イエスタデイ【改稿版】

右手

第1話

 私がまだ美大生だった頃、突然死ぬのが怖くなった。

 スーパーに買い物に行く途中に車に轢かれてしまうんじゃないか、明日突然倒れて二度と目覚めないんじゃないか、そんなことを考えてばかりいた。

 でも私は死にたいわけではなかった。スマートフォンで「死ぬのが怖い」と検索し、上から順番に記事を読んでいった。どの記事の内容もピンと来なくて、新興宗教の勧誘記事に辿り着いたあたりで今度はメンタルクリニックと検索し、家から近くて女性の先生がいそうな病院を調べた。

 数日後、私は新宿にあるメンタルクリニックに向かった。「心療内科 東京 女性 おすすめ」というキーワードでヒットしたその医院には、白を基調とした高級ホテルのようなデザインの待合室があり、一歩踏み入れるなり見えてきたホームページの写真のままの光景に、私の緊張も少しほぐれたのだった。ひとりぼっちの待合室で、先生の質問への回答を考えながら自分の名前が呼ばれるのを待った。

 「……ユキさーん」と呼ばれて入った診察室で私の問診を担当したのは期待した通りの女性の先生だった。年齢も予想よりずっと若く、二十代かせいぜい三十そこそこにしか見えない。先生は人の良さそうな笑みで私を迎え、私は自分が感じる恐怖について説明した。先生は「うん、うん」と小声で相槌を打ちながら私の説明を聞いた。それは私に安心感を抱かせるような相槌だった。

「持病はありますか?」

「いいえ」

「これまでに大きな病気や怪我をされたことは? 入院されたとか、手術を受けたことがあるとか」

「ありません」

 私は話を続けながら先生の書くカルテへと視線を泳がせたけれど、カルテに書かれていた外国語の筆記体の文字を私は理解できなかった。先生は最後まで丁寧に相槌を打ちながら私の話を一通り聞き終えた。

「それはつらかったですね」

 私はその言葉を聞いただけでホッとしたのをよく覚えている。私は深い呼吸をしながら先生の言葉を聞き、息と共に不安感を少しずつ吐き出していった。漠然とした恐怖感はあっても、先生の前では大人しくしてくれているようだった。

「死への恐怖を人一倍感じるという人は少なくないんですよ」と先生は言った。「このクリニックにも恐怖心を相談に来られる方が結構いるんです。先週にもひとりいらっしゃって。やはり若い女性の方でした」

 私は目の前に親切そうな医者がいること、そして私の他にも似たような症状を示している患者が多くいることを支えにしてなんとかその恐怖をやり過ごそうとした。とにかく支えになりそうなものはなんでも利用しなければならない状態だった。

「お薬を出しますから、それを飲んでしばらく様子を見てください。あまり効果を感じられないようだったらぜひまた気軽に相談に来てくださいね。ひとりで抱えてしまうのが一番よくないんです。真面目な方が多いんですよ。だからこんなことを考えてしまう自分がおかしいんじゃないかというように考えてしまうんです。そしてひとりで我慢してしまう。我慢し続けて一気に爆発してしまうのが怖いことなんです。ご家族の方であるとか、ご友人とか、もちろん親しい方には話しにくいと思われるのなら私にでも大丈夫です。誰かに自分の気持ちを話してみてください。そうしてひとりで抱え込まないように」

 先生はひとりで解決しようとしないでねという趣旨のことを繰り返し私に伝えた。私は先生の話を聞きながら、そしてクリニックから帰る道すがら、一体誰に相談できるのだろう?と考えた。相応しい人はすぐには浮かんでこなかった。

 私は寄り道もせずに真っすぐにアパートに帰り、すぐに貰った錠剤を飲んだ。結果から言えば、その薬を飲んだことで恐怖心は嘘のように消え去ったのだった。一体あの恐怖心はなんだったのだろうと自分でも不思議に思うほどだった。


 喫茶店で僕と向かい合って座りながら、「あなたはまるで私に興味がないみたいですね」と彼女は言った。

 彼女はわざと敬語で言ったのだ。彼女はそのくらい怒っていた。彼女が僕に対して敬語を使ったのはずいぶん久しぶりのことで、彼女と敬語で話した時期のことを僕はもうほとんど覚えていなかった。僕と彼女は付き合い始めるまでのしばらくの間、敬語を使って会話をしていた。付き合うようになって僕らは相当意識的に自分たちの言葉を親しみのある、くだけたものに改めていったのだった。

 その言葉で彼女にこれからフラれるのだということが分かった。彼女の表情も声と同じように非常にこわばっていた。僕は彼女のそんな表情をそれまでに見たことがなかった。彼女が不満げな表情をすることは以前にもあったけれど、それでも彼女の中には笑いが含まれていて、それほど鋭さを秘めたものではなかった。

 目の前の彼女は真剣に怒っていた。彼女の怒りの先端は真っすぐこちらに向けられていた。彼女は呆れているのでも、悲しんでいるのでもなく、静かに怒っていた。彼女は、怒りの原因は僕のほうにあり、自分にあるとは考えてはいなさそうだった。そして僕もその通りだと思った。彼女は何も悪くはなくて悪いのは僕のほうだった。付き合っている僕たちの意見が一致したのは素晴らしいことだったけれど、残念なことに僕たちの関係はもうすでに離れてしまっていて、少しの時間も残されてはいなかった。

 僕は怒りながら話し続けている彼女の顔を眺めた。真剣に怒りながら、非常に強い目つきで僕のことを睨み付けるように見ている彼女を見て、僕はこれまでで一番はっきりと彼女のことを魅力的な女性だと感じた。僕のその考えが僕たちの関係を破局へと導いたのは明らかだった。そのとき、僕は彼女と視線が合えばまるで自分の頭の中が見透かされるのではないかと不安になった。そこで僕は彼女の胸の少し上、鎖骨のあたりを伏し目がちに見た。

「ねえ、何か言うことはないの?」と彼女は僕を責めるように尋ねた。

「何もないよ」と僕は言った。

 それは最低の回答だった。僕は彼女の質問に答えながら、ただ目の前の彼女から逃避するように、テーブルの上に置いてある水の入ったコップのことを頭の片隅で捉えた。怒った彼女は席を立つとき、まるで映画かドラマのワンシーンみたいに僕の顔に水をぶちまけていくのではないかと思った。でも彼女が席を立ったときにしたことは、ため息をついて伝票を持って行くことだけだった。彼女は責任感だとか真面目さを見せて伝票を手に取ったわけではなかった。ただ僕を責めるためにそうしたのだ。だから僕も自分の分のお金を出すとは言わなかった。

 僕は喫茶店のボックス席にただ一人っきりで座っていた。目の前には僕の飲みかけのコーヒーがあり、反対側の席の前には彼女の飲みかけのコーヒーがあった。僕は彼女の飲みかけのコーヒーを見て、その白いコーヒーカップまでもが僕を責めている気がした。それはもちろん勘違いだった。しかもとても大きな勘違いだった。僕を責めていたのは彼女で、コーヒーカップはそこに運ばれてきただけだった。でも彼女の強烈な雰囲気はしっかりと反対側の席に残っていた。だから僕は彼女が行ってしまうくらいの時間をかけて残りのコーヒーを飲んだ。冷めてしまったコーヒーはいつもにも増して苦かった。僕はわざとその冷めてしまったコーヒーを味わうように飲んでいった。そしてコーヒーを飲み終えるとすぐに喫茶店を出た。僕の予想通り代金は僕の分も支払われていたようで、店を出た僕を呼び止める人は誰もいなかった。


 私は時々悲しくなるくらいにはお金が無くて、そのためにいくつものバイトをこなさなくてはいけなかった。しかも私が大変だったのはお金が無い上に、課される提出物があまりに突然、あまりに膨大に私の身に降りかかってくることだった。きつい課題ほど締め切りは目の前で、そんなとき私は他のみんなと一緒になって部屋にこもりながらどうにかして手を動かさなければならなかった。課題を手早く仕上げてバイトに向かう友達の様子を尻目に私はまだ先の長い課題に取り組んでいた。要領の悪さはわかっていた。とりあえずの妥協点を見つけるまでの時間を苦しみながら、そして同時に楽しみながら、なんとか上手くやり過ごさなければならなかった。

 不定期に出される課題に取り組むためには、週何回か入るバイトよりも単発のバイトをするほうが都合がよかった。私はとにかく課題のない時期に大学の募集掲示板に張られている知らせを見て、その中から一番条件のいいものを選び応募していた。多種多様様々なバイトの中には、短期的にできるものもしっかりと含まれていて、私は張り紙を見ながら、頭の中で日給を時給換算に置き換えて、バイトを吟味していった。

 私が選んでいたバイトは一日だけのものか、長くても長期連休の間だけのものが多かった。ありがちなのは、試験監督のバイト、学内イベントの受付や案内役で、仕事をするより待機時間のほうが長いようなバイトを、私は眠気を最低限の責任感で追い払いながら続々とこなしていった。その後の人生で全く関係しないであろう人たちと一日を過ごしながらバイトを消化し、そして一日が終わってベッドに潜り込むごとにその日に知り合った人たちのことをすっかり忘れてしまう。そんなことをひたすら繰り返していた。  


 そのギャラリーでのバイトは最高のバイトだった。

 夏休みが始まって何か期間限定で入れるようなバイトを探していた私の目の前に、美大生限定というバイト募集の張り紙が見えたのはまさに僥倖だった。バイト募集の期間も夏休みとかぶっていて申し分なかった。時給も満足できるものだったし、時間もそんなに長くはなく、ギャラリーのある場所が私のアパートから少し遠いことだけが玉に瑕だったけれど、そんなことは無視してもおつりがくるくらいの好条件だった。

 ギャラリーには、若い日本の画家の絵と誰でも知っているような画家の複製画が展示してあって、絵を見て気に入った人はすぐにでも買うことができるようになっていた。複製画のほうはゴッホとかモネとかレンブラントとか黒田清輝とか横山大観とか誰でも知っているような画家の絵が並んでいたのに、若い画家のほうは私も名前を聞いたことがない人ばっかりだった。そのためか全ての絵の隣には、画家の経歴を説明する小さなプレートがあった。そのギャラリーに並んでいる絵を描いた画家たちが、若い日本人画家だとわかったのもそのプレートのおかげだった。

 ギャラリーの絵は、大きさも値段もまちまちで、小さいものは葉書くらいの大きさから、大きいものは横幅が両手を広げたときと同じくらいのものもあった。複製画のうち安いものは三千円くらいからあったけれど、若い画家たちが描いた絵はだいたい二万円から五万円くらいで、一番高いものは二十万円というものもあった。

 私の大学の友達にも「芸術は値段じゃないんだ」ということを口癖のように言っている人がいるけれど、私はその絵を見たときに、この絵が二十万円かあと思わざるをえなかった。その絵はカレンダーほどの大きさで、真ん中には赤い線でヨットらしきものが描いてあり、その下には「人」という漢字を繋げたような形の水色の波が何個も配置されている。人間もいないし生物もいない、ヨットと波だけの絵だった。私はその絵を近づいたり離れたり、じっと見つめ続けたりしてみたけれど、この絵が二十万円かあという最初の感想は変わらなかった。

 その中で私は一番気に入った絵は港町の絵だった。

 おそらくはヨーロッパだろう。題には「港町」と書かれているだけで場所は明かされていない。絵の左側には港が描かれ小さな船が係留され、船の奥には赤色の支柱と青色のアームを持つクレーンが描かれている。絵の右側には薄茶、オレンジ、クリーム色の壁を持つ三階建ての建物が並んでいる。人はまばらに立ち呆けているように描かれているだけで、閑散とした雰囲気があるのに、全体からは明るい印象を受ける。

 とくに素晴らしいのは青色の使い方だった。海は黒にも見える深い藍色で塗られ、一方で空は白にも近い透けたような青が所々に姿を見せているにすぎない。そのバランス感覚は見事だった。なるほど、空と海はこうやって描くんだ、と私は一人で頷いた。その絵には八万円の値がついていた。決して安い値段ではないけれど、私が働いている間にこの絵が売れるといいなと思った。


 アパートに帰ってきても僕は落ち着かなかった。そこにあるべきものがなく、失われてしまったような気がした。部屋の中の物は僕が外出したときと何の変化もなかった。玄関から部屋へと続く途中に小さなキッチンがあり、窓際にベッドがあり、キッチンとベッドの間には小さなテーブルが置いてある。そして玄関から見て部屋の左側にはテレビがあり、右側には本棚がある。それだけの簡素な部屋だ。底冷えのする寒さが残る街から部屋に帰ってきて、冷たい空気の層が部屋の底に溜まっているようだった。僕は上着を羽織ったまま暖房を付けた。ワンルームのアパート用のエアコンが部屋の暖めるためには時間がかかった。

 僕はベッドに向かって鞄を放り投げると、テーブルの前に腰を下ろした。僕はその小さな白いテーブルを挟んで彼女と食事をしたことがあった。僕の分の食器を置き、彼女の分の食器を置くとそれだけでその小さなテーブルの上はいっぱいになってしまった。僕はそのときのささやかな食事の様子を思い出そうとしたけれど、僕と彼女が何を話していたのかを思い出すことはできなかった。大学の話か、共通の友人の話か、あるいは二人で行った場所の話か、どのピースも僕の記憶に上手に当てはまることはなかった。記憶は無理やり押し込んでしまったパズルのピースのようにいびつな形ではまり、いったん外そうとしてもなかなか外れなかった。

 僕は部屋の中で時間を持て余していた。テレビを眺める気にもならなかったし、本を読む気分でもなかった。テレビをつけて出演者の笑い声を聞くなんて考えられないことだと思えたし、本棚にずいぶん寝かせてある小説に手が伸びるわけもなかった。やり残していた大学の課題に手を付けるなんてもってのほかだった。僕はなにか時間をつぶすことのできるものがないか部屋の中を見渡した。なにか機械的に手を動かしていたかった。しかし部屋の中に時間を上手くつぶせそうなものは何も見えなかった。

 もう眠ってしまおう、と僕は思った。僕は乱雑に上着とズボンを脱いでジャージに着替えるとベッドに潜り込んだ。体はとても疲れていたのに、妙に目が冴えていてなかなか寝付けなかった。まるで長い距離を歩き続けた日のように体中に熱がこもっていた。僕は掛布団を蹴飛ばしてタオルケットだけを体に掛けて眠ろうとした。体の熱は体内を上昇して顔にまで伝わったのか、タオルケットに包まれていない顔にまで熱を感じた。

 僕はすぐにでも眠ってしまいたかった。疲労のあまり頭もだいぶ重くなっていた。それなのにどうしても熱っぽく、僕はベッドの中で寝返りを打ちながら考え事をする羽目になった。ぼんやりとした頭では上手く物事の整理はできなかった。

 僕はとにかく謝りたかった。しかしその相手はもう僕の前にはいなかった。そして僕が言うべき言葉もどこかへと行ってしまった。謝りたいと思っても、言葉をまとめることはできなかった。何を言っても不十分だと思った。言葉を準備し、彼女と静かに話のできる場所まで行き、時間をかけて僕は彼女に話すことが必要だった。それはどうしても不可能だった。僕は信じられないような偶然が重なって何かが僕と彼女との間に起こることを期待したけれど、それはあまりにも無邪気な空想だった。


 バイトを始めてみてまずわかったのが、そのバイトがとにかく暇なことだった。世の中には繁盛している美術館や記念館なんていっぱいあるのに、その小さなギャラリーは駅から徒歩一分という好立地にもかかわらず、人々の記憶からすっかり消えてしまったみたいだった。そのため私は受付兼レジの後ろに陣取ってずっと小説を読み、ふと息をはき集中が切れて本から目を離したときには、のっそりと動いて飾ってある絵画を眺めていた。

 それでもたまにはお客さんもやってくる。大半の客は「ここはなんだろう?」みたいな顔をしてギャラリーに入ってきて、そのたびに私は受付兼レジの奥へとそそくさと潜り込んで行くわけだけれど、彼らは五分とか十分くらいで「なるほど、こんな感じか」みたいな顔をして出て行く。正直それならまだいいほうだ。ひどいときは「なんだこれ。期待外れだな」みたいな顔をして出て行く人もいる。もちろんそれはただそういうふうに私が思っただけで、その人が何か悪態をついたりしたわけではない。私のこれまでの大した経験もない人生の中で、ある種の表情のパターンの一つとして記憶されているものだった。

 ギャラリーで二十分とか三十分も時間をかけて絵を見ていく数少ないお客さんの中で、そういう表情をしている人は一人もいなかった。でも残念なことに時間をかけて絵を見ていくお客さんも、そのうち多くの時間を割くのは有名画家の複製画の前だった。お客さんはまず絵を見て、その後にプレートの絵の名前と画家の名前を見る。有名画家の複製画の名前の後には「(複製画)」と書かれているのにもかかわらず、もう一度絵に視線を戻して眺めていくのだ。若い日本の画家たちの絵の場合にはプレートを見ると、それだけでもう次の絵に行ってしまう。

「しょうがない。相手が悪いよ」と私は思った。

 だって相手は日本中どころか、世界中の人たちが手放しに誉めているような人たちだ。その人たちは評価されるか評価されないかではなくて、どう評価されるのかをお墓の中で静かに待っているような人たちなのだ。全く対等じゃなかった。その絵の本物にしたって一体いくらするのかもわからなかったし、そもそもお金があっても買えるのかもわからないような代物だ。本物はルーヴル美術館だとかニューヨーク近代美術館みたいな、まさに世界の中心にあって、毎年何万人いや何十万人もの人が感動の対面をしていくような絵だった。

 私は一瞬自分の描いた絵がそんな天下のルーヴル美術館に並んでいるところを思い浮かべたけれど、すぐになんだかみすぼらしいような気がして、すぐに頭の中からかき消してしまった。それは寝起きすぐに、髪もボサボサ顔も洗わず化粧もせず寝間着のまま、着飾った世界のスーパーモデルたちの間に立たされるようなものだった。私は色々なことから目を背けながら、「そうだやっぱりフェアじゃない」と思った。フェアだとかフェアじゃないとかそんな話じゃないのに、「フェアじゃない」と私は何回も繰り返した。


 僕が目を覚ましたのは、普段目を覚ましているのと同じ時間だった。わずかな睡眠時間のせいで僕の頭は鈍く痛んだ。胸や背中は大量の汗をかいており、喉はひどく乾いていた。僕は湿った服を脱ぐと、とりあえず一番近くにあったシャツに着替えた。次に冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すとコップに注いだ。そして時間をかけてゆっくりお茶を飲んだ。喉は潤ったけれど、頭痛は治まらなかった。熱い額と頬に右手で触れると、手のひらの冷たさが熱い肌に伝わって気持ちがよかった。僕は空になったコップを額に当てて、熱を急激に冷やそうとした。しかし熱はすぐに元の通り息を吹き返したのだった。

 そのため僕はその日は大学には行かずにアパートの部屋で寝ているほかなかった。これ以上熱が上がらないように再びベッドに横になった。寝足りなかったのか、今度はすぐに眠りについた。そして、夕方に目を覚ますまで半日ほど眠り続けていた。一度も目を覚ますことはなかったし、何の夢も見ないほどの深い眠りだった。


 私が理花さんと初めて会ったのは、私がそんなふうにして小説を読んでいたときだった。

 私がバイトを始めるときにするように言われたことは三つだけだった。一つはギャラリーに来たお客さんに「いらっしゃいませ」を言うこと。一つはギャラリーから出て行くお客さんに「ありがとうございました」を言うこと。一つはレジを打つこと。それだけだった。接客だとか、お店の管理だとかは細かな指示はまるっきり抜け落ちていた。

 私のおじいさんと言ってもおかしくないくらいの歳のギャラリーの主催者は「後は自然に上手くやってくれれば大丈夫ですから」と最初に一言だけ告げた。それはとてもシンプルな指示だったけれど、同時にとても難しい指示だった。彼はその後ギャラリーを私と何人かのアルバイトに任せて、常に奥の事務所に閉じこもって仕事をしていた。ギャラリーの鍵を開けるときと閉じるときだけ私たちの前に姿を現して、一日の終わりにどれだけ売り上げがあったのかだけを私たちに尋ねた。でも売れていくのは若い画家の絵でも複製画でもなく、レジの前に置いてあるポストカードセットばっかりだった。一番ひどいときなんて、私がいる間に売れたのはポストカードセット一つだけなんていうときもあって、少ない売り上げを報告するとき私は心苦しささえ覚えたけれど、「そうですか、それは残念でしたね」と言うだけだった。

 だから理花さんがギャラリーに入ってきたとき、私は私なりには満点の表情と声で「いらっしゃいませ」と言った。理花さんは私に向かってわずかに会釈を返すと、ゆっくり時間をかけて絵を見て回った。私は絵を見て回る理花さんの様子を目だけ動かして眺めていた。その姿はとても様になっていた。ただの冷やかしじゃなくて、絵に関心があるということがわかるくらい丁寧な時間のかけ方だった。理花さんは一通り絵を見て回ると、一枚の絵をもう一度時間をかけて見ていた。それは残念なことに複製画のほうだった。理花さんは五分ばかり絵を眺めた後、ちらっとプレートに目を向けて私に声を掛けた。

「ちょっとごめんなさい」

 私はちょっと緊張しながら返事をして、それまであなたには何の興味もありませんでしたよみたいな顔を作って理花さんのそばへと歩いていった。

「この絵なんですけど複製画なんですよね?本物を買うことはできないんですか?」と理花さんはそれまで見ていた絵を示して言った。


 それは無理な話だった。理花さんが示していたのは佐伯祐三の絵だった。彼の事を知らない理花さんが気に入ったように、死んでから何十年経っても彼の絵を見るためだけに美術館を訪れる人だっているし、プロアマ問わず彼の絵を真似る人だってたくさんいるような画家だ。その絵の本物はどこかの美術館に収められているはずだったし、買おうと思えば札束を何十個、もしかしたら何百個も積まなければいけないはずだった。企画展が開かれれば、パンフレットの最初のページでその展示の目玉として紹介されていてもおかしくないような絵だ。

「それは難しいと思います」と私は話し始めた。「その絵は既に亡くなってしまった画家の絵なんです。その絵の本物はたしか大阪の美術館か記念館にあるはずです。たぶんすごい値段になりますし、そもそも売ってくれないんじゃないかと思います」

 そうですか、と理花さんはか細い声で言った。ほとんど一人でつぶやいたような話し方で、声を出したというよりも、考えていることが声になって口から勝手に出て行ってしまったような話し方だった。

 有名な方の作品だったんですね、とやはりつぶやくように言って、理花さんは絵の隣にあるプレートに視線をやった。つられるようにして私もプレートを眺めた。プレートには名前と生年と没年、大阪で生まれて現在で言うところの東京芸術大学で絵を学び、フランスに渡って画家として活動し、現地で客死したことが簡単に紹介されていた。佐伯祐三が亡くなったのは一九二八年のことだ。理花さんが彼のことを知らないのも仕方のないことだった。

「この絵は印刷ですよね? 複製画でもきちんと絵の具を使って描いているものはないんでしょうか?」

「このギャラリーにあるその絵の複製画は印刷のものしかないんです。よければそのような絵がないかお調べしましょうか?」

 理花さんは悩むように頭を傾げて、

「いえもう少し考えてみます」と言うやいなや、それまでのゆったりとした足取りが嘘のようにきびきびと歩いてギャラリーを出て行ってしまった。


 目が覚めても外出する気にはなれず、ベッドに腰掛けて部屋の中をぼんやりと眺めていた。部屋の中のあらゆる所に彼女の痕跡が残っていた。台所を見れば彼女と鍋をした記憶が甦ったし、小さなソファにはそこに座って観た映画の思い出が残っていた。

 僕は自分の部屋に初めて居心地の悪さを覚えた。盆や正月に、滅多に会わない親戚の家に行って、名前を知らない親戚から何年生になったんだい?と聞かれたときのような居心地の悪さだった。早く帰りたいという意味の分からない感情が浮かび上がっていた。帰るもなにも僕は既に自分の部屋に帰って来ていて、他に帰る場所は無かった。

 僕はどこか遠い場所へ行きたかった。別れた彼女との思い出のない場所にしばらく行ってしまいたかった。そのためには東京にいてはいけなかった。僕の部屋も含めて、東京のあらゆる場所に彼女との思い出があった。どこか遠くの場所に行ってしまえば、僕を呼び止める人はいないはずだった。電話をかけてくる人も、手紙を送ってくる人もいない。

 僕はどこに行くか迷った。特に行きたい場所はなかったが、海外に行くことを考えた。あまり気乗りはしなかった。高校の修学旅行で外国に行ったときに、僕は言葉の通じない不便さに音を上げて、できることなら今後は外国には行かずにずっと日本で暮らそうと思っていたからだ。そして食事が口に合わなかったのも不満だった。しかし今はそんなことを言っている場合じゃなかった。まさに緊急事態だったのだ。僕は多少の不満や面倒さを無視してでも行動しなければならなかった。僕は貯金を確認した。幸いなことに三か月分くらいのバイト代が残っていた。僕はそのお金で新しいパソコンを買おうかと思っていたのだけれど、とにかくそのお金を旅費に充てることにした。パスポートの有効期限はまだ何年も余裕があった。次の長期休暇に旅立つのに問題はなかった。

 後は行き先だった。決めかねて僕は本棚を見た。僕は海外の翻訳小説を読んでいたから、本棚の一角は多国籍だった。ジョイス、カフカ、フィッツジェラルド。ダブリン、プラハ、ニューヨーク。僕はその三都市を頭の中で思い浮かべた。ニューヨークは駄目だな、と僕は思った。ニューヨークに対しての僕のイメージはとても華やかなもので、とても今の自分自身に相応しいとは思えなかった。ダブリン、プラハ。迷いながらも僕はダブリンを選択肢から外した。僕はジョイスの小説を通じてダブリンの街の様子を隅から隅まで把握していたようなものだったからだ。もちろんそのダブリンの姿は今より百年ほど前のものだったけれど、それは間違いなくダブリンだった。せっかく足を延ばすならば、知らない街のほうがよかった。

 プラハについて僕が知っていることはほとんどなかった。チェコの首都で、古い街並みが残っていること。有名な城と橋があること。それだけだった。僕はプラハについての知識がないことを不安には思わなかった。むしろミステリアスに感じた。そのために僕は、事前にプラハについての知識を付けることはあえてしなかった。事前に東京で付けた知識をプラハに持ち込みたくはなかったのだ。


 その後プラハに旅立つまでの期間を僕は慌ただしく過ごした。僕は新しくスーツケースを買った。以前より大型のもの黒いスーツケースだ。そしてお金に少しでも余裕を持たせるようにバイトのシフトを増やした。学期末のテストで不合格を取らないように勉強をし、レポートを提出した。日は慌ただしく過ぎていった。まるで誰かが僕の人生を早送りしているみたいだった。レンタルしてきたつまらない映画を、お金がもったいないからと言って早送りして、ラストシーンだけ確認したりするようなものだった。

 それにしても、お金があり、パスポートの有効期限があり、長期休暇があり、行きたい場所もある。その全てを決め、準備をしているのは自分なのに、僕はまるで誰かがすっかり用意をしてくれたみたいだと感じた。誰かが僕に服を着せ、切符を買い、駅から目的地までの地図を用意し、お金と弁当を手渡して、汽車に乗せてくれるようなものだと思った。僕はプラハ旅行の準備をしながら、まるでプラハ旅行はずっと前から決まっていたんじゃないかと錯覚するようになった。僕はプラハ旅行に行けるように、バイトをしてお金を貯め、パスポートを用意し試験勉強をしてきたような気になった。それは勘違いだった。僕は目的に集中することであらゆることから目を逸らしていた。


 私は人のいないギャラリーで佐伯祐三の絵と向きあった。その絵はパリの街並みを荒々しいタッチで描いたとても優れた絵だったけれど、その複製画の出来は正直言ってあまりよくなかった。複製画の中には画家の筆のタッチを再現するように、印刷であっても表面に凸凹の加工を施してあるものもあるのに、その複製画は筆のタッチが見える割に絵の表面はまっ平だった。これでは佐伯祐三の荒々しいタッチの魅力も半減してしまう。ただ細かい色の違いはわりと、あくまでわりとだけれど、頑張って再現しているように見えた。

 複製画と言ってもピンからキリまであって、再現度よりも気軽さ、お求めやすさを重視したようなものはこのギャラリーにも飾られているように五千円くらいからある。私はそういうものを見るたびに、これならもう少しお金を出してでも良い物を買ったほうがいいんじゃないかなと思うけれど、そこはもう個人の感覚の世界でしかない。それにむき出しの壁がずっと続いていくよりは、複製画でもその場の印象を変えてくれたほうがずっと素敵だ。

 私は一度その佐伯祐三の複製画から視線を外すと、値札を見て、そして複製画に視線を戻した。花の都とも呼ばれ、とにかく華やかなイメージのつきまとうパリ。そのようなパリとは一線を画すような暗い印象のパリの街角の絵だ。私のパリのイメージともあまりにも遠い。そんな絵がなにはともあれ三万円。そしてよく言えばシンプルな、悪く言えばありきたりでその場しのぎの額縁がおまけで付いていた。

 曇りなのか、雨上がりなのか、または夕方なのか、全体が暗く沈んだ街並みの中で、絵の左下のほうにあるカラフルな広告のポスターと張り紙が全体を引き締めている。そんな絵の中で、暗く沈んだ街並みを集中して見てみると、街の中にあるのは黒や灰色ばかりではないことがわかる。黒や灰色に加えて、白や黄色、ベージュ、茶、赤茶、薄青、群青、藍、緑、赤。様々な色がぶつかることなく存在している。

