるとすぐ横に観光案内所があって、船のロイヤルスイートなんかに泊まっているおじさんたちが数人、案内所の職員さんたちと話し込んでいました。彼らも外の人と同じポンチョを着て、ベルボーイボットに買い物袋を持たせています。すでに観光を満喫しているようです。おじさんたちに目の端で睨まれたので、軽く会釈をしてからカウンターのパンフレットを取って離れました。話を聞かれたくない様子でした。面倒なことはごめんです。壁に寄ってパンフをペラッとめくると、火山灰のことが書いてありました。

《火山それぞれの噴出物には特徴があり、成分によって使い分けて生活に生かしている──金・銅などの金属類、燃料、建築材、石鹸、繊維、食品の加工など》

 そこまで読んで閉じました。百聞は一見にしかず。加工品の現物がここに集まっているはずです。

 案内所を過ぎると、市場のありふれた光景、野菜や肉や魚が並んでいました。ここの売り子たちは声をかけたりはしませんでしたが、みんなにこにこしてこちらを窺っています。額に外の人と同じゴーグルを付けている人もいます。

 珍しいものはないかときょろきょろしていると、透明ビニール袋にパンパンに入った灰を売っているエリアに来ました。袋の大きさはだいたいが45ℓくらいですが、もっと小さい袋のものも平台に並んでいます。店の奥には45より大きな袋もありました。45ℓ袋には『40年5月21日S』『43年8月20日M』などと書かれ、1000円から3000円くらいの値がつけられています。小さい袋はもっと安価ですが、中には『1983・7月・1万2000円』という札がつけられているものもありました。

「これは何に使うのですか」

 平台のそばに立っている30代くらいの女性に尋ねました。この方は《観光センター》と書かれたポンチョとゴーグルを付けています。

「ここのは灰焼き用です。この台の袋は鑑定が終わっていて……こちらは魚とか貝とか。こちらの灰は根菜類に合います」

 女性はよどみない口調で答えてくれました。でも、分からないことだらけです。ウーコンが注釈をつけようとしましたが、止めました。現地の人とのコミュニケーションも旅の醍醐味です。

「灰焼きとは何ですか」

「ああ、あそこで売っているあれです」

 女性は近くの扉付近を丁寧に手のひらで示しました。そこには小さな店が並んでいて、業務用のガスコンロで灰がたっぷり入った鍋を暖めていました。串の刺さった灰入り鍋もあります。鍋の前にはそれぞれ『エビ・カニ・貝』『ハオリムシ』『スイートポテト』『蒸し菓子』という札が立てかけてあり、鍋からおいしそうな匂いが上がっているところをみると、この灰で蒸し焼きをしているようです。

「いらっしゃい」

 鍋の後ろで腕組をしていた小麦色の中年男性が(やっぱり《観光センター》ポンチョとゴーグルを付けています)声をかけてきました。観光客はみなこの流れでこちらに来るのでしょうね。

「おすすめはなんでしょうか」

「やっぱりハオリムシだけどねえ。初めての人にはサザエがいいかなぁ」

「じゃあ、ハオリムシをください」

「おや、まいど」

 おじさんはニヤリとして厚手の手袋を付けた手を鍋の灰に突っ込み、節くれだった棒のような殻を取り出しました。軽くはたいて表面の灰を落とすと新聞紙でくるくると包み、鈎針を枝先から殻の中に突っ込むと赤みを帯びた肌色の身を5センチほど出しました。

「ほれ。これをちゅるんとすするんだ。熱いから気をつけて」

 味も貝に似ていますが、独特の弾力と噛めば噛むほど旨味がでます。ジューシーなさきイカみたいです。

 串に刺してあるのはさつまいもでした。蒸し菓子はこげ茶のふわふわしたスポンジ生地の中にクルミやレーズンを入れたもので、流石に蓋付き容器に入れられて灰で蒸されていました。それでも少し灰っぽい粒が生地に混ざっていたのですが、それが胡椒か塩のようなアクセントになって甘さが引き立ちます。

 パンフレットに灰焼きの項がありました。灰が食材の味に変化をつけるのですが、灰の成分によって魚向きとか野菜向きとかあるらしいのです。『焼き』とありますが、やっぱり蒸し料理の一種です。

