クリスマスデートは聖地巡礼をいいわけにする

シンシア

クリスマスデートは聖地巡礼をいいわけにする

 もうすぐ冬休みが来る。


 学校に通うのが億劫な私は長期休みを目標にして頑張る。


まったく不思議な事だが学校が無いと寂しいと思う人もいる。


大抵こういう人とは話が合わないという事は少ない人生経験からもわかる。



 私は一週間を学校に通う平日と土日の休日に分けて考える。


平日はとにかく頑張らないと乗り越えられない。


人と関わるのが苦手な私は普通に生活するだけでも気苦労で疲れてしまう。


だから休日は人と関わらない自分だけの時間をつくり休みたいのだ。


アメリカだと「Social Battery」なんて呼ばれたりするようで、社交性の電池という表現には妙に納得がいく。



 どうやら多くの人はこうは考えないらしく、休日は誰かと一緒に居ることがリフレッシュになるようだ。


 だから私は小さい頃から特に日曜日は誰かと遊んだりしたくなかったし遊ばなかった。


日曜日に他人と関わると疲れてしまうので平日が乗り越えられなくなってしまうからだ。



だけどこの気持ちが上手く伝えられないし伝わらないので、私は遊びたくない人、ノリが悪い人という烙印を押されることも多かった。





 いつもの空き教室に入るなり先に待っていた肖子しょうこがスマホを見ながらにやにやしているのが目に入った。



「おはよう」



 邪魔をしてしまうのは申し訳ないがこっそり黙って入るのは忍びないので声をかけた。


「あ! おはよーマヤ」


 先ほどのにやにやが私に向けられたので心臓が掴まれたみたいにびっくりして体がビクッと反応してしまう。



「どしたの。とって食べたりなんかしないよ!」


「──あ、う。うん」



 私は小走りで彼女の隣の席に座りリュックサックの中からパンを取り出す。


 返事をするのにも吃ってしまった事が気になった。


今日は調子が悪い日だ。


日によって声が出せる具合が異なるのもよくある事だ。あらかじめ把握しておけば諦めもつく。


 そんなことを考えながら横を見てみるとまだ彼女は私の顔を見ながらにやにやしていた。


大好きな人からの視線なので気持ちが悪いとは思わないが背筋がソワソワするし、ツッコミ待ちのような気もするので声をかけた。



「それはね。あなたを遊びに誘いたいからだよ」


 久しぶりの言葉すぎて一瞬何を言われたのか分からなかった。


「クリスマス。25日って空いてる? いやちがうね。私と遊んでくれる?」



 二言目を聞いても訳がわからなかった。彼女は言い終わると満足げな顔をしながら私の返事を待っている。



 どれくらいの間口を開くことすら出来ず固まっていただろうか。


私は何を戸惑っているのだ。


返事なんか考えなくても心は決まっているはずだ。


「あ、あ、、、遊びたい!」


 酷く震えた声で俯きながら声を絞り出した。


すると肖子は椅子から降りてきて私の前でしゃがみこみ私の顔を覗き込んだ。



「そんな辛そうな顔して。ゆっくり話してくれていいんだよ」



 彼女は私の頬に触れて顔を上げてと促す。


私が顔を上げると微笑む彼女の顔があった。



「ありがとね」

「ふふ。わたしはなんにもしてないよー」


 彼女は席について詳細を話し出した。


「どこに行くかなんだけどね。この間ハル君があげてたクリスマスツリーあるでしょ。あそこに行きたくてね」


ハル君とは私とショーコの共通の推しである。


「あのツリー素敵だよね」


「そうそう、なんか彼がいた足跡というかね残り香みたいなの感じたいなって。聖地巡礼的なね」


「ショーコってそんな事いうんだね」



 あまりにも突然に肖子がロマンチックなことを言うので笑ってしまった。



「もーう! ひどいよ。マヤだってやっかいファンのくせに!」



 口を尖らせてフグになる彼女のお決まりの仕草である。



「ごめんね。どうしてもかわいくてさ」


「最近かわいいっていえば収まるって思ってるでしょ」