 悪くはないと思う。印刷ではあるけれど、さすがに絵のタッチまで再現された複製画は三万円では買えない。本物とは比べ物にならないとはいえ、色の出も頑張っている。

 ちゃんとした複製画となると、腕のいい画家が描いていたりする。実力のある画家が何枚も同じ作品を描いているわけだから、それはもう抜群に上手い。複製画と言っても本物そっくりで見分けられる人もそんなにはいないだろう。そんな専業の複製画家たちの中でもとりわけ秀でた技量を持っている人たちは、おそらく非常に高いプライドを秘めて、過去の偉大な作品を次々に写し取っていく。プロ中のプロになるほどその中に遊びはなくなっていく。絵に描かれているもの、その大きさも色もタッチも、過去の画家たちのものであって、複製画家のものではない。その複製画を描いた人物として名前は残るかもしれないけれど、絵の中にその複製画家の要素は一切残らない。私としてはそういう画家たちがなぜ自分のオリジナルの絵を描かずに複製画を描いているのか不思議だった。


 時間が加速していくような錯覚の中で僕は出発の日を迎えた。時間は乱暴に僕を引っ張っていった。僕の体内時間は未だに出発の日の数日前に留まっていたけれど、少なくとも僕の体は力を込めて出発の日まで引っ張られていた。僕はカレンダーを見て出発の日が来たことを確認すると、今度は自分の手で自分の体内時計を出発の日へと合わせた。

 僕はスーツケースと小さめの手持ち鞄を玄関へと運んだ。僕は着替えと荷造りを終えてすぐにでも出発できる態勢を整えていた。二度目の海外旅行、そして初めての一人での海外旅行ということで荷物はどんどん膨らんでいった。スーツケースを圧迫したのは分厚い冬服だった。セーターや厚手のインナーを何着か入れるだけで僕のスーツケースはいっぱいになってしまった。そのため僕はコートで寒さをしのぐことにした。どうしようもなく寒かったときに着る用のセーターを一着だけ残して後は薄手のインナーやシャツを詰め込んでいった。気分だけで言えば僕は財布やカメラ、パスポートや文庫本数冊を入れた小さな鞄だけを持って出発したかった。しかし滞在期間を思えば、こうしてスーツケースに入るだけの洋服を詰め込まざるを得なかった。

 飛行機に乗り遅れることがないように、僕は相当の時間の余裕を持って空港にたどり着いた。僕は空港へと向かうバスの中で一抹の不安を抱き始めていた。海外に行ってそれが何になるのだろう?というナーバスな考えが頭の中をよぎっていた。そんなことを考えても仕方がない。プラハに行く意味はプラハに行けば分かると僕は諦めに似た感情で開き直った。

 僕は空港の書店でプラハの観光案内が書かれたガイドブックを買った。プラハについての事前の知識を入れておくべきではないという僕のささやかな決心はこのときすっかり打ちひしがれていた。旅路の不安はどうしようもなく僕に迫ってきた。一人で海外へ行くという瞬間になってみると、なんだか僕の知っている人が僕の周りからみんないなくなってしまったように感じるのだった。

 世界各地へ飛び立つ飛行機の時間、搭乗可能かを知らせる空港のモニターを見ていると、僕はそのモニターに映し出される場所に自由に行くことができるのだという気持ちと、しかし僕がその場所に行くことは今後ないだろうという気持ちが同時に僕の中に芽生えてくるのだった。僕はハワイにも行けるし、北京にも行けるし、シンガポールにも行くことができるのだと自らを奮い立たせた。


 理花さんがそのギャラリーに再びやってきたとき、夏もそのギャラリーでの私のバイトも終わりかけていた。理花さんはギャラリーの絵を丁寧に見回ったりはせずに一直線に佐伯祐三の複製画の前まで行くと、レジの後ろで暇を持て余していた私のほうを振り返って、「すいません」と声を掛けた。私は理花さんが以前来たときのことを覚えていたし、悩んだ末に理花さんがこの絵を気にいって買いに来てくれたのかなと想像するとなんだか嬉しくなり、同時になんだか言われると図星を付かれたようで苦笑いしてしまうような「以前にもいらっしゃいましたよね」という言葉を掛けるか悩んでいた。

「この絵を買いたいんですが」と理花さんは上品そうに言った。私には真似できないようなしゃべり方だった。ギャラリーで絵を買う人はこういうふうに買っていくものなんだなと勝手に感心していた。

「この絵いいですよね」と理花さんは話し始めた。

 私はなんだか機先を制せられたようで、なんと言うか口ごもりつつちょっと間が空いてしまったけれど、「はい、私も彼の絵は好きです」と言った。美大生の私の周りにすらそういう人はあんまりいなくて少し意外な気がした。下手すると佐伯祐三でも知らなかったり、または名前は聞いたことがあるけれど絵を覚えてはいなかったり、名前も絵も知っているけれど別に好きではなかったり、似た印象の荻須高徳のほうが好きだとか、私の周りにいる人たちはそんな人ばっかりだった。

 絵は後から運んだり郵送することがほとんどだったので、私は理花さんをレジへと促し、用意してあった用紙に運び先の住所や理花さんの名前を書いてもらった。理花さんが俯いてレジで用紙に記入すると、ネックレスが理花さんの肌から離れて垂れ下がり、その細身のシルバーがなんだかセクシーだった。理花さんはその用紙にまるで明朝体をそのまま印刷したかのような丁寧な字で名前を書いた。角がしっかりと折れ曲がっているのを見て、この人は学生時代きっと勉強がよくできたんだろうなと瞬間的に思った。

 理花さんは「絵はいつ頃には届きますか」と尋ね、私の答えにそれなら大丈夫ですという感じで頷くと、財布ではなく封筒からお金を出してすべて現金で払って行った。そして支払いを終えてしまうと、ただのアルバイトの私に向かって「それではよろしくお願いします」と頭を下げて帰っていた。私にはまるで理花さんのほうが店員みたいな丁寧さだったので「ありがとうございました」と挨拶をするのが遅れてしまった。

 それから数日してギャラリーは予定通り閉まることになった。当初の私の心配をよそに絵はちゃんと売れており、三十歳くらいの女性の画家が絵が売れたお礼を言いに来る場面に出くわすという嬉しいイベントもあった。ひと夏の間の企画展とは言っても絵が全然売れていかなかったり、売れても複製画だけだったりしたらいくらなんでも残念すぎる。


 飛行機の中でガイドブックをパラパラと捲っていると、実際に僕は日本から飛び出してヨーロッパへと向かっているのだという小市民的な誇らしさがこみ上げてきた。あてがわれたエコノミークラスの席に座って僕は窓の外側を眺めていた。空港の暗い滑走路の向こう側に、空港ターミナルと管制塔から漏れる光が頼りなく光っていた。同じく出発を待つ飛行機は滑走路の暗闇にのみこまれるように並んでいた。僕の隣の席には日本人の年配の夫婦が仲良さそうに座り、プラハでの観光の計画について話していた。

 飛行機が動き始めたあたりから僕は高揚感に支配され、その思いを隠しきれないように窓の外に視線を集中させた。相変わらず窓の外には暗闇が広がるばかりだったけれど、そんなことは全く問題ではなかった。僕は窓の外に何かが見えるかのように視線を送り続けた。

 飛行機が動き始めると窓からは暗闇に沈んだ滑走路が見えた。飛行機の巨大さに似合わず、機体は空港に向けて乗り込んだバスよりも揺れなかった。機内のアナウンスは、シートベルトをしっかりと装着したまま機体の状態が安定するまでは決して立ち上がらないことを再三繰り返していた。僕はそのアナウンスを聞き流しながらまだ窓の外を見ていた。わずかな揺れと共に機体が飛び立つと、窓の外の灯りは奇妙な角度で曲がり、やがて見えなくなった。

 僕はワクワクした気持ちを隠しきれずに再びガイドブックを開いたけれど、熱心に読み込むことはせずにパラパラと捲っただけですぐに閉じた。これからプラハ市中で実物を見ることができるのに、機内で市中の写真や名所の風景を見てしまうのはもったいような気がした。

 プラハに行くことを決めてからの生活の中に彼女がいないことは思ったよりも僕の心身に響いていた。僕はまるで毎日決まって五分ずつ遅れてしまうようなガタがきた時計で、彼女は毎日習慣的に進んだ時間を元に戻してくれている持ち主みたいだった。シートに体を預けるように腰掛けて、何も見えない窓の外を目線のやりがいに困ったかのように見つめる僕は、まるで子どもだった。十代のときより、中学生の頃より、高校生の頃より子どもじみていた。

 美味しいのか美味しくないのか、口に合うのか合わないのかもわからない、やたらと淡泊な印象の機内食を押し込むように食べ、付いていたミネラルウォーターをちびちびと飲んだ。やがて機内の照明が一段階暗くされると僕は彼女のことばかりを考えていた。

 窓の外を眺めるのにもいい加減飽きた僕はようやく眠りについた。狭いシートの上で窮屈に体を折り曲げて僕は眠りについた。僕は別れた彼女の夢を見た。夢の中で僕と彼女はどこかへと出かけ、何かを熱心に話し合っていた。目が覚めたころには僕は夢の内容を覚えてはおらず、彼女が夢に出てきたということ以外はすべて忘れてしまっていた。


 空港の入国審査は僕の心配をよそにあっさりと終わった。やる気のなさそうな職員はパスポートの僕の顔をほんの一瞬見比べただけで、後は僕の返答を聴いているのかも分からないような適当さで僕にマニュアル通りの質問を浴びせた。僕は入国審査官に一つだけ意味のない嘘をついた。「What's the purpose of your visit?」という質問に、僕は「holiday」でも「pleasure」でもなく「visit my friend」と答えた。

 プラハに着いた僕を迎えたのは初めて体験するヨーロッパの寒さだった。暖房のきいた空港から出た途端に乾燥した風は暴力的に僕に吹き付け、ひたすらに体の表面から熱を奪っていった。その明らかに日本とは異なる、正確に言えば東京とは異なる空気を味わう余裕もなく僕は空港の建物の中へと引き返し、ガイドブックを取り出すとホテルの位置を改めて確認した。立ち止まりガイドブックを眺める僕を様々な人が追い越し、通り過ぎていったけれど、それらの人の中に僕の理解できる言葉を話している人は一人もいなかったし、また言葉だけでなく彼らの外見からしても、僕はまるっきり異邦人だった。


 最終日にはそれまで交互に働いていたアルバイトたちが一斉に集められて、ギャラリーの撤収作業と絵の配送をすることになった。売れた絵は複製画であろうがそうでなかろうがよっぽど遠い場所でない限り、私たちの手で直接送り届けることになっていた。高い絵だけでなく複製画でも、配送業者に任せず直接送り届けるのは意外だった。そのことを私が一応それとなくだけれど口にすると、おじいさんの主催者は「絵が実際に飾られる場所にまで運ぶのが私たちの仕事ですから」と言うのだった。配送は都内限定ということになっていたけれど、そのおじいさんの口ぶりを見るに近県だったらだいぶ時間が掛かってしまう場所でも運んでいきそうだった。

 私ともう一人のアルバイトが一緒に車に乗り込んで、おじいさんに協力して絵を運んでいった。おじいさんがお客さんと話をしたり相談したりしている間に、私たちは協力して絵を飾った。ときにはお客さんの自宅であり、ときには会社の一角であり、ときにはお店の一番目立つ場所であったりした。

 私たちがそうして理花さんの元へと絵を運んで行ったとき、すでに周りは薄暗くなっていた。私たちは細い道が入り組んだ場所で少し迷い、同じ道を二、三度走ってようやく目的地にたどり着いた。目的地である喫茶店イエスタデイはビルの地下一階にあって、それを知らせる看板がなかったことから、私たちはビルの前まで来ていながら、そのビルが目的地だとしばらく気が付かなかったのだった。そのためそれらしいビルがあるたびに私が降りて様子を見に行かなくてはいけなかった。

 おじいさんが分厚い重そうな木の扉を開けて先頭で店に入るのに続いて、私がお店の中に入ったとき、店内には私が曲名を知ることはずっとないような、おそらくジャズが流れていた。地下にあるお店だけれど、カウンターテーブルの上には眩しいくらいの照明が何個も並んでいて、陽の落ちかけていた外よりもずっと明るかった。私は店内をちらっと見ただけでこのお店を気にいったし、そして私の地元にはなさそうなこのおしゃれなお店が、その外観を隠して地味なビルの地下に潜んでいることがもったいないことのように思われたのだった。

 私たちがL字型の店内に入るとカウンターテーブルの奥に理花さんが立っているのが見えた。私たちを笑顔で出迎えた理花さんは白い襟付きのシャツと黒のロングスカート、それに黒のエプロンといういで立ちだった。

 おじいさんと理花さんは絵を飾る場所についてしばらく相談し、いろいろな場所に絵を置いてみた結果、絵は入口から見て右手側、カウンターテーブルではなく、テーブル席が設けられている奥の壁に飾られることになった。一番照明の明るいカウンターテーブルから離れていたこともあって、テーブル席の奥側は少しだけ暗くなっていて、私はその場所に飾る絵としては佐伯祐三の絵は地味なように思われたけれど、私がそんなことを言いだすわけにもいかず、私たちはおじいさんの指示に従って絵を飾りつけたのだった。絵の飾りつけが終わると理花さんは満足そうに絵を見つめ、おじいさんと満足げに歓談していた。私は機嫌よく話を続ける理花さんとおじいさんの隣に立って所在なさげに絵を見ていた。

 しばらく見ていると、私が最初に考えていたよりも絵は店内になじんでいるように思われた。飾り付けられたばかりの絵は、まるで新参者ではなく、以前からこの場所にあったようでさえあった。喫茶店のレンガの壁は、佐伯祐三の絵の中のレンガと調和していた。そのレンガは国も時代も色も形も異なりながらも親和性を見せていた。

 一段落つくと理花さんは私たちに向かって「せっかくだからコーヒーでもいかがですか」とお誘いの言葉をかけてくれたけれど、最終日の撤収作業を完了しなければならない私たちは、その誘いをおじいさんが代表して丁重に断り店を後にした。

 店を出るときになって、私は大きな分厚い木の扉の左側に貼ってあった三枚のチラシに気がついた。近くの大学のオープンキャンパスを知らせるものであり、近くの神社のお祭りを知らせるものであり、バイト募集のためのものだった。


 僕は翌日からプラハ市内をぶらぶらと歩いて回った。それはそれまで東京で忙しく動き回っていたのが嘘なくらいに目的の見えない時間だった。

 まず僕はプラハの市内に無数に散らばる街中のアート作品を見ることにした。特に見てみたかったのはDavid Černýの作品であるカフカのモニュメントだった。カフカの顔を横方向に輪切りにし、それぞれが回転するという前衛的なオブジェだ。なぜ顔を輪切りにして回転させようと思ったのか分からないが、定期的にきちんとした顔の形に整うのは見ていておもしろかった。僕のタイミングが悪かったのか、この顔の持ち主がカフカなのかはっきりとしなかった。

 プラハのあるレストランでおすすめされたのはプラハ城だった。そのため僕は一旦プラハ城に登り、それから旧市街広場へと歩いていくことにした。城は高台にあるため、トラムという路面電車に乗り込んだ。落書きの多い窓ガラスに苦笑いしながら車窓越しの眺めに集中した。トラムを降り、衛兵のいる正門を抜け、中庭の向こうにある建物を通るように歩いて行くと、突然目の前に巨大な大聖堂が迫ってきて、僕は思わず感嘆の声を呟いていた。聖ヴィート大聖堂だ。僕だけでなく周りの人もみんな大聖堂を見上げてその迫力に圧倒されていた。大聖堂の外観を見ただけで満足した僕は、地下墓地やステンドグラス、礼拝堂を一旦パスして展望台へと向かった。

 プラハ城から旧市街広場を長い時間をかけて一望すると、プラハ城に背を向けて高台を下り始めた。なんだか歩きたい気分だった。古くて細い路地を抜ければ突然お土産屋さんが目の前に現れたりした。僕の予想以上にプラハの街は名所にあふれていた。直角に走る道路の間に歴史を感じる画一的な赤い屋根の建物が肩を並べるように建ち、その前には様々な色の車が並んでいた。それなのに街中のあちらこちらには前衛的なアート作品が展示されていることにはギャップを感じた。僕は街中に散らばる気になる物を拾い集めるように歩き回った。見るべきものは多く飽きることはないように思われた。

 街並みやプラハの人々の日常生活だけではなく、名所の中でも僕の印象に強く残った場所があり、その一つが国立プラハ美術館にあった大廊下の天井画だった。百メートルほどの直線の大廊下の天井に大小様々な絵が組み合わされていて、絵を鑑賞している人たちは揃いも揃って上を向いてゆっくりと歩いていた。二階建てほどの高さを持ち馬車が悠々と通れるほどの幅を持った廊下をみんながゆっくりと歩いていた。上を向きながら歩いているので僕は何度も人にぶつかった。当初、僕は人にぶつかるたびに視線を下ろし謝るように会釈をしたけれど、そんなことをしているのは僕だけだった。人々は誰かとぶつかっても気にすることはなく、むしろ無視でもするかのようにして天井画を鑑賞していた。だから僕も誰かとぶつかっても特に謝ることなく関心を天井画へと向け続けた。

 もう一か所は旧市街広場にある天文時計だった。ルネサンス時代からある(僕がそのことを知ったのはずいぶん後になってからだったけれど)直径が五メートルほどにもなる時計は二面あり、片方には異なる二つの文字盤が組み合わされており、それは時間を示すと同時に天体の様子を示していた。時計の複雑な構造と左右非対称な重層的なデザインを僕は長い間眺めていた。時計は二重の円構造になっていて、内側の円盤は外側に惹かれるように外側の円の円周に触れるように回っていた。時間が経つごとに内側の円によって隠されていた文字盤の装飾と機械的構造を見ることができた。

 速足気味にプラハ市内の名所を巡ってしまうと僕は残りの滞在期間と所持金を逆算しながら、その二か所を何度も訪れた。特に天文時計の前で僕はプラハ滞在のうちもっとも多くの時間を過ごした。


 ギャラリーでのバイトを終えた私は大学まで戻り、サークル活動だったり、公募展に出すとか出さないとかでこもる暑さの中で熱心に絵を描いている同級生たちと、どこかに旅行したりしないのだとか、帰省しないのかとか、どうでもいいような会話をしつつ、ほんの少しだけリラックスした後、良さそうなアルバイトを探すために学生課の前の掲示板を見に行き、それだけではなく学生課の窓口で照会までしてもらったのに、大学はいつまで続くんだとお小言を言いたくなるような夏休みの継続中で、良さそうなアルバイトはさっぱりなく、消去法でようやく選んだオープンキャンパスの係員のアルバイトも、申し込もうとしたら満員ですとすぐに言われてしまう始末だった。

 安い時給のわりに重い本をひたすら運ばされて次の日筋肉痛になって歩くのも大変な大学図書館でのアルバイトも、中途半端に遠かったりすると交通費がかさみ割に合わないどこかの絵画展のスタッフのアルバイトも、交通費が掛からないのはいいけれど下手すると朝早くから夜遅くまで拘束される大学構内で行われるイベントや試験のスタッフをするアルバイトもなくて、私は学生課の前のベンチに腰掛けて募集中のアルバイト一覧を印刷してきた用紙とにらめっこしながら、妥協に妥協を重ねて慎重に検討していった結果、用紙をクシャクシャに丸めてごみ箱に向かって放り投げた。私の下手くそな投擲では紙はごみ箱に入らなくて私は立ち上がってわざわざ入れ直さなければならなかった。

 私は時計を見るとベンチから立ち上がり、私たちが絵を送り届けたばかりの喫茶店イエスタデイに再び向かうことにした。

 イエスタデイは私の大学の最寄り駅から電車で二駅の場所にあった。長い夏休みの最中とはいっても、電車の中には学生風の装いの人たちがいっぱいいて、その人たちは私と一緒の駅で降りて行った。

 お昼時を過ぎているのにイエスタデイの座席は八割方埋まっていて、一人でコーヒーを飲んでいる人もいれば、テーブル席でなんだか内緒話でもするみたいに顔を近づけて話をしているグループがいたりもした。

 私はカウンターテーブルの一番右端の席に腰かけてメニューを開いた。その席に座れば顔を上げれば正面に件の佐伯祐三の絵を見ることができたためだ。私はお昼ご飯を食べていなかった。メニューの一番目立つところにあるランチセットに気がついて、そのランチセットがまだ頼める時間であることを確認し、今月ピンチだしなぁと悩みに悩み、最終的には空腹に負けてランチセットを頼むことにした。私の元へと水の入ったコップを渡した理花さんは、注文を聞くと私に「コーヒーは食後にお持ちしますか?」と尋ね、私は「はい」と答えた。

 私はそのときはっきりと初めて理花さんの顔を見つめ合うように見て、理花さんの目の色が茶色を帯びていることに気が付いた。そしてようやく理花さんがどれだけ美人なのかということに思い至ったのだった。ギャラリーで理花さんを見たときも美人だと思ったのだけれど、襟の大きな白いシャツと黒のロングスカートに身を包み、カウンターの中から微笑む理花さんは、女の私でもドキドキしてしまうほど綺麗で魅力的に見えた。そのときの理花さんは、笑顔の人懐っこさが強調されているようで、佐伯祐三の絵を見ていたときのようなクールな印象の美人とは異なっていた。

 私はそのとき以前受けたデッサンの講義中の一幕を思い出した。デッサンのモデルに来た女の人はやっぱりハッとしてしまうような美人だった。ただデッサンの講義中には緊張しているのか、ずっと真顔のまま口元を緩めることも表情がやわらぐこともなかった。講義が終わった後、ご飯を食べながら「なんだかさっきのモデルさんこわばった表情をしてたね」と私は思ったことをそのまま口にした。そのとき同じくデッサンの講義を受けていた私の友達は「違うって。それだけさっきのモデルさんが美人だってことだよ。美人は黙ってると怖く見られるから」と、まるでモデルさんの言葉を代弁するみたいに私に向かって説明した。


 歩き疲れていた僕は旧市街広場のベンチに腰かけ足を休めた。ベンチには大きな白いひげを蓄えたおじいさんが座っていた。彼はハンチング帽をかぶり顔をうずめるようにマフラーを身に着けていた。大きな深緑色のマフラーで彼の首と唇はすっかり覆われ隠されていた。彼は広場に向けて紙飛行機を飛ばし、飛行機が飛び終わるとゆったりとした足取りで飛行機を拾いに行った。広い翼の紙飛行機だった。飛行機の表面はびっしりと文字に覆われていて、僕は紙飛行機が新聞紙から作られたものだと予想した。彼はニ度ほど飛行機を飛ばすと、今度はベンチに背中を預けるように腰掛け、紙飛行機を膝の上に大事そうに乗せたまま疲れたように目を閉じた。

 僕がそうしてベンチに腰かけていると、まるで僕はずっとこの街に住んでいて、日本での記憶というものが映画や小説から話を流用してきたように思えてきた。登場人物の人生をそっくりそのまま自分に当てはめ、「僕がもし東京で暮らしていたら」ということを想像しているような気がした。


 帰国の前日に忘れられない出来事があった

 僕はその日も旧市街広場へと出かけた。冬のプラハといえど、もう冬の気配はその役割を終え、次の春へと移行しつつあった。広場のベンチに座っていても体が冷えていくということはなかった。僕は何をするでもなく旧市街広場に集う人々を眺め、そしてその形をすっかり頭の中に焼き付けてしまった天文時計を眺めた。天文時計は常に多くの人の注目を浴びていたけれど、それは天文時計の長い歴史を思えばまったく問題にならないような数の人でしかなかった。僕は天文時計を見上げながら、現在天文時計を見上げている群衆と同じようにカフカが友人たちと談笑している様子を想像した。

 思いを巡らせることに飽きてしまうと、僕はベンチから立ち上がり歩き始めた。帰国する前に何か土産物を買いたかった。空港で買ったガイドブックを読み返すと、おすすめのお店としてブループラハというお土産屋さんが紹介されていた。お店の紹介文は「旧市街広場からカレル橋へ向かう途中にあり……」という文章で始まっており、アクセスも容易だった。

 ブループラハの前まで来たところで、せっかくならば買い物をする前にとカレル橋まで足を延ばすことにした。プラハの中でも人気観光地とあって人が多い。キョロキョロと辺りを見渡す観光客とぶつからないように僕は橋塔の前まで来た。

 カレル橋には両側に橋塔が設けられており、旧市街側のものは「オールドタウンブリッジタワー」と呼ばれる。大きな教会の一部を切り取ったかのような壁を持つ塔で、内側に登ることができ、ポストカードが売られていたり、屋上からは歴史地区を一望することができる。

 オールドタウンブリッジタワーを見ているときだった。橋を渡って観光客の集団が歩いてくるのが見え、僕は彼らにぶつからないように道路の左側に動いた。そのとき僕の後方から歩いて橋に向かっていた女性とぶつかってしまったのだ。

 僕は慌てて手を差し出し謝ろうとした。僕の口から出かかった英語はすぐに引っ込んでしまった。そのアジア系の女性が「すみません」と口にしたからだ。

「日本の方ですか?ごめんなさい突然動いてしまって、大丈夫ですか?」と僕は声を掛けた。

 女性は左手で前髪を直しながらこちらを向いた。

「はい、大丈夫です。こちらこそすみませんでした。塔を見ながら歩いていたので気が付かなくて」

 僕はその女性の顔を見て驚いた。その女性は別れた彼女にそっくりだったからだ。顔だけでなく髪の長さも同じようなものだったし身長も変わらなかった。

 彼女もプラハに来ていて奇跡的に再会することができたのか?

「どうかしましたか?」

 女性は自分の顔を見たまま驚いた表情で固まる僕に不審そうな視線を向けていた。よく見ればその女性は別れた彼女とはまるきり別人だった。口の横にほくろがない。目が大きい。髪の色も彼女よりは少しばかり茶色いようだ。

 そうだ。そんなことがあるはずがない。

「いえ。知っている女性とそっくりだったものでちょっと驚いてしまって」

 はあ、と女性は戸惑ったように相槌を打ち、会釈をしてカレル橋へと歩いて行った。

 僕は橋の欄干にもたれかかってプラハの街の夜景を眺めた。次第に涙が溢れ僕は腕に顔をうずめて泣いた。僕の後ろを無数の観光客が通り過ぎて行った。もう僕がプラハにいる意味はなかった。帰ろう、と僕はつぶやいた。僕は右袖で涙を拭うとブループラハへと向かった。

 そのまま僕は当初の予定を伸ばすことはせずにプラハを去った。その冬を終えてみると、僕は彼女と別れ少しばかり無口になったほかに変化というものは見られなかった。そんな僕に対して変化を口にする人は誰もいなかった。


 ランチはクラブハウスサンドのプレートだった。大きく分厚いクラブハウスサンドが三つあって、レタス、トマト、ベーコンなどが溢れんばかりに挟まっていた。私が苦手なタイプの女の子だったら、分厚くて食べにくいとか文句を言いながら食べそうなクラブハウスサンドだった。それにサラダとフライドポテトが付いていた。私は掻き込むようにそれらを食べ、コップの水を飲みながら一息ついたときにタイミングよく理花さんがコーヒーを持ってきてくれた。

「さっき調理をしながらもしかしてって思ったんですけど、ギャラリーであの絵を売ってくれた方ですよね?」と、理花さんは言った。

 私は理花さんが私の顔を覚えていたことを意外に思いながら、「はい、そうです」と答えた。

「もしかしてわざわざ来てくれたんですか?」という理花さんの質問にも、私は同じ言葉を繰り返すオウムみたいに「はい、そうです」と答えた。

 理花さんは佐伯祐三の絵についてなにかを言いかけたけれど、次の言葉を告げる前に別のお客さんに呼びかけられてそちらへと飛んでいった。バイト募集の張り紙が示すように理花さんは相当忙しそうに動き回っていた。一人で店を回すには客席も多かったし、コーヒーだけではなく料理も出されていて、そしてお客さんも少なくないのだった。

 クラブハウスサンド以上に美味しかったのがコーヒーだった。やや甘めのコーヒーは、普段ブラックでコーヒーを飲まない私でもしばらくブラックのまま飲むことができるコーヒーだった。私はまず半分くらいブラックのままのみ、その後ミルクを少しだけ混ぜて飲んだ。そのコーヒーの苦みに対してはそれだけで充分だった。

 忙しそうに動き回る理花さんに対して私はどう話しかけていいものかわからず、私は一度お店を出て、お店が空いていそうな時間を見計らってもう一度訪れることにした。私は伝票を持って立ち上がり、レジの前まで移動してから「すいません」と声を掛けた。理花さんは手を拭きながらレジまでやってきて、私が手渡した伝票を見ると、「この間のお礼です」と言ってお代を受け取ろうとはしなかった。私はそんなわけにはいきません、私は何もしていないし、もうギャラリーでの企画展もギャラリーでの私のアルバイトも終わってしまったのだということを言ったのだけれど、理花さんは微笑んで「構いませんから」と繰り返すばかりだった。忙しそうな理花さんをいつまでもレジに張り付けておくわけにはいかず、私は忙しい理花さんを解放するように理花さんの御好意を受けるようにした。私の気まずそうなお礼に対して理花さんは「その代わり、またぜひ来てくださいね」と言った。

 私はその後近くの芸術系の大学をぶらぶらと歩きながらのぞき、その大学のキャンパスの近未来的とも思えるガラス張りが目立つデザインと、建てられてからそう日が経っていないことをうかがわせる綺麗なことを羨ましく思いながら学生の展示会を冷やかした。私は手渡されたアンケートに、その展示会で一番気にいった絵をちょっと過剰すぎるくらいに褒める内容の感想を書いて出口の学生の係員に出渡した。こんな夏休みの真っただ中に大学でアルバイトだなんてあなたも大変ですねと私は同情的だった。

 夕方再びイエスタデイを訪れたとき、お客さんは二人だけで、戸惑った顔で私を迎えた理花さんとゆっくり話をすることができた。夏休みはともかく大学が始まってからは週に何日もがっつり働くことはできないという面倒な私を理花さんは「助かります」と言っただけで採用してくれた。


