第4章『マロと元少年』(13)
地方の行事の模様を伝えるのどかなニュースを読み終えると、女性アナウンサーは神妙な表情を作った。次のニュースの見出しが表示される。志水が待っていたものだ。
「先日遺体で発見された中村靖治氏が、二十代の女性を猥褻目的で誘拐していた疑いがあることが、捜査関係者への取材で明らかになりました」
任務の四日後、中村が死亡したと情報部から報告があった。山の管理のためにそこかしこに設置されていたカメラの映像から、中村は寝ぐらにしていた洞穴で熊と鉢合わせ、逃げる間もなく喰い殺されたことが分かっている。遺体は処理担当が山中の川に流したところ、翌朝に下流の川岸に打ち上げられているのが近隣の住民によって発見された。
その夜、宮本が被害者を装って警察署に届け出たのが、今日ニュースになっている事件だ。もちろんそれは正式な被害届の手続きではなく、事前に警察と打ち合わせていた内容だった。
「女性は次のように証言しています。『中村容疑者の遺体が発見された日の五日前の深夜、自宅付近で不審な男に声をかけられ、車に引き摺り込まれた。男は猥褻目的であることを仄めかす発言をしており、三時間ほど走行した後、車は山に入った。その後、男が用を足すために外に出た隙に車を奪って下山し、麓でタクシーに乗り換えて自宅に帰った。中村容疑者の遺体が発見されたニュースを見て、顔がよく似ていて、遺体が見つかった状況も辻褄が合うことから、自分を誘拐した犯人かもしれないと思った』とのことです。警察は、中村容疑者の遺体には獣に食い荒らされたような痕跡があったことから、女性に逃げられた後、山中で遭難し死亡したと見て、捜査を進めています」
中村を始末するのにあのような回りくどい方法をとったのは、このニュースを全国放送で流すためだった。
中村は、フリーのカメラマンとして全国を転々としていた。この四年間、警視庁の管轄内では中村が起こしたと思われる事件は報告されていなかったが、これまでの犯行頻度から考えれば、中村が四年も大人しくしていたわけがなく、被害者は全国に潜在しているに違いなかった。
警察には終に、中村に正攻法で罰を与えることはできなかった。だが強姦魔が犯行に失敗した末に命を落としたとなれば、それは因果応報、天罰が下ったと捉えることもできるのではないか。
全国の被害者に、中村は相応とまでは言えないものの、罰を受けてこの世を去ったのだと伝えたかった。刑法では証明することができなかった、中村が強姦の常習犯であるという事実を、世論に認めさせたかった。こんなことで彼女たちの心が救えるとは思えないが、被害を胸に秘めたまま泣き寝入りするよりかは、少しはましな気分になるのではないかと、そう願っていた。
俺は正しい選択ができたのだろうか、上手くやれたのだろうかと、考えても答えに辿り着く術は持っていない。
あなたってつまらない人ね。まあそこが好きなんだけど。と笑った昔の女の笑顔を思い出した。
「やあやあさっちゃん、元気そうじゃない」
騒がしい男が不自然なほど陽気に現れた。勢いよく開けられた病室のドアが跳ね返り、バタンと大きな音を立てて閉まる。個室だからといって許される騒々しさではない。
「神谷君、保健室では静かにしなきゃ駄目だよ」
神谷に見舞われる光景が懐かしくなり、その昔何度も彼に向かって言った台詞を真似てみる。子供の頃は、先生に叱られたとかテストで満点が取れなかったとか、些細なことで腹が痛くなっては保健室に運ばれ、その度に神谷が授業をさぼって見舞いに来ていた。寝ている俺の横できゃっきゃとはしゃぐのだから、いい迷惑でしかなかったが。
「うわ、やめてよその口調」神谷は早々に陽気に振る舞うのをやめ、渋面をつくった。「その分だとほんとに元気みたいだねえ」