 こう言いつつも彼女は嬉しそうな顔をする。


それからやりたいことや待ち合わせ場所など色々なことを決めた。


「楽しみだね」


「うん」






 12月24日。


肖子との約束の日の前日だ。


 今日は放課後に彼女へのプレゼントを買いにいくのだ。


冬休み前最後の日なので時間もある。


一応クリスマスに出かけるのだからあった方が良いはずだ。



 とはいえ何を買ったらいいのか悩んでいた。


彼女の好きなものなんてハル君以外に知らなかった。



そもそも人に贈り物をした経験もとうの昔のことなので定番のものすらわからない。


 私は頭をフル回転させて肖子との日常を思い浮かべる。


しかしヒントは見つからなかったがふと思い出したことがある。


贈り物を決める際は自分が欲しいものを考えると良いという方法だ。


肖子から欲しいもの。


肖子から欲しいもの。


そんなの何を貰っても嬉しいに決まっている。


 私は堂々巡りの果てに有名な商業施設へ寄る事にした。




 改札を出ると直接長いエスカレーターを使って施設内に入る事が出来る。



いつも通る駅なので行こうと思えばいくらでも行けたのだが人が大勢いる所は苦手なので毛嫌いして行こうとはしなかった。



 割と大きいお店なのでいくつかのフロアに分かれている。


私はフロアガイドとにらめっこをしたがお店の数が多すぎてどこに何があるのかさえ判別できなかったので、とりあえずぶらりと見て回ることにした。


 下町を再現したかのような見た目につい見惚れてしまう。


なんというか和の匂いで溢れているのだ。


店先には暖簾があったり木でできた商品棚にならぶ手造りの工芸品など心擽る要素ばかりだ。


見ているだけでも楽しくなってしまう。


 素敵な雰囲気のフロアを歩いていると布製品を取り扱ってそうなお店を見つけた。


私は目に入った夏柄のハンカチが気になり入ることにした。



 これこれと小さく呟き近くで見てみると期待通りの柄であった。


風鈴と金魚がデザインされている水色のハンカチだ。


肖子のイメージというか私が彼女の声を初めて聞いたときに思い浮かべた情景に似ているデザインで気に入った。


 クリスマスのプレゼントにハンカチっておかしくないかな、しかも夏柄だし。


自信の無さがこんなところにも出てしまう自分が情けない。


だけどこんなに彼女にあう柄なのだから気に入って貰えるはずだと、悩むことを止めてこのハンカチに決めた。


 プレゼント用にしますかと店員さんが気を利かせてくれたのでラッピングをして貰った。なんだか気分が良くなって帰りの足取りは軽かった。




 12月25日当日。


少しばかり寝不足気味な眼を擦りながら体を起こす。


昨夜は遠足の前日の小学生のような感覚だった。


スマホを見るとアラームを設定した時刻よりも大分早かった。


友達と出かけるだけなのだがそわそわしてしまい早く起きすぎてしまっようだ。



 私は朝支度を済ませて服を着替えた。


白のニット地のトップスに黒のワイドパンツを合わせた。首までモコモコなので暖かいのだ。


 普段は当たり前ながら制服を着ればいいので選ぶ煩わしさが無く一秒でも長く寝ていたい私にとってはありがたい。


だけど偶のお出かけの際に服を選ぶことは嫌いではない。


かわいい洋服は好きだ。


自分が着るとなると地味目なのを選んでしまうのはよくない癖ではあるが、似合っていると今日も自画自賛するのだ。



 肖子はどんな服を着てくるのだろうか。


彼女の顔とスタイルならばどんな服でも似合ってしまうはずだ。


だがこんなことは誰でも思い考えられることだ。


一応私は彼女と約束が出来る関係性なのだ。このまま抽象的なイメージの枠に彼女を収めておくのは勿体ない気がした。


 肖子の事を知ろうとすればもっと知ることができたはずなのにそれをやろうとしてこなかった。


私は肖子のことをもっと知りたいのだ。



 待ち合わせ時刻の30分前に着いた。


学校の最寄り駅だ。