 ぬるま湯のような年度末テストを経て新年度を迎えた大学は、手に余るようほどの新入生を抱え騒々しく稼働していた。僕はその騒々しさを拒否するのではなくむしろ歓迎すらするように講義に出続けた。しかし以前は関心を持って聞いていた文学の講義というものが一転してつまらないように思われ、代わりにどうでもいいことのように思っていた経済学や法学の講義がおもしろく感じられた。

 その年僕は履修科目を登録する時期になると、同じ大教室の講義をなるべく隙間時間が出ないように登録した。同じ教室だけでは別の学科の講義も含まれてしまっていて、そんな場合でも僕は自分が履修している講義だけではなく、履修していない講義にも出席して話に耳を傾けた。僕は大教室の一番後ろの席に座って、図書館から借りた本を時間の許す限り読んだ。そして本を読むのにひと息つくと、遠くに小さく見える教授を眺め、話に耳を傾けた。

 僕はそれらの講義の間にまずカフカの小説やら手紙やらを読み返し、カフカを読み終えてしまうと次に小説に比べるとやたらと難解なように思われるカフカ論に手を伸ばすもすぐに挫折した。しかたがないので僕は様々な作家がカフカについて書いたエッセイや小品を探し出し読んでいった。まるで誰も読まないような本を宝物のように蓄えている大学の図書館にはそういう本もしっかりと用意されていた。

 当時大学の図書館には一つの噂があった。図書館には開架書庫の他に地下にも書庫があって、ほとんど人の通りかからない片隅に昔図書館のトイレで亡くなった女の子の幽霊が出ると噂になっていた。図書館には各階にトイレがあるのだけれど、五階にだけはトイレがなく、それは五階のトイレで女の子が亡くなったから工事をしてまでトイレの入り口を埋めて封鎖してしまったのだと噂になっていた。

 僕には五階のトイレで亡くなった子がなぜ地下の書庫に住み着いてしまったのかが不思議だったし、まるで信じていたりはしなかった。それでも僕は明るい開架書庫で本を探すたびに、見たことのない地下書庫の様子を想像した。僕の想像する地下書庫は照明が絞られていて暗く、そのために奥まで見通すことができない。そして本を大量に収蔵するために通路は狭く、天井に着く本棚がひたすらに並べられており、本のためにやたらと乾燥している。そんな空間だった。日光が差し込まず、コンクリートの床は寒々としている。しかし僕が進級し卒業論文を書かなければいけない時期になっても僕が地下書庫に行くことはなかったし、もっと言えば本当に図書館に地下書庫があるのかもわからないのだった。

 僕の関心は読む本に集中していて、講義は何でもよかった。政治学や経済学、生物学、数学。憲法の講義を聴講した後に、オラウータンの交尾についての講義に出ていたこともあった。オラウータンの交尾ほどどうでもいい講義もなかなかなかった。もっとも将来役に立たないと自信を持って言える講義は初めて耳にする情報に満ちていて、ときに僕は教授の話を興味深く聞いたけれど、しかし大教室を出るときにはその内容の全てを忘れてしまった。

 僕は講義の内容に興味を持ちノートにメモを取るぐらいのことをすることはあっても、黒板の板書をノートに写し取ることは一度もなかった。僕の視力では、一番後ろの列からどんなに凝視してみても黒板に何が書いてあるのかが分からなかったからだ。だから僕は本を読む合間に教授の話す声からノートを取った。大教室で中心に行われていた基礎的な教養科目の講義の内容はそうやっても理解できた。


 そうして私はイエスタデイで働くことになったけれど、だいたい経験のほとんどない私が料理を作るわけにもいかなかったし、コーヒーを入れるわけにもいかなかったし、私ができることといったら配膳をしたりレジを打ったり、掃除をしたり皿洗いをしたりとかそんなくらいなものだった。理花さんは口より先に体が動くタイプなようで、洗い物が出たときでもお客さんが少ないときだったら私に言いつけずに自分で洗い物を済ませてしまおうとしたので、私はそんな理花さんに対して口を挟んで自分が動かなくてはいけなかった。理花さんはまず自分で働いてしまうし、私が気が付かずに動かないときでも文句も嫌味も言ったりするような人ではなかったので、下手すると私はバイト代を貰いながら理花さんの話し相手をしているような状況になりかねなかった。

 それにしても理花さんはとても華奢な人で、というかとても細い人で、私はときおり心配してしまうくらいだった。

 私は冗談めかして、「理花さんってめっちゃ細いですよね。ちゃんとご飯とか食べてますか?」と尋ねてみたことがある。

 理花さんはそれに対して、きちんと言葉を選ぶように少し間をおいて、「作るのめんどくさくなっちゃってコーヒーとかで済ませちゃうんだよね」と言った。そして、「料理自体はけっこう好きなんだけどね、仕事にしてるくらいだし。でも作るので満足しちゃうっていうか、それでもう胸がいっぱいになっちゃうっていうか」と続けた。

 確かに理花さんはよくコーヒーを飲んでいた。お客さんが誰もいなくて、私も理花さんもぼうっとしているときなんか、よく理花さんは二人分のコーヒーを一緒に淹れて、コーヒーの準備ができると、カウンターの内側に椅子を持ってきてそこに腰かけて文庫本や雑誌を読んでいた。文庫本を読むとき、理花さんは左手だけで文庫本を持って器用にページをめくりながら読書をしていた。そしてコーヒーを飲むときも、右手を動かすだけで視線は文庫本へと向けたままだった。私はそんな理花さんの様子をちらりと窺うように見ていた。だってただ読書をしているだけなのにとても様になっているのだ。

 私は理花さんを見ながらどうしてだろうと考えざるをえなかった。そりゃ理花さんはスタイルだって良いし綺麗な人だけれど、そういう風に様になっていると感じるのは、やっぱり姿勢が良いからなのかなと私は思う。私なんかけっこうな猫背で、一時期自分でも姿勢があんまり良くないなと思って意識的に背筋を伸ばして生活していたのだけれど、いつの間にか忘れてしまって、もうしょうがないじゃないかと諦めてしまったような節があるのだ。それが理花さんはコーヒーを飲みながら読書をしているときだって背筋はまっすぐ伸びていて、私は感心しきりだった。立ちながら調理をしているときだって、お客さんと歓談しているときだって、リラックスしているときだって、理花さんが猫背だったり姿勢を崩しているのを見たことがなかった。私がそのことを理花さんに言ったら理花さんはなんて言うだろうか。私にコーヒーを差し出す理花さんのとても細い手首を見ながら私はそんなことを考えていた。


 僕が織瀬を初めて見たのはその教室内だった。織瀬はいつも講義の終わり頃になって大教室にやってきて、一番後ろの列の一番端の席にこっそりと座っては出席カードを受け取って、学籍番号と名前を書いて提出していた。(後からそのことについて、織瀬は出席のない講義だから登録したのに実は今年から出席とるようになってたんですよ、と不満を口にした。)そういう学生は少なくなかった。僕が彼女のことをなんとなくでも意識したのは、彼女が常に一番後ろの列の一番端の席に座ったことと、彼女がガルシアマルケスのバッグを持っていたからだった。僕はブランドに興味はなかったけれど、そのブランドだけは大作家の名前が由来であることもあって頭の中に残っていた。僕は彼女が来るたびに、机の上に置かれた彼女のバッグの「GARCIA MARQUEZ」というロゴに目をやった。

 何回目かの講義で、大教室の一番後ろの列に座っているのが僕と織瀬だけになった回があった。出席カードは列の一番端の学生が集めて前の学生に手渡す形式で集められていた。その講義は僕が履修していない科目だったので出席カードは提出していなかった。織瀬が僕に初めて話しかけたのも「出席カード出さないんですか?」という半ば業務的な内容だった。

「僕はこの講義とってないんで大丈夫です」と僕は小声で答えた。

「そうですか」と織瀬は驚いた様子だった。しかしその場はそれきり僕たちが会話することはなかった。

 僕も織瀬もそれほど熱心な学生ではなかった。僕は講義に休まず出席していても、それはただ教室に来て座っているだけだったし、織瀬は講義には毎回大幅に遅刻してきたうえ、出席カードが回収される頃になっても姿を見せないことがよくあった。

 僕と織瀬が二度目の会話を交わしたときには夏休みが目前に迫っていた。その日織瀬は彼女にしてはだいぶ早目の時間に教室に姿を見せていた。他の授業でも試験前の最後の講義では試験についての説明がよくなされていて、そのために教室にはいつもより多くの学生が詰めかけていた。それは大学が新学期を迎えたばかりの頃のようだった。人が多いのに集中できなくて、僕はその日は本を読まずに夏休みの予定を考え、いつもと同じ調子で話し続ける遠い壇上の教授を眺めた。

 そして、出席カードを提出した後に織瀬は僕に話しかけた。

「突然すいません。知らない人に頼むのも申し訳ないんですけど、講義のノート貸してもらえません?」と織瀬は頭を下げた。

 ああと僕は言い淀んでから、「申し訳ないんですけど、板書をノートにとってないんです」と彼は織瀬の口ぶりを繰り返すように言った。

 織瀬は僕の言葉を、僕なりの断りの言葉だと受け取ったようだった。

「レジュメがあるだけでも助かるんですけど、ダメですか?」と、僕の前にあるレジュメが挟まれたノートを示して言った。僕は正直めんどくさくて断ろうと思ったのだけれど、彼女が机に置いたバッグの「GARCIA MARQUEZ」のロゴを見ると、ノートを貸すことだとかがどうでもいいことのように感じられた。僕は「はい」と言って、ノートを織瀬に差し出した。織瀬は繰り返しお礼を言い、そこで僕たちは初めて自己紹介をした。(織瀬はそのとき苗字と学年だけを口にしたけれど、そんなことはやっぱりどうでもよかった)  

 織瀬は入学したばかりの一年生だった。様々な講義のメモやレジュメが乱雑に収まっているノートから、そのマルクス経済学の講義の情報をまとめるのは大変だろうなと思いながら、僕は昼食を食べるために教室を後にした。


 僕が織瀬と会話を交わしてからすぐに大学は前期の試験期間に突入し、そのために僕は大教室のいつもの席に座っているわけにもいかなくなり、暇を持て余し始めていた。一度習慣が途切れてしまうと、ではその習慣を始める前は何をしていたのか思い出すことができなかった。しかし思い出してみても仕方がなかった。僕は時間ができるたびに彼女に連絡を取っていたし、時間の都合が合えば別れた彼女と一緒に出掛けたりしていたからだ。

 他にやることも思いつかず僕は仕方なしに目前に迫った前期試験の勉強を始めたけれど、講義の全ての回に出席していたためにほとんど見直すところもなかった。僕は日本文学史を覚え直し、フランス近代思想の代表的な思想と人物を小説の登場人物でも確認するように覚え直した。第二外国語に選択していたドイツ語の簡単な文法と単語を確認したけれど、こちらは覚えられそうにもなくて僕は一度見ただけで熱心に勉強はしなかった。


 私が思っていた以上に理花さんはお客さんと話をしていた。イエスタデイはそのとても分かりにくい入口と店構えからして、常連の、何度もイエスタデイを訪れているようなお客さんが多くいて、そのうち若いお客さん、特に私と同じくらいの年齢のお客さんはけっこう理花さんと長い話をしていくのだった。

 そのことについて理花さんは「駅前にあるような、にぎやかでお客さんの声にあふれているような店にはしたくなかったから。あんまりガラガラじゃ困っちゃうけどね。それよりも、隠れ家みたいな、常連のお客さんがゆっくり美味しいコーヒーを飲めるようなお店にしたかった」と言った。そして理花さんが話をしている間、私は引き受けました任せておいてくださいと言わんばかりに、掃除をして食器を洗い、細々とした仕事を片付けていた。 

 理花さんがお客さんと話をしていると言っても、理花さんはもっぱら聞き役に回っていてほとんど相槌を打っているようなものだった。理花さんはお客さんの悩みを聞いては励ますようにわずかな言葉を返し、最近行った旅行の感想を聞いてはいいですねとうらやましがり、恋愛相談を受けているような場合にはそうねえと含むように答えていた。

 私は理花さんに相談する人たちの話を小耳にはさみながら、別に親しい友達でもなく同級生でもなくもっと言えば何にも知らないような人にむかって、自分の身の周りのことをあけっぴろげに話をしていく人たちのことが不思議でしょうがなかった。だってその人たちは自分と気になっている相手がどんなことをしたか、どんな話をしたのかについて隅から隅まで話していくのだ。

「よくあんなに色々話をしていきますね」と私は感心するように言った。

「そう? あのくらい普通じゃない?」と理花さんは平気そうだった。

「友達になら分かりますけど全然知らない人に向かって話さないですよ」

「全然知らないから話しやすいってことなんでしょう。それに相談をしたいっていうより、誰かに話を聴いてほしいみたいだから」

「理花さんも全然知らない誰かに相談したりとかしたんですか?」

「ううん。私は誰にも相談したりはしなかったかな。なんか恥ずかしくて、秘密主義者みたいな感じだったから。だから今誰かに相談されたりするのはけっこう意外」

 理花さんなら学生時代さぞかしもてただろうなと思ったけれど、私は尋ねるのもはばかられて口にはしなかった。


「先輩って本当にこの講義を取ってなかったんですね」と、織瀬は試験終了後の講義で僕に向かって言った。

 夏休み前の最後の講義で、教授は大量の学生に向かって解答用紙を返却していた。僕はわずか一週間だけでこれだけの数の学生の解答は読んでいないんじゃないかと考えていた。壇上の教授は、合格点を取れていない学生も追加のレポートを提出すれば単位を認めるということを何回も繰り返し強調していた。織瀬は無事に合格点を取れたようで嬉しそうだった。

「どうして?」

「試験の回の講義のときにその席にいなかったんで驚きました」織瀬は僕のことを、どこか捻くれや拗ねた性格をしているあまりに出席カードを出さずに試験に臨む学生だと思っていたらしかった。

「そう言う学生もいるって聞いたことあるけど、見たことはないな」

「なんで取ってない講義に出てるんですか?」

「暇つぶしみたいなもんだよ」と、僕は歯切れ悪く言った。

 僕の答えを聞いて織瀬は「へえ」と興味なさげに言った。

 最後の授業でも出席カードは回ってきていた。僕は回ってきた出席カードを織瀬に渡そうとし、そのとき見えた彼女の下の名前が読めなかったので、僕は気になって彼女に尋ねた。

「この下の名前なんて読むの?」

「オリセです」と、彼女はまたかという感じで答えた。

 僕は織瀬に出席カードを渡すと、それっきり筆記用具やノートを鞄にしまい始めた。その日は夏休み直前の時期で講義は午前中だけになっていたので、僕は軽めに昼食をとると図書館に行って本でも読むつもりでいた。

「それだけですか?」と、出席カードに講義の感想を書きながら織瀬は言った。

「それだけって?」

「だって普通もっとなんか言うじゃないですか。変わった名前だねとか。名字のマキが名前で、オリセが名字みたいだねとか」

 僕はわざとそういうことを言わなかったのだ。

「正直に言えば確かにそう思ったけど、似たような感じのことをこれまでにも言われてきたんじゃないかなと思って」

 織瀬は書いている途中の出席カードから目を放して意外そうに僕の顔を見た。でも彼女は何も言わずに出席カードに目線を戻し続きを書き始めた。

「なるほど」と織瀬はひとりごとかわからない口調で言った。 

 織瀬は後になってから、そのとき驚きつつも好意的に捉えていたと僕に向かって言ったけれど、それは彼女の勘違いだった。僕は優しいのではなかったし、彼女に気を使って名前について尋ねなかったわけでもなかった。ただ彼女についてそれほど興味がなかっただけだった。

 講義が終わると教室にいた学生はみんな足取り早く教室を出て行った。昼休みの学食は席どころか通路まで人で溢れてしまう。急いで席を取りに行かないと、買った料理をお盆に持ったままうろうろと空席を探して彷徨うことになる。


 僕は急き立てられるように食事をとる気にはなれなかったので、いつもパンを買うなり弁当をテイクアウトするなりして外のベンチで食べるか、午後の講義が終わってから学食に行くことにしていた。

 織瀬は筆記用具を例のガルシアマルケスのバッグにゆっくりとしまっていた。その小ぶりなバッグには教科書やノートが入っているようには見えなかった。僕たちは机の上に鞄を置いて、込み合った出口から学生が出て行ってしまうのを待っていた。

「ところで先輩、今日はこの後予定ありますか?」

「いや、ないよ」

 僕は随分と予定が埋まることのない生活を送っていた。幸いなことにプラハ行きでもお金は余裕があったし、プラハ前までのバイト漬けの日々を思い出すと今度は一転してバイトをする気にもなれなかった。

「じゃあご飯でも食べに行きませんか?ノート貸してもらったお礼にお昼おごりますよ」と織瀬は言った。

 そのとき僕ら学生たちの間では、代返をしてもらったら飲み物でも、ノートを見せてもらったら安い食事を、レポートを見せてもらったら高い食事をおごるということが暗黙の了解になっていた。と言ってもそれは男子学生の間で中心に行われていたことだったから、それが織瀬の口から出たことは少し意外だった。

「別にいいよ。昼休みは混んでるだろうし」

「それじゃ悪いんで」と言って織瀬は引かなかった。「それに学食じゃなくて、良さそうなお店を知ってるんですよ」

 強く断る理由もないしその言葉も思いつかなかったので僕は付いていった。女の子と食事をするのは別れた彼女以来のことだった。


 織瀬が連れて行ってくれたのは大学の近くにある商店街から一本裏路地に入ったビルの地下にある喫茶店だった。ビルの外に喫茶店があるとわかるような看板は何もなく、織瀬が店のドアを開けるまで、僕はその場所に本当に店があるか怪しんでいた。

「雑誌の隠れ家的喫茶店の特集を読んでいたら、うちの大学の近くのお店も紹介されてたんですよ。でも一人じゃ行きにくいじゃないですか。それで誰か誘って行こうって思ってたんですよ」

 確かにその喫茶店は隠れに隠れていた。これじゃ一見の、ぶらりと入ってくる客はいないんじゃないかと心配になるくらいの隠れっぷりだった。


 その赤い眼鏡を掛けたお客さんはカウンターテーブルの右端に座り、よく理花さんと話をしていた。私もアルバイトを始めて二週間、三週間と時間が経ってくると常連の何人かのお客さんの顔は覚えてきていた。特に覚えやすいのは、目立つ外見、特徴的な外見をしていて、いつも同じ席に座る人のことだ。そのお客さんの場合はその赤い眼鏡が私の頭の中に残っていたのだ。

 私は人の顔を覚えるのが苦手で、小学校でも中学校でも高校でもクラス替えのたびに一生懸命クラスメイトの顔と名前を覚えようと頑張り、それでも覚えきれずに名前が出てこなくて慌ててしまうようなところがあったのだけれど、そのお客さんの赤い眼鏡はよく記憶に残った。だって大きくて太い縁の眼鏡を自信たっぷりにかけて、しかもそれはちょっとでも似合ってなかったりすればお笑いの小道具みたいにふざけたものに見えてしまいそうなのにそんなことはなくきちんとおしゃれな感じで顔の中に収まっているのだ。私には真似できそうになかった。

 その赤い眼鏡のお客さんはどうぞどうぞ話を聴いてもらえませんか、私はとにかく話したいことがあってしょうがないんですという感じで話を始めた。でもその勢いのわりには話の中身はそんなに劇的なことではなく、最近知り合ったちょっと変わった人の話で、理花さんがその人についてどう思ったのか正確なところは分からなかったけれど、私にはそれほど変わった人であるようには思われなかったし、理花さんも同意するというよりは「でも」と疑問を呈していた。

「だって毎日まるで住んでるみたいに同じ大教室の同じ席にいたんですよ、おかしくないですか?」

「真面目な人なんじゃない?」

「でも、真面目っていうよりどこか変わった人なんですよね。上手く説明できないんですけど」

「どこが変わってるの?」と理花さんは尋ねた。

 赤い眼鏡のお客さんはうーん、と言って考え込むように首を傾げた。結局その後お客さんはわからないのか答えずに帰ってしまった。

 最後にそのお客さんは自己紹介をして帰って行った。そのお客さんの自己紹介に対して「オリセ?」と理花さんは尋ね返し、そのお客さんは「はい、そうです。織瀬です。これから理花さんって呼んでいいですか?」と、返した。

「もちろん」と理花さんは答えた。


 ランチを食べ終わって、僕と織瀬はコーヒーを飲んでいた。

 ランチはおしゃれなサンドイッチのプレートだった。大ぶりの、しっかりとした歯ごたえのあるフランスパンを使ったサンドイッチがニつ。レタス、赤や黄のピーマン、トマトが盛り付けられたサラダ。ハンバーグに付いていそうな丸みのついたポテト。それらが綺麗に一つのプレートの上に盛り付けられて運ばれてきた。そしてコンソメスープとお店自慢のコーヒーがついていた。運ばれてきた料理を見たとき、僕は女の子が好きそうなメニューだなと思ったけれど、食べてみると味だってボリュームだって申し分なかった。ランチメニューが人気なのも納得だった。

 織瀬は食後に運ばれてきたコーヒーをまずブラックのまま一口飲み、その後一緒に運ばれてきたミルクを少しだけ入れて飲み続けた。満足げな様子が僕にも伝わってきた。

「飲まないんですか?このコーヒーは美味しい良いコーヒーですよ」と、織瀬はコーヒーカップを持ったまま僕に言った。

 僕は曖昧に返事をしながら、ブラックのコーヒーに口を付けたけれど、僕にとっては苦すぎてまるで飲めたものではなかった。僕はミルクへと手を伸ばし、織瀬の真似をするようにしてコーヒーに混ぜ飲み始めたけれど、やっぱり僕には苦すぎて美味しさを感じる余裕は全くなかった。僕はさらにミルクを混ぜ、備え付けられていた茶と白の入り混じった角砂糖を加えてかき混ぜると何とかコーヒーを飲み始めた。織瀬は途端に顔をしかめて僕の仕草を眺めながら、今度はコーヒーカップを置いて口を開いた。

「先輩ってコーヒー苦手なんですか?その飲み方はありえないですよ」

 僕は何と答えようかぼんやりと満腹の頭で考えながら、もう一度スプーンを手に取りコーヒーをかき混ぜた。

「なんていうか、あんまり好きじゃないんだよ、コーヒー」

「コーヒーが苦手な人ってただ飲み慣れない人が多いって聞いたことがあるんですけど、そうじゃないんですか?」と、間髪入れずに織瀬は言った。

「これでも高校生になったときくらいからコーヒーが美味しく飲めるように何回も試してみたんだけど、いっつも苦くて全然美味しく感じなかったな」

 織瀬はコーヒーカップを再び口元に運ぶと、今度は多めに時間をかけてコーヒーを味わっているようだった。

「こんなに美味しいコーヒーを美味しく感じない人もいるんですね。先輩は自販機で飲み物を買うときにブラックのコーヒーしか買わない星の人かと思ってました」

「どうして?」

「なんか、雰囲気的に」

「友達にいたよ、そういうやつ。僕が炭酸とか飲んでる隣でいつも小さい缶のコーヒーを飲んでた」

 それを聞くと織瀬は残念そうな顔をしてため息をつき、またコーヒーを飲み始めた。しばらく織瀬は口を開かずに黙っていたので、僕も静かにコーヒーを飲んだ。僕も静かにコーヒーをなんとか飲んだ。

 二人してコーヒーを飲み終えてしまうと、織瀬は財布を取り出して千円札を二枚僕に向けて差し出した。

「はい」

 僕は反射的に二枚の千円札を受け取り、どうするでもなく千円札を眺めた。二人の野口英世と目があった。

「なにこれ?」

「おごるって言ったじゃないですか」と、織瀬は不思議そうに言った。

「だったら払ってくれば、いいんじゃない?」

「何言ってるんですか。先輩が払ってきてくださいよ」

「なんで?」

「なんでってそういうもんじゃないですか」と、織瀬は笑うのを我慢しているみたいだった。

「そういうもの?」

「そういうものです、普通」

 僕は考えるときの癖で髪を触りながら二枚の千円札を見たけれど、なんだか僕には全然知らない人みたいによそよそしく感じられた。僕は二枚の千円札を織瀬に押し付けるようにして返した。

「そういうものかもしれないけど、やっぱり払う人が出したほうが良いよ」

 意外だという顔をしながら、「まあいいですけど」と言って織瀬は二枚の千円札を一旦財布へと戻すと、伝票を取って立ち上がった。僕も鞄を手に取り立ち上がった。学食で食べるよりはるかに優れたランチだった。


 夏休みが終わって、新学期が始まった後の私の最大の関心事は秋の公募展に絵を出すかどうか、出すのならどんな絵を出すのかということだった。私には一ヶ月あればとりあえず絵を仕上げることはできるだろうという胸算用があった。問題はどんな絵を描いてみようかと題材的なことと、その公募展の全体的なレベルの高さだった。公募展に絵の大きさ以外に応募の条件などはなく、尻込みしてしまうのは、何か月も中には何年もかけて準備をしてくるような人たち、私よりもデッサンもクロッキーもうまいような人たちも申し込んでくるのだということだった。加えて問題になったのは同時期に学内の展覧会があり、その展覧会に絵を提出することが必修課題として課せられていることだった。

 私は公募展に出すんだと意気込んでいる先輩や同級生の絵を見て、良い箇所とイマイチな箇所を探そうとしている自分に嫌気がさし、やがてその嫌気から身を遠ざけるように絵を見なくなった自分に気がついてまた嫌気がさすのだった。そういうときは決まってイマイチな箇所を真っ先に気が付いてしまうようで、私は人の絵ならイマイチな箇所をすぐに指摘することができるのに、どうして自分の作品からそういうイマイチな箇所を排除できないのだろうとあれこれ考えていた。

 私が絵に集中することで一つ問題なのは、どうしたってイエスタデイでのシフトの時間を減らしてしまうことで、それは仕事に慣れてきたことでも、理花さんとお店が気に入っていたということでも残念なことだった。


 僕が再びイエスタデイに行ったとき僕は一人で、大学は長い長い夏休みに入っていた。不思議なほど大学の中から学生がいなくなり、相対的に教職員の姿が目立った。またオープンキャンパスに参加しているらしい高校生と、施設の利用しているらしい小中学生の野球部員なりサッカー部員なり運動部員の姿が見え始めていた。大学の図書館と食堂も夏期休暇に突入することを知らせる張り紙が入口脇の掲示板に張られていた。

 その日、僕は図書館で時間をつぶすためだけの目的で読書をしていた。本を読み終えると、僕は遅めの昼食を取ろうと食堂に向かった。食堂は夏休みの短縮営業中で、食器を返すところ以外はシャッターを下ろして営業を終えてしまっていた。

 僕はイエスタデイへと向かうことを思いつき、すぐにその考えを実行に移した。僕が遅めのランチを食べにイエスタデイへと向かうと、僕の他には年配のお客さんが一人いるだけだった。夏休みの影響は喫茶店にも及んでいるようだった。

 僕がランチセットを頼むと、店員さんは僕に対して「コーヒーは食後にお持ちしますか?」と尋ね、僕はこちらを見つめる店員さんに視線を合わせながら「はい」と答えた。僕はそのとき、僕を見つめる女性の店員さんの整った顔立ちと僕に向けられた茶色の瞳に猛烈に引き込まれて、「ありがとうございます、少々お待ちください」と言う彼女の言葉に対して「はい」と言うのも一呼吸遅れてしまう始末だった。僕は本を読む気分にもならず、メニューを広げてたくさんあるコーヒーの種類を確認するふりをしながら調理をする店員さんの様子を盗み見ていた。初めてイエスタデイに来たときに僕と織瀬の対応をした若い男性の店員さんは、今日はいないようだった。

 料理を載せたプレートが運ばれてきたのとき、僕はプレートを受け取りながら店員さんの胸についている名札を見て彼女の名前が理花さんであることを知った。

 理花さんはただの美人ではなかった。視線をなかなか外したくならない吸引力を備えているような美人だった。ボブのショートカットは顔の輪郭に沿って艶やかに流れ、長めの前髪は揺れるたびに切れ長の目をわずかに隠していた。僕は直接そんな美人を見たことがなかった。お腹が空いていた僕は料理を夢中になって頬張ったはずだけれど、料理の味は全然覚えてはおらず、気が付くとプレートの料理は綺麗になくなっていた。僕は理花さんにプレートを渡し、引き換えにコーヒーを受け取った。コーヒーはブラックのままではやはり僕には苦すぎたのだけれど、そんなことはどうでもいいことのように思われた。

 僕はそのコーヒーをちびちびと飲み、飲み終えるとようやく店を出た。

 イエスタデイがいつまでもゆっくりしていい店だということが分かったのはもっと後のことだった。それに理花さんは客の長居に対しては何も言わなかったし、むしろ長居していってほしいと考えていた。

 僕はすっかり夕方の街中を歩きながら、またすぐにでもイエスタデイを訪れたいという衝動に駆られた。結局次の日も僕はイエスタデイでランチを食べ、コーヒーを押し込むように飲んだ。僕はその後イエスタデイで生涯の内ほとんどすべてといっていいくらいのコーヒーを飲んだけれど、僕がコーヒーを気にいることもコーヒーに慣れることもなかった。

 大学で数少ない友人と話をしてみても、イエスタデイについて知っている友人はほとんどいなかった。たまにイエスタデイのことを知っている人がいても、話で聞いたことはあるけれど実際に行ったことはないと口を揃えて言う始末だった。イエスタデイは隠れ家的な喫茶店だったけれど、それにしたって隠れすぎていた。