「ハオリムシはこの方法でしか食べられないよ。ここの灰でしか毒気が抜けないので、他の場所でハオリムシを食べたいと思った時はご注意を」

 と、灰焼きの男性が自慢げに言います。

 それは確かに珍しいし、お酒にも合いそうなので、ハオリムシを20本(匹?)とデザート用のさつまいもと蒸し菓子を買ってウーコンに持たせました。

 食べ物以外の土産物は別館にあるということなので、すぐそこのドアから出ると、そこの軒下にも灰焼きの露店がありました。



 小さな露店の主は12歳くらいの少年でした。緑色のポンチョを羽織り、ゴーグルやマスクは付けずに素顔で座っていました。小さなガスバーナーで寸胴鍋を温めています。灰の入った鍋には串も差してあって、『灰焼きハオリムシ・つみれ・カニ』という札が出ていました。

「いらっしゃい」

 少年はそう言って屈託のない笑顔を私に向けました。私が引かれたのは笑顔だけでなく、その鍋からさっきの店よりもっと美味しそうな匂いが濃く漂ってきたからです。

「ボクも灰焼き屋さんなの? 店番かな?」

「僕が作っているんだよ」少年は口を尖らせました。「ちゃんと灰は消毒してあるよ。灰焼きが好きだから、色々試したなかの傑作なんだ。安くしとくから試してみてよ」

「そうなんだ。じゃあ、それぞれ一本ずつちょうだい」

 驚きました。殻ごと刺してあったカニの足の身も、青い香草にくるまれた魚のつみれも味が濃くて、ハオリムシはさっきの店とは一段違ううまさです。

「おいしいね、これは。中の大人の人のよりおいしいじゃない。作り方教えて」

「それはできない。企業秘密だから」

「私はレストランを経営していてね。あの船の厨房にも顔がきくの。この灰焼きをメニューに入れたいんだけど、どうせなら君の灰焼きをみんなに食べてもらいたいな。色んな所の料理を食べたけれど、君のこの味ならグルメ好きも満足するよ。私がここにいる間だけでも君に弟子入りさせてくれないかな」

 私の話を聞いていた少年は、次第に顔が赤くなって口元が緩んできましたが、それでもうつむいて組んだ両手をもじもじと動かしていました。

《観光センター》ポンチョを着た白髪まじりの男が、大声をあげてこちらに走ってきました。

「ヤト! こんなところで売ってちゃダメだろ。ちゃんと決まった所で検査を受けて、お金を払ってから店を出す決まりなんだって、教えたよな」

「いいじゃん、ちょっとぐらい」

「おなかを壊したって言われたら困るんだよ。外の人は食べ慣れてないんだから」

 男は困った顔で私をじろじろ眺めました。

「体調は大丈夫ですか? 薬屋紹介しましょうか?」

「薬は飲んでいますし、胃は丈夫です。私、屋台好きなんであちこち食べ歩きますけど、おなかは壊したことないんですよね。これおいしかったですよ」

「灰焼きがうまいって言われるのはありがたいけれど、決まりは決まりなんだよねぇ」

 男に睨まれ、少年ヤトはぶつぶつ言いながら露店を片付け始めました。そして私を見上げてぼそりと呟きました。

「さっきの話。僕についてこれたら考えてもいいよ」

「ほんと」

「弟子ってそんなもんだろ」

「え、何の話をしたって?」

 男が割って入ってきたので、私は「この街のお宅を拝見させてもらいたくて」と伝え、身分証代わりの下船許可証を提示しました。

「まあ、サジさんとこだったらいいかもしれないけど。今日の降灰はひどいから、灰狩り衣装じゃないと大変だよ。傘やグラサンも無駄。洋服が全部灰色になって、髪もザラザラバキバキだよ」

「どこかに売ってたりしませんか」

「案内所にあるけど、別館の方が種類は豊富です」

「早くしないと僕行くよ」

 案内所に向かいました。スイートのおじさん達はもういません。「灰狩り衣装を」というと職員がすぐ出してくれました。私が知っている言葉で衣装を表現すると(それぞれに固有名詞があるのでしょうが)灰色のバルクラマにパイロットゴーグル。グラスウールの織り込まれたオレンジ色のポンチョはフード付き。同じ素材の手袋。ブーツは手持ちのもので間に合いそうです。マスクは使い捨てでオマケでした。