「患部はもう治癒していて、今は経過観察だ。このまま何も問題なければ明日には退院できる」目当てのニュースはちょうど終わったところだったので、テレビを消しながら説明する。二年前、宮本がこの病院に入院していた頃にはなかったテレビだ。
「はあー、よかったあ」神谷は何故か椅子に座らず床に膝立ちになり、志水の横たわるベッドに突っ伏した。「もう、めちゃくちゃ心配したんだから。死んじゃったらどうしようかと思った」
「胃潰瘍だぞ。よっぽど拗らせなきゃ死にはしない」
診断結果は予想通り急性胃潰瘍で、過労とストレスが原因だろうとのことだった。思えば松岡から今回の依頼を受けて依頼、ずっと胃は痛かった気がする。だが、胃痛なんていつものことだから分からなかった。
「何言ってんの。死にかけたくせに」神谷は顔を顰め、溜め息混じりに言った。
その通りだ。志水はよっぽど拗らせた事例だった。運悪く血管の集中している所に潰瘍ができたのか、出血が多く一時は危なかったらしい。
はーあ、と神谷は伸びをして立ち上がり、丸椅子に座り直した。
「それにしてもさっちゃん、絶対泣いてると思ってたのに。拍子抜けだなあ」
「なんで俺が泣かなきゃいけないんだ」ここ最近、神谷に情けない姿ばかり見せてしまったことが恥ずかしく、声色が尖る。
「だってさっちゃん、泣き虫じゃん。ほら、あれ覚えてる? オレが学校行く途中ですんごいでっかいミミズ見つけてさ。嬉しくてそのまま捕まえて、学校でさっちゃんに見せてあげたら、びっくりして泣きだしちゃったの」
「おまえ、いつの話してるんだ」しかも、かなり都合良く記憶が改竄されているではないか。「あれは、俺が教室で本を読んでいたところに、おまえがいきなり巨大なミミズを投げつけてきたんだろ。ミミズは本の上に落ちて、俺は驚いて本を閉じてしまった。父さんに貸してもらった大事な本が台無しになった、それがショックで泣いたんだ」
そのことを謝った時の父の反応はよく覚えている。感情任せに怒鳴ってくれたならまだよかったものを、本は父にとっても大切な物だったらしく、普段無口で冷静沈着な父が酷く落ち込んでしまったのだ。これはとんでもないことをしてしまったぞと、子供ながらに動揺したものだ。
そんな事情を知らない神谷は、あれえ? そうだっけな? などと嘯いている。
「言っておくけどな、俺が泣き虫だったんじゃない。おまえがあまりにも横暴だったんだ。あの時のこと、忘れたとは言わせないぞ」と遠い昔の恨みを掘り起こす。神谷への逆襲のつもりだった。「俺が宿題を教えてやっていたら、おまえが突然怒りだして俺を突き飛ばしてきたの、覚えてるだろ。俺はわけも分からないまま椅子ごとひっくり返って、頭を打った」そして泣いた。
ああ、と神谷は渋い顔をする。「あれはさあ、しょうがなかったんだよ。あの時、多分オレ、何回問題解いてもさっちゃんに『違う』って言われて、イライラしちゃったんだよね。『悔しい』とか『悲しい』とか口にできればよかったんだろうけど、その感情の正体がなんなのか、自分でも分からなくてさ。だから思い切り、さっちゃんにぶつけちゃったんだよ。オレ、それしか方法知らなかったから」
「おまえ、まるで幼さ故の過ちのように言うが、おまえの本質は今でも変わっていないからな」
「失礼だなあ」と神谷は口を尖らせる。「オレもう突き飛ばしたりしないよ。暴力反対」
「いいや、おまえは変わってない。あの頃おまえは、自分の感情を説明する言葉を持っていなかったんだろう。だから身体いっぱいで表現するしかなかった。悲しいときには咽び泣き、楽しいときには踊り狂う。そうやって足りない言葉を補っていたんだ。今でもそれは変わっていないんじゃないか? 台詞を通せば削ぎ落ちてしまう生の感情を、おまえは全て拾い上げてありのままに表現してみせる。それが神谷令の演技力の正体だ。おまえは言葉じゃ窮屈だから演じるんだ。その無限に溢れ出る感情を発散するために、おまえには芝居が必要なんだ」