 公募展をどうするかについてうだうだと悩み続けてはいたものの、締め切りは毎日近づいておりいい加減どうするかを決めなくてはいけなかった。公募展が宙ぶらりんのまま学内の展覧会の絵を描くこともできはしなかった。それでも私はやっぱり決めることができなくてイエスタデイに飾られている件の佐伯祐三の絵を見ながら、現実逃避をするように佐伯祐三のことを考え、関連してヴラマンクやユトリロのことを考え、荻須高徳のことを考えた。どれも私の好きな画家たちだったけれど、そのときの私は暗い印象の付きまとう佐伯祐三よりも荻須高徳の絵のほうが好きだった。荒々しいタッチのよりも穏やかなタッチで描かれた絵のほうが好きだったのかもしれない。

 そんな私の様子を敏感に感じ取った織瀬は私に話しかけ、歯切れ悪く話す私の声を「ふんふん」といった様子で鼻息荒く(鼻息が本当に聞こえたわけではないけれど)私から言葉を力づくで引っ張り出すようにして話を聞くと、私の目をまっすぐに見て話し始めた。

「出すべきですよ、絶対」と織瀬は言った。

「どうしようかなって」と私はまだ悩んでいた。

「バイトのことは何とかなりますよ。私が働いてもいいです」と、織瀬は自分が代わりにイエスタデイで働きますからと言うのだった。

「理花さん、いいですよね?」と、力を込める織瀬をなだめつつ、「とにかくバイトは何とかなるし、もう少し考えてみたら?」と、私に向かって言う理花さんは私とは比べ物にならないほど大人だった。


 長い夏休みが終わって講義が再開されると、僕は再び大教室の住人に戻り、大学もどこに隠れていたんだろうと思うくらいの大量の学生でごったがえしていた。織瀬は決まって講義の終わりごろになってやってきた。暇そうに講義の残り数分を消化している織瀬に向かって僕は尋ねた。

「そういえば、どうして織瀬って名前なの?」

「今ごろにそんなこと聞くんですか?」

 織瀬は嫌そうなのではなかった。ただ困ったような、驚いたような様子で目を広げた。

「そういや聞いたことがなかったなと思って」

「別に大したことじゃないですよ。平田篤胤って知ってますか?」

「仙境異聞?」

「おお」織瀬はわざわざ音を立てずに拍手をした。「すごい。よく知ってますね」

「ありがとう」

「父が大学で平田篤胤について勉強をしていたみたいなんですよ。大学時代にできた彼女と、つまり私の母ですけど、結婚したので、平田篤胤の妻の名前にあやかって名付けたみたいです」

「そう」

「反応薄いなあ」

「そんなことないよ」

「私は自分の名前気に入ってますよ。名前聞き返されたりするたびに繰り返して名前を言うのはめんどくさいですけど、そこから話したりもしますし」

 講義が終わると織瀬は「またあの喫茶店に行きませんか?」と、僕に提案した。

「ご飯おごってくれるのならいいですよ」と僕は言った。

「敬語で言ったっておごらないですよ。むしろ私のほうが後輩なんだから、先輩がおごってくださいよ」と織瀬は首を横に振った。


 僕が織瀬と一緒に久しぶりにイエスタデイに行くと、新しい女性のアルバイトが入っていて、理花さんと一緒に僕たちのことを迎えた。ショートカットの内巻きの髪は、本当に少しだけ赤に見えた。それはカウンターテーブルの上の強烈な照明がなかったらわからないほど控えめなものだった。彼女の笑顔は元気な声には似合わずぎこちなかった。

 織瀬は以前とは異なってテーブル席のほうへは向かわず、率先してカウンターテーブルの右端の席に腰かけたので、僕はその隣、右端から二番目の席に腰かけた。注文を取りに来た赤い髪の若い店員さんに向かって織瀬は「ランチセットを二つ」と注文し、それから僕に向かって「それでいいですよね?」と、確認してくるのだった。僕は織瀬にではなく赤い髪の店員さんに向かって「それでお願いします」と、返事した。彼女は伝票にさっとメモを取ると水の入ったコップを僕たちに渡し、「少々お待ちください」と言って深く丁寧に頭を下げた。

「私先輩と来た後もこのお店に何回か来たんですよ」

「僕も来たよ。夏休みに入ってから二回か、三回」

「誰かと来たんですか?」

「いや一人で」

「なら誘ってくれればよかったじゃないですか」とさらっと織瀬は言った。

「だって」と言いかけて僕は口をつぐんだ。

「だって?」

「だって連絡先知らないし」

「そう言えばそうですね」と言って織瀬は携帯を取り出した。「普通はノートを貸したときに連絡先を聞きますよ」

 そこで僕たちはようやく連絡先を交換した。


「新しく絵を飾ったんですね」と、テーブル席の奥の壁に飾られた絵を示して織瀬は言った。

 そこでようやく僕は絵に気が付き奥の壁へと目をやった。確かにそこには暗い色合いの絵が飾られていた。僕はそれが以前から飾られていたものか、それとも最近飾ったものなのかはっきりと覚えていなかった。以前からあったと言われればそう信じただろうし、最近飾ったと言われれば僕は飾る前のことを思い出そうとしたはずだ。

「そうよ。良い絵でしょう?一目ぼれしちゃった。でもいま気が付いたの?絵を飾ってから何回も来てくれてると思うけど」と、理花さんは言った。

 僕の予想より理花さんの話し方はフランクだった。

「そうですか?」と織瀬は首を傾げた。「最初に来た時は無かったですよね」

「うん。今うちで働いてもらってるユキが絵を運んで来てくれたの」と、理花さんは赤い髪の店員さんを見た。

 彼女はこちらに気が付き、目線はこちらを向かいたまま小さな会釈をした。そんな彼女に対して理花さんは手招きをした。理花さんは彼女にも話をさせたがっているみたいだった。そうしてまず織瀬が自己紹介をし、次に僕が名乗った。それらに答えるように彼女は自分の名前をユキと名乗った。

 ユキは僕と同じ学年だったけれど、僕は浪人していたので僕より年下だった。最初の頃ユキは僕に敬語で話しかけてきたので、そうした歳の違いを気にしているのかなと思ったけれど、思い返してみても僕は彼女に対して浪人しているかどうかについて言ったかはっきりと覚えてはいなかったし、年下である織瀬に対しても敬語で話しかけていたのだった。しかし僕の場合とは異なり、織瀬は自分に対してユキが敬語を使うことを嫌がってため口で話すことを要求したので、ユキは僕と織瀬に対してすぐに敬語を使わなくなった。織瀬は、私ずっと体育会系で上下関係きびしかったんで同じ学校の先輩には敬語使いますけど、でも逆に同じ学校の先輩じゃない人から敬語使われるの苦手なんですよと説明した。


 僕がその国立東京近代美術館のチラシを見かけたのは大学の事務室に休講情報を見に行ったときのことだった。僕が事務室の入口脇の机に置かれている美術館や博物館のチラシの中に国立東京近代美術館のチラシがあったのだ。そのチラシの真ん中にイエスタデイに飾られているのと同じ絵が印刷されており、そのチラシに大文字で印刷されている「佐伯祐三巡回展」の文字で僕はようやくその絵を描いた画家の名前を知り、そしてイエスタデイの絵が複製画であることを知った。僕はそのチラシを手に取りいつもの大教室に向かった。


 僕がイエスタデイに行くと、ちょうど織瀬と入れ替わりになるところだった。入口で僕を見つけた織瀬は、僕に対してユキが何かに悩んでいるらしいことを伝えて話を聞くように言った。僕はカウンターテーブルに座ってコーヒーを注文し、初めて理花さんとではなくユキと時間をかけて話をした。それまで理花さんと話をしているときに話に加わってくるユキと話をすることはあっても、二人っきりで話をしたことはなかった。

 僕はユキに向かって「織瀬から悩みがあるって聞いたけど」と話しかけ、ユキは僕に向かってとにかく歯切れ悪く話をした。彼女の口からもたらされた断片的な情報を繋ぎ合わせるようにして、僕はとにかくユキが絵に関して悩んでいることを理解した。その悩みは僕の専門外であり管轄外だった。僕はユキに対して何も助言できそうになかった。

 僕は話が途切れた瞬間に、ユキが困ったように佐伯祐三の絵を見ていることに気が付いた。

「佐伯祐三が好きなの?」

「佐伯祐三知ってるの?」と、驚いたようにこちらを見てユキは言った。

「いやあんまりよくは知らないんだけど」

と言って、僕はユキに国立東京近代美術館のチラシを見せた。ユキはそのチラシを両手で持ち、まるですごく目の悪い人みたいに顔の前まで持って行ってチラシを見た。「東京まで来てたんだ」とユキはひとり言のように言った。そんなユキの様子を疑問に思ったのか、理花さんはチラシを覗き込んだ。「佐伯祐三巡回展」と、理花さんは音読した。

「こんなに大規模な展覧会をするくらい有名な人だったの?」と理花さんはユキに向かって尋ねた。

「そうですよ。言ってませんでしたっけ?」

「上野ならせっかくだから行って来たら?」と理花さんは提案した。

「そうですね。休みの日に行ってきます」とユキはずっとチラシを顔の前に持ったまま言った。

「私はお店があるし、二人で行って来たら?」

「行きましょう」とユキは即答した。

 それまでに見たことのない有無を言わさぬ口ぶりに僕は思わず頷き、その場でいつ出掛けるかを決め、連絡先を交換した。


 僕が国立東京近代美術館を訪れたのは中学校の校外学習以来のことで、そのとき僕はダリ展で歪んだ時計の絵を眺めていた。そんなことを思い出しながら僕はイエスタデイでユキのことを待っていた。僕とユキは一旦待ち合わせをしてから美術館に向かうことにしたのだ。早目についた僕はコーヒーを飲みながらユキを待ち、理花さんに「初めてのデートですね、今の心境は?」などとからかわれていた。そんなふうにふざけた理花さんは今までの業務用スマイルよりも柔らかく微笑んでいて、いっそう魅力的に見えた。

 ユキは体にぴったり細身のジーンズとゆったりとしたグレーのポンチョを着て現れた。そういう服装をしたときのユキは年下にはまったく見えず、ずっと大人びて大学生にも見えなかった。ユキは反射のように水を持ってきた理花さんに「いつもよりずっとオシャレでかわいいよ」と言われて照れていた。ユキは手で顔を扇ぎ、水を飲んだ。

 僕はわざと少しだけ残していたコーヒーを飲み終え、すぐにユキを促してイエスタデイを出た。席から立ち上がるときユキの持つバッグに「GARCIA MARQUEZ」のロゴがあることに僕は気がついた。

 平日の昼間だったのに、その日の気持ちの良い秋晴れの太陽に誘われてか、美術館は大勢の客で込み合っていた。僕とユキは受付で学生証を見せて割安のチケットを買うと、常設展には目もくれず真っ先に佐伯祐三展へと向かった。

 展示会は広いスペースに四十枚ほどの絵が描かれた時代順に並べられていて、客は若いときの絵から始まって絶筆となった絵まで順番に見られるようになっていた。一つ一つの絵の間隔はかなり広めにとられており、どの絵の前にも数人の客が集まって小さな人だかりができていた。

 僕はユキに付き添うようにして絵を見て行った。最初の数枚は学生時代の絵のようだったけれど、僕には既に歴史に名を残しているような画家たちの絵と遜色ないように、つまりその時点で何年も何十年も絵を描いてきた人の絵のように見えた。しかしユキは若いときの絵にはあまり興味がないようで少し見ただけで次の絵に向かった。ユキは佐伯祐三について詳しそうだったので、僕は彼についての話を聞きながら絵を見回れればと思っていたのだけれど、これだけ多くの客が静かに絵を見ているとそうしてもらうわけにもいかなかった。

 ある絵を境にして絵の雰囲気はガラッと変わり、突然荒々しく不気味に、もっと言ってしまえば雑で乱雑になったように見えた。僕は頭を左右に振って周りの客の様子を伺い、僕の他にも驚いている客がいないかを確かめた。しかしどの客も真剣な、真面目な顔付きで絵を見ていた。ユキはそこからそれまでよりずっと多くの時間をかけて絵を眺めた。僕は僕の中ではかなりの時間をかけて絵を見ていたのだけれど、それでもユキはまだまだ絵を眺めていてなかなか動かなかった。ユキに一言告げて他の絵を見に行っても良かったのだけれどせっかく二人で見に来ているのにと、僕は小鴨のようにユキに従って絵を眺めて行った。ユキがその中でも一番時間をかけて見た絵は、イエスタデイに飾られている絵だった。美術館に飾られて見知らぬ人たちと一緒に眺めていると、途端にその絵がとても素晴らしく、立派な絵だと思えてきた。荒々しい街角も、輪郭のぼやけた張り紙もすべてが的確な場所に的確な描かれかたで配置されているように思われた。

 それでもやはりユキの絵を眺める時間は僕には長すぎて、僕はきょろきょろと周りを眺め、しかしシンプルな内装に目のやり場を失ってしまうと、僕は周りの人の絵を眺めている様子を観察し、小声で話をしている人の声に耳を澄ました。話をしている人たちはみんながみんな彼の絵を褒めていて、僕はそんなにすごい画家なのかと疑わしさの混じる気持ちで鑑賞した。

 長い長い鑑賞の時間を終えて、特別展の会場を出ようとすると、出口の前にはポストカードや画集、絵が印刷されたマグカップを売っているお土産屋さんがあり、僕はユキに向かって「何か買う?」と、ちょっと見ていこうよというくらいのつもりで話しかけたのだけれど、ユキは不機嫌そうに「いらない」と言ったきり、先に会場を出て行ってしまった。


 佐伯祐三の絵の真筆を間近で見ることができたのは、まさに望外の喜びとでも言うべきもので、私は時間を忘れて絵を見入った。私はタッチの荒々しさ、それでいて決して雑にならずただ乱暴なわけでもなく、きちんと制御しているとでもいうべき構成の妙を現実に味わっていた。「やはり実物を見なくてはいけません、皆さんも教科書や画集だけでなくきちんと本物を見に行くことを厭わないでくださいね」と、私たち学生に向かって語った教授の言葉を私は思い出していた。美術館で見ているということはあるのかもしれないけれど、それにしたって複製画とはインパクトが圧倒的に違っていた。私は許されるなら、今この場所で模写を始めたい気分だった。私はそのとき佐伯祐三が一番好きな画家ですと言う人の気持ちが初めて理解できたような気がした。彼の絵は荒々しいようで率直であり、残酷なほど儚げで孤独感に満ちたものだった。

 佐伯祐三展の後は常設展を駆け足気味に見て回り、外に出たときには辺りはすっかり暗くなってしまっていた。常設展の中にも素晴らしい絵はたくさんあったのだけれど、私の頭の中はすっかり佐伯祐三の絵のことでいっぱいになってしまった。美術館の中では私が彼を引き連れるように歩き回っていたけれど、外に出た後は私が彼に引っ張られるように歩いていた。

 そのうち彼が晩御飯を食べていこうと提案したので、私たちは近くにあったパスタ専門店に入り、そこで各々パスタとコーヒーを注文して、今見てきた絵の話をした。

「見に来てよかったね」と、彼は言った。

 私はたとえお世辞でもそう言ってくれたことが嬉しくて、

「ねぇ、どの絵が気に入った?」

と、私は尋ね、お互いに一番気に入った絵を挙げていった。

「ええと、街灯と広告のやつ」

 彼が真っ先に挙げたものは、「ガス灯と広告」で、私が挙げたのはイエスタデイに飾られている絵ともう一つは「カフェのテラス」だった。「カフェのテラス」の名前を出した私に対して、彼は同意しつつ「テラスのガラスに貼ってある広告がいいよね。あとなんていうか全体的にモダンっていうか古き良き時代みたいな様子がいいよね」と、言うのだった。私は彼の言わんとしているところが私とずれているような気がしたけれど、それには触れずに絵の話をしていった。

「今日絵を見に来てやっぱり画集だけじゃなくて実物を見ないとだめなんだなって思った。画集とは全然違うし、あと複製画とは全然違う」

「実物を見に行ったりはあんまりしないの?」

私は首を振りつつ、

「ううん。東京の美術館にはよく行くけど、遠いと全然。あと入館料が高いとキツイな」と答えた。

「そうか、そりゃそうだよね」

「本当は行きたいところはいっぱいあるんだけどね。海外とか。ルーヴル美術館、大英博物館、ヴァチカン美術館、あとはMoMAとプラハ美術館」と、私は美術館の名前を挙げていった。本当なら行きたい場所はそれだけではなく、もっともっと世界中にあるのだ。

「プラハ美術館なら今年行ったよ」と、彼はなんでもないように言った。

「ほんとに?」と、私は口に食べかけのパスタを飲みこみもせずに尋ねた。

 彼は困ったことでも聞かれたかのように口ごもりながら答えた。

「うん。ブラハにある国立美術館でしょ?一回プラハに行ってみたかったから、観光」

「いいなあ。なんて言ったっけ。名前は忘れちゃったけど、教会に有名な天井画があってさ。見に行ったりした?」

「見たよ。一回だけじゃなくて三回くらい見に行った。その場にいる人みんなが上を向きながら歩いていてて、雰囲気が本当によかったな。東京とは全然違くて。天井にあるたくさんの絵のことも気に入って、近くにある別の天井画を調べてそっちを見に行ったりとかして」

「そっか。そうなんだね。いいなあ」と、私はうんうんと頷きながら話を聞いた。

 私はそれからプラハ美術館について彼に質問を浴びせまくったけれど、彼は画家や絵についてまるでほとんど何にも知らなった。私が記憶の中からプラハ美術館収蔵の絵を引っ張り出してきて、「こんな絵があったでしょ?」と話をしてみても、彼は「どうだったかな」とはっきりしなかった。そんなものかもしれないけれど、もったいない。

 二人してパスタを食べ終わると、食後にコーヒーが運ばれてきた。私はブラックのまま一口だけ飲んだ。まあまあといったくらいでそれほど美味しいコーヒーではなかった。彼はミルクを入れ砂糖を何個も入れてコーヒーを飲んでいて、見ているだけで口の中から甘い味がしてくるみたいだった。

「ねえ、コーヒー」と言って、私は彼のコーヒーを指差した。「コーヒー嫌いなの?」

「うん、実はね。あんまり好きじゃないんだ。飲めないってほどじゃないけど、好きで飲んだりはしないくらい」と、彼はコーヒーをかき混ぜながら気まずそうに答えた。

 私はそんな彼に、ならどうしてコーヒーが売りのイエスタデイに来るようになったのか聞いてみたかったけれど尋ねたりはしなかった。


 僕とユキは美術館でかなり長い間立ちっぱなしだったために既にクタクタだった。新宿駅まで戻ってきたときには既に帰宅ラッシュの時間を過ぎていた。

 その女性はJRの新宿駅西口の出口の目の前にある小さな広場のようなところで歌っていた。僕は立ち止まって彼女の歌を聴くことにした。ユキも僕に倣った。僕が立ち止まって彼女の歌を聴こうと思ったのは、何も聞こえてきた彼女の歌をこの少しの間に気に入ったというわけではなかった。ただ、少し目をやって聴いてみようかなと思うくらいには人だかりができていたのだ。きっと人だかりがなかったら、あの独特の居心地の悪さを感じて、彼女の歌を聴くために立ち止まったりはしなかったと思う。

 立ち止まって人だかりの隙間から覗き込むようにして見ると、ようやく彼女が歌っている様子がわかった。ようやく姿の見えた彼女は僕にはとても若いように思えた。若いというよりむしろ幼く見えた。彼女の背が低く黒髪であることがそのことに拍車をかけているように思えた。それでもキーボードを弾きながら、口を大きく開け全身を動かして歌う彼女の声は夜の新宿によく響いていた。その声を聴きながら僕は彼女の年齢をおそらく二十歳を少し超えたくらいだろうと予想した。きっと静かに座っている彼女を見たら僕は彼女のことを高校生くらいだと思っただろう。

 そうこうしているうちに曲が終わり、控えめな拍手が起きると、彼女は歌声よりはだいぶ落ち着いた声で、「聴いてくださってありがとうございます」とお礼を言った。そして、彼女が普段からよくこの場所で歌っていることと、今の曲にはどんな思いを込めて歌ったかということを話し、そして数日後にはどこかで歌えるようになったということをとても嬉しそうに報告した。

 僕とユキが話を聞いていると、彼女の歌を一番前で聴いて一番大きな拍手を送っていた男性が近づいてきて、僕に小さな紙を渡そうとした。ちらっと見た感じだと、そこには彼女の歌っている姿を写した写真と、彼女の名前と、おそらく紹介文だろうと思われる文章があるみたいだった。僕は一瞬迷ったけれど、わずかに笑顔を作って首を横に振ってそれを断った。男性は何も言わなかったけれど、わかりました、とでも言うように笑顔を見せ軽く会釈をして別の人の元へと話しかけに行った。

 そして、彼女は次の歌を歌い始めた。さきほどの飛び跳ねるような歌ではなくて、静かに強く聞かせる歌だった。かき鳴らすように弾いていたキーボードも、今ではそっと指を乗せるように弾いていた。

二曲目が始まって一、二分ほどしてから僕は、

「そろそろ行こう」と、ユキに言った。

「曲の途中だけどもういいの?」

僕は「うん」とだけ言ってユキを促して歩き始めた。

 僕とユキの背中越しに彼女は歌い続けていたけれど、改札まで来ると彼女の歌声はもう聞こえなくなってしまった。


 その後私は誰にも相談せずに、絵を描くこと、そしてその絵を公募展に出すことを決めた。私は絵を二枚描き、気に入ったほうを公募展に、気に入らなかったほうを学内の展覧会に提出することにした。

 題材に悩んだ私は、佐伯祐三の絵を思い出しては、彼の画集を眺め、そのうちに私の好きな青色、紺、群青、青白磁、白群、浅葱色、濃藍、そんな様々な青を用いて、女の人を描くことを考えた。私はほんの一瞬理花さんにモデルになってもらうことを考えたけれど、そのことを本人にお願いするのはどうしても躊躇われて、最終的には大学に登録しているモデルの中から長髪の人を選んでお願いすることした。

 そのモデルさんはそれまでにも会ったことがあった。初めて見たときに私はその人のことを今までに来たことがないくらい美人だなと思ったものだけれど(なんて言ったってデッサンのモデルができるくだらいだからそれはそれは美人だ)、連日間近で理花さんを見た後だと、それほど美人だとも思えないから不思議だった。その人の化粧が顔の様々な線、形を強調するようにされているためかもしれなかった。理花さんは私が見る限り、顔の様々な線をぼやかせるように化粧をしていたからだ。そしてそれは化粧について勉強したことのある人なら怒り出しかねないやり方だった。

 私はモデルさんに椅子に座ってもらって、正面に座る私を見てもらい、彼女の様子を丁寧にデッサンした。それは美術館で見た佐伯祐三の絵と同じ構図だった。しかしデッサンをしても、私の頭の中でイメージが膨らむことはなかった。私は残り時間を考えて、モデルさんに左を向いてもらい、彼女の横顔をデッサンした。それでもイメージは湧いてこなかった。残り二十分ほどになってもまだまとまらなかったので私は困り果ててしまったけれど、とにかく様々な角度から簡単に彼女のデッサンを続けた。時間の少ない中で彼女に床に座ってもらったり、足を組んでもらったり、頭だけでこちらを振り返ってもらったりした。そうしてこれといった構図やポーズを見つけられないまま時間は終わった。

「描けそうですか?」と、私の迷走ぶりを察して、モデルさんは心配してくれた。「この後空いてたら延長してあげたいんですけど、予定が入ってるんです。ごめんなさい」

 そんなことはない、謝ることなんてないのにと私は思いながら、「大丈夫です。ありがとうございました。もうちょっと頑張ってみます」と、モデルさんに頭を下げた。


 その後すぐに私はイエスタデイを辞めることになった。イエスタデイで働く前がそうだったように、やはり私が絵を描こうとすると週に何日というようなバイトは無理だった。公募展に向けて絵を描かないのならまだイエスタデイで働けそうだったけれど、公募展に集中していくのならそれはどうしても無理なことだった。私は学校にしろ部屋にしろ閉じこもって絵に向かわなくてはいけなかった。

 私はある日のバイト終わりに理花さんに向かって、悩んでいた絵を描くこととそのために今月末でバイトを辞めさせてほしいことを告げた。理花さんは始めは寂しそうな表情をしていたけれど、「一度決めたのなら目標に向けて頑張ってね」と言って、私を送り出してくれた。

「織瀬がイエスタデイで働きたいみたいなことを言ってましたけど、どうなんでしょう」と、言う私に対して、「お店のことを考えるのは私の仕事だから心配しないで、ユキは自分のことを考えてね」と、言った。

 私がイエスタデイで働いたのは、ほんの少しの期間にすぎなかったけれど、私の大学生活の中でイエスタデイでのバイトが一番期間の長いバイトになった。


 ユキがイエスタデイでのアルバイトを辞めたことは、本人からではなく織瀬から聞いた。僕が講義終わりにイエスタデイへと行くと、カウンターの中に織瀬の顔が見え、彼女はいつもどうりの快活さとうるささで、僕に「いらっしゃいませ」と告げた。

 僕が驚きながら「どうしたの?」と尋ねると、織瀬はユキがアルバイトを辞めたことを告げ、その代わりと言ってはなんだけれど自分がイエスタデイで働き始めたことを告げた。織瀬の仕事ぶりはかなり丁寧なようで理花さんも助かっているようだった。でも理花さんはそのとき「意外と」という言葉を付け加えることを忘れなかった。

 ミルクと何個もの角砂糖を入れてコーヒーを飲む僕に対して織瀬は尋ねた。

「先輩はそんなひどい飲み方なのによくわざわざコーヒー飲みに来ますね。なんでですか?」

「そういう気分になるときもあるよ」

 織瀬はへえと僕の言葉を受け流しつつ、

「そんなにミルクや砂糖入れてたら誰かに言われたりしません?」

「なんて?」

「そんな飲み方あんまりだとか」

「前はそれほど苦手でもなかったからこんなにミルクや砂糖入れたりなんかしなかったよ。でも前の彼女に振られてから、なんかそれまでよりコーヒーが苦くなったような気がするんだ」

「意味わかんないこと言いますね。てか先輩って誰かと付き合ってたんですか?」と織瀬は言った。

「うん」

「意外ですね。本が恋人とか言いだすのかと思いました」

「そんなことないよ、誰も話す相手がいなかったから本を読んでただけ」

「素直じゃないですね」

そんなことはなかった。僕はとても素直に返答していた。


 次の一ヶ月は駆け足のように過ぎていった。足早にすぎていく日々に焦らされるかのように、そして同じく公募展に出すために遅くまで大学に残っている同級生に励まされるように、私は絵の構成に悩み、どのような色を使うかに悩んでいた。私は佐伯祐三の絵と同じ構図で絵を描こうとしてみたのだけれど、下書きをしてみた段階でどことなく気に入らなかった。次に私はデッサンを見ながらノートに絵の構成を考えるために四角を何個も書き出し、その四角を埋めるように様々なポーズをとる女の人を書いていったけれど、どうしても気に入るものは出てこなかった。そうこうしているうちに私は人間ではなく、風景画や小物の絵を描いたほうがいいのではないかという考えが頭をもたげてきたけれど、それがよくない兆候だということは身に染みてわかっていたので、私はそれらの絵を描いてみたりはせずに人物画一本で進めることを改めて確認した。

 公募展に出すのならとにかく手を動かさなければいけない時期に突入していたので、私はアパートで構成や色合いを考えることをせずに、毎日大学の作業室まで出かけて絵を描いた。私は佐伯祐三の絵の構図を思い出しながら、モデルさんのデッサンを元に女性の姿を下書きし、私自身のタッチで後ろを振り返るように向く女性の姿を描いた。そこまで描いてしまうと、私はそれまでの絵を無視するように佐伯祐三のような荒々しいタッチで背景の窓枠と窓の向こうに夜空の下に静かに黒く広がる海を描いていった。

 それらの二、三日を費やした作業が終わり、ふと絵を眺めてみると、どことなく違和感を覚えた。それは人物と背景のミスマッチによる違和感だった。私にはどうしてもその違和感を無視できないように、あるいは無視してはいけないように思われたけれど、一応完成作としてその絵をキープしておくことに決めた。そうしなければ残りの時間、私は絵が完成できないことに悩み、苦しみつつ絵を描いていくことが目に見えていたからだった。とりあえずでも、一応でも、完成した絵を残しておけば私のちっぽけな自尊心と自信は満たされて、私は次の絵に進んで行けると、あてのない根拠を持っていた。

 次に私が描いた絵は、人物画はそのままに、背景の窓や海も人物のタッチに合わせて描いてみることだった。こちらはタッチが統一されている分それなりのまとまりを見せ、おそらくお堅い試験に提出するのならこちらのほうがよいだろうという絵だった。私はその絵を見て、絵全体を黒い絵の具でグシャグシャに塗りつぶしてしまいたい欲求に駆られ、行動に移す代わりに、温泉宿に逗留している文豪が書きかけの原稿用紙を両手で丸めてごみ箱に投げ込む様子を思い浮かべた。

 私は二枚目の絵を仕上げてしまってからも絵をなんとか、それこそひねり出すようにしてでも描けないかを模索していたのだけれど、それ以上は完成させる気にもなれないようなアイデアしかなかったので私は新しく絵を描くことを諦め、その二つの絵のどちらかを公募展に応募することにして、細かい修正を行った。

 細かい修正をしている間に公募展の締め切りは二日後に迫っていたし、私は保険の意味を込めて前日には絵を送ってしまいたかったので、もう一晩中にはどうするかを決めなくてはならなかった。

 私は二つの絵を見ながら。どちらを公募展に出すかを悩んでいた。正直言って私はどちらも出したくなかった。それらは工夫で未熟さを押し隠していたり、あんまりにも小さな世界に押し込められていたからだった。それでも私は上位入賞者の展示会に私の絵が飾られているところを考えて、展示会で私の絵が飾られたりしたら素敵なことじゃないか、個展を開けたりなんてなかなかできることじゃないし、絵を飾ってもらえる機会はなかなかないんだぞと言い聞かせて、私は二枚目のタッチの統一した絵のほうを応募することにし、最初に描いたタッチが不揃いな絵のほうを講義の課題として提出することにした。

