二つの魔法

14.ラストエリクサー

翌日の朝。


「師匠、起きてください。ぼく、もう仕事にいきます。──師匠? アマリアさん?」


ドアがあいた。


「ふぁ……。おはようユウタ」


祐太はクルリと後ろを向いて、耳を赤くした。


「また……。師匠、ちゃんと服を着てください」


「ん? ああ、すまん……」


アマリアはずり落ちた寝間着を引き上げた。


朝食は焼きたてのパン、あたためたミルク、ゆで卵。毎朝、近所の親切な農家が届けてくれるのだ。


アマリアはすがすがしいほどの無関心ぶりで朝食をスルーし、戸棚からセラミックの容器を取り出した。


理髪店のサインポールみたいならせん模様のついた美しいフォルムの瓶だ。


栓をひきぬいて、口をつけて一気にあおった。


「……くぁーっ!」


五臓六腑にいっせいに通電したような声を出した。


(朝っぱらからよく飲むなぁ……)


もはやあきらめた気分で、祐太は戸棚に手を伸ばした。


戸棚にはあやしげなツボも置かれている。ツボの蓋を開けて、師匠に差し出した。


中身はたくさんの串肉だ。


アマリアは一本をぬきとって、その串にささった塩漬け肉にかみついた。


美味そうに咀嚼して、それからまた、セラミックの瓶をあおった。


「くぅーっ! やはり、目覚めのエリクサーは格別だ……! こたえられんっ!」


手の甲で口もとをぬぐいながら言った。


ちなみに、十中八九、それがエリクサーではないことを祐太は確信している。


「ふーっ。生き返るな……!」


ラベルにはたしかに『命の水エリクサー』と書いてある。けれども、未成年は飲んではいけないらしいので、どんな味なのか祐太は知らない。


アマリアはふと戸棚をふりかえって、


「これだけか?」


瓶をふりながらたずねた。


「それが最後です、師匠」


アマリアは不可解な目で弟子を見た。


「なぜ補充しておかないんだ?」


祐太は同じく不可解な目で師匠を見返した。


「お金がありません」


祐太がここへ来た時点で生活費はすでに底をついていたし、いまだかつて一度もプラスに転じたことはない。


「ツケにすればよかろう?」


「それが……これ以上は無理だといわれまして。せめて半年分は払ってくれと店のおじさんが」


「なんだと!?」


アマリアはテーブルを強くたたいた。


「あの堅物オヤジめ! 村で商売できるのは誰のおかげだと思ってるのだ? 恩知らずなやつ!」


ちなみにエリクサーはなぜか酒屋リカーショップで売られている。


「落ち着いてください、師匠。半月もすれば最初の給料日です。そしたら、ツケも払って、エリクサーを買えるだけ買います」


「半月も待てるか! ぐ、ぐぬぬ……どうしてくれよう……!?」


串だけをガシガシかんでいたアマリアは、やがて二本目の串に手をのばした。


「あの……、朝からそんなものばかり口にしてたら、健康によくないと思いますが……」


「ホッパーミールは栄養満点だ! 肉と野菜の滋養を一度に摂取できるからな! それに、この腹のやわらかいところがうまいんだ! モグ!」


「朝ごはんも食べてください」


「それは昼食にする」


祐太はべつに、師匠にさからうつもりも、文句を言うつもりもない。ただ、本当に心配して言っているだけだ。


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