すると神谷はしばらく瞼をぱちぱちとやった後、ふわりと柔らかく微笑んだ。「そうだね。オレには言葉は窮屈だ。台詞だけじゃ足りなくて、溢れ出すのを止められない。それに時々、言葉は嘘をつく」
時々じゃないだろう、と指摘したくなる。神谷は口を開けば嘘ばかりだ。大切なものほど邪険にし、愛されたいのに嫌われようとする。神谷とはそういう男だ。
「でもね」と神谷が言葉を継ぎ、その指摘は飲み込んだ。「言葉は窮屈だし、嘘つきだけど、それでも形のない感情は届かずに消えてしまうから、不恰好でも言葉にしなきゃいけないこともあるよね」
神谷の瞳に悲しみが滲み、志水はどきりとした。
「さっちゃん。俺、ずっと君に謝りたかったんだ」
「一体何の話だ」神谷らしくもない真剣な様子に戸惑い、志水はつい茶化すようなことを言ってしまう。「おまえに謝られなければならないことなんて、山ほどあるんだが」
それでも神谷は真剣な調子を崩さない。
「四年前、君が音信不通になった時のことだよ。あの時のこと、俺ずっと後悔してたんだ」神谷は志水の左手を取り、そっと握った。「あの時俺、本当は君は人に心配かけるようなことする人じゃないって、きっと君に大変なことが起きてるんだって分かってたのに、俺は君のことを放ったらかしにした」
「それは違うだろ。放ったらかしにしたのは俺の方だ。俺が勝手に連絡を絶ったんだから、おまえが謝る必要は」
「違うよ」神谷はきっぱりと言った。「君の勤務先は分かってたんだ。連絡を絶たれたって、君を探すことくらい難しくなかった。なのに俺はそれをしなかった。確かめるのが怖かったから。もしかしたら死んじゃったのかもしれないって思ってたから。確かめないままでいたら、君はいつまでも俺の中で生きていられるでしょ?」
神谷の目に光るものが浮かんでいる。今にも零れ落ちてしまいそうだ。
「でも、それじゃあ駄目だったんだ。振り払われたって、突き飛ばされたって、俺だけは君の手を離しちゃいけなかった。だって俺は、君が辛いときほど一人になろうとする人だって、知ってたんだから」
神谷の手に力が込もる。痛いほど強く、左手が握られる。
「さっちゃん、お願いだよ。君は一番大切なものは失くしてしまったのかもしれないけど、君のことを大切に思う人はたくさんいるんだよ。俺にはさっちゃんが必要だ。だからお願い。もう二度と、俺の前から勝手にいなくならないでほしい」
こんなに真っ直ぐに神谷から言葉を向けられたのは初めてで、どうしたらいいのか分からなかった。左手の痛みが心地良く感じる。
志水が答えに窮していると、突然神谷が「あー!」と叫び、志水の顔を指差した。
「やっぱりさっちゃん、泣き虫じゃん」
「は?」そう言われて、初めて自分が泣いていることに気付いた。「おまえ、台無しだな」せっかく感動していたのに。どうして自分でぶち壊すのか。
「だって、泣かせちゃうつもりじゃなかったんだもん」多分、柄にもなく真面目なことを言ってしまったのが照れ臭くなったのだろう。神谷はおちゃらけて言った。「ごめんねさっちゃん、泣かないで」
「うるさいな、泣いてない」袖で顔を拭いながら言う。到底無理のある主張だ。
袖の陰から神谷の様子を覗くと、穏やかな目でこちらを見つめている。少し、呼吸と鼻水が落ち着くのを待ってから、志水は口を開いた。
「たくさん心配かけてすまなかったな。でも、もう大丈夫だよ」自分でも分かるくらい、不器用に笑顔を作った。「俺は、大切な人に置いて行かれる苦しみも、生きる理由になれなかった悔しさも、誰よりもよく分かっているつもりだ。俺を大切にしてくれる人がいる限り、勝手にいなくなったりはしない。だから大丈夫だ」
「へえ。キミは結構愛されてるものね」
「ああ。俺はおまえと違って、自分が愛されていることを知っている」