 翌日私が、郵便局まで行って絵を送るとき、若い男性局員に「これはなんですか?」と尋ねられた。私は「絵です」と答えるのが妙に恥ずかしかったけれど、同時に必死になって人助けでもしたような晴れがましい気持ちも抱いていた。


 ユキと久しぶりに会ったとき、ユキは理花さんに向かって大学の展覧会のチラシを渡し、自分の絵が展覧会で飾られることになったことを報告していた。「別に選ばれたりしたわけじゃないんです。課題を提出した学生の絵は全部展示されるんです。だから作品数も多くて見るのも大変かもしれないですけど」とユキは言った。

 理花さんはイエスタデイにかかりっきりなせいで、僕はユキと二人して展覧会を観に行くことになった。それは有志の展覧会ではなく、ユキの言う通り学科の全員が提出した絵や彫像などを制作展として展示するものだった。メインの展示物は四年生の卒業制作で、ユキたち下級生の展示物はある意味おまけだった。

「でもそんなの嫌じゃん。先輩たちの絵は上手い上に時間をかけて仕上げてるのにさ。私たち下級生の作品もその隣に対等な感じで置かれるんだよ」と、ユキは文句ばっかりだった。

「だからしばらくイエスタデイにも来なかったんだ」と、僕は言った。

「そうそう。しかもさ教授は、『これは卒業制作の予行練習という意味合いもありますから、提出期限は絶対に守ってください。どんな理由があっても遅れた場合は進級ができなくなります』とか言って、プレッシャーかけてくるんだよ」と、声を低くして口調を真似して言った。

 理花さんが後で僕に語ったところによると、公募展の応募と展示物の提出を終えてイエスタデイに来たユキはボロボロでぐったりとしていたそうだ。

「テーブルにぐったりとしてね、てっきり体でも壊したのかと思ってびっくりして近づいて行ったらね、ユキが何て言ったと思う? 何か食べる物くださいって死んじゃいそうな声で言ったの」と、理花さんはとても楽しそうに言った。

「私が、何か食べたいのある?って聞いたら、おいしければなんでもいいですって言うから、私は笑っちゃって」

 僕はユキのそんな様子を一度も見たことがなかった。理花さんと話をしながら、僕の知らない間にユキはとにかく頑張って課題を仕上げたのだなと僕は感心した。

 それでもユキはあまり僕と展示会に行くことについて乗り気ではなかった。僕が一緒に見に行くことを提案しても、あまりはっきりとした返事をしてくれなかった。訳を聞くとどうも締め切りに追われて納得のいくように仕上げることができなかったらしかった。ユキを見かねた理花さんが、「でも上手く描けなかったと思う絵を一人で見に行くのも嫌じゃない?」と言わなかったら、きっとユキは首を縦に振らなかっただろう。


 会場は広いホールをパネルで仕切ることで美術館のように順路を作っていた。会場内には私語を交わしている人がおらず、僕とユキも会場に入ると自然と口をつぐんだ。そのため一つ一つ展示物を見て行きながらもそれぞれについてユキは何も言うことはなかった。

 でもユキがその作品を気に入ったかどうかということは、僕にもはっきりとわかった。一つの作品に掛ける時間が全然違ったからだ。ユキは多くの作品を一目見ただけで通り過ぎて行ったけれど、いくつかの作品については足を止めて数分間見続けていた。その時は僕も先行することなく同じく足を止めてその絵画なり彫刻なりに見入った。その度に僕たち二人は後から来た人たちに追い抜かれた。

 ある絵の前に来ると、ユキは「これ」と言って、絵を指差した。

 それがユキの描いた絵だった。椅子に座った女の人が左斜め後ろのほうへと顔を向けて窓の外を眺めていた。窓の外の暗い海上の空には月が浮かんでいて、そのために絵全体も深い青色でまとめられていた。僕は直感的にいい絵だと思ったし、ユキがどうしてこの絵をあまり上手くいかなかったと言うのかがわからなかった。そのためにすぐ褒めるのも躊躇われて、

「この女の人誰?」と尋ねた。

「学校に来てるモデルさん」と、ユキは小声で答えた。「きれいな人だよ」

 僕は何も言わず絵を見ているユキの隣で、僕はユキになんて言葉を掛けるか悩んだ。でも気の利いたことを言うより、思ったことをそのまま言ったほうがよさそうな気がした。

「濃い青が綺麗な絵じゃん」

「うん」

 僕はユキが自分の絵を見ている間に、入口で受け取ったアンケート用紙を取り出して記入を始めた。


 私が彼と学内の展示会を見に行った報告を理花さんにすると、理花さんは「良かったじゃない」と喜んでくれる一方で、「私も絵を見たい」と言い出す始末だった。私はやっぱりなんだか恥ずかしい気がして上手くかわそうとしたのだけれど、最終的に理花さんは「ずるい」と言い始め、私は結局展示会が終わって返却された絵を持ってイエスタデイに行くことを約束させられたのだった。

 私が自分の胴体ほどもある絵を抱えてイエスタデイを訪れると、理花さんは間髪入れずに絵を見たがり、他のお客さんの様子なんかお構いなしに見たいと言うので、私は他のお客さんの邪魔にならないようにカウンターテーブルに絵が横たわるように置いた。

 理花さんは、すごいね上手だねみたいな、褒めているようで実はまったく褒めていないように聞こえてしまう言葉は選ばずに、「このモデルの女の人とても綺麗な人でしょう」と話し出してから、「ユキはヘタクソだから見せたくないみたいなこと言ってたけど、私にはあのギャラリーにあった絵とそんな違うようには見えないよ」と言うのだった。

 そんなわけはなかった。複製画に関してはもはや言うまでもないし、若手の画家たちの絵にしたって私の絵よりずっと上手いものばっかりだった。少なくとも私には自分の絵のほうがイマイチな箇所が多いしすぐにでもその箇所を指摘できた。

 「そんなことないですよ」と言って、私はさっさと絵をしまってしまいたかった。私のそんな様子を察してか理花さんは、「見せてくれてありがとね」と、言って私に絵をしまうように促すと、しかし「絵を描いたらまた見せてね」と付け足した。


 講義の時間になっても先生は教室にやって来なかった。なんだそれなら私ももうちょっとゆっくり来ればよかった。そんなことを考えながら五分ほど待つとやっと前方のドアが開いた。講義の時間になってから教室の前のドアを開けるのは先生だけだ。やっと来た。私は視線を向けて居住まいを正した。

 でも入ってきたのはいつもの女性の先生じゃなくて、中年の男性の先生だった。細身に綺麗な銀髪だけれど、ワイシャツはややくたびれている。鞄を教壇に放り投げると、慣れない印象でノートかなにかを取り出し、ようやく座っている学生の方を眺めた。

「ええとですね、皆さん遅れて申し訳ありません。私は高橋と言います。突然なんですが、この講義を担当されていた武田先生がご病気ということでですね、先生から講義を引き継ぐことになりました。それでは、ええと、まず出欠を取ります」

 私はその話を聞いていても大変だなという感想しか抱かなかった。誰だって体調を崩すことくらいある。そのくらいにしか考えていなかった。友達と話しても、そうなんだ、先生も大変だね、そのくらいの反応だった。

 話が変わったのは家に帰ってきてからだ。私は先生がSNSの実名アカウントを持っていたことを思い出した。先生は大学で教える傍ら、画家としても活動していた。だから私も先生のアカウントの存在を知っていた。

 SNSに先生のフルネームを入れて検索をしてみる。一番上に表示されたのは確かに先生のアカウントだった。最新の投稿は三日前。皆様へとだけ書かれた投稿には文章の書かれた画像が添付されていた。

 病気だと聞かされた人のアカウントに皆様へと題された報告。私は自分の身体の状態を考えもせずに、その文章の内容を読んでしまった。

 医師の友人に人間ドックと癌検診を勧められた。まだ若いのだからと今までは断っていた。それでも押しに負けて病院に行くことにした。そうしたら初期の乳癌が見つかった。治療に専念するので仕事は休む。友人には感謝している。皆さんも一度検診を受けてみて。

 乳癌という文字を見た途端に、忘れかけていたはずの感情が蘇ってくるのが分かった。その瞬間に、私たちの住んでいる世の中はなんの楽しみも喜びもないような気持ちが湧き上がってくる。

 私はスマホをベッドの上に放り投げて、深呼吸を繰り返した。世の中に素晴らしいことはたくさんある。世の中に楽しいこともたくさんある。私は病気じゃない。私は癌になってなどいない。私は乳癌の患者じゃない。頭の中で反芻するだけじゃ効果はなくて、実際に声を出して繰り返した。

 私は何をしているんだろう。そう冷静になった頃合いを見計らって立ち上がり、メンタルクリニックで貰った薬を飲んだ。もう薬は必要ない。そう思ってしまいこんでいたのに、また取り出すことになるなんて。薬を飲んで落ち着くと私は放り投げたスマホに手を伸ばし、いの一番にSNSのページを閉じた。


 学内の展示会が終わるとほぼ同時に公募展の中間発表が公開されたのだけれど、その中に私の名前はなく、私は思ったより落ち込んでいる自分自身に気がついて、公募展に落ちたことよりも、自分がショックを受けていることに対してなんだか悲しくなり、目が潤んできているのが分かったものの、こんなことで泣いていられるかと涙を流さないように奮闘していた。私と一緒に公募展に応募していた同級生も大半が中間発表に残ることができなくて、本人たちは各々残念がっていたはずなのに、私に対してはそんなそぶりを微塵も見せず、「しょうがないしょうがない。また次頑張ろうよ」と笑いかけてくるそのひたむきさに私は慰められていた。

 そんなコップ一杯のお酒で酔っぱらってしまうような同級生たちと安いヤケ酒をして、自分たちの絵を棚に上げて散々に文句を言いながら、お疲れ様です会を開いた。壊れたラジオのようにみんなで「次だよ次」と連呼しながら三々五々帰路につき、そんな私の温まった頭を冬の兆しを見せ始めた晩秋の夜風が冷やしていった。アパートに着くころにはほろ酔いは多少の頭痛と吐き気に変わり、吐くほどでもない気持ち悪さが私を不愉快にした。

 次の大きな公募展は年明けにあり、余裕を持って制作するのなら既に取り掛かってもおかしくない時期ではあったけれど、私はまだまだ気持ちを切り替えることができないでいて、その公募展の締め切りがまだまだ先のことにしか思えなかったのだった。


 イエスタデイに行くと彼がいて、彼はカウンターテーブルの左から二番目に座っていつものようにだいぶ甘いコーヒーを飲んでいた。私は公募展に落ちたことを理花さんにはなんとか言おうと思っていた。彼には言いたくなくて、私はカウンターテーブルの右端の席に座ってやり過ごしてしまいたかった。そんなわけにもいかなくて、カウンターテーブルの左端の席に腰かけて、彼に対して「どうも」と他人行儀な感じで挨拶した。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、私が隣の席に座っても彼は公募展についてはおろか、絵の話題にも触れなかった。そのせいで私は自分から公募展に落ちたことを彼に告げる羽目になった。

「残念だったね」と彼は沈んだ声で言った。

「でも公募展はこれ一回ってわけじゃないから。実際次もすぐにあるんだ。もう来年の話になっちゃうけど」と、私は元気を出すように努めて言った。

 彼は穏やかに私の話に相槌を打ってくれていたけれど、彼は私にコーヒーを渡す理花さんを見ていた。そのとき、目の前の彼は美術館に行くことあっても絵を描いたりはしないようだし、私のように公募展にむけて絵を描いたりはしないのだということが唐突に頭に浮かんだ。絵を描く人の中でも公募展に応募する人なんてほんの一握りだということはわかっていたのにもかかわらず、目の前の彼がやるべきこともやらずに遊びほうけているような錯覚を覚えた。私は無性に腹が立ってくるようで、どうしたのだろうと自分でも戸惑っていた。

「じゃあまた集中して絵を描かなくちゃいけないんだ?」

「そう。すっかり閉じこもって」

「そういうのよくない?」

「いいって?」

「そういう閉じこもってひたすら自分のやりたいことをするって」

 彼はどんな気持ちでこんなことを言うのだろうか。

「そんなに言うんだったら絵を描いてみたらいいんじゃない?」

「絵は描けないよ。美術の授業でしか描いたことないんだから」

「いいじゃん。描いてみてよ」と私は繰り返した。「私の友達が絵を見る人はみんな絵を描いたことがあるものだし、小説を読んでいる人はみんな小説を書いたことがあるものだって言ってたよ」

「みんながみんなそういうわけじゃないよ」

 そんなの百も承知だったのになぜか私は彼に絵を描くように繰り返し求めた。冷静になってみれば彼に絵を描いてほしいわけがなかった。こんなに大変なことなんだぞと言いたいわけでもなかった。それなのに私は描いてよと何回も繰り返した。

 彼は歯切れの悪い言葉を発し続けて、困ったように微笑んでいた。次第に口数が少なくなり甘ったるいコーヒーを啜り始めた。理花さんがこちらにやってきて、私に声をかけるまで一方的に私が話を続けていた。私は何にも言わずに静かに絵を描くことに集中すべきだったのに、余計なことを口にしてしまったと後悔していた。


 私はその後悔の気持ちを抱えたまま、自分で公募展に絵を出すことを決めた。でもじゃあ早速取り掛かりますかというわけにはいかなかった。私はどんな絵を描くか、その題材にも技法にも悩んでいたし、それは「なるほどこれが何を描けばいいのか分からないというやつなのだな」なんて、過去の画家たちみたいに試行錯誤も勉強もしていないのに格好つけてみても様にならないのだった。

 イエスタデイで彼とぎこちなくなってから一週間ほど、私は学内のギャラリーを見てみたり、図書館でひたすら画集を見てみたり、近くの画廊や美術館を片っ端から巡ってみたりもしたけれど、特に劇的な出逢いも衝撃もなく、私の日々は日めくりカレンダーを無意識に破るような淡泊さで過ぎていった。

 そうこうしているうちに私の財布はどんどん薄くなっていって、「今月これじゃ生活できないなぁ」とひとりごちる始末だった。

 私はイエスタデイへと向かうのも躊躇われて、以前のように大学のバイト募集の掲示板の張り紙を見に行った。私はしばらくの間その掲示板を見に行ってはいなかったのだけれど、久しぶりに見に行ってもやっぱり掲示板は張り紙で溢れんばかりで、私はありがとうございますと、拝んでしまいかねない具合だった。

 私が左上の張り紙から順番に見ていくと、恒例の学内のバイトがあり、報酬的にも日程的にもまぁまぁで、私はとりあえず以前にもこなしたことのあるような学内のバイトで当座のお金を稼いでしまう計算を立てた。

 その張り紙の中で私の目に留まったものが一つあり、それは「カメラマン募集」のバイトだった。いくら美大だって言ったって、カメラマンを募集するなんて変わったバイトもあるものだなとスルーしようとした。けれどすぐにその日当の高さに私の目は吸いつけられた。だって学内のバイトの三倍くらいの日当が掛かれていたのだ。日当が三倍なら働く日数は三分の一でいい。私はその張り紙に書かれている条件を読んでいった。「未経験者歓迎! カメラ機材はこちらで貸し出します。やる気と体力のある人を歓迎します」私はカメラマンの経験もないし、カメラを持ってもいないけれど、とにかくその日当の高さに惹かれてそのバイトに応募することにした。やる気と体力ならその日当の高さだけでいくら捻出してもおつりがくる。

 私が学生課を通じてそのバイトに応募をするとその日の夜のうちにメールが届いた。なんでも「バイトは人手が足りなくて困っているからこちらから断ることはない、とにかくすぐに人手が欲しいので明日にでも研究室に来てほしい」とのことだった。

 私はその日当の高さと募集文から怪しいバイトじゃないかと勝手に怪しんでいた。犯罪スレスレの危ないバイトということはないだろうけれど、大学の学生課を通したバイトだったし、来るように指定された場所を見てみればなんのことはない、学内の研究室だった。

 その研究室は芸術学部の写真学科の七階にあった。私は初めて入る写真学科の教授や准教授の部屋の並びに少し腰が引けていた。真昼の大学なのに、廊下を通り過ぎる人が誰もいない。廊下には等間隔でドアが並んでいるのに、ドアのネームプレートが違うだけで他に違いはない。あまりに業務的が過ぎる設計だった。やはり部屋の大きさを変えたりすると、狭い部屋をあてがわれた先生が文句を言ったりするんだろうか。

 私は物静かな廊下と、ドアから中の様子をうかがうことのできない研究室の様子に不安に駆られたけれど、せっかくここまで来たんだから電車賃くらいは貰わないと割に合わないぞと言い聞かせて研究室のドアを開いた。

 中にいたのは三十歳を少し超えたかなというくらいの年恰好の男性だった。なんでも准教授ということだ。私はカメラマン募集のアルバイトなので、先生もカメラマンなのかと思っていたのだけれど、先生は黒の細身のスーツを着こなしており、カメラマンというよりは大手企業のサラリーマンのような外見だった。

「応募してもらえたので助かりました。とにかく人手が足りなかったものですから」と先生はとても丁寧な口調だった。

「カメラマン募集って書いてありましたけど、私カメラの経験は特にないんですけど大丈夫ですか?」と、私は尋ねた。

「え? 写真学科の学生さんじゃないんですか?」

「私は油絵科の学生です」

「油ですか。それならエリートなんですね」

 私の大学では油絵科が一番入試の難易度が高いということになっているらしく、油絵科の教授が偉そうにしているという話が漏れ聞こえてきていた。それで油絵科の学生はエリートみたいに語る人もいた。なんの意味もない選民思想だ。

「そんなことはないです」

「そうですか。はっきりとおっしゃるんですね」

「本当にそんなことはないですなら」

 先生は微笑んで本題に入った。

「それでバイトの募集を見て来てくれたんですよね?」

「はい。そうです」

「バイトの件でしたら、どの学科の学生さんでも大丈夫ですよ。カメラを貸し出すことも可能ですし。そうは言っても、写真学科の学生さんしか来ないと思っていたんですけどね。実際にこれまでに来たのも全員写真学科の学生さんでしたし」

「はあ」

「カメラマンと言っても難しいことはありません。撮ってもらいたいのは芸能人でもスポーツ選手でもありませんし、動物でも鳥でもありませんから」

「それではなにを?」

「トマソンです」

「トマソン?」

 私が聞いたことのない言葉だった。

「トマソンというのは建築物の、そうですね一部とでも言えばいいでしょうか。例えばどこにもつながっていない階段だとか、外に出ることのできない二階なのにドアがついていたり、まったく必要だとは思えない場所にガードレールや塀があるのを見たことはありませんか? それらは単体で作られたものではなく、周囲の変化から取り残されたものであったりします」

「はぁ」と私は相槌を打った。先生の言わんとしていることは分かった。ところでそれはどこにあるのだろう?

「私は今トマソンの講義をしようとしているんです。できることなら講義を元にした本を作りたいとも思っています。それなのに写真を選定している段階になって、欲しい写真が不足していることが分かったんです。そこで急遽人手を集めて、人海戦術でこの周辺の街からトマソンを探し出すことにしたんです」

 私は先生の話を聞きながら、この人も美大出身なのかなとか、元々は写真だけじゃなく建築とかも勉強してたのかななんて考えていた。

「分かりました。それで私は何をすればいいんでしょうか?」

「今他にも何人か人を雇って手分けして周辺の街を巡ってもらっています。あなたにもいくつか街を担当してもらって、そのエリアからトマソンを探し出してきてほしいんです。そしてトマソンを探し出すことができたら地図に印を付けて、カメラで撮影をしてきてほしいんです」

 私は了解すると、先生から手渡された地図とペン、カメラを持って街中をうろつくことになった。先生が私に手渡したのはなんてことないデジタルカメラだった。

「トマソンを探すのは初めは難しいかもしれませんが、なんとか頑張ってみてください。コツは人とは違う行動をしてみることらしいですよ」

「違う行動ですか?」

「そうです。人と同じ場所で立ち止まったり、道を曲がったりしてみないということです。人とは違う場所で立ち止まり、その道を通る人のほとんどが視線を送らない場所に視線を送ってみたりする。あるいは普段なら通らないような道を通ってみたりする。もしくはふと立ち止まった場所で四方八方を眺めてみる。そういうふうにしてみるといいみたいです」

「わかりました。試してみます」と、私はよくわからないままに答えた。

「歩きっぱなしになると思うのできついかもしれませんが、多くのトマソンを見つけてきてくれた場合には日当おまけしますから頑張ってくださいね」と、先生は笑った。

 私はとりあえず翌日から働くことを先生に告げて、研究室を去った。それにしてもこんなバイトで日当制だなんて大丈夫なんだろうかと私は心配になったけれど、よさそうなバイトだし私は黙っていた。

 

 早速翌日から私はデジタルカメラを持って私に割り振られた街を歩き回った。アドバイスをされたように私は普段とは違う行動を心掛けた。私は大通りではなく一本ずれた細い道を意識して歩くようにした。こうしたバイトでもしていなければ通らなかっただろう道だ。そしてそれまでは立ち止まったことのないような場所で足を止め、前後左右だけでなく、頭の上を見上げるようにして何か構造物がないかを確認し、下を向いて靴の下に何かが隠れてはいないかを確認した。

 別のときには、近くを通り過ぎる人を観察して、その人が歩いて行くとき、または曲がり角を曲がっていくときに、その人とは違うところを歩いてみたり曲がってみることを意識して行動してみた。特に細い路地を通るとき、それは路地というよりも建物と建物の隙間をすり抜けていくようなものだけれど、私は前を向いて歩いて行くのではなくほとんど上を向くようにして歩いて行った。私の頭上には建物の一部がせり出し、または細い路地の間で人の視線にも触れないような建物の壁を観察していった。

 そうすると確かにおかしな建築物や無用としか思えない構築物はあった。それらは私でも見つけることができる。しかし、それらはあまりに風景に溶け込んでいてパッと見では見つけることができないのだ。私がすれ違った人たちと同じように歩行し、視線を送っていたのならば見つけることはできなかっただろうと思う。それらのトマソンは確かにその場所に存在している。しかも、昨日今日の話ではない。もう何年も何十年もその場所に存在している。しかし、人々の視線や行動からわずかにずれているためにそれらのトマソンは発見されない。私は一度トマソンに気が付いてみると、なぜこんなに目立つどう見たっておかしいものに気が付かなかったのか不思議だった。確かにそれらは、ほんの少しのコツで見つかる類のものだったのだ。

 私は半日かけて街中のトマソンを探していった。一つ目を探してから二つ目を見つけるまでにはまた同じくらいの時間が掛かってしまったけれど、三つ目はもっと短い時間で見つけることができ、四つ目はさらに短い時間で見つけることができた。私はトマソンを見つけるたびに、デジタルカメラで写真を撮った。正面からアップで撮り、左前方から撮り、右前方から撮った。引き気味にどんな場所にあるのかが分かるように取った。そうしてトマソンの場所が分かるように、トマソンを見つけることができない人でも地図を見てくることができるように、地図に印をつけていった。

 「きついバイトかもしれません」と言われていたけれど、私は特にそういうふうには感じなかった。確かに日の出ている間、私は街中を歩き回って写真を撮らなければならなかったけれど、私は自分のペースで行動して、対価を貰うことのできるこの仕事を大してつらいとは思わなかった。それどころか私は一種の楽しみを覚えた。私にとってこのバイトは、幼稚園生だとか小学生だとかそのくらいの年代の子たちが初めて訪れた場所を探検だとか称して部屋の一つ一つを覗き込んでいくようなものだったからだ。


 そんなバイトを何日かしているうちに私はイエスタデイそっくりの喫茶店を見つけた。その喫茶店のあるビルはイエスタデイのあるビルを移してきたんじゃないかっていうくらい似通っていて、私はイエスタデイのことを思い出しながらそのビルの中に入っていった。そうするとビルの半地下のようになっているところに喫茶店があるのが分かり、その喫茶店の重そうなドア、まるでお店があることを隠してすらいるような看板のなさもイエスタデイにそっくりだった。私は午前中歩きっぱなしで疲れていたために、その喫茶店で少し休んでいくことにした。

 その店は外観だけでなく内装もイエスタデイにそっくりだった。私が中に入ると、イエスタデイと似たような来客を知らせるベルがカランコロンと鳴った。乾いたベルの音だ。L字型の店内、ドアの正面にカウンター席が並び、右側にテーブル席があるのもイエスタデイと同じだった。ただ店の装いは異なり、あるいはイエスタデイではカウンター席のお客さんの前に並べられているコーヒー豆や、サイフォン、小物などは見当たらなかった。ただその店に入った時の、体を包み込むようなコーヒーの香りはその店の中にもあって、私はその香りだけでこのお店はきっと美味しいコーヒーを出すだろうなと、多少の期待を込めつつも直感的に感じ取った。美味しいコーヒーを出すカフェや専門店にはそんなコーヒーの香りの層がお店の中にある。私たちは断層みたいなその香りの層に突然遭遇するのだ。その香りの層ははっきりと存在感があり分厚いのだけれど、くどすぎずあるいはお客さんをそのまま押し返してしまうようなものでもない。

 私はイエスタデイと同じようにカウンターの左端の席に座りコーヒーを注文した。いかにも何十年もコーヒーを入れてきましたよといった雰囲気の、人の良さそうなおじいさんが「はい。少々お待ちください」と言って注文を受けると、落ち着いた手つきでサイフォンを手元に用意しコーヒーを入れ始めた。お湯の沸く音が静かな店内に響く。きっとこれまで数え切れないくらい繰り返してきたような動作であるだろうに、おじいさんは手元のサイフォンに視線を集中させて、私はもちろん他の客にも店員にも視線をやろうとはしない。おじいさんはコーヒーができるまでそんな調子で、職人が工芸品を仕上げるみたいに集中していた。コーヒーができるとおじいさんは別の若い店員を呼び、その人に私のコーヒーを運ばせた。若い店員は「当店ではサイフォンのままお出ししております」と言って私の元へとコーヒーを運んだ。こっちが畏まってしまうくらい丁寧で、私はただコーヒーを一杯飲もうとしただけなのに、なんだか余所行きの服を着て高級レストランに来たときのような、なんだか大人になったような感覚とどこか落ち着かない、浮ついたような気持ちを同時に感じた。私は年齢を重ねていけばそういう気持ちはすっかり消えてしまって、いつの日かそういう気持ちがあったことすらも忘れてしまうのだろうと思っていたのだけれど、なかなか立ち去ってはくれないのだった。

 私はコーヒーをサイフォンからカップへと注ぎ、何も入れずにブラックのままカップを持った。カップを口元へと運ぶとコーヒーのいい香りが漂ってきて、私は一度手を止めた。そうしてほんの一瞬ぼんやりとしてからコーヒーを飲み始めた。当然だけど、それは理花さんが淹れてくれたコーヒーとは全く別のものだった。理花さんのコーヒーと同じくらい美味しかったけれど、こちらの方が少し苦くてコーヒー自体がかたいような感じだった。私は一杯目を飲み終えると、サイフォンに残っていた分を全部注ぎ、今度は砂糖とミルクを少し足して飲んでみた。私の口にはこちらのコーヒーのほうがあっていた。それに砂糖やミルクを足しても負けないだけの風味やインパクトを持ったコーヒーだった。

 コーヒーをちびりちびり飲みつつ店内を見渡すと店内の一角、入口の扉の影になっているところに棚があり、良く言えば人の手を経て雰囲気の出ている本が、悪く言えばくたびれた古本が置かれており、自由に読んでいっていいようになっていた。私はこのお店でゆっくり読書でもしていくかと立ち上がって本棚を見に行ったけれど、本棚に並んでいる本には私の知らない本が多くてどれにしようかなと困ってしまった。その本棚には日本人の作家の本も外国人の作家の本も並んでいたけれど、私の知らない作家がかなり多くて、あなたたちはいったいいつの間に小説を書いて(あるいは翻訳されて)いたんですか、と私は頭の中で言った。私は知っている作家の本を手に取るか、知らない作家の本に挑戦してみるか悩みつつも、せっかく美味しいコーヒーを飲んでいるのだからと、新しい作家に挑戦することはせずにオー・ヘンリーの短篇集を選ぶと席に戻ってゆっくりと読み始めた。

 私はバイト中にゆっくりとしてごめんなさいと心の中で謝ってコーヒーをおかわりすると続けて読書に耽った。私は特別に読む短篇を選ぶことはせずにその本に収められている順番に読んでいった。読んだことのない短篇もあったけれど、ほとんどは読んだことがあるもので、そのうちのニ、三作は国語の教科書で読んだ記憶があった。病気の画家の話、貧しい夫婦の話。決して長くも難しくもなく、あっさりと読めるものだけれどしっかりと心に残る話だ。作者の名前も小説のタイトルも忘れてしまっても、中身は何年経っても覚えているような小説だ。

 私が本を読んでいるとおじいさん店員が私に話しかけてきた。

「お嬢さん、ごめんなさいね。もう閉店の時間なんです」と、おじいさんは言った。

 私はそこでようやく本から視線を離すと店内を見渡した。私の他にはお客さんはもう誰もいなくなっていて、店内には店員がニ人と私だけになっていた。私は慌てて「ごめんなさい。もう出ます」と言って帰り支度を始めた。それにしてもお嬢さんだなんて言われた記憶がない。なんだか恥ずかしいしこそばゆい。でもおじいさんにしてみれば私なんてまだほんの子どもだった。

 読んでいた本を本棚へと戻してからレジで伝票を渡し、おじいさんが確認するように値段を口にすると、私は千円札を手渡した。しかしおじいさんはレジを打たずに千円札を少し驚いたふうに見た。

「これでもいいですけど、他にお金は持っていませんか?お札でも小銭でも構わないのですが」と、おじいさんは言った。

「いいえ。それしかないんです」と、私は要領を得ないまま答えた。私の財布に入っているのは千円札だけだった。そこで私はおじいさんの顔をはっきり見るように目線を上げた。