そこから電車で少し行った先のショッピングモールが目的地である。


小さい駅なのでクリスマスといえどほとんど人は居ない。間もなくして人影はやってきた。


「早すぎだよ!」


 そう言い終わると肖子は息を切らして体を屈める。



「ごめん、だけどショーコだって早くない?」


 私は彼女の背中を摩る。



「わたしが待ってるつもりだったのに。てっきりマヤのことだから、ギリギリにくるかと思ってたよ!」


 息を整え終えた彼女は不服そうに言った。


「そうだとしたら来るの早いよ。一人で待ってるの危な過ぎるし」


「それはマヤも同じでしょ」



 今来た所だと定番のセリフで返した後、早く来るなら連絡してほしいと念を押された。


そっくりそのまま返したい気持ちだったが、私が彼女のことを心配するよりも彼女が私のことを心配する気持ちの方が勝ってそうなの気がしたので素直に受け入れた。



 肖子は安心したみたいでにこりと笑った。





「なんでそんなモコモコなのー。マヤかわいいよー!」


 彼女は電車を待っている最中に尋ねてきた。


私はボアコートを着ているので言葉の通りにモコモコなのだがかわいいというのは本当なのだろうか。


 抱きしめたいとねだってくる彼女を制止して純粋に気になったことを聞くことにした


「ねぇショーコは私の事を可愛いと思ってるの?」


「……ははは、そんなまじめに聞かれるとおかしいよ。わたしはいつでも本気でマヤのことをかわいいって思ってるんだよ。えい!」



 言い終わるやいなや私の前髪をかき分けた。


すると突然のことにびっくりした私よりも驚いた顔の肖子がはっきりと映った。


しばらく時が止まった感覚がしたが私は口を開く。


「ありがとね」



 そう言うと彼女は慌てた様子で分かればいいのよと付け加えた。



 電車が間もなく到着することをアナウンスは告げた。



 電車に乗っている間はメッセージでやり取りをした。


顔が見える中でスマホに打ち込んでいる様は少し変な感覚がしたが、周りの人に配慮した肖子の提案は名案だと思う。


彼女のそういう所は好きだ。


それにメッセージだったら吃らず話せる。


 いくつかの乗り換えを終えた後目的地の最寄り駅に着いた。流石に大きな駅なので行き来する人で溢れていて外に出るのにも一苦労だった。


「うわー!さすがに人多いね」


「うん。酔っちゃうよ」


 行き交う人々は波のようで気を抜くと流されてしまいそうだ。


上に目線を向ければ高層ビルが立ち並んでいる。


それほど田舎ではないしそれほど都会ではない場所に住んでいるので未だに高層ビル群を見るとその存在感に圧倒されてしまう。



「それじゃあ、わたしたちも行こっか」



 私は肖子に手を引かれて歩く。


よっぽど私が危なかしく見られたようで手を離さないでよと彼女に念を押された。


小さい子供みたいで少し恥ずかしかったが離してはくれなそうなので抵抗することは諦めた。


 10分足らずで目的地に着いた。


 まずはお昼ご飯を食べることにした。





「なんか新鮮だよね。おひるやすみ番外編みたいな」


 テーブル席に向かい合って座りメニューを見ていると肖子は意味が分からないことを言う。


「なにそれ」


「いやね? いつも一緒におひる食べてるけど、いつもと服装はちがうし座る位置もちがうでしょ。でもなんか妙に日常感がするんだよ」


「詳しく聞いてもよくわからないよ」


「えー、わからないか」


 前を見るとブラウスにアーガイル柄のベストを着た肖子の姿がある。


着ていた紺色のコートも似合っていたが中に来ていたこのベストも素敵だ。


いかにも優しいお姉さん感がする。


それだけでもドキドキしてしまうのに注文が不安すぎて余計な心配を抱え心臓が痛い。


 私は注文をするのが苦手だ。


早く言わなきゃと思うほど声は出なくなる。


言う事が決まってから呼ぶので考えているフリなどで誤魔化す事も難しい。


平然と注文することが出来てしまう人が羨ましいくらいだ。