「《源泉に浸かったら治るかも⁉マイ温泉掘削ツアー》は1時間後です。重機はレンタルしますか」

「足元見ますねぇ。商魂たくましいのは嫌いじゃないけど」

「あ、《百年後をお楽しみに!溶岩流跡を別荘地に計画》の下見でしたか。もうちょっとで土になりそうな区画があるので、投資していただければもっと早く建築可能に……」

「私は衣装だけで結構です」

「すみませんお客様」

 ウーコンが私に泣きそうな表情を作って言いました。

「私は街に行く許可をコンシェルジュからいただけませんでした。灰が機体に入って誤作動を起こす危険があるそうです」

 私はウーコンに買った物を持って帰るよう命じました。ウーコンは自分からカメラ付きGPSを外して私の胸に付けました。

 駆け足でヤトのところに戻ると、ヤトは鍋一式をナップサックに入れて背負い、キャップのつばを後ろに回してゴーグルが一体化したごついマスクで顔を覆っていました。

「それガスマスクじゃないの。だいぶ古そうだね」

「じいちゃんが現役の『火狩り〈い〉組』のころのだからね」

 そう言ってヤトが走り出したので、私も後を追いました。

 ちょうど公園にいた人たちがスコップで灰を集めて袋に入れていました。まき上げた灰がもうもうとこちらに流れてきます。息苦しかったのですが、好奇心を抑えられませんでした。

「あの灰を灰焼きに使うの?」咳きこみながら尋ねました。

「公社で選別して、焼きに使えたらね」ヤトは止まっている時と変わらない口調です。

 灰に埋もれる街は静かでした。人はまばらで、時々後ろからすぐ脇を通る車も音を灰に吸い取られているようで、スピードが控えめではねられずに済みましたが、灰を容赦なく浴びせられました。それでもヤトの背中をひたすら追いましたが、今にも霞の奥に消えそうになって、焦りました。灰はグレイ、グレイグレイ、どこもグレイ、それがどんどん濃くなっていきます。

 前から走ってきた女性が、私をつかんで肩を貸しました。思い出しました。走ったのは久しぶりでした。誰かの後を追うのも。子供が小さかったころ以来でしょうか。たぶんまだ、私はあの子たちの重荷です。それも嫌で旅に出たはずなのに。仕方のないことなのに。

 アラート音が鳴りました。ウーコンのGPSが救援要請を送ったのです。まったく忌々しいかぎりです。



 朦朧とした意識の私は、近くの家のベッドに寝かされたようです。灰狩り衣装とブーツは脱がされて足元に置かれました。

 症状が落ち着くと、枕元のヤトに気づきました。ヤトは私が顔を向けるとさっと部屋から出ていきました。

 入れ替わりで大柄の女性が、お盆におしぼりとお茶のペットボトルを乗せて入ってきました。

「ご気分はいかがですか。寝ている間にお顔の方を拭かせていただきましたが、足りなければこれで。船の方からもう少しでお迎えにあがると連絡がありましたよ」

「ヤトのお母さんでしょうか。ご迷惑をおかけしてしまったようですね」

「迷惑をかけたのはこっちです。こんな天気の日にお体の悪い方に無理させて。こんな日に走り回るのは灰狩りさんたちぐらいです。喉が変だったりしませんか」

 ドアの隙間からヤトがちらりと覗きました。

「だって弟子だから」

「あんたとおじいちゃんじゃないのよ!……すみませんね。オベさんから連絡があって迎えに出たんですけど。あ、観光センターのオベさんです」

「ヤトさんを叱らないでください。お宅を拝見したいと言ったのは私の方です」

「そうですか。古い家でお恥ずかしいですが、台所ならご案内しますよ」

 少しふらつきますが、立ち上がれるまでになりました。私はブーツを履いてヤトのお母さんについていきました。

 広い土間の隅にもくもくと湯気をあげる竈があって、灰の入った籠がかけてありました。

「この辺りは地下から熱い蒸気があがってくるものですから、昔からそれを使ってお料理したり発電したりしてまして。灰焼きももともとこの竈を使って作っていたんです。火のコンロもありますが、うちはずっとこれ使ってて。なにせ光熱費が浮きますから」