「いいえ、変なことを言ってごめんなさいね」と、言っておじいさんはレジを打とうとしたけれど、手を止めて考え込むように少し固まった。

「そうですか、それならお代はけっこうです」と、おじいさんはよくわからないことを言いだした。

 私は全く意味が分からなくて何度も食い下がったのだけれど、おじいさんはいらないの一点張りで、大きな石みたいに押しても引いても全然動かなかった。そして「良かったらまたいらっしゃってください」と言うのだった。私は無理やり押し込まれるみたいに千円札を財布へと戻し、「分かりました。ごちそうさまでした」と言うと、一度床に置いていた鞄を手に取り手に取り店を出ようとした。そのときにレジのおじいさんの後ろ側、テーブル席の並ぶ店内の突き当りに飾ってある絵が私の目に飛び込んでくるように視界に入った。その絵のことを私はちゃんと覚えていた。それは私がギャラリーでバイトしているときに一番気に入っていたあの建物の絵だった。私は吸い込まれるみたいにその絵から視線が外せなくなった。同時に私はあの絵が売れたのだ、そして美味しいコーヒーを出すお店に飾られているのだということが分かって、どこの誰とも知らない人の絵なのにうれしくてうれしくて仕方がなかった。

「どうかされましたか?」と、固まる私に向かっておじいさんは言った。

「いいえ。あの建物の絵が素敵だなと思って」と、私はうれしさを隠しきれずに早口で言った。

「ええ。良い絵です。寒色系の色でまとめられているのに暗くも寂しくもなく幻想的で、むしろ温かさを覚える絵です」と、おじいさんは言った。「あの絵が気に入っていただけたのなら私もうれしいですよ。ぜひまたいらしてください」

 おじいさんの言葉を聞いて、私はそれ以上長居をすることなく店を出た。店の外は陽が落ちてすっかり暗くなっていた。空には月が見え、同じ場所なのに街の様相も変化しているように見えた。街は私に向かって別の顔を見せていた。私はすぐにこの店にまた来ようと思った。そこで店の名前を確認したけれど、ドアに記されていたのは外国語の筆記体のようで私には何と読むのかがわからなかった。そのため私は持っていたカメラでドアの写真を撮った。ドア全体が映りこむようにしっかりと確認してカメラのシャッターを切った。私がそのカメラでトマソン以外の写真を撮るのはそれが初めてのことだった。


 僕はそろそろ全ての講義に出て本を読むことにも飽き始めていた。年度初めにはおもしろいと思われたいくつかの講義も、春を終え夏を過ぎ去っていくと急速に興味を失っていた。唯一僕がおもしろいと思った講義は経済学部の選択講義になっている数学史の講義だった。その講義は数学の問題を解いていくのではなく、歴史上の数学者たちがいかに難題に挑戦し、ときには打ち克ちときには敗れ去って行ったさまを紹介していくような講義だった。僕はその数学史の講義に自分の履修している講義以上の熱心さで臨んでいた。

 しかしそれ以外の講義はほとんど座って本を読んでいるという有り様だったので、僕はその時間でユキについて考えてみた。ユキはきっと次の公募展にも絵を描いて応募するだろう。ユキはどんな場所で絵を描いているのだろう? ユキはどんな格好をして絵を描いているのだろう? 絵の具が服に付かないようにエプロンでも羽織っているのか、それともそもそも汚れてもいいようにどうでもいいTシャツでも着ているのか。

 僕はノートを開きペンを持って自分ならどんな絵を描くか考えてみた。十分ほど経ってもノートは真っ白のままだった。絵の題材が思い浮かばなかった。それ以上に自分が絵を描いているところをイメージできなかった。

 

 その数日後に織瀬が大教室に姿を見せた。織瀬はやはり講義の終わりころになって教室にやってきて僕に挨拶した。

「理花さんから話聞いたんですけど喧嘩したんですか」と織瀬は心配そうに言った。

「喧嘩したのかな。喧嘩と言えば喧嘩かもしれないけど」

「なんて言ったんですか」

「確か、絵を描くのっていいよねみたいな感じだったかな」

「それだけですか? それで怒るようなことなんてあります?」

「やっぱり怒ってたんだよね?」

「そうらしいじゃないですか。理花さんが言ってましたよ、あんなに感情を出しているユキを初めて見たって。それって誰の目から見たって明らかに怒ってるってことじゃないですか」

「そっか。そうだよね」

「そうだよねって」

「なんかさ、苦手なんだよね。誰かが怒っているところを見るのって。それで誰かが怒っていたりすると、こう、興味をシャットアウトしちゃうっていうか、こっちに火の粉が飛んでこないように大人しくしちゃうんだ」

「そりゃ怒ってる人を見るのが好きな人なんていませんよ。他にはなにか変なことを言ったりしてませんか?」

 僕は左斜め上の方を見てイエスタデイでユキに会った時のことを思い出した。

「公募展に絵を出したって言ってて」

「そうですね」

「それがダメだったんだって」

「私も聞きました」

「大変なんだろうなって思ってさ。でもそういう自分のやりたいことがあるっていいことじゃん。僕とか特にやりたいこともないから暇つぶしに講義に出てる人間よりさ」

「それは暇すぎます」

「そんなんだからさ、自分のやりたいこととか好きなことに熱中するっていうことが羨ましいっていうか、憧れがあるんだよね。だからそういう感じのことは言ったよ」

「そういう感じって、どういう感じですか?」

「ひたすら自分の好きなことができるっていいことじゃん、みたいな感じだったかな。一言一句正確なことは覚えてないけど」

「え? それだけですか?」

「うん。そしたら怒ったっていうか、僕には怒ってるっていうより上手く感情がコントロールできてないように見えたけど」

「そうですか。私はもっと酷いことでも言ったのかと思ってました」

「そんなこと無いと思うけど。どうだろうね。なんか癪に障ったのかな」


 そうやって日々を過ごしているうちに、何が原因なのか何がきっかけなのか何がよかったのか何が悪かったのかもわからないのに、再びあの恐怖心が蘇ってきた。徐々に、しかし確実にその感情は大きくなっていった。昨日までは無視できていたものが無視できなくなった。昨日までは我慢できていたものが我慢できなくなっていた。

 私はそのことをしばらくは認識できないでいた。まず兆候として私の身体に現れたのは食欲が湧かないことだった。私はバイトが休みなしで続いたせいで疲れてしまったのかなと考えていた。次第に体にダルさを覚え、朝起き上がるのに時間がかかるようになった。そうして恐怖がやって来た。

 私は家でお昼ご飯を食べていた。バイトはなく、授業も午前中だけだったので、私はアパートの部屋で食事をしながらゆっくりしようとしていたのだ。私はパスタを茹で、出来合いのペペロンチーノのソースをかけた。一口食べ、二口食べ、ちょっと麺が固かったかなと考えていたそのとき突然心臓の鼓動が大きくなり、耳のすぐ横で拍動しているような錯覚に陥った。突然ペペロンチーノが不味くなり、言いようのない不安がのしかかってきた。

 ようやく私は自分の身に起きていることを理解した。残っていた薬を棚の奥から引っ張り出し、急いで一錠飲んだ。そして体が落ち着くのを待ち、冷めてしまったペペロンチーノを無理やり押し込むようにして食べた。


 その日はそれでよかったけれど、次の日はそれではダメだった。私の胸はドキドキと不安を教え、私は荒れた呼吸を落ち着かせるように薬を飲み、早く治りますようにと私は祈るようにベッドに横になった。そして深呼吸を繰り返した。

 三十分、一時間経っても何も変わらなかった。それどころか不安は大きくなっていった。気晴らしにネットのニュースを見ると、癌で亡くなったという女優の記事が目に入り、知らないだけで自分も癌にかかっているのではないかと不安になった。そんなわけはない。新年度の始めにある大学の健康診断でも異常は見つかっていない。癌になどなっているはずがない。

 私は諦めて以前薬を貰ったメンタルクリニックにもう一度向かうことにした。私の症状を落ち着かせる別の薬があるかもしれない。

 シャワーを浴びて服を着替え、保険証を持ったことを確認して外に出ると私は妙に緊張していることに気付いた。小学生のとき、習っていたピアノの発表会でも同じように緊張していたことを思い出した。足が震えていた。歩道を歩けば車が突っ込んでくるような気がした。すれ違った人が包丁を持って襲ってくるような気がした。駅のホームでは誰かが私の背中を押して線路に突き落とそうとするんじゃないかと不安になったし、電車内では電車がカーブを曲がりきれずに脱線する想像が浮かんだ。

 そのどれもが妄想だった。私は誰にも危害を加えられたりしなかったし、怪我ひとつすることなくメンタルクリニックに辿り着くことができたのだから。

 以前と同じ女医さんは私の話を聞くと、「分かりました。では別の薬を試してみましょうか」と言いカルテにメモをした。そして私に向かって、人一倍死を恐れる人がいるんですよ、という話をした。死を恐れるのは誰にだってあることだ、と先生は言葉を変えて繰り返した。

 恐怖と戦いながら家に帰り、早速コップに水を入れると、処方箋の袋から錠剤を取り出した。けれど飲む気にはなれなかった。私はその錠剤が毒薬なのではないかと不安になり、以前見たミステリーアニメの中で登場人物が毒薬を口にし悶え苦しみながら息絶えるシーンを思い出した。

 頭ではそんなことがないと分かっていたのに、体が反応しなかった。私はひたすら時間をかけて自分自身を説得する作業に追われた。前だって処方してもらった薬を飲んでよくなったじゃないか。私に恨みのない先生やスタッフさんが毒を盛るわけないじゃないか。そもそも毒薬なんて手に入らないんじゃないか。

 そうやってなんとか自分を説得し、薬を飲んだときには窓の外は暗くなっていて、私は慌てて明かりをつけた。


 薬はあまり効かなかった。あるいは効いているのかもしれないけど、それ以上に私の体の状態が悪いようだった。薬を飲むと短時間気分が落ち着いた。しかし突然の不安にはどうしようもないようだった。

 私は恐怖と不安をもて余し、スマホでまた「死ぬのが怖い」と検索し一番上にある動画を見た。有名な学者が死とは自分ではなく他人のものだと解説している動画だった。学者が自分の死は認識できない、だって寝ている間にくも膜下出血になって二度と目覚めないかもしれないんだからと話しているのを見て、私は寝るのが怖くなってしまう始末だった。

 起きている時間は気が落ち込み、どうして私は生きているのだろうと考え、気が付いたら泣いている時間が増えた。でも私は死にたいわけではなかった。だから生きるために、家の中にある食材でご飯をつくって無理やり押し込み、夜は体力の限界が来て寝落ちするのを待った。

 そうして三日が経ち、五日が経ち、一週間が経つと、部屋の中の食べ物が尽きかけていた。残っているのは米と調味料くらいのものだった。米だけで何日持つか考え、脚気という病名を思い浮かべて、その考えを投げ捨てた。

 限界だった。もう一人でどうにかできる状態じゃない。私はスマホの連絡帳を開いて、並ぶ名前を見ながら誰に連絡するか悩んだ。真っ先に思い浮かんだのは親だった。でも地元の両親に心配をかけたくはなかったし、東京に呼ぶのもなんだか嫌だった。

 私は織瀬の名前をタッチしメッセージを書き始めた。


 僕が織瀬に呼び出されてイエスタデイに向かうと、織瀬はいつものうるささも快活さも喪失して、淑やかな女性として僕を迎えた。理花さんはお客さんのいないタイミングを見計らって、陽が沈んでしまう頃にはお店を閉めてしまった。僕が「こんなに早い時間に閉めちゃっていいんですか?」と尋ねると、理花さんは「うん。気楽なお店だから」と言った。

 それから僕は理花さんと織瀬の話を聞いた。僕と織瀬はカウンターテーブルに座り、理花さんはカウンターテーブルの内側に両肘をついてもたれかかるようにして立っていた。理花さんは僕と織瀬にコーヒーを淹れ、その後に自分の分のコーヒーを淹れた。それはユキの話だった。僕にはだいぶ長い時間のように感じられた。僕は話を感じているだけで体が緊張し疲労しているのを感じた。

 織瀬は僕と理花さんにユキの状態について知っていることを全て伝えた。しかし二人とも困り果てた様子だった。僕もなんと言っていいのか分からなかった。

「それでユキは今は安定してるってこと?」と、理花さんは尋ねた。

「そうですね。私が食料を大量に運び込みましたから、食べるものには困っていないとは思います。それを食べて元気になってほしいんですけど」

「そうね。でも外出できないほどっていうのは、どうしたらいいのか。だって病院にも行ったんでしょう?」

「はい。行って薬を貰ってきたって言ってましたから」

 そこで僕らの会話は中断し、三人ともが黙りこくってしまった。理花さんも織瀬も、そして僕も、結局はユキの状態に対してあまりに無知だったし、ユキに対して断言できることなんてなんにもなかったのだ。

 理花さんが「とにかくお医者さんなり専門家の方の話を聞いて様子を見るしかないみたいね。それでも厳しいようならしばらく実家に戻るなり、どこかに治療に行くなりしたほうがいいのかもしれないけど」と理花さんがまとめるように言い、その日は解散することになった。

「こんなこと聞くと冷たい人みたいですけど、理花さんはどうしてそんなにユキのことを気にしているんですか?」

「だってユキは危なっかしいじゃない。それに私に似ているような気がするから」

「似てますか?」

「うん、似てる。だってユキはいろいろ悩んでいるようなのに一人でどんどん決めちゃって、秘密主義者みたいじゃない? まるで人の忠告なんて聞かないで、どんどん進んで行ってしまうみたい」


 イエスタデイを出てすぐ、織瀬は「これからちょっと作戦会議をしませんか?」と僕に話しかけた。僕はなんだか中途半端に放り出されたように感じていたので、すぐに了承して、僕の家へと向かうことにした。織瀬が実家から電車で一時間もかけて大学まで通ってきていることを僕はそのときに知った。

 僕の部屋に入ると織瀬は「意外と綺麗な部屋ですね」と言って部屋中を見まわしていた。

「綺麗って言うか物が少ないんだよ」

「この本全部読んだんですか?」と織瀬は僕の本棚を見て言った。

「大体読んだよ」と僕は嘘をついた。

 織瀬はテーブルの前に座り、僕は「こんなのしかないけど」と言ってペットボトルのお茶を出した。織瀬は「おかまいなく」と言った直後に、「コーヒーくらいないんですか?あ、苦手でしたね」と口にしていつもの調子を取り戻していた。

「とにかく理花さんは慎重っていうか悠長って言うか、もっと私たちがなにかしてあげられるんじゃないかなって思うんです」

 理花さんと方針は違ったけれど、結局のところ織瀬もユキのことを心配しているのだった。織瀬は積極的にユキのためになにかをしたがっていた。

「でもなにかって?」

「話をしているときは元気そうな気がしたんですよ。あくまでちょっとですけど。だからもっと人と話をしたほうがいいんじゃないかと思うんです」

「でも話を聞く限りユキの状態はたぶんかなり悪いんじゃない?あんまり下手なことはしないほうがいいんじゃないかな」

「先輩も理花さん派ってことですか」

「そうじゃないよ」と言って、僕はお茶を飲んだ。そうして僕と織瀬はしばらくの間黙りこくっていた。僕はそのとき、別れた彼女との最後の決定的な瞬間のことを思い出していた。僕も彼女もやはり黙りこくっていた。

「絵を見せに行くってのはどうですか?」

「何の絵を?」

「好きな画家さんの絵とか」

「あの、イエスタデイに飾ってある絵とか?」

「確かによく見てましたね。好きなんですかね」

「美術館に本物を見に行ったときも一番長い時間をかけて見てたよ」

「じゃあ、あの絵を持ってユキさんのアパートまで行くってのはどうですか?」

 これが僕らの中で出た提案の中で一番良さそうなものに思えた。

「うん。それがいいかもしれない」

「ですよね」

「じゃあ明日理花さんに話をして」

 明日また来ますから、と言って、織瀬は僕の言葉に耳も傾けずにアパートを飛び出して行った。一人残された僕の前には空っぽのグラスが残されていた。僕はいったい何をしようとしているのだろうと思った。僕は織瀬と話したこの空間から離れてしまいたかったけれど、ここは僕のアパートで僕の部屋だった。しかたなく僕はしばらく外を歩き回った。色々な考えが僕の頭の中に去来しては、追い払われていった。また冬が来ようとしていた。寂しい季節だ。


「ユキ、あなたは病院に行かなくてはいけないと思う」と理花さんは言った。

「病院ですか?」

「そう。そして私や織瀬にしてくれた話をもう一度繰り返さなきゃいけない」

「私のこの状況は病気なんですか?」

「さあ私には分からない。ただ、以前に似たような状態の人の話を聞いたことがあるの。その人はある日突然、ユキと同じように恐怖を覚えるようになったって。寝るのが怖くなってしまったり、外出するのが怖くなったって。とにかくそういう状態になってしまったっていう話」

「その人はどうなったんですか?」と私は藁にも縋る気持ちだった。

「そんなに詳しく聞いたわけじゃないんだけど、とにかく病院に行って薬を貰って体を休めていたらしいの」

 私は私の他にもそういう状況に陥った人の話を聞いて、私は改善した人がいるということに強い安心感を抱いた。

 理花さんは私にそのまま座っているように命じ(それほど優しい命令も中々なかった)、タクシーを呼ぶと、私と織瀬とを乗せ、私を病院まで送って行ってくれた。

「車大丈夫? 乗れそう?」

「大丈夫じゃないですけど、歩いて行くのも無理なんで、なんとか押し込んでください」

「うん。分かった」と理花さんは優しく言った。

「理花さんはどうしてそこまでしてくれるんですか?」と、私は尋ねた。

「だってあなたは自分一人でなんでもできますみたいな顔して、その上自分のことなんて全然話もしなくて。私もそうだったから。ううん今でもそうかもしれない」

 そう言う理花さんはめずらしく私の目を見ていなかった。理花さんは自分の過去を見ながら話をしていた。


 理花さんと織瀬に付き添われて、私は近くで一番大きな駅の目の前にある総合病院へと行き、大勢の患者に混じって受付を済ませ、一階に大量に並べられたベンチに座って順番を待った。

 男性のお医者さんは人の良さそうな笑みで私を迎えた。私は自分の体の異常、痛みだとか苦しみではなく私の体にまとわりついていた恐怖感を医者に向かって説明した。医者は静かに私の話を聞き、時折私の症状を確認するかのように質問をした。

「まあ、何と言うかね、難儀なことなんですよ、死への恐怖と言うのはね。そりゃあ命というものは限りがあるから、みんないずれは死んでしまう。死への恐怖を感じるのはみんな同じです。ただ人一倍恐怖を感じる人もいる」

「以前別の病院でも言われました。人よりも恐怖を感じる人がいるって」

「それで治療法というのも絶対的な正解があるわけでもない。悪性腫瘍があれば切除しますというのとも違いますから。ただ私が思うに、あなたはもう少し休憩の時間を増やすべきではないかと思いますね。そして不安を抑える薬を飲んで」

「休憩の時間ですか?」

「ええ」

 私は死ぬのが怖いと相談に来たはずだ。それがなぜ休憩の時間を取れなどと言われているのだろう。

「休むことも大事ですよ。とにかく意識して休む時間を取ってください。そうして休んでからやりたいことをやってください」

 私は釈然としなかった。それでも先生の言葉に頷き、薬を貰って帰った。私が先生の言葉に頷いたのは、先生と話をしている間には死への恐怖を感じなかったからだった。


 次の日と言ったのに、織瀬は僕の部屋には来なかった。織瀬に不満を知らせるメッセージを送ると、理花さんがユキを病院に連れて行くのに同行したのだと釈明する内容が送られてきた。

『一言教えてくれればよかったのに』

『すいません。完全に忘れてました』

 完全とわざわざ書くあたりに悪意を感じたが、僕もメッセージを書いて送りはしなかった。

 メッセージが返ってきたタイミングで僕は織瀬に電話を掛けた。

「ユキはどうだった?」

「思ったよりは元気そうでした」

「元気ならいいんだけど」と僕は少し安心した。「思ったよりはってことは」

「空元気って感じはしましたね。ちょっと無理してるっていうか」

「そっか」

「頑張りすぎなんですよ。先輩みたいにふわっとした時間を過ごすことができないんでしょうね」


 僕はひとりでイエスタデイへと向かった。イエスタデイから絵を借りてユキに見せるためだ。僕を迎えた理花さんは絵を持っていくことに賛成し、僕が壁から絵を外している間に、絵が入っていたという薄い段ボールの箱を持って来てくれた。そして昨日の病院での様子を簡単に話すと、僕に「サービスだから気にしないで」と言ってコーヒーを淹れ、「ちょっと待っててね」と言ってクラブハウスサンドを用意した。もちろんユキに食べさせるためのものだ。

 僕は急いでコーヒーを飲んでしまうと、壁から外した絵を段ボール箱に入れた。僕の上半身ほどもある大きさだったけれど、抱き着くようにして持てば運べそうだった。大きさに反して意外と軽く、手穴が開いているが救いだった。

 「じゃあお願いね」と話す理花さんからコーヒーとクラブハウスサンド、ユキの家の住所が書かれたメモを受け取ると、僕は周囲の目を無視しつつ大きな絵を抱えユキの家へと向かった。歩いていくには遠かったので、電車に乗ることにした。先頭車両に乗り込み、車両の先頭の座席の無いスペースに絵を置き、壁にもたれ掛かった。

 僕は死への恐怖について考えてみた。僕の身に降りかかりうる死は、電車が脱線事故を起こすことだった。以前見た電車の脱線事故のニュース映像を思い返した。車両が線路の右側に脱線し、先頭から何両かが横転していた。可能性としてはあることだ。これからも世界のどこかでは鉄道事故が起こり、亡くなってしまう人だっているだろう。ただ僕がそう考えても恐怖を覚えることはなかった。僕だけじゃない。この電車に乗っている人みんなそうだ。

 ユキの住むアパートは駅から歩いて十分ほどの場所にあった。近隣の大学生が住むようなワンルームのアパートがあちらこちらに並んでおり、僕は理花さんのメモを見ながら周囲をウロウロと歩き回った。住所とアパート名だけでは探し出すことができず、最終的にはグーグルマップに住所を入力して目的地にたどり着いた。


 久しぶりに会ったユキは「どうぞ」と言って、僕を出迎えた。

 ユキは大分痩せたように見えた。とりわけそう感じたのは彼女の手首を見たときだった。元々細かった彼女の手首には骨の形が目立って見えた。僕は見てはいけないものを見てしまったように感じて視線を逸らした。

 ワンルームの部屋はきちんと片付けられていて、僕はホッとした。部屋の奥に小さな窓があり、その下にベッドがあった。ベッドの手前には小さなテーブルがあり、濃いブルーのクッションが置いてあった。ユキも思ったよりは元気そうだった。ユキは「ウェルカムドリンクにコーヒーでも飲みますか?」と言い、僕は苦笑いでその申し出を断った。

 ユキは病気を患っている人というよりも、ショックな出来事があったせいで食欲のない人に見えた。僕は挨拶もそこそこに鞄から紙袋を出してユキに渡した。理花さんの料理なら食べやすいだろう。袋を開けたユキも嬉しそうに微笑んだ。それにつられて僕も笑った。

「このコーヒー好きなんだ。理花さんの淹れてくれるコーヒー。クラブハウスサンドも美味しいし」

「評判もいいんでしょ? 織瀬も美味しいコーヒーだって褒めてた」

「うん。理花さんの淹れるコーヒーは冷めても美味しいからね。もちろん熱いのが一番いいけど、それが他のお店とは違うかな」

 僕は食事を済ませてきたからと言って、ユキに食事を促した。「ちょうどいい時間に来たね。ウーバーイーツみたい」とユキは紙袋を開けていった。そしてコーヒーを一口飲むと、「ぬるくなっちゃってるけど美味しい」と言った。

「コーヒーってさ温めたりはしないの?」と僕は電子レンジを指差した。

「いや、いいや」と私は首を振った。「前に一回やったことがあるんだけど、すごく苦くなっちゃってさ。ダメみたい」

「そうなんだ」

「なんかコーヒーを煮詰めた感じって言うか、水分を減らして苦みとエグみを濃縮しましたよ、みたいな。全然美味しくない」


 食事を食べ終えると、ユキは僕が運んできた段ボール箱を指差して「何あれ?」と尋ねた。玄関は大きな絵を立てかけておくだけで誰かが歩いては通れないほど狭かった。

「絵だよ。イエスタデイにあった佐伯祐三の絵」

「あの絵?」

 僕は玄関へと行き、絵を抱えて戻って来た。途中で箱の角が壁にぶつかり、僕は謝って、ユキは「大丈夫だよ」と口にした。僕は立ったまま箱を開け、絵を床に置くと、ユキが見やすいように額の上の縁を持ち上げて絵を立たせた。

「どう?」

「うん。良い絵。理花さんはなんて言ってたの?」

「しばらくはこの絵を見てゆっくりしたらいいんじゃないかって」

「そっか」と言ってユキはコーヒーを飲んだ。「なんか悪いことしちゃったな。この絵、イエスタデイの雰囲気にぴったり合ってたのに」

「壁がレンガ調だからだよね。本物かどうか知らないけど」

「たぶん本物じゃないよね。ビルの地下だし」


 彼がお昼ご飯を持って私の部屋に来たことに、私は戸惑いつつも感謝していた。自分の部屋に友達が、しかも男の子がいるということが不思議な感じがした。私は自分の部屋で友達と会うよりも、一緒にどこかに出かけたいタイプだった。誰かと会うのなら家でダラダラするより、行ったことのない場所に行きたいとも言えた。

 彼は絵をテーブル脇の壁に立てかけると、元の場所に腰掛けひたすら話を続けた。彼の自伝の内容を一から読み聞かされているような話だった。彼はこれまでどんなふうに育ってきたのかを簡潔に伝え、その後にどんな大学生活を送っているかを詳細に説明した。彼が話し始めたばかりのうちは私も相槌を打っていたけれど、私の反応なんかお構いなしに彼が話し続けたので、私は無言で彼の話に耳を傾けた。

 彼の話は別れたという彼女の話で最高潮に達した。彼はその彼女がどれだけ可愛くて、優しく、頭が良いかということを熱弁し、私はそんなに完璧な女がいるわけないだろと心の中でツッコミを入れた。デートでは映画を観に行ったとか、夜景を観に行ったとか、お祭りに行ったとか、まるで関心のない話を聞かされ、よく歩きながら話をしたんだと彼が言ったときには、なんで喫茶店とかカフェに入って話をしなかったんだろうと疑問に思った。

 彼が悲しそうにフラれたときの話をし始めたときには、別れたその女の人の気持ちもわかるなあという結論に至っていた。彼はあまり自分以外のことに関心がなさそうだった。そしてそうやって自分に関心を示してくれない人と付き合い続けるのは大変なことのように思えた。

 彼はひたすらに話を続けた。彼の話で興味を持ったのはプラハに傷心旅行に行ったときの話くらいで、それ以外の話にはあまりおもしろいところはなかった。夕方になって部屋の中が暗くなり始めると、彼は立ち上がって部屋の明かりをつけ、私にはカーテンを閉めるように言った。彼が自分でカーテンを閉めなかったのは、その手前にベッドがあって、そのベッドの上に乗らないといけないからだった。

 彼がようやく話を止めたのは夜の七時を回ったときだった。

「お腹空かない?」と彼はスマホで時間を確認しながら尋ねた。

「うん。もうこんな時間だし」

「ピザでも取る?」

 私はピザを食べる気分じゃなかった。ピザが悪いのではなく、油っこいもの全般を食べる気になれなかった。夜はスープでも飲んで体を温め、体を休めたかった。彼の話を長々と聞かされて疲労感を覚えていた。

「ピザはいいよ」

「じゃあ、何か食べたいのある?食べたいのがあるのなら買ってくるし、ウーバーで何か頼んでもいいし」

「いやあんまり食欲ないし、夜は簡単に済ませるよ」

「そっか」

 いや、そっかではない。話もようやく終わったようだし、そろそろ解散にしてほしいというのが本音だった。しかし彼は腰を上げるそぶりもない。ならどうしようかなという顔のまま座っている。

「今日はもう遅いし解散にしよ」と、私は言った。

「解散?」

「うん。七時も過ぎてるし。お腹も空いたでしょ。何か食べに行ったら?」

「そうだね」

と彼は言った。しかしやはり座ったままだ。どうかしたのだろうか。

「あのさ、本当は泊っていきたいくらいの勢いなんだ」

「なんで?」

 突然の申し出に私は笑ってしまいそうになった。

「なんかさ不安なんだよね。今日このまま帰ったら、次に会えるのはいつになるんだろう?って不安になったんだ」

「不安なんてことないよ。また来てもいいし」

「ありがとう」

「うん」

「それで泊っていきたいくらいの気持ちなんだけど、やっぱりさよくないと思うし、負担にもなるだろうし、迷惑だろうし、邪魔だろうし、帰るんだけどさ、やっぱりどうしても気になるっていうか不安な気持ちがあるんだ」

 大丈夫だよと言いたかったがそれは明らかに嘘だった。私はうん、とだけ相槌を打った。

「今日朝からずっと考えてたんだ。ユキの部屋に絵を届けてそれでどうなるんだろうって。元気になってくれたらいいよ。でもなってくれなかったら? 悲しい方向にばっかり考えは膨らんでいってさ。外出にも不自由するようじゃ一人暮らしなんてやっていけない。学校にも行けないんじゃ親御さんに連絡しないわけにもいかない。親御さんに助けを求めて、それでお父さんかお母さんか両親ともかこの部屋までユキの様子を見にやって来る。そしてユキをどこかの病院に連れて行って薬を飲ませる。それでも症状は改善しなくて、しばらく地元に戻って様子を見ることになる。大学はひとまず休学扱いにして。それで治ってこっちに戻って来れればいいけど、戻って来れなかったら大学を辞めて親御さんがアパートを引き払ってしまう。そうして僕らは会うこともなくなって、メッセージも送りにくいから、連絡もまばらになる」

