26.ミントクリスタル
「んー、いずれは全監視塔を稼働させたいねー」
すべての監視塔から魔砲をうちまくる光景を想像してトラグラスはうっとりしている。
人手が足りないのに稼働を増やして大丈夫なのかと思う祐太だった。
「さー! 新手が来る前にー、早いとこ次に備えようー」
「たまには手伝ってください、トレグラ」
衝撃で後ろへ下がってしまった魔砲を、隊員ふたりだけで復座させるのはひと苦労だった。
カメムシはどこから飛び出してくるか分からないので、毎回、正確な観測が求められる。
今度は祐太が砲隊鏡をのぞいた。
ダイヤルを回して、戦闘中の冒険者パーティーにズームする。
パーティーは前衛と後衛、そして待機と、役割をうまく入れ替えながら戦闘を続けているようだ。
気づいたことがある。パーティーに参加している魔法使いたちは、新魔法の使い手ばかりだった。
全員の杖先で、青い球体がくるくる回っている。
祐太と同じ赤い魔法──旧魔法の使い手は見あたらない。
旧魔法には貴族が多い、というルシルの話は本当かもしれない。お金持ちで身分の高い人間が、わざわざダンジョン攻略のような危険な仕事に命をかける理由はないからだ。
「何かあったかな?」
前衛のメンバーが興奮した面持ちで、仲間に向かってなにやらうったえている。
ミントの森の暗がりに、不思議な光るモノがひそんでいることに、祐太も気がついた。
ミントの茎にはりつくようにして、そこから不恰好にもりあがったこぶのようなもの。透明感のある柱石がニョキニョキ生えている。
(あれが、ミント結晶?)
想像していたよりもずっと大きい。
カメムシは長い口吻をミントに突き刺して、茎の中を流れる液体を吸う。その後、茎に残った傷からもれだしたミント液が、時間をかけて結晶化したもの、それがミント結晶だ。
とはいえ、結晶が成長するには時間がかかるし、様々な環境上の要因が好条件で重ならないと、高値で取引できるほどの結晶は生まれない。
大きさ、形、純度、色味や硬度。良質のミント結晶を見つけられるかどうかは、運次第だった。
さいわい、見つかった結晶がもうしぶんのないものであることは、レンズ越しに見る彼らの喜びようで明らかだった。
あのパーティーメンバーにとって、今日は最良の日となったようだ。
その後、砲撃は散発的につづき、午後になってカメムシの襲来はピタリと止んだ。
「ほぼ駆逐したかもしれません」
「警戒して出てこなくなっただけかもしれない」
他の監視塔から、やたらと砲声が聞こえてくる。監視塔ナンバー7だ。
「どこをねらってるんだろ?」
どこからもカメムシが襲ってくる様子は見えない。それなのに、砲声が止むことがない。
「彼らはいったい何をしてるんでしょうか? 弾のムダ使いです」
「山の向こうに巣があるんだよー」
ミントの森の背後には、標高の低い山々がつらなっている。
トレグラスが言うには、本部による調査で、山の向こう側にカメムシの巣があることが判明しているという。
「そんなこと……見えない目標に弾を撃って、当たるものなんですか?」
「照準が正しければねー」
しかし、その作戦は裏目に出た。
砲撃は間違いなくカメムシの巣をたたいた。その結果、棲み家を破壊されたカメムシたちが、いっせいに巣からあふれでてきたのだ。
山頂に、突如として巨大カメムシの大群があらわれた。
まるで繁殖したカビのようにびっしりと、またたくまに尾根づたいをうめつくす。
そして、次々と空へ飛び上がってゆく。
「き、きたーっ!!?」
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