「マヤは決まった?わたしはねこの本日のパスタにしようかな」


「私もそれにしようかな」


「うん了解。飲み物は?」


「あったかい紅茶かな」


「ほい。そしたらボタン押してくれる?」


 私は呼び鈴を鳴らす。店員さんがご注文はお決まりでしょうかと聞きに来た。


「えっとランチセットの1番本日のパスタを二つで」


「お飲み物はどうされますか」


「ホットコーヒーとホットティーで」


 肖子はスラスラと私の分まで注文をしてくれた。


「ふふ、楽しみだね。」


 彼女はにこにこ笑いかけてくる。


私はそんな彼女の顔を見たまま静止している。


彼女の気遣いが嬉しかったからなのか、つまらないことで不安に思ってた自分が情けないからなのかわからないが心が少し軽くなったのだ。



「もーうマヤはそんな顔して! かわいいのが台無しだよ。ほら笑ってよ」


 そんな私を見て彼女は面白そうに頬を引っ張ってくる。


「痛いよー」


 声を上げると彼女は引っ張るのを止める。


「注文くらいね、わたしがやるよ。だからこんな辛そうな顔しないんだよ」


「……うん、ありがとね」




 昼食を摂った後は一通りのお店を見て回った。


こう言うと聞こえはいいが実際は肖子が私はあちらこちらに連れ回してくれた。


雑貨屋に洋服屋、私が絶対一人では入ることはない意識高めのキラキラしたお店に次々に入った。


彼女は私の反応を見て楽しんでいるようにも見えた。




「ねえ、あの服着てみてよ」


「え! マネキンのやつ?」


 彼女が指さしたのはフリルの付いたワンピースでお姫様というか幼い頃しか着ること許されていない感じの服だ。


流石に私が着るには甘すぎるよと苦言を呈したのだが、私の抵抗など聞いていないようでほら行くよと言わんばかりに店内に連れていかれる。



 このお店にはショーウィンドウにディスプレイされてあったような服しかなかった。


あとで肖子から聞いた話によるとロリータファッションと言われるフリルやレースがふんだんに使い、少女漫画に出てきそうな可愛らしい服の専門店だったらしい。


女の子の夢が沢山詰まっているんだよと熱弁された。


 彼女は私に着せたい服を三着ほど手際よく選んであれよあれよという間に試着まで手配を済ませた。にっこりと微笑む彼女に試着室までエスコートされる。



「じゃあ、ゆっくり着替えてね!」


 カーテンは閉じられた。


私と姿見とロリータ服。


私はカゴに入ったフリフリのワンピスに目をやり溜息をつく。


これを着るのかという気持ちと同時に服を選んでいる時の嬉しそうな肖子の顔が浮かぶ。


私が恥ずかしさを少し我慢するだけで彼女に喜んで貰えるのであればやらない手はないだろう。


それにここまでお膳立てされてはやるしかないと覚悟を決める。




「──し、ショーコ、そこにいるの?」


「うんいるよ。どう? 着替えられた?」


「……うん。開けるよ」


 カーテンを開けた。


肖子は私の姿を見るなり時が止まったみたいに微動だにしない。


やっぱり似合ってないよね。



「ごめん。すぐ着替える」


 私は小声でそう呟くなり俯きながらカーテンに手をかけた。


「ま、待って!」


 突然の呼び止めに驚き顔を上げる。


「あ……あのね、あまりに似合いすぎてたから何て言ったらいいかわからなかったの」


 似合っているなんてお世辞はやめてよ。そんなわけないよ。



「謝るのはわたしの方だよ。不安だったよねごめん。かわいいからさ後ろも見せてよ」


「こ、こう?」


「うん! マヤはピンクも似合うと思ったんだよね。次は水色の着てみてよ」


 カーテンを閉じる。


姿見に映る誰かは自分では無いみたいだ。


長い前髪が勿体ない。


試しに前髪を手で上げてみると思わず目を見開いてしまった。


いけない、いけないと首を振る。


自分に見惚れるなんて何とも恥ずかしい話だ。


「──あ、開けるよ」


「あらこれも合うよね!ほら笑ってよ」


 にいーと口を横にするが上手く笑えなかった。


