物語の欠片たち
ななゆき
見えないところで
気のせいかと思ってノートから顔を上げて左隣を見たら、彼女とばっちり目が合った。
机の下、左手の小指を少し動かしてみると、確かに彼女の肌が指先に触れる。
そしたら彼女の小指が、私の小指に引っ掛かった。
(ちょっと)
顔だけで抗議する。彼女は悪戯っぽく微笑む。
(いいじゃん)
そんな心の声が彼女の顔から聞き取れた。
私の右手、ノートの上を走っていたシャーペンの動きが止まる。
左利きの彼女のシャーペンは、まるで犬の尻尾みたいに左右に揺れている。
手を離そうとしたらさらに手を掴まれて、彼女の手のひらの柔らかさに思わず声が出そうになった。
そんな私を見て、彼女はにやにやと笑う。
私が強く睨めば睨むほど、彼女はますます嬉しそうにする。
彼女の指が私の指を器用に開いて、抵抗する間もなく、五本の指が絡み合った。
鼓動が早くなる。
こうされたら、私にはもう何もできない。
恥ずかしい、見られたくない、こんなところで、でも、離したくない。
手のひらの全部から伝わる優しい体温、触れ合った肌が熱くなっていく。
右手からシャーペンが落ちて、ノートの上でコトンと小さな音を立てた。
「ねえ」
テーブルを挟んだ目の前の友達が声を上げ、心臓が飛び出そうになった。
怪訝な顔で私たちを見る友達。
反射的に手を離そうとしたけど、がっちりと結びついた彼女の指は解けない。
「なにしてんの?」
私が言い訳をする前に、友達はテーブルの下を覗き込んだ。
私たちが隠れて何をやっていたのか理解した友達は、顔を上げて大きな溜息をつく。
「あんたらさあ、家でやってくんない?」
「ご、ごめん」
口ではそう言っても、彼女はなお手を離そうとしないし、私も手を離せない。
「はあ……。おかわり取ってくる」
シャーペンを放り投げた友達が、グラスを乱暴に掴み取って席を立った。
私たちは、まだ、手を繋いでいる。
「あーあ、怒らせちゃったねぇ」
「あーあ、じゃないでしょ、もう」
そろそろ顔まで熱くなってきた。左手の中は汗でびしょびしょ。気持ち悪くないのかな。
「ねえ、もういいでしょ」
私が言うと、頬を膨らませながらも彼女はようやく左手を解放してくれた。
空気に触れて体温を失った手のひらが、急に冷えていく。
彼女は不意に私の耳元に口を近づけて、ささやいた。
「じゃあ、続きはまた後で、ね」
甘い声、指を絡められた時みたいに心臓が高鳴る。
持たないんだけど。いろいろと。
私の無言の抗議なんて知らぬ顔で、彼女は鼻歌を唄いながらノートに向き直った。
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