「参考までに聞くけど、例えば誰に?」神谷は微笑み、こてんと首を傾けた。
「無茶振りばかりの元上司とか、奔放過ぎる部下とか、横暴な親友とか」
「最後のは知らない人だなあ」
日が傾き始めても神谷は帰ろうとする気配を見せず、マネージャーが鬱陶しいだの監督の人使いが荒いだの、志水とは関わりのない人たちのことをひたすらに喋り、一人で満足している。
「ところで」と志水は切り出した。ずっと気になっていたのだが、訊くタイミングを見失っていた。「宮本はどうしたんだ? 一緒に来るはずじゃなかったか?」
また怪我が悪化したのだろうか、あるいは落ち込んでいるのではないかと心配していた。俺のせいであんな目に遭わせたのだから。
「ああ、ミコちゃんね」
そう言って神谷は顔を険しくした。やはり何かあったのかと、また不安になる。
だが、そこに続いたのが「あの子、本当酷いね」だったので、なんの話が始まったのか分からなくなった。
「ほんと、聞いてた通りだったよ。オレ、高速とかちょっと不安だからミコちゃんに運転任せたんだけどさ、そしたらいきなり反対車線走りだしたんだよ。急発進急ブレーキなんて当たり前、信号だってあってないようなものだったし、映画のカーチェイスの方がまだ安全運転なんじゃないかってくらい。生きてここまで辿り着けたのが奇跡だよ」
「おまえ、あいつの運転でここまで来たのか」
「そうだよ。だって、あの細い山道を五分で下り切った凄腕ドライバーが、あんなに酷い運転すると思わないじゃん」
「いや、そうではなく」
「でもあの子、ちょっと凄いね」志水のことを無視したまま、神谷は照れ臭そうに言った。「移動中、ずっとオレの出演作の話してんの。最初は今放送中の『スターダム』の話だったんだけど、古い作品のこともよく知ってて、それこそ『ファンファーレ!』の感想まで話してくれてさ」『ファンファーレ!』なんて、オレもほとんど覚えてないのにね、と神谷は笑うが、志水にはファンファーレとやらがなんのことだか分からない。「あの子、本当にオレのことよく見てくれてるんだね」
うん、よかったな。と言い、もう一度尋ねる。「それで、宮本は今どこにいるんだ?」
「あー、そうそう。ミコちゃんね」そこまで言って神谷は固まり、そしてにやりと口角を上げた。
こいつ、さてはまたろくでもない悪戯を思いついたな。
「ミコちゃんはねえ」神谷はにやにやと言う。「キミのことすごく怒ってるんじゃないかな。『顔も見たくない』なんて言って、どっか行っちゃったよ」
「嘘だろ」分かり切っている。これは嘘をついている顔だ。
「本当だよ」
「いや、嘘だ」
「ほんとだってば」
「嘘だよな?」
「本当だって」
「嘘じゃないのか」そう言われると、だんだんと自信がなくなってくる。怒らせても仕方のないことは充分にしてきた。「困った。どうしよう」
すると神谷は、腹を抱えてゲラゲラと笑いだした。「さっちゃん、キミはね、ミコちゃんにちゃんと謝った方がいいよ」
「そうだな」俺もそんな気がしてきた。「だが、許してもらえるだろうか」
「そんなの簡単だよ」神谷は声を震わせながら言う。「オレの舞台のチケットでもプレゼントしてあげたらいい」
「チケットか。おまえに頼めば手配してくれるのか?」たしか宮本曰く、神谷の舞台のチケットなんてそうそう取れないんじゃなかったか。
「駄目だよ。お詫びなんだから、自分で取らなきゃ」
「そんな無茶な」
「無茶してこそ誠意が伝わるってもんだよ」
そう言われても、だ。「そもそも、次の舞台はいつあるんだ? もう決まってるのか」
「あ!」と突然神谷が目を丸くする。「やば。これまだ言っちゃいけないんだった」
「なんだよ。いいだろ、それくらい」
「よくないよ。絶対秘密。日程どころか、オレに舞台の出演予定が入ってることも秘密」