「服は似合うのにねー。笑顔の練習は必要だね」


「うるさい!」


 リクエストに応えてあげたのに茶化してくる彼女を一蹴する。


 カーテンを閉じる。


どんな顔をして笑ったかかを確認する。


にいー。


酷い笑顔であることは間違いなかった。


最後の服を手に取ると小物が落ちた。


それはカチューシャとブラウスであった。


真っ黒のその服は先ほど着ていたパステルカラーの柔らかい雰囲気とは違いシックな印象だ。前の二着がかわいい感じならこれはかっこいい感じがする。


「どうかな」


「わー!一番似合ってるかも。かわいいよゴスロリも」


 これゴスロリって言うんだ。


「良かったよ笑ってくれて」


「え、今笑ってる? 私」


「うん。すごいかわいいよ!」


「──あ、ありがと」


 元の服に着替えて試着室から出ると店員さんが微笑みながら歩いてきた。


どうやら一部始終を見られていたようだ。


「とっっってもお似合いでしたよ。お気に召しましたか?」


「あ……」


 お店の人と話すのは緊張する。


特にこういうキラキラしたアパレルの人とは。


隣の肖子は何故か自慢げな顔をしている。


どうだ、わたしのマヤはかわいいだろと言わんばかりの顔だ。


だけど言葉に詰まる私の背中を摩ってくれる。


「……あ、ありがとうございます。まだ着る勇気がないのでまたの機会で、ごめんなさい」


「そんな謝らないでください。試着だけでも嬉しいので。では、またのご来店をお持ちしています!」


 カゴを返して私達は店を後にする。


 私は胸を撫で下ろし、極度の緊張から解放されたので大きく息を吐いた。


「ははは、緊張した? だけどありがとね。わがままに付き合ってくれて」


「ううん、最初は恥ずかしさでどうにかなりそうだったけど楽しかった。それにショーコが喜んでくれたみたいだし」


「そりゃあね、もうごちそう様でした」


 肖子は手を合わせる。


「何それ変なの」





 お店を回っているといつの間にかクリスマスツリーのライトアップの時間になっていた。


私達は建物外の広場に移動した。


「いやー、さすがに素敵だよね」


「うん。綺麗」


 ここまで大きなクリスマスツリーを見た事が無かったのでその存在感に圧倒される。


「ここにさハル君も来ておなじようなこと思ったのかな」


「きっとそうだよ」



 彼女は何とも言えないうっとりとした表情を浮かべている。


 ツリーを見ていたはずの私の眼はいつの間にかその顔を眺めている。


「よし! 一緒に写真撮ろうか!」


 私は慌てて視線をツリーに戻した。


「う、うん」


「で、その前にね。マヤにプレゼントがあるの」


「えっ!」


 肖子はびっくりして変な声が出る私を横目に鞄を漁りだした。


「はい! 今開けてみてよ」


 手渡された赤と緑色のラッピングを開けると髪飾りが出てきた。


 紫色の綺麗なクリップだ。


紫といえど夜空のようなとても深い黒に近い色で所々がキラリと光っている。


さながら夜空に輝く星のようだ。


「すごい綺麗!」


「でしょ。ちょっと貸してみて」


 彼女にクリップを手渡すと髪触るから動かないでねと言いながら私の長い前髪をすくって止める。


「うん!よく似合ってるよ。あ、そうだ」


 彼女は鞄からコンパクトミラーを取り出して私の方に向ける。


「見えるかな?」


 そこに写る自分はまるで自分では無いみたいだった。


「やっぱり前髪さっぱりしてた方がいいよ」


「そうかな? こんな素敵なプレゼントありがとうね。実は私も渡したいものがあるんだけど」


「え、ほんと!」



 私は彼女に先日買ったハンカチが入った包みを渡した。



「開けてもいい?」


「うん」


 彼女は丁寧に中からハンカチを取り出すと嬉しそうな顔をする。


「えーこの柄可愛いね! みてみて金魚!」


「気に入ってくれてよかった」


「ありがとー。大事にするね!」


 肖子はハンカチを胸の前で愛おしそうに抱える。


