17.ダンジョン選択

発着場は天井が高く、熱っぽい空気に満ちている。


これから出勤する隊員、あるいは退勤する隊員どうしの話し声で、構内はいつもにぎやかだ。


祐太とルシルは『棺桶』を降りて、本部へ向かった。


スロープを上ってゆくと、更衣室の直前に掲示板が並んでいる。隊員にむけた様々な連絡事項が、ところせましと貼り付けられている。


ルシルが新しい貼り紙を指さした。


── 《通達》 ── 

百三十一番ダンジョンへの立ち入り禁止措置について 




「というわけでー、無期限の封鎖になったよー!」


トレグラスII世はひとごとのように言った。


「無期限?」


祐太は聞き返した。


「増えすぎたスライムの駆除が終わるまでだねー。再開の時期はわからないよー。ちょっと手間がかかりそうだからねー」


「それじゃ、わたしたち、しばらくは他のダンジョンを担当するってことですか?」


ルシルは落ち着かない様子でたずねた。


「そういうこと! とりあえずぅ、若き隊員のおふたりにぃ、すてきなダンジョン候補を二つ用意してきたよぉー!」


トレグラスは食堂のテーブルの上に尻をつけて行儀わるく座ると、爪の生えたモミジ饅頭みたいな右前足と左前足で、それぞれダンジョンの詳細を記した紙をヒラヒラさせた。


「どっちも中級ダンジョンだよー! やったぜー!」


二人とも耳を疑った。


「ち、中級……?」


「大丈夫だよー。コルドも心配いらないって言ってるしー。っていうかコルドの指示なんだけどねー」


「視線を誰もいないところに向けて話すのはやめてください、トレグラ。隊長の指示か知りませんけど、いくらなんでもムチャです」


さすがのルシルも中級はありえないという反応だった。


「そんなのまるで、レベル1のチート無しテイマーにいきなり魔王軍幹部の首を獲ってこいと言ってるようなものです!」


「何の話ー? わかりにくいよ、そのたとえー」


祐太はおそるおそる手をあげて、


「あの、ぼくはまだ現場に入って二日目なんですが」


「心配いらないよ!!」


トレグラスはジャンプしてくるりと宙返りして、


「今日はおいらがいっしょだからー!」


「え? 教官が?」


「トレグラが?」


祐太はルシルと互いに顔を見合わせた。


「めずらしいこともあるものです」


とルシル。


「教官もダンジョンに出ることがあるんだね」


と祐太。


二人は声をひそめて、


「教官って、強いんだよね……?」


「こんなんですけど、トレグラはいちおうドラゴンですから……。並のモンスターよりはマシなはずです……たぶん……。それに、いちおう階級は軍曹らしいのです」


「軍曹? それほんと? 信じられないや……」


「ふたりとも! 何をヒソヒソ話してるのかなー? 大丈夫だよー、ユウタ! ルシル! 危ないときはおいらがカバーするから、まかせといてよー! で、さっきも言ったとおり候補がふたつあるよー。どっちか好きな方を選んでよー」


祐太とルシルは二枚の用紙をのぞき込んだ。


「えーと、こっちは二百五十七番ダンジョン 『怒濤どとうの大草原 夏の高級ビーフ祭り』 なにこれ?」


「これは季節限定ミッションだよー! 冒険者と力を合わせてー、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに、全力で立ち向かうダンジョンだー!」


「アホですか! そんなの下手したらこっちがA5ランクビーフですよ!」


「もうひとつは? 十六番ダンジョン、『エルフの薬草園』……」


「はい決まりです」


ルシルはヤカンをつかんでイスから立ち上がった。


「抗議はいっさい受けつけません。決定事項です。さっそく案内してください」


「まだ何も説明してないんだけどー」


「だって、エルフですよ? ことわる理由がありますか? ……ああ! そうと分かっていれば、サイン帳を持ってきましたのに……!」


ソワソワするルシルとは対照的に、祐太は首をかしげて、


「本物のエルフに会えるってこと?」


エルフといえば、耳が長くて、たいてい森の中で暮らしていて、やたら長生きで、よくわからない不思議な力を持った種族──ということくらいは知っている。


「ユータはエルフに会ったことがありますか? わたしは一度しかありません。それも、とてもちっちゃな頃だったので、記憶もほとんどありません」


ルシルの口ぶりからして、エルフに出会えること自体がとてもレアなことらしい。そんなふうに言われると、祐太もなんだか楽しみになってきた。


それに、薬草園というのも気になる。


「エルフに頼んで、貴重な薬草を分けてもらえるかな?」


「いいところに気がつきました、ユータ。わたしも同じことを考えていました。こんな健康に良さそうなダンジョン、他に聞いたことがありません!」


瞳をキラキラさせて興奮気味に話す人間の少年少女を前にして、トレグラスは枯れた笑みを浮かべた。


「若いねぇー、二人ともー……」


あおむけに浮遊しながら、


「残念だけどー、今はもうー、エルフはいないんだよねー。昔むかし、エルフが生活していた場所ってだけでぇ、今は住んでた跡が残ってるだけなんだー。それどころか──」


二人の隊員の顔に、これ以上ないほどの失望が浮かんだ。


「はぁ……。まぎらわしいですね……。エルフがいないのにエルフの薬草園だなんて、完全に虚偽表示じゃないですか。ウサギがいないのにウサギ小屋っていうようなものです。詐欺ですよ」


「つまらないね」


「あのねー、二人とも。これ仕事だよー。いちおう、おいらは上官なんだけどねぇー。詐欺とかぁ、つまらないとかぁ、上官の前で露骨にそういうこと言っちゃだめだよー。まぁいいやー。時間がもったいないから、もう行こうかー」

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