16.棺桶の窓から

丘を登ってくるのは『棺桶』だった。


たいていは『豚箱』で、次に多いのが『棺桶』だ。どういう運用ルールで車両がかわるのか、祐太には分からない。


乗りこむなり、聞き覚えのある声がした。


「ああ、やっぱりユータでした」


『棺桶』のいちばん奥の席に、昨日と同じく、ひとりだけ乗客がいる。


「ルシル?」


祐太は驚いた。


「どうしてここに……。ひょっとして、昨日も乗ってたのって……?」


「そうです。わたしでした。わたしはなんとなく、ユータではないかと思っていたのですが、やっぱりそうでした。おはようございます」


「おはよう……ございます」


祐太はルシルの向かいの席に座った。まさか同乗していたのがルシルだったなんて、思いもしなかった。


「昨日から乗ってるってことは、一昨日まではどうしてたの?」


「じつは、街で魔法使いのいっせいストライキがはじまったのです。おまけに自警団のバリゲード封鎖が重なって、最寄りの乗り場までずいぶん歩くことになったのです。だから路線を変えました。こっちは遠回りですが、時間はどちらもたいしてかわりません」


「ふーん、そういうこと……」


彼女が何を言っているのかまったく理解できない祐太だった。


「でも、この路線ってホントに使うひとがいないんだよね。いつもぼくだけだ」


「のんびりできるのは、いいことです」


『棺桶』はアップダウンをくり返しつつ、丘陵地帯をゆるゆると下っている。


「ところでさ、教官との話し合いはどうだった?」


祐太は気になっていたことをたずねた。


今日も自分たちは伯爵の屋敷で仕事なのだろうか? ──正直なところ、しもべスライムが大量発生している状況で、まともに業務ができるとは思えなかった。


「トレグラも分かってくれたはずです。『とにかく現場を見てくるよー』と言ってましたので、今度ばかりは真面目に対処してくれると思います」


「だといいんだけど」


はたして昨日の今日で対処できることがあるのか、祐太には疑問だ。


ダンジョンに入る前に、魔法ゲートの場所をすべて再チェックしておいたほうがよさそうだと祐太は思った。スライムの大群に追い回されるのはこりごりだ。


『棺桶』が海辺にさしかかると、潮風にあおられて、車体がゆっくりと揺れはじめた。


祐太は小窓をひらいて外を見た。海岸線の彼方に巨大な岩の要塞がそびえている。


祐太は、ルシルがじーっと自分を見つめているのに気がついた。


「な、なに?」


ルシルは言いにくそうな様子で、


「ユータは……その、貴族ですか?」


突拍子もない質問。


「なんの話?」


「ちがうのですか? 昨日のダンジョンで、ユータは旧魔……」


と、ルシルはいったん口をつぐんでから言い直した。


「えっと、テウルギアを使っていましたので」


祐太がなおも理解不能な表情を浮かべていると、ルシルも怪訝な顔をした。


「知らないんですか? テウルギアは貴族が多いのです」


そんな話は初めて聞いた。祐太は大げさに手を振って否定した。


「ぼくが貴族なわけないよ」


ある日突然、異世界に転移してきた迷子だよ──そう言おうかと思ったけれど、余計にややこしくなりそうなのでやめた。


「魔法は師匠に教わったんだ」


「すると、お師匠様は貴族ですか?」


「……」


祐太は師匠アマリア・アルノのことを思い浮かべた。


エリクサー片手に串肉にかぶりつく師匠。


昼寝ばかりしている師匠。


声がうるさいという理由で森のカラスとケンカする師匠。


「……ちがうと思う」


「そうですか」


ルシルはべつにこだわっている風でもなく、


「もちろん、テウルギアがみんな貴族というわけではないです。大手の魔法工房に所属する魔法使いという可能性もあります。伝統ある工房なら、貴族の顧客も多いですから」


そんなことを言われても、師匠が働いているところを一度も見たことがない祐太だった。ときおり、母屋から姿を消してどこかへ出かけていくことはあるけれど……。


首をひねる祐太を見て、ルシルはあわてて、


「あ、これは失礼しました。よけいなことを詮索せんさくしたみたいです」


「実はぼくもよく知らないんだ。それより、ルシルの魔法はゴエティアなの? 初めて見たよ」


祐太はそう言ってから後悔した。新魔法と言うべきではなかったか。


「ユータはかわってますね。新魔法の魔法使いなんてどこにでもいますよ。わたしの住んでる街は新魔法ばかりです。学校も。掃いて捨てるほどゴロゴロしてます。わたしからしてみればテウルギアのほうが珍しい、というより、そもそも貴族と会うことがないです。カルメランはテウルギアのひとも働いてるみたいですけど」

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