「それで?」と私は尋ねた。「それでどうなるって言うの?」

「それで、十年後とかに、どこかユキの実家に近い大きな駅のホームで再会する。僕もユキも働いているのかな。とにかく再会して、久しぶりとか言いながら今何をしているとか話をする。でもそれっきり別れてしまう」

「どこかの小説かドラマ?」

「違う」

「それはただの想像だよ。そんな未来はきっと来ない。偶然再会することがあっても、そんな十年後とかじゃなくて三日後に近所のスーパーとかだよ」

 彼は首を横に振って私の意見を却下した。

「それでさ思ったんだ。泊まっていくのが無理なら、近くに住むことはできないのかなって。どう思う? 嫌?」


 嫌な気持ちと嫌じゃない気持ちの両方があった。気持ちを素直に伝えることは難しい。気持ちを正直に伝えることはもっと難しい。私はどう答えていいものか分からず、突然そんなことを言われても分かんないよと答えるしかなかった。

 私の返事を拒否と受け取ったのか、彼はその後すぐに私の部屋から出て行った。私は一応の礼儀として彼のことを見送った。私がドアから顔を出して彼の背中を確認すると、彼は一度だけふり返って右手を振った。

 部屋の中にはまだ彼の雰囲気が残っていた。家に来ていた誰かが帰った直後、自分の部屋に他人行儀な印象を受けるのは何故だろう? 見慣れたはずの自分の部屋がよそよそしく感じられる。

 夜遅くに彼から長文のメッセージが届いた。「夜遅くにごめんなさい。もうこんな時間なのでメッセージにします。」という文章は、彼は反省して謝りたいと思っているということを知らせていた。謝る必要なんかないよという内容の私の返信には、ごめんなさいという六文字だけの返事が付いていた。

 翌朝にも彼からのメッセージが届いた。簡潔に「昨日はごめんなさい。昨日の今日で迷惑に思うかもしれないけれど、また食べ物を届けに行っても迷惑じゃないですか?」と書いてあった。

 私は頭の中に「変人」「ストーカー」「つきまとい」「奇人」という言葉を思い浮かべながら、「どうぞ」とだけ返信した。

 昨日あれだけ長い彼の話を聞いている間、私にはひとつ気が付いたことがあった。彼の話を聞いている間に恐怖を感じてはいなかったのだ。私には薬よりも、誰かの存在が必要なのかもしれないと考え始めていた。

 昼頃にやってきた彼は、ドアを開けるなり私に謝った。私はそんな彼の姿を見ながら、甘いなあと反省した。彼は謝るだけ謝ってしまうと、私に有名な店のものだというロールケーキを渡して昨日が嘘のようにあっさりと帰っていった。


「人と話をしているのがいいんですか?」と織瀬は尋ねた。

「うん。そうみたい。人と話をしていると、こう、怖くなったり、恐怖を感じるってことはあんまりないと思う」

 なにより話をしている相手からは恐怖を感じないのは大きな発見だった。想像でも、もちろん現実でも理花さんも織瀬も彼も、私のことを襲ってはこなかったし、包丁で刺しても来なかった。


 織瀬から話を聞いた僕は、織瀬と一緒にユキの部屋を訪れるようになった。講義のない昼付近の時間を見計らって待ち合わせ、食べ物を持ってユキの部屋へと向かう。そうして三人でお昼ご飯を食べるというのが日課になった。理花さんは気を使って僕や織瀬に食べ物を持たせてくれたから、食べ物や食費の負担はかなり少なかった。僕か織瀬のどちらかは可能な限りイエスタデイに寄ることが習慣になった。

 ただこれは食事を作る理花さんにとっても、食事を受け取る僕や織瀬にとっても負担であることは間違いなかった。それはユキにとっても同じことだった。ユキがイエスタデイのクラブハウスサンドを食べられると喜んだのは最初だけで、以降は申し訳ないと繰り返したからだ。ユキは何度も何度も食事を用意してもらう必要はないと口にし、僕や織瀬に理花さんへの伝言を頼んだ。それだけではなく、電話やメッセージでも断わりの挨拶をしているみたいだった。

 ユキが遠慮しているのは明らかだった。理花さんの返事は毎回、それならお店に食べにいらっしゃい、淹れたてのコーヒーも飲めるしというものだった。そんなことを言えるような状態なの? 違うでしょ? 理花さんの好意に甘えるしかない現状にユキは歯がゆさを覚えていた。

「たぶん、二人に付いてきてもらえたら、一緒に行くんだったらイエスタデイに行くのも全然できると思うんだ」

「一人だと……ってことですか?」

「一人だと怖いかもしれない。怖いかもしれないじゃなくて怖いと思う」

「何がそんなに怖いんですか? その、言えるところだけでいいんですけど」

 僕も気になっていたことを織瀬が尋ねた。死への恐怖。漠然とした概念ではなく具体的な症状とはどんなものなのだろうか。

「怖いんだよね。怖いっていうか怖さを突き抜けてよく分からなくなる感じ」

「一人で歩く。周りを見る。無意識に観察している。全部が私に関係しているような気がする。全てが私に向かってくるような気がする」

「それはなんだってそうじゃない?運が悪かったら、車が突っ込んでくる。日本に住んでいれば地震の被害はある。アメリカならトルネード、」

「そうなんだよね。頭では分かってる。思うんだけどさ、凶悪事件のニュースを見れば怖くなるでしょ?身近でもあんな事件が起こるんじゃないかって。誰かが私の家に入ってきて、包丁で私のことを刺すんじゃないかって。過去にそんな事件があって、きっと未来にも起きてしまう。今までは皆と同じように眠れた。でも寝る前にそういうことを考えると今じゃ寝れないの。外の音に耳を傾けて、身体が疲れに疲れて限界になったら眠れる。可笑しいよねそんな不安にならなくてもいいのに」

 ユキの顔は笑った表情のまま涙を流していた。僕は見てはいけないように感じ顔を背けた。織瀬はハンドタオルを渡していた。大丈夫だからと声をかける織瀬の側で僕はなんと声をかけたらいいのか分からなくて黙っていた。

 

 私はいつまでも部屋に閉じこもっているわけにはいかなかった。私は体の状態が安定していることを確認して、部屋の外に出る練習を始めた。私は織瀬に付き添ってもらい、彼女と話をしながら外出を試みた。まず初めに向かったのは徒歩数分のコンビニだった。コンビニでの買い物に成功すると、次はもう少し離れたパン屋に、その次はさらに離れたスーパーマーケットに、そしてゲームセンターに歩いて行った。

 私はそうやって織瀬との時間を過ごしながら、少しずつ死への恐怖を感じていない時間を蓄積していった。この時間は恐怖を感じなかった。そう断言できる時間は数分、数十分と伸びていった。私はそのことを織瀬に報告し、理花さんや彼と一緒に喜び合った。

 火種が燻っている焚火のように、まだ私の状態は完治には至っていなかった。なによりもひとりの時間で恐怖を感じない体験が必要だった。そこで私は絵を描くことにした。題材は彼がイエスタデイから運んできてくれた佐伯祐三の複製画だ。私はその絵を鉛筆を使ってひたすら模写することにした。できるだけ他のことを考えないようにしながら、目の前の絵に集中して画用紙に写し取っていた。集中力が救いだった。私は一日中その作業に没頭しながら、模写を繰り返した。朝に絵を描き始め、昼に彼がつくってくれる食事を三人で食べ、夕方や夜に完成した複製画を見て、この絵を描いている間は私は恐怖を感じなかったぞと冷静を装って頭に覚え込ませていった。


 恐怖を感じない時間をどう確保するか。恐怖を感じたときにその恐怖から関心を逸らすためにどうするか。私はそのルーティンを身につけるためのトレーニングをする必要があるという自覚があった。

 病院の先生に相談してみると、好きなことに没頭する、動画を見る、音楽を聞く、人と話をする、そんなことを提案された。先生は現実から逃避しましょうと私に告げた。

「現実逃避ですか?」

「そうです。現実逃避です」

「現実から逃避していていいんでしょうか?」

 私の疑問に先生は右手に握りこぶしを作って力説した。

「いいんです! ほら現実逃避ってどちらかといえば良くないニュアンスの言葉でしょう?」

「そうですね」

「現実逃避って、やらなくちゃいけないことをやらずに逃げている、努力もせずに怠けてばかりいる、そんな状態のことを非難するために使われている言葉だと思うんです。でも別に逃げていいんですよ。というか日本人はもっと逃げるべきですね。もちろんあなたもそうですよ。逃げるという表現に抵抗があるのなら言い換えればいい。休むとか控えるとかね」

 私は頷いた。

「だって当然のことだと思いませんか? 通りの向こうから包丁を持った人間が歩いて来たら走って逃げますよね? なにも包丁を持った人間を素手で取り押さえることなんて求められてもいないし、そんなことを誰にも期待していないわけです。安全な場所から警察だったり、警備の人の到着を待てばいいんです。なのにこれが精神面の話になると、甘えだとか、我慢できるとか、耐えられないの?なんて話になる。おかしな話です」

「はあ」

「恐怖を覚える。しかもとりわけ強い恐怖を感じているわけです。それはやっぱり身体が危機的状況にあるわけですから。どうか戦おうとはせずに。戦うのは専門家に任せておけばいいんです」

 誰かと一緒にいるときなら、恐怖感を避けることは簡単だった。話をしていればよかったし、私の関心は自分自身ではなくその人に向かっていたからだ。問題は一人でいるときだ。話をすることはできないし、どうしても考え事をしてしまう。耳にイヤホンを付けっぱなしにしたまま、ずっと音楽を聴いていれば大丈夫だろうか。道を歩きながらずっと音楽を聴くことに抵抗はあったが、試す必要があった。

 私は織瀬に後ろに付いてきてもらいながら歩く練習をすることにした。一緒に私の部屋を出発し、織瀬には私の十メートルくらい後ろを付いてきてもらった。私は自分の部屋を出ると織瀬にじゃあ行くねと声をかけて、スマートフォンに入れておいた音楽アプリを操作した。私はあらかじめ聴く曲を決めて、すぐに再生できるように準備していた。

 道中で聴く曲に、織瀬は中島みゆきのファイトを提案し、彼は意外にもラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を提案した。

「クラシック?意外ですね」と織瀬は言った。

「別にクラシックのことが詳しいわけじゃないけどね。どの作曲家がどんな曲を作ったかとか知らないし。そもそもラフマニノフがどのくらい昔の人かも知らないし、何人かも分からないし。でもこの曲は知ってて。あの盲目のピアニストがいるでしょ? 男の人。有名な。名前がちょっと思い出せないんだけど」

 彼が言おうとしている人のことはテレビ番組の特集で見たことがあった。生まれつきか、幼い頃からか、目が見えず、でもピアノの練習を頑張って国内外のコンクールで優秀な成績を残した。私も名前を思い出そうとしたけど思い出すことができなかった。

「その人の演奏を見たことがあって。見たことがあるって言っても、コンサートホールでじゃないよ。テレビで。でもすぐにすごいなと思った。本当に偉大な演奏はきっと人の心に火を灯す」

「語りますね」

「馬鹿にしないでよ」

「いいえ、馬鹿になんかしてません。共感しているんです」

「それならもうちょっと共感してますよ感を出してほしい」


 YouTubeのトップページを開いておもしろそうな動画を探していたら、先生のチャンネルが表示されてびっくりした。乳癌の治療に専念するために私の取っている講座をお休みした先生だ。体調は大丈夫なんだろうか。少し緊張しながら、「展覧会の準備を進めています」というタイトルの動画を再生する。

 こんにちは、と先生は、自分の絵が飾られた壁の前で話し始めた。青系の寒色で描かれたクジラの絵。黄色とオレンジが印象的な向日葵の絵。先生の背景にあるのは、ひとつの色をテーマにしたような絵ばかりだ。向日葵の種にも黒は使われていないし、海面から飛び跳ねるクジラの上に白い雲はない。アトリエか自宅だろうか。

 先生は病気の話なんか一秒だってしなかった。今度展覧会がありますという紹介を始め、こんな形の展覧会にしようと思っていますと計画を語り始めた。先生は何人かの画家と一緒に新宿のギャラリーを借りて、展示即売会を開催しようとしていた。自分たちの描いた絵を飾り、気に入った絵があればその場で買うことができるようだ。私は以前したバイトのことを思い出した。理花さんと出会ったバイトのことを。

 カメラはそのギャラリーでの準備風景を映し始めた。コンクリート張りの部屋の中をどのように飾り付けていくか。絵はどのように配置するのか。先生は他の画家やスタッフと話し合いながら、様々な配置を試していた。飾る絵のチョイスだけじゃなく、飾る絵の配置にも意味をもたせようとしているようだった。

 ギャラリーでの準備に動き回る先生の姿は、私のイメージする病人の姿とはかけ離れたものだった。癌に侵された先生はエネルギーに溢れて動き回り、健康な身体を持っているはずの私は、癌にかかっているのではないかと部屋の中で苦しんでいる。それは私と先生の、人生の限られた時間をどう使っていくのかという姿勢を象徴的に表したものだった。残酷な対比だ。

 私もこうなりたい。動画を見て抱いたのは、先生への憧れの気持ちだった。先生は病気になりながらも自分のやりたいことに取り組んでいる。私もこう生きていきたい。絵を描いて、それだけじゃ食べていけないかもしれないけれど、絵を描いて誰かに見てもらいたい。

 動画は最後に展覧会の日程を紹介して終わった。最後まで先生は自分の病気について触れなかった。私はもう一度その動画の再生を始めた。


「前に近くに住めたらって言ったの覚えてる?」

 彼の口調は真剣だった。だから私も以前にも思ったことを正直に口にすることにした。

「嫌な気持ちと嫌じゃない気持ちの両方がある。私のことを気に掛けてくれるのは嬉しいよ。だって普通はめんどくさくない? 私みたいな人の相手をするのって。みんな自分のことでいっぱいいっぱいだし、体調が悪いのならしばらくゆっくりしてたらとか言って、関わってこないのが多いと思う。私だって負担にはなりたくないし。あと、男の子が自分の部屋に来るのに戸惑いはある」

「戸惑い?」

 彼は曖昧に微笑んだ。

「なんて言うのかな、面倒を見てくれたり、気を使って様子を見に来てくれたり、そういうのって女の子だけかと思ってた」

 そうかもしれないけど。彼はそう前置きしつつ私の言葉を否定した。

「性別ってそんなに関係ないと思う。本当に困ってたら。ただ同性の方が知り合いが多いとか友達が多いとか、それだけの話なんじゃない?」

「そうかもね」私は彼の質問にやっと答えた。「住む場所を私に相談する必要なんてないよ。好きな場所に住めばいいと思う。私の許可とか同意なんていらないよ」


 彼のすごいところはすぐに行動に移したことだ。次の週の火曜日に、トラックの停まる音と荷物を運んでいる様子の男の人の声が聞こえたかと思ったら、彼が私の部屋にやって来て挨拶をした。一階に越してきた○○です。そして彼は私にタオルを差し出した。

 頭が混乱しているときになにかを差し出されると反射的に受け取ってしまう。私がタオルを手にしたのを確認すると、彼はじゃあまたと言ってドアを閉めた。

 人生で一回しか引っ越しをしたことのない私からすると、引っ越しというのは人生の一大イベントである。特に私の場合は大学に通うために一人暮らしを始めた訳だから、生活の変化も大きかった。彼はそんなことないのだろうか? 大学に通うのにも遠くなってしまうんじゃないだろうか。彼はまるで新しい服を買ってきて今日着てみましたみたいな気楽さで引っ越しをしているみたいだった。

 彼はすぐにもう一度私の部屋にやって来た。ご飯食べた?と手には大きな中華鍋を持っている。私が首を横に振ると、じゃあチャーハンつくるから食べようと準備を始めた。

 彼の様子を見ていると次第に罪悪感がこみ上げてきた。引っ越しとなればお金だってかかるだろう。荷物を運ぶのに人だって雇ったみたいだし。このアパートにしたって、家賃はそれほどでもないけれど、敷金や礼金だってゼロでは無かったはずだ。

 彼はコンロの上に中華鍋を置いた。そして強火で中華鍋を温め始めたのに、あっと口にして火を止めて慌てて部屋を飛び出して行った。彼は炊飯器を抱えてすぐに戻ってきた。

「せっかく炊いたのに忘れてた」

 引っ越し作業の傍ら、炊飯器のスイッチを入れているところを想像したら可笑しかった。彼に悪いと思って、私は顔を伏せて笑った。

 彼は中華鍋を温めると油を引いた。そして卵の殻を割ると、立て続けに二つ鍋に投入し、オタマでかき混ぜて炒り卵を作るかのように火を入れていった。次にご飯を入れて卵と混ぜ、合わせて炒めていく。彼は器用に右手だけで重そうな中華鍋を振り、左手に持ったオタマで米の火加減を操っていた。

 私は彼の認識を改めた。この手際の良さはは一度や二度料理をしただけでは身につかない。日常的に料理をしている人の慣れ方だ。そもそも中華鍋を持っている大学生なんて世の中に滅多にいないだろう。料理ができるのすごいな。一人暮らしでちゃんと自炊してるのかな。私は拍手してあげたいぐらいの気分だった。

 彼はそうやって数分間中華鍋を振ると、満足したように頷きタッパーに入れたネギを鍋に投入した。軽く炒めると今度は何か小瓶を鍋の上で振っている。塩と胡椒だろう。そして火を消してテーブルの上に皿を用意すると、中華鍋を持ったままオタマを使って綺麗にチャーハンを盛り付けた。お店で出てくるチャーハンのように半円の形をしている。

 彼に差し出されたレンゲを受け取り、促されるままに一口、二口と食べ進める。

「どう?」

「美味しい」私は率直に感想を伝え食べ進める。「想像の百倍ぐらい美味しい」

「良かった」

「お店で食べるチャーハンみたい」

「ホントに?」

「うん。パラパラしてるし」

「なら良かった」

 彼はそこでようやく自分の分もお皿に盛り付け食べ始めた。私も彼も黙々と食べ進める。途中で冷たい飲み物を飲みたくなった。彼が調理をしている間に用意をしておけば良かったと後悔をした。私は彼が調理をしているのに夢中になって、飲み物も食器もなにも用意していなかった。食材も食器も全部彼が用意していたものだ。

「ねえ、このチャーハンさ。美味しいんだけど」

「けど?」

「次はなにかお肉とか入れてほしい」

「分かった」


 私はひとつの勘違いをしてしまっていた。それは彼が料理上手だということだ。彼は色んな料理を作ることができて、その中からチャーハンを選んで私に振る舞ってくれたのだと思っていた。それは仕方のない勘違いだった。彼が作れるのはチャーハンだけで、彼はただ美味しいチャーハンを作るために中華鍋を買った少し変わった人だった。

 私は彼が作るままにチャーハンを食べた。他の料理は中華も中華以外も何も出ては来なかった。美味しいチャーハンを作ってくれたことに感謝はしていたけれど、チャーハンを週に何回も何回も食べていると贅沢なことに他の料理も食べたくなってくるのだ。

「チャーハン以外の料理は作らないの?」

「チャーハン以外?」

「チャーハンがこんなに美味しいなら、他の料理だって上手なんじゃない? 中華だったら回鍋肉とか青椒肉絲とか」

「無理だよ。一回も作ったことないんだから」

「そうなの? 中華鍋を持ってるのに?」

「中華鍋って言っても、美味しいチャーハンを自分で作れるようになりたくて買っただけだから」

 嘘でしょ。私は信じられなくて質問を繰り返した。

「チャーハンだけのためにわざわざ?」

「そうだよ。YouTubeを見てたら、チャーハンを作ってる人の動画があって。毎日チャーハンを作る動画ばっかり上げてて。その人のチャーハンがめちゃめちゃ美味しそうだったんだよね」

「それだけで中華鍋買う?」

「まあそれはそうなんだけど」彼は歯切れ悪く頷いた。「ちょっと悩みはしたよ。中華鍋を買ってまで練習するのかって。でも美味しそうだからやってみることにした。動画の見様見真似で作り始めて。でも最初は上手くできなかったな。途中で中華鍋ってのは油でコーティングするもんなんだよって知って、そっちも真似してみたりして。最初はパラパラにならなかったり、味付けが薄かったりして全然ダメだった。それでもコツが分かってきてだんだん美味しくなったから嬉しくてどんどん作るようになっちゃった」

 彼は高校時代の部活ではこのぐらい勝ち進みましたよ、負けちゃいましたけどね、みたいな雰囲気でそう話すと、チャーハンをまた食べ始めた。ダメだ。チャーハン以外の料理を作れるどころか、興味すらないらしい。

 私は溜息をついた。いくら美味しくてもこの頻度では飽きてしまう。彼は毎日チャーハンでも不満がなさそうなチャーハン大好き人間だった。でも私は毎日は嫌だ。一週間に何回も何回も食べるのも嫌だ。仕方がないので、何日かに一度は私がご飯を作ることにした。そうは言っても、私は大学生になるまで自炊したことなどなかったし、得意料理のレパートリーもない。なんとか作れそうなメニューを考え、YouTubeで簡単そうなレシピを検索する。これなら行けるかな?と動画を見ながら料理をした。ご飯を炒めてケチャップを混ぜて味付けをする。そして卵を焼いて包む。

 彼はとても嬉しそうに私が作った下手くそなオムライスを食べた。私はオムライスを食べながら、卵に火を入れる時間はもっと短いほうが良かったなと反省した。


 彼の好きな料理は米料理が多かった。なんでも実家には親戚から送られてくる米が大量にあるらしい。そしてその米は彼のアパートの部屋にまで押し寄せてきているようだ。

「だからチャーハンを作ってるの?」

「違うよ。チャーハンは趣味」

 そんなに断言されても困る。

「人の趣味にあれこれ言いたくないけど趣味の範囲が狭すぎない?」

「何かひとつ料理が作れたらいいなって思って、チャーハンを練習することにしたんだよ。チャーハン好きだし」

「そう。チャーハンが好きなのは分かったけどさ、他の米料理には興味無かったの? それこそ、私がこの前作ったオムライスとか。もしくはパエリアとか」

「パエリアは大変でしょ。あの鍋?フライパン?も買わなくちゃいけないだろうし。かまどもないし」

「そっか。オムライスは?」

「オムライスよりチャーハンの方が好きだしなあ」

「好きとか嫌いとかじゃないでしょ。レパートリーの話」

「卵料理って結構難しいんだよ。チャーハンなら卵の焼け具合とかそんなに気にしないけど、オムライスとか焼き加減で美味いかマズイか決まっちゃうまであると思うし」

 私はチャーハン以外の全てを諦めてチャーハンにだけ注文をつけることにした。

「じゃあチャーハンに色々入れてみたら? お店にだってエビチャーハンとかあるじゃん」

 彼はそこでようやく私の意見を採用した。卵とネギだけのチャーハンは豚チャーハンになりエビチャーハンになった。カニチャーハンという私の提案は予算の都合上却下された。

「カニは無理だよ。高すぎる」

「そんなに高いんだ。安いのってないの?」

「安いカニが売ってるのなら、この世にカニカマは存在しないって」

 私は彼の謎理論に頷くべきかよく分からなかった。

「じゃあカニカマを入れてみたら?」

「カニがないからカニカマを入れるっていうのは、なんか負けた気がする」

「別にいいでしょ負けでも。美味しいなら」

「そうかなあ」

「あとさグリーンピースを入れたほうが美味しいんじゃない?」

「うーん、グリーンピースってなんか微妙に高いんだよね。コスパ悪いような気がして」

「じゃあミックスベジタブルとかは?」

「いくらするかなあ。結局さ卵が最強なんだよね。後はネギと豚バラ。コスパばっかり気にして買うのが偏っちゃう」


 私の体調の良い日を見計らって、織瀬は私を家の外に連れ出そうとした。織瀬が提案するのは他愛のない場所が多かった。喫茶店、市民公園、古本屋、ゲームセンター、駅前のショッピングモール、図書館、近所のパン屋さん。織瀬が提案した中で私が断ったのは苦手なカラオケだけだった。織瀬が提案するままに、私は織瀬の後ろを小鴨のように付いて歩いた。

「光合成が大事なんですよ」

「光合成って植物だけじゃないの?」

「私は人間も光合成をすると思ってます」

「するかなあ。肌が焼けるくらいじゃない?」

「あっもしかしてユキさんも美白の星の人ですか?」

「違うけど」

「よかった」

 織瀬はわざわざ胸に手を当てて安心したことを示した。

「美白の星の人だったらどうしようかと思いましたよ。でも冷静に考えてみれば違いますよね。日に当たることに意識を向けてるような恰好じゃないですもんね。帽子をかぶっているわけじゃないし」

「ずっと日に当たって半袖のシャツの袖のところで明らかに肌の色が変わっていたりしたら嫌だけど」

「それは私もそうですね」

「それにその美白の星って? 太陽系に存在するの?」

「知らないんですか? 地球上にありますよ」

「噂は聞いたことあるけどね。実際に見たことはない」

「美白の星の人は日光との戦いを続けていますからね。白日の元には出てこないかもしれませんね」

「それ日本語の使い方が間違ってない? 白日の元にって、犯罪者とか容疑者に使う言葉でしょ」

「それは失礼しました」


 誰かと一緒にいるのなら、死への恐怖を感じないと気が付いたことは私にとって本当に大きな一歩だった。私には行きたい場所があった。その場所に行くためには誰かの協力が必要だった。

「大阪ですか?」

「そう」

「なんでですか?」

「私の先生が、画家の先生、その先生が大阪で展覧会をやるんだって。その展覧会を見に行きたいんだ」

 先生の展覧会を見に行きたいと思ったまま、ついに行くことは出来なかった。私は織瀬や彼に見守られながら、外を歩く練習をしている最中だったし、その時の私には展覧会に行く余裕なんてなかった。だから展覧会は縁が無いものとして諦めていた。先生のYouTubeチャンネルにアップロードされていた、「展覧会ありがとうございました!」というタイトルの動画をみたときにもそれほど残念な気持ちは感じなかった。

 ただ昨日、「【お知らせ】展覧会の大阪での開催が決定しました!」という動画を見たときには心がざわざわとした。私は誰かと一緒なら出歩ける。見に行きたい。見に行って先生に会ってみたい。絵を見てみたい。可能なら絵を買ってみたい。先生の動画を見ている間に、私はすっかり先生の絵のファンになっていた。

 私の説明を聞いた織瀬は渋い顔をした。

「大阪は大変じゃないですか?」

「うん。そうなんだけど」

「泊まりになりますよね?」

「そうなると思う。日帰りは時間が短くなっちゃうし」

「体調的にどうなんですか? 泊まりって」

「大丈夫ではあると思う」

「誰かと一緒ならってことですか?」

 私は小さく頷いた。

「そうですよね」

 織瀬は行っていいものか判断をしかねているようだった。

「もう一つ理由があって」

 私は先生に憧れている理由を説明しないといけないと思った。乳癌に侵されながら、積極的な活動を続けるバイタリティーに圧倒されていること。病人であることを言い訳にせずに画家として生きていることを。

 私はスマートフォンでYouTubeの画面を開き、先生の動画を再生した。

「この先生なんだけど」

「若くて綺麗な先生じゃないですか」

「うん、この先生が元は大学で私の取ってる講座を担当してたんだけど」

「はい」

「最近、学校をお休みしているみたいで、その理由が病気になっちゃったからなんだって」

「動画で見た感じだとかなり元気そうに見えますけど」

「乳癌なんだって。別の動画で言ってた」

「そうですか」

 乳癌というキーワードは織瀬にも衝撃を与えたようだった。織瀬はそうですかと相槌をうったきり動画に見入った。私も動画に見入る。何度も再生した展覧会準備の動画だ。そのまま三分ほど経ったところでようやく織瀬が口を開いた。

「この展覧会に行きたいってことですか?」

「ううん。この展覧会は東京だし、もう終わっちゃったから。このときは今よりも体調がよくなかったし、行くのは無理だった。それはもうしょうがないから諦めてたんだけど、今度は大阪で展覧会をやるんだって。その行動力がすごいじゃん。私なんかたぶん身体はなんの問題もないくらい健康体なのに、こうやって部屋の中に閉じこもって苦しんで。でも実際に病気になっている先生はこうやってドンドン家の外に出て行って、いろんな人と協力して自分のやりたいことを立ち上げて。そういうことに憧れるんだ」

「先生って話ですけど、親しかったりするんですか?」

「ううん」私は首を横に振った。「たぶん先生は私のことを覚えてないと思う。講座を取っているうちの一人の学生ってだけだし。こっちだって、先生が病気になる前はそんなに興味もなかった。絵は一回見たことがあったかな。そのくらい。薄情なもんだよね。元気に活動をしている人の作品には興味を示さないで、相手に癌患者って属性が備わったとたんに興味を示すなんて」

「入り口なんてどうでもいいと思いますよ、私は。アスリートとかイケメンとか美人とか言われますけど、興味を持つ入り口はどうでもいいと思います。興味を持った後にどう相手のことを知っていくか、理解していくのかの方が大事なことですよ」

「そっか」と私は頷いた。「展覧会に行けたら、先生の絵も買いたいんだ。私の買える絵があるかどうかは分からないけど」

「そんなに人気なんですか?」

「ううん、絵はあると思う。問題は予算」

「そっか。高いんですか?」

「大きな絵はね。多分高くて私には買えないと思う。でも小さな絵もあると思うから。そっちなら買えるかも」

「絵の値段って大きさで変わるんですか?」

「ああ、どうだろう」

 私は今までに見た絵画の値段を思い出そうとした。でも私にとって絵とは鑑賞するものであり、購入するものではなかった。私は美術館や記念館に行ったことはあっても、画廊に行ったことはほとんどなかった。それこそバイトをしたときくらいだ。