「なんなんだ。普段は『秘密だからね』とか言いながらペラペラ喋る癖に」
「そりゃあ、さっちゃんのこと信用してるからだよ」
「今回も信用してくれたっていいだろ」
志水が食い下がると、もう、しょうがないなあ。と神谷は言った。「じゃあ、ヒントだけね」
「随分と勿体振るな」
「ヒントはね、『父親との和解』だよ」
「いやあ」思わぬ神谷の言葉に、反射的に顔が歪んだ。「あの父親とは二度と関わらない方がいいだろ」
一度だけ、神谷の父親を見かけたことがある。あれはなんの習い事の帰りだったろうか、辺りは既にかなり暗かったように思う。近所の公園の前を通りがかった時、神谷が一人で遊んでいるのを見つけた。使用人に頼んでその場で車を停めてもらい、窓を開けて神谷に声をかけようとした。だが次の瞬間、男が現れ、神谷の髪をまるで持ち手であるかのように躊躇なく鷲掴みにし、そのまま引っ張って連れ去ってしまったのだ。初めは誘拐かと思った。だが神谷が「お父さん、痛い、やめて」と騒ぐ声が聞こえたので、それが父親だということはすぐに分かった。男は見るからに苛立っていて、愛故に手が出てしまったとか、そういう風にはとても見えなかった。
そんな志水の心配をよそに、神谷はあっはっはっ、と声を立てて笑う。
「違うよ。その父親じゃない」
「そうなのか」他にどの父親がいるというのだろう。
「でも、オレにとっては大挑戦なんだ」
なんの話かさっぱり分からないが、きっとそれが楽しみで仕方がないのだろう。神谷の顔は晴れやかだ。
「さっちゃん。オレにとっての『マロ』はキミだね。色々あったけど、キミのおかげでオレはまた前を向くことができたよ。こんな挑戦をしてみたいと思えたのも、キミのおかげだ」
一瞬、犬みたいだと言われたのかと思ったが、いつか宮本が見せてくれた神谷のコメントを思い出し、すぐにその意味を理解した。
だが、「それは違うな」と返す。『マロと元少年』のシナリオを思い浮かべ、笑いが込み上げた。
大きな罪を犯した誠は、生まれた街に居場所を失い、やっとの思いで見ず知らずの土地の廃品回収業者の職に就いた。アルバイトでも寮に入れる、誠には願ってもない条件だった。
ある雨の日の廃品回収の帰り、誠は道の真ん中に倒れているマロを見つけた。誠は特に犬は好きではなかった。世話の仕方も知らないし、少ない給料からは餌代を捻出するのも厳しかった。そして何より、寮はペット禁止だった。
それでも寮母に頼み込んでまで誠がマロを拾ったのは、正義感や優しさなんて真っ当な感情ではなく、ただ見捨てる勇気がなかっただけだった。今目の前で消えかかっている命を見捨ててしまったら、自分の人生はもっと酷いものになってしまうのではないかと、そんなくだらない想像を拭い去ることができなかったのだ。
だから、マロに懐かれても誠は困るだけだった。早いところ飼い主の元に帰してしまいたいと思っていた。できるだけ冷たく接してもいた。
そんな誠の気も知らず、マロは誠に懐き、はしゃぎ、誠を振り回した。誠が寮に帰ればいつも玄関で待っていて、キャンキャンと歓声を上げた。散歩に出れば大喜びで走り回り、なかなか帰らせてはくれなかった。そうしてマロに引き摺られるようにして辿り着いた先で、誠は生まれて初めて海を見た。
「『マロ』はおまえの方だろう」
おまえを見つけるのは、いつも俺の方じゃないか。勝手に懐いて俺を振り回して、世界の広さに気付かせてくれたのは、おまえの方じゃないか。
「どうかな。オレは、キミの『マロ』はミコちゃんじゃないかと思うけど」
つくづく俺は、恵まれていると思う。
「多分、どっちもだ」
僕が『誠』にならずにいられたのは、ただ運が良かっただけだと思い知りました。
神谷令
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