「ああ。私も無料タダ大好きです。灰がもう少し少なかったら住むかもしれません。噴火はこわいけれど」

「毎日こうじゃないんですよ。灰が嫌で山向こうに引っ越した人もいますが、主人が火山灰加工公社に勤めていまして。ちょっと離れてもどのみち降ってくるものですし。おじいちゃんも山を見張ってくれていますので」

 許可をもらって隣の部屋に行くと、六畳ほどの部屋にたくさんのメーターとディスプレイがついた計器が並べられ、計器と同年代くらいの年寄りがそれらと向かい合っていました。。ディスプレイにはそれぞれ別の火山が映っています。壁の上には神棚があって、隅には背中に大きく〈い〉と書かれたポンチョと〈い〉の文字のまといが飾ってありました。

 おじいさんは私が来ると、計器を眺めたまま話し始めました。

「こんなもの怖いうちに入らん。今の火の神様は大人しくしておられるが、昔はもうしょっちゅう火を噴いていた。そのたびにわしら火狩りが出ていって、火の粉を消したり、煙や火の流れを見極めて避難させたりな。火狩りはいろは47組あって最後に出張っていったのは15年前だ……」

 いつの間にかヤトが私の後ろにいて、私の袖をひっぱりました。私はそっと部屋を出ました。

 ヤトに案内されて地下室への階段を下りました。ここにも蒸気竈があって、湯気を排出する煙突が竈の上に覆いかぶさっています。暗めの電球に照らされた部屋の真ん中にはダブルベッドくらいの長方形の箱に灰が入れてありました。箱に近づこうとすると、ヤトがまた裾を引っ張るので止めました。箱の中の灰は水分を含んでべちょっとしています。

 しばらくすると、灰の中から青い甲羅の小さなカニがぞくぞくと現れて灰を食べ始めました。ざっと50匹はいます。彼らは食べた灰を団子にして吐き、また食べては吐くので小さな団子の山が出来始めました。

「あの団子の灰が企業秘密だよ」

 ヤトが囁くと、カニは一斉に灰の中に隠れました。箱には団子だけが残りました。

「何気にあの団子を竈にかけて灰焼きを作ってみたんだ。そしたら誰にも負けないすんごいのができて。あいつらがいるうちに売りたくなっちゃって」

 私も声量をヤトに合わせて聞きました。

「いるうちにって、あのカニあれだけしかいないの?」

「この辺にはいないカニなんだ。たまたま浜で見つけて、生態系を壊すからって父さんが取ってきたんだ。たぶんどっかの船の荷物かバラ水にまぎれて運ばれてきたんだろうって。逃がさないって約束して飼ってたんだけど、どんどん数は減っていて。浜にはもういないみたい」

 ヤトは私の横で丁寧に頭を下げました。

「走らせちゃってごめんなさい。灰焼きが大成功した気がして、ちょっと調子に乗りました」

「気にしてないよ。秘密を教えてくれてありがとう」

 ヤトには申し訳ないけれど、私は返事をしながらまた遠い記憶を掘り起こしていました。今度は自発的に。あのカニには見覚えがありました。あの色あの大きさ、あの動き。人が来ると潮のように引いたり寄ったりする青い影。そんなに昔の記憶ではありません。前回のスリープから覚めた直後、着いた島の浜辺を散歩していた時でした。


 船からの迎えがくるにはもう30分ほどかかりました。GPSも付けていたのに、救急車代わりとしてはちょっと遅すぎます。

 灰でタイヤが滑って速度が出せなかったとか、信号や対向車のランプが霧に潜む怪物の目のようで怖かったとか、運転手はいろいろ言い訳をしましたが、普段ボットに任せていることを手動ですることになって不慣れだったのが真相のようです。この次は極地仕様の足回りにして5分を切ってやると息まいていました。

 でも、おかげでその間に私はあのカニを島の知り合いから調達する用意を整えることができました。しばらくここで灰焼きを研究します。ツアーは中断しなければなりませんが、灰焼きをマスターしたら、久々に家族に会いに行くことにしました。看板メニューになりそうな珍しい料理という土産があるので、ちょっと素直になれそうです。そしてまた、スリープ治療ツアーの予約を入れました。まだ旅を終える気はございません。

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グレイ スノウ タウン 汎田有冴 @yuusaishoku523

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