「私も!」


 とても嬉しくて幸せな気分だ。


 プレゼント交換を終えるとツリーの前で写真を撮る人も居なくなっていた。



「今チャンスだよね! 撮りに行こうか」


 私達はツリーの前まで歩く。


「こっちもっと寄れる?」


 彼女はスマホを左手で構え自撮りの体勢で私を自分の前に向かい入れる。


私がそこに収まると背中から横腹に腕を回してくる。


「これでカメラに収まるね!」


 私は肖子と密着することに全く馴れていないので体が固まってしまう。


「表情かたいよ。ほら、にいーだよ」


「に、にいー」


 彼女のせいで顔どころか体まで固くなっているのだがそんな事は伝わっていないようだ。


 何回かシャッターを切っている内になんとか彼女が納得のいく笑顔を作ることが出来た。


「うん! いいね」


 肖子は撮れた写真を満足そうに確認していたがほどなくして不服そうな表情を浮かべる。


「自撮りもいいんだけどね。どうせならツリー全体を入れたいよね」


「まぁー確かに」


「やっぱりそうだよね、よし!」


 そう言い終わるやいなや肖子は近くにいたカップルに声を掛け始めた。


何の滞りなく写真を撮って欲しいとお願いをする彼女の後ろに隠れるように付いている私。


少しだけ羨ましいと思ってしまう。



 あちらも丁度撮って貰える人を探していたらしく快く受け入れてもらえた。


 スマホをお姉さんに預けた肖子は私の手を引いてツリーの正面に移動する。


「このまま繋いだままでもいい?」


「……いいよ」


「ありがと」


 彼女はスマホを構えていたお姉さんにお願いしますと合図を送る。


「はい! チーズ!」


 お姉さんがシャッターを切る直前に彼女がかわいいよと私にしか聞こえない声で囁いた。


私は不意打ちの言葉に思わず顔が緩んだ。


 綺麗に撮れていたので場所を入れ替わる。


 肖子が撮れた写真を見せにいく際に何やら話しているようだった。


彼女は顔を赤らめながら私の元に駆け足で帰ってきた。


そして手を振ってお姉さん達と別れた。


「みてみて。よく撮れてるよ」


 少しにやけすぎな気もするが自然な笑顔が作れている。


「だってショーコが変なこと言うから」


「でも他人にああやって撮られるの慣れてないから緊張してたでしょ」


「そうだけど……」


 彼女は作戦通りだと自慢げな顔をしながら写真を眺めていた。


どこか物思いに耽っているようにも見えた。


「そ、そういえばさ、さっき何を話してたの?」


「い、いやなんでも、ないけ、どね」


 彼女は明らかに何か隠しているように言い淀む。


「私の悪口?」


「いや! そんなわけないでしょ! そんなん言われて黙ってるほどわたしは優しくないよ!」


「じゃあ教えてよ」


「……いやだ」


「けちだ」


「そんな言われようやだよー! まぁそんなことより推しの残り香を存分に楽しもうよ!」


 どうやっても教えて貰えそうに無かったので諦めた。


「そうだね」


 ここに来たハル君たちもこんな風に他愛もない会話をしていたのだろうか。


彼と同じ場所に立って同じものを見れたことがどうしようもなく嬉しかった。







 その日の夜のこと。


「ちゃんと帰れた?」


 肖子からメッセージが来る。


「もう家だよ」


「よかった!」



 そういえば帰りの電車では私にピッタリとくっついて周囲に目を光らせていてくれた気がする。


私からすれば彼女の方が心配だったがとても安心できたことは事実だ。


「電車では守ってくれてありがとね」


「ううん、そんなの当たり前だよ!」


「今日は楽しかったよ。誘ってくれてありがと」


「わたしも楽しかった!また遊ぼうね!!!」


 彼女から何枚かの写真が送られてきた。


私はその写真をフォルダに保存する。


























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