「そう言われるとあんまり分かんないな。先生も動画じゃ、絵は売ってますってことは言ってても、いくらで売ってますってことは言ってないし。イメージだけど、やっぱり大きな絵は高いと思うな。たぶん。小さな絵なら私でも買えるくらいの金額に設定してると思う。葉書ぐらいの大きさの絵なら高くてもせいぜい数万円とかだと思うけど」

「葉書大で数万円ですか? 結構しますね。まあでも一点ものですしそんなもんなんですか?」

「たぶん」

 織瀬は私と話をしても大阪に行くかどうか迷っている様子だった。私はもう一か所行きたいところがあるのだという話をした。私が理花さんと知り合うきっかけになった絵、私が喫茶店イエスタデイで働き始めるきっかけになった絵、そしてイエスタデイで織瀬や彼と知り合うきっかけになった絵。あの佐伯祐三の絵の本物が大阪にあるのだ。その絵を飾る美術館は長い準備期間を経てようやく開館にこぎつけていた。

 私がそのことを告げても織瀬はまだ迷っている様子だった。それでも最終的にはじゃあ行きましょうかと口にしてくれたのだった。


 大阪へ行くのなら安いのは高速バスだ。でも織瀬は高速バスという私の提案を即座に却下した。

「高速バスは嫌です。絶対嫌です」

「えっなんで?」

「だって高速バスですよ。路線バスだって一時間とか乗ってたらお尻が痛くなってくるのに、高速バスなんて何時間かかるか。しかも東京から大阪ですよ」

「そんなに?」

「バスってどのくらい長い時間乗ったことあります?」

「学校の遠足とか、校外学習とかかな」

「ですよね」織瀬は腕を組んで何回も頷いた。「私一回だけ高速バスに乗ったことがあるんですよ。東京、新宿ですね。新宿から博多駅まで。夜行バスで」

「博多って、九州じゃん。それは遠いでしょ」

「そりゃ遠いですよ。でも夜行バスですから。寝てればいいじゃんって思ってたんですよね。結構豪華なバスで、シートも一つ一つ離れていて、快適そう。甘い考えでした。結局普段と違う雰囲気に全然眠れず。たぶん富士山まで来たくらいでお尻が痛くなってきて、私は新幹線か飛行機にしなかったことを後悔しました。しかもその後の静岡が永遠に終わらなくて」

「終わるでしょ。いつかは」

「本当に終わらないんですよ静岡が。トイレ休憩のある浜松までの時間がどれだけ長く感じられたか」

「そうなんだ。大阪に行くのも静岡は通るよね」

「通るでしょうね」

 織瀬は新幹線を提案した。


 先生の展覧会に合わせて、大阪への出発は三週間後の土曜日の朝に決まった。新幹線で大阪へ向かい、一泊して日曜日の夜に再び新幹線で帰ってくる。私は織瀬と相談してホテルを予約し、新幹線のキップを買った。いつの間にか彼も一緒に行くことになっていて、ホテルの予約や新幹線のキップも追加する必要があった。

 初の東海道新幹線に私はちょっとドキドキしていた。私たちは三人掛けのシートの空いている箇所を探して並んで席についた。彼は窓際の席にさっさと座ってしまい、その隣に私、通路側に織瀬が座った。彼は新幹線が動き出すなりさっさと眠りについてしまったから、車中で私は織瀬とずっと話をしていた。

 私たちはあらかじめ決めておいた旅行のプランをもう一度確認することにした。十時に東京駅を発車した新幹線が新大阪駅に到着するのは十二時半頃。そのままお昼ご飯を食べて、梅田で開催される先生の展覧会を観に行くのは一時半とか二時頃になるだろう。終わったらホテルにチェックインして荷物を置き、夕ご飯。夜は疲れているかもしれないと予定は入れていなかった。

 翌日はホテルをチェックアウトして、佐伯祐三の絵を見るために中之島にある美術館へと向かう。見終わったら帰宅だ。

「せっかく大阪まで行くなら食いだおれしたいですよね」

「そう? じゃあ今日の夜は食べ歩きする?」

「問題がひとつあって」

「なに?」

「私今ダイエット中なんですよね」

 一瞬沈黙が流れた。

「へえー」

「いや、そこはツッコんでもらわないと」

「じゃあ私たちは食べてるから織瀬は指を咥えててもらって」

「嫌だ」

「どうしたの突然」

「私も食べたい。たこ焼き大好きなんですよ」

「じゃあ食べてもらって」


 新大阪駅に着くアナウンスが流れても彼はまだ寝ていたし、私たちに起こされて新幹線を降りてからもまだ眠そうだった。なんでそんなに眠そうにしているのか私は不思議だった。

 新大阪駅構内の食堂で関西風の透き通った汁のうどんを食べ、先生の展覧会を見に行くためにまず梅田駅に向かった。電車内にいる学生風のカップルの会話に耳を傾けながら、先生にどう挨拶をするか考えた。

「さっきから何にやにや見とん?」

「なんも」

「嘘。スマホ見とったやん」

「知らんし」

 私は先生が病気のことをオープンにしたまま活動を続けていることに励まされていた。その気持ちを伝えたかった。ただその気持ちを伝えるとなると、展覧会の場で先生に病気のことを思い出させてしまうことになる。

 それはやっぱり良くないことなんじゃないだろうか。せっかくの展覧会の場にも相応しくないかもしれない。私が先生の立場ならどうだろう? 病気の話はしてほしくない。そう考えるのが普通なんじゃないだろうか?

 先生の絵が好きなんですという話をしようと私は決めた。私の好きな色でもある青。何種類かの青で描かれたクジラの絵が好きなんですという話をしてみようか。


 先生の展覧会の会場は梅田駅から徒歩十分ほどのお店の中にあった。

 会場はビルの一階にある広いコーヒーショップの一角だった。壁や区切りのない学校の教室を二つ繋げたぐらいのスペースには所狭しとテーブルが並べられ、奥側の壁一面に様々な絵が飾られていた。

「先生いましたね」

「うん」

 先生は奥側の壁に近いテーブルに腰掛けて、男性と話をしていた。絵を鑑賞している人もいるのに、話しかけに行く素振りはない。

 私は急に緊張してきてお店の中に入りもせず、入口の側に立ち尽くしていた。せっかく大阪まで来たのに、お店の中に入らずにこのまま帰ってしまいたくなった。私の悪いところだ。子どものときに両親にお祭りに連れて行ってもらったのに、盆踊りの列に加わるのを恥ずかしがって母親の手を握ったままお祭りを楽しみもせずに帰って来てしまった。そして家に帰って来たら来たで、出店の食べ物が食べたかったのにと泣いて親を困らせた。

 でももう私は子どもではないし、ここには親もいない。

「入ろうか」

 私は飲み物を買って奥まった席に着いて絵を眺めたいと二人に伝えた。コーヒーショップのカウンターの上にあるメニューを眺めてどれを頼むか考える。

「私はモカにしようかな」

「私はエスプレッソって感じですかね」

 彼はまだ悩んでいるようだった。メニューを眺めたまま固まっている。

「先輩はどうするんですか?」

「どうしようね。コーヒーかな」

「コーヒー嫌いだって言ってたじゃないですか」

「嫌いだなんて言ってないよ。苦手だって言ったの」

「同じことじゃないですか。無理することないですよ。ココアがあるんだからそれにしたらいいじゃないですか」

 織瀬はメニューの右側を指差した。確かにメニューには「Cocoa 500」の文字がある。

「ココアか」

「いいじゃないですかココア。この雰囲気のお店ならきっと美味しいですよ」

「ココアね」

「まさかココアも嫌いだとか言いませんよね? 甘いのが苦手だとか」

「全然。ココアは好きな方だと思う」

「ならいいじゃないですか」

「ココアってなんかさ子どもっぽくない?」

 確かにと思ったのは私だけだった。織瀬は彼の言葉を一刀両断していた。

「ココアは子どもっぽくなんかありません。ココアを子どもっぽいっていう人は子どもっぽいかもしれないですけど」

 その言葉を聞いて、彼は素直にココアを注文していた。素直なのはいいことだ。


 カップを受け取り、奥側の壁に飾られた絵を眺めた。一つの絵ごとに色にテーマを当てた先生の作品はその中でも目立っていた。あの絵は青、あの絵は赤、あの絵は黒。作品に統一感がある。一つ一つの絵としても楽しめるし、作品の集合体としても調和がとれているような気がする。

 展示会は何人かの画家と合同で行われているものだった。先生の絵の他にも、ダンディな老紳士の絵、ヨーロッパだろうか小麦畑と建物の絵、現代美術に含まれるであろう奇妙な形の〇と×を描いた絵、ビビットカラーを用いてアニメのキャラクターのような女の子を描いた絵があった。作風はバラバラだ。

 そのまま話もせずにモカをちびりちびりと飲みながら絵を眺めた。なるほどコーヒーショップでの展覧会はいいものだ。飲み物を飲みながら座って絵を鑑賞できるし、なにより気軽に入ることができる。私は一瞬尻込みしてしまったけれど、そんなの例外だ。絵に興味があるのなら近づいてみることもできるし、そこまででもないのなら席からそっと様子を窺うこともできる。

 もし私も展覧会を開くなら飲食店とレンタルスペースが一緒になった場所を借りて、なんてことを考えもした。利用料金はいくらくらいなんだろう。一日数万円とかだろうか。そのくらいならなんとかなりそうだ。先生たちみたいに何人かの合同で開催すれば、一人当たりの負担も少ないだろう。問題は仲間探しの方だ。スペースを探すよりそっちの方がハードルが高い。

 妄想の世界に旅立った私を呼び戻したのは彼だった。

「ねえ、あの女の人でしょ? 先生って」

 彼は先生のことをココアのカップで指した。

「あっうん。そうだよ」

「話しかけにいかなくていいの? 東京から見に来たんですとかって」

「うん、話し掛けに行きたいんだけど、もうちょっと絵を見てからにする」

「そう」

 先生は男性との話を終えて、今度は新しくやってきた女性と話を始めた。先生よりは少し年下だろうか。長い髪の女性は先生とは以前からの知り合いのようだった。先生と同じテーブルに座ると、親しげに話を始めた。

「ごめん、ちょっと」

「はい」

 私は織瀬に声をかけると、トイレに立った。

 トイレへの道すがら、そしてトイレの中でも先生にどんなタイミングで声をかけるかを考える。まずは挨拶。こんにちはかな。すいませんよりはいいだろう。こんにちはと言って、後はなんて言おう。私、大学で先生の講座を取っていたんですと申し出た方がいいだろうか。それとも私の話なんかせずに、YouTubeを見て気になって、それで来てみることにしたんですと言った方がいいだろうか。私が東京から来たことを言ったら驚かれるかもしれないな。東京から? 遠かったでしょう? とかって。東京でも展覧会をやっていたんですよと言われたらどうしよう。私の話をしてもしょうがないし、忙しくて行きそびれてしまったということにすればいいか。

 手を洗い、ハンカチで手を拭いた辺りで、なんとなく頭の中で言葉をまとめた。ちゃんと声を出して挨拶をしよう。いつも最初の声が小っちゃくなってしまうから、それに気を付けて。

 でもそんな私の準備には何の意味もなかった。トイレからテーブルに戻るなり、私は彼が先生と話をしている場面に出くわした。

「どうしたの?」

「先輩が撮影禁止じゃないってことに気が付いて、スマホで絵の写真を撮り始めたんですよ。それが一枚や二枚じゃなかったから先生の方も変なやつが来たぞみたいな感じで話し始めて」

「変なやつ?」

「それは私の想像です。実際はお好きな絵がありますか?とかでした」

「そう」

 彼はこちらに背を向けて先生と話をしていた。絵を指差しながらなにかを話している。私が席につこうとしたときに、ちょうど彼が振り向いた。こっちに来いよと言わんばかりに手招きをする。その様子に気が付いた先生もこちらを向いた。先生と目が合う。私と目が合ってもとくに変化はない。私は手招きに応じるように二人の元へと歩いて行った。

「こんにちは」

「こんにちは」

「彼女が絵が見たいと言ってそれで一緒にここまで来たんです」

「本当ですか? ありがとうございます」

「いえ」

 先生は私のことを覚えてはいなかった。無理もない。先生は私のゼミを担当しているわけでもなく、私の受講した講義を担当していたにすぎない。先生は一人でも、学生は何十人もいる。

「あのYouTubeを見て素敵な絵だなと思って興味を持ったんです。それで画面越しにちらっと見るだけじゃなくて、本物をちゃんと見たいなと思って。展覧会をやられているとのことだったので行きたいなと思って。それで今日は来ました」

「ありがとうございます」

 先生はわざわざ頭を下げた。頭の動きに合わせて長い黒髪が床に向かって垂れる。それは大学生に対する態度ではなく、まるでこの建物のオーナーにでも会っているかのような態度に感じられた。

「絵に興味を持ってもらえるのが一番嬉しいんです。それで気に入っていただけたのはどんな絵でした?」

「あのクジラの絵です。寒色でまとめられた」

 私は右手で絵を示した。

「その青の?」

「そうです」

 私たちは絵の前まで移動した。まさしく目の前にあの青のクジラの絵がある。YouTubeの動画で見ていた印象よりもずっと大きく感じられる。アパートの部屋にあるテレビを縦向きにしたらこのくらいの大きさだろうか。十号だろう。

「そうでしたか。この作品は私が色をテーマにして制作した作品群のうちの一つなんです」

「他に黄色の向日葵の絵も見ました。向日葵の種が赤っぽいオレンジですか?で描かれていてびっくりしました。黒を使わずに描くんだなと思って」

「普通は黒を使いますよね。特に向日葵の種は黒いし、イメージの中でも黒いものだという考えがあります。それでも別の色を使って描いてみたくなって。その絵のテーマが黄色だったから、オレンジを使って描いてみることにしたんです」

「向日葵の絵はないんですか? この場所には飾られてはいませんけど」

 先生は彼の質問に困ったように笑って言った。

「大阪での展覧会の前に東京でも展覧会をしたんです。向日葵の絵はそのときに売れてしまいました。だからこの場所には無いんです。ご覧になれればよかったんですけど」

「そうですよね。飾っているだけではなく、販売もされているんですもんね」

「ええ」

 彼は私に視線を向けてきた。言いたいことは分かる。買うのか? そう尋ねてきていた。私は青いクジラの絵に額の下にある値札に目をやった。「¥440,000(税込)」の表記。言うまでもない。買えるはずがない。

 そこで先生は女の人に声を掛けられ、すいませんと言って私たちから離れていった。せっかくだから近くで絵を鑑賞しようと絵に見入ろうとした私の気を知ってか知らずか彼が話しかけてきた。

「これ買うの?」

 さすがに彼の声はだいぶ小さい。

「無理でしょ。四十四万円は」

「だよね。びっくりした。買うのかと思って」

「本当は買いたいんだけど。お金があればね」

「四十四万円か。そうだよね。画家って絵を売って食べてるんだからそのくらいするか」

「値段は人によって全然違うけど」

「これって描いた本人が値段付けるの?」

「それはそうでしょ」

「そっか」

 先生との話が終わったのを見計らってか織瀬が近くまでやってきた。

「どうですか? 絵は」

「うん。思ってたのよりずっといいと思う。そんなことを言うと上から目線みたいだけど」

「そんなことないですよ。なんかカッコいい印象の絵ですよね。そうじゃないですか?」

「筆の跡が綺麗だよね。線の綺麗なところと荒々しいところの対比があって。そこが素敵」

「買いたいって言ってましたけど、お眼鏡にかなうものはありました?」

「なにその言い方」と私は笑った。「お眼鏡にかなうものしかないよ」

 私は先生の絵を買って帰りたかった。私が苦しんだあのアパートの部屋も、先生の絵が飾ってあれば全く違う空間になると思っていたからだ。そして今振り返ってみればその予感は的中していた。私は先生の絵を繰り返し眺めて困難な時間をなんとかやり過ごしていった。マラソン選手が給水所で水を受け取るように、困難な中にも息を付く場所は必要だ。私にとってはそれは絵画だった。

 私は自分が買える絵はせいぜい三万円か四万円かそこらだと思っていた。幸いなことに展示会の絵は大小様々なものが用意されていて、大きなものはどの画家も十万円以上するようだったけれど、小さなものに関して言えば数万円の値付けがなされているものだけだった。

 先生の作品のうち、私が買えそうなものは、水までも赤く染まった金魚の絵、そして薄暗い台所に座る黒猫の絵、実在するのかも分からない青い薔薇の絵だった。この中なら青だ。私の好きな色。値段は「¥33,000(税込)」とある。予算的にも問題ない。

「この絵にしようかなって」

「この青い薔薇の絵ですか?」

「うん」

「いいんじゃないですか。売れちゃわないうちに言ったほうがいいですよ」

「もちろん」

 私は先生が女性と話し終わるのを待って声をかけた。絵を買いたいという申し出に先生はとても驚いたようだった。それはそうだろう。小さい方の絵とは言っても、とても学生の買い物ではない。先生は私に大丈夫ですか?みたいなことは一言も言わずに対応してくれた。私はそのことを嬉しく思った。

 すぐに準備しますねという先生に私は一つお願いをすることにした。

「あの、どこかにサインをいただくことってできますか?」

「サインですか? もちろん大丈夫ですけど、どこに書きましょうか」

「私ユキって名前なんですけど、額縁の裏側のところに、To Yukiって書いてもらうことってできますか?」

「もちろんです」

 先生はペンを持ってきますねと言って、わざわざ青いペンを探しに行ってくれた。すぐに戻ってくると、ありましたと言って私にペンを見せながら微笑んだ。壁から額縁を外すと、裏の板を外してサインを描く場所を私に確認した。

「この辺で大丈夫ですか?」

「はい、お願いします」

 先生はTo Yukiと書いた。そしてその下に自分のサインと今日の日付を入れながら、私に質問をした。

「ユキさんは学生さんですか?」

「はい。大学生です」

「大学ではどんな勉強をされているんですか?」

「私は絵の勉強をしています」

「絵ですか?」

 先生は私の顔を見た。

「はい。油絵科です」

「なんだ。それならもっと早く言ってくださったら良かったのに。同志じゃないですか」

「同志ですか?」

「ええ、仲間と言ってもいいかもしれないですけど。もっと私の感覚に近い言葉を使うなら戦友でしょうね」

「戦友?」

「あるいはライバルかもしれませんね」

「そんな、ライバルなんてなれません」

「突然変なことを言ってごめんなさい。サインはこれで大丈夫ですか?」

 先生は裏板に書いたサインをこちらに見せた。私の希望通りだ。作品に合わせて青いペンまで使ってくれたのだからなんの文句もない。大満足だ。

「はい。ありがとうございます」

「いえ、絵を買っていただいたのはこちらですから。こちらこそありがとうございます」

 私がお会計を済ませると、先生は絵を額縁ごと厚紙でできた箱にしまった。そして紙袋に入れて私に渡してくれる。

「さっきは変なことを言ってごめんなさいね」

「いいえ」

「でも冗談でもないし、ふざけたわけでもないんですよ。だって絵を描くのって孤独なことでしょう? 一人で部屋なりアトリエに籠って、作品制作に取り掛からなきゃならないなんて。だから絵を描いている人に会うと嬉しくなるんです。この人も私と同じことをしているんだなあって。誰に強制されているわけでもないのに、私と同じことをする道を選んだんだなって」

「分かります。その感覚。きっと絵を描いている人はみんな同じだと思います」

 先生は私に向かって微笑んだ。とても優しい笑みだった。

「またお会いできる日を楽しみにしています。ぜひまた展覧会にいらしてください。そうでなくてもきっとまたお会いできると思います。私が絵を描いてユキさんも絵を描いていれば。今日はありがとうございました」

 展覧会をあとにする私たちを先生はわざわざ歩道に出て見送ってくれた。

 大阪でできた素敵な思い出だ。


 そうやって私は悪い状態を抜け出しつつあった。

 理花さんは私の回復ぶりに喜び、リハビリがてらイエスタデイに来ることを提案した。

『美味しいコーヒーを淹れて待ってるから。でも無理はしなくていいからね』

 私はシャワーを浴び服を着替えてイエスタデイへと向かうことにした。心配した織瀬は私に同行することを申し出、それなら探偵が尾行するように追いかけてきてと私は伝えた。恐怖心はまだあった。ただ具体的な想像には結びついてこなかった。歩く私を車が轢きにくるイメージは頭の中に浮かばなかった。ただ、ぼんやりとした不安な気持ちを抱いていた。

 イエスタデイに着いたとき、ドアには「OPEN」の札が掛かっており、私はその札を見ただけで泣いてしまいそうだった。お店に入った私に、理花さんは「いらっしゃいませ」ではなく「おかえりなさい」と言った。私は理花さんに向かって、コーヒーを注文した。そんな私に向かって理花さんは「かしこまりました」と、声を掛けた。

 私はイエスタデイのカウンターテーブルに座っているだけなのに、汗ばんでいた。体は緊張していた。体はまだ万全の体調ではなかった。でも私はイエスタデイに来れた自分を褒めてあげたい気持ちで一杯だった。

 

 私のリハビリはイエスタデイへと通うことに変わった。

 私は織瀬や彼に見守ってもらいつつ、イエスタデイへと向かい、コーヒーを飲んで帰るということを繰り返した。もう具体的な死の瞬間の妄想は浮かんでは来なかった。

 そうこうしているうちに私は誕生日を迎えた。それは私の十代が終わりを迎えたことを意味していた。

 織瀬は彼と一緒になって大きなケーキを買ってきてくれた。ホールのショートケーキの上には「誕生日おめでとう!」というメッセージが書かれたチョコが乗っていた。織瀬がケーキの上のロウソクに火を点け、彼が部屋の電気を消した。二人はわざわざハッピーバースデートゥーユーと手を叩きながら歌い、私はロウソクの火を吹き消した。ケーキのロウソクの火を消したのは小学生以来のことで私はなんだか気恥ずかしかった。

 誕生日を祝福してくれる言葉に私は声にならない声で「うん、うん」と頷いた。私は黄金の時間を、そして幸福の時間を過ごしているのだということに気がついた。私は織瀬と彼に対して話を始めた。それまでとは打って変わって、私は自分の体の中から言葉が溢れ出てくるように感じた。私の中には語るべき言葉があり、言葉は行列を形成して自分の順番を待っていた。私はひたすらに話し続けた。

 そしてそれらの言葉がすっかり出てしまうと、私の体は快方に向かった。死への恐怖は徐々に、人間の記憶が薄れていくようなのんびりとした足取りで私から離れていった。そうして私はただの大学生に、ただし絵を描く大学生に戻ったのだった。


「理花さんは突然昔知り合った人とまた話したいなって思うことはありますか?」と、私は言った。

 もう秋が終わろうとしていた。長い夏がようやく終わると、私が夏の余韻に浸る暇もなくすぐに世の中はどんどん寒くなっていった。夜もどんどん長くなっていって、大学の帰りにイエスタデイに寄ってコーヒーを一杯飲むわずかな時間で、外はすっかり暗くなってしまうのだった。イエスタデイに来るお客さんを眺めていても、ジャケットを羽織る人が増えてコートを着る人が出始めた。私は、他のお客さんが上着を脱ぎ二つに折りたたむように隣の椅子の背もたれに掛けるのを眺めて(私は脱いだ上着を人がたたんでいる様子を見るのが好きでよく何の気なしに眺めていた。男の人でも女の人でも脱いだ上着をとても大切に愛おしく扱う人を見られると嬉しくなるのだ)、私はようやく冬が来るのだと気が付いた。そして慌てて半袖のシャツや七分丈の夏服を仕舞い込み、セーターやコートやマフラーを出し、こたつ布団を用意し、ベッドの毛布を一枚増やして冬を迎える準備をした。駅前のデパートに出掛けてコーヒー豆とコンソメスープとコーンポタージュスープを大量に買い込んだりもした。そうこうしている間に十月が終わって十一月になった。

「どうしたの、いきなり?」と、理花さんは食器を洗う手を休めることなく言った。

 私は鞄から昔使っていたウォークマンを出して、理花さんにも見えるようにカウンターテーブルの上に置いた。

「最近寒くなってきたじゃないですか、それで冬服とか毛布とか出したんですけど、その時に一緒に出てきて。なんか懐かしくなっちゃって」

洗い物を終えた理花さんはウォークマンを手に取って話し始めた。

「懐かしいって言ってもこれそんなに古いものには見えないけれど、どのくらい前の話なの?」

「それ買ったの高校一年生の時とかですよ。その後三、四年くらいは使ったんですけどいつの間にか使わなくなってどこにあるのかも分からなくなっちゃってたんですよね」と、私は言った。

理花さんはひとり言のように、そうと呟いてから、

「でも確かにユキがここで音楽聴いてるのは見たことなかったかもね」と、言った。そして、

「昔の友達とか先生とかと話をしたいって思うことはもちろんあるけれど、でも」と、続けたところでいったん口を閉じた。

「でも?」と、私は繰り返した。

理花さんはうーんと少し考えるようにして、

「なんていうか上手に言えないんだけれど、もし実際に昔の友達とか先生とかと話をしに行ったとしても、こんにちはお久しぶりですなんて挨拶を交わしたら、その後口を開いても続けて言葉は出てこないんじゃないかって思っちゃうんだよね。ごめんなさい何か話したいことがあったような気がしたんですけどそれが何かは分かりませんでしたとか言って」と、続けた。

私は口をぽかんと開けたまま何かしゃべろうとしながらもしゃべらず固まる理花さんを想像して可笑しくなった。

理花さんは私が何も言わなかったのを納得しなかったと思ったのかさらに続けて、

「でも、これは私の話だからユキはきっと違うんじゃないかって思うけど、誰か話したい人がいるんじゃないの?」と、言った。

 理花さんからそう尋ねられたとき、私は最初の質問を理花さんにむかってしたことを少し後悔した。だって私はその質問の答えを正確に正直に理花さんに返すことはできなかったからだ。でもそれはしょうがないことだと私は思った。だから私は、

「特に誰かってわけじゃないんですけど、家の中を冬が来ても大丈夫なように整理っていうか準備し終わったときにそういう風に思ったんですよね」と、はぐらかすことにした。

「私は誰かと話したくなったらとりあえず友達に連絡とってご飯にでも誘って話聞いてもらうかな。ユキも誰かとか言わずにもっと思ったまま話をしてみたら? そういうのけっこう大事じゃない。人間って意外とシンプルだから」

 私がなんと言葉を返そうかほんの少し考えている間に理花さんは別のお客さんに呼ばれてそっちのほうへと行ってしまった。

 あぁ私は何がしたかったんだろう何が言いたかったんだろうどうしたんだろうなんて急に思われてきて、私はとにかくウォークマンを手に取っていじり始めた。私が今すべきは、理花さんは私と話していてどう思っただろうかとかそもそもこんな話題を切り出すべきじゃなかったんじゃないかとかそういうことを考えるんじゃなくて、曲目リストを見てこのウォークマンの中の音楽を懐かしみながら、ああこのときはこんなバンドが流行っていたなあとか、このアルバムは誰かから借りたんだっけかとか、この曲はかなり気に入って一時期そればっかり聴いていたなあとか気軽に振り返ることなのだ。


 ユキがまるで自分の前に立つものを片っ端から吹き飛ばしてしまおうといわんばかりに、強い足どりで両肩を押し上げて店内に入ってきたとき、僕にはユキの機嫌が悪いことが一目で分かった。それは僕に長い間飼っていた猫のことを思い起こさせたのだった。十九歳で居間の座布団の上で人知れず夜の間に眠るように死んだその猫は、晩年すっかり足腰が弱まってしまってからも怒ったときには前足の上、人間で言うなら肩の辺りを上げて鳴いていたものだった。僕はそのおばあちゃん猫の若さを取り戻したかのような仕草に、この猫は二十歳を超えてもしばらくは生きていられるんじゃないかとそのときは思っていた。

 僕はそういうときのユキが非常にめんどくさいことを知っていたので、席を立って店を出て行きたかった。しかし、不運なことに僕はコーヒーとクラブハウスサンドを注文したばかりだったし、料理が出てくるのにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

 ユキはカウンターの隣の席に座ると早口でまくしたて、僕はその言葉を聞き流しながら、出てきたばかりの熱いコーヒーをちびりちびりと飲み、コーヒーの美味しさに集中していった。

「失礼な話じゃない?」

「自慢話みたいに聞こえるけど」

 僕の返答を聞くとユキは顔をしかめて、何言ってんだこいつ、と表情に示しながら、

「そんなに親しくもないのに私に告白してくるような人っていうのはね、こいつはまぁそんなにかわいいわけじゃないけど、そんなにかわいくないわけでもないから丁度良いや、みたいに思ってるんだよ」と言った。

 そこで、僕が話し始めようとするのをユキはさえぎって、

「そして、私が断ると残念そうな顔をするわけでもなくて、すごい元気なままかすごく不満そうな顔をするんだから」と、続けた。

「それで、今日は学校サボったの?」

「うん」

 僕は告白されたことが気になってるんじゃないかとか、ちょっとは嬉しそうだなということを思ったけれど、僕がそういうことを言ってもユキは絶対に認めないだろうなということは僕も分かっていたから言わないでいた。そして、言葉を飲み込むようにクラブハウスサンドを一口食べ、コーヒーを飲んだ。

 でも、話を聞いていた理花さんも同じことを思っていたようで、ユキにコーヒーカップを渡しながら、

「どんな男の子だったの?」と、話を膨らませた。

「まあまあ格好良かったですよ。少なくとも顔とかは。服だって万年パーカー族じゃ持ってなさそうなジャケット着こなしてましたし」

「でも断っちゃったんでしょ?」

「なんか軽いんですよ。本気じゃないっていうか。ふと思いついたからすぐ言いました、っていうのが雰囲気で伝わってくるんですよね。私に告白断られてもそんなに残念そうでもないし。くじにはずれたとかそのぐらいの感覚なんですよ」

「なんて言ったの?」

「好きな人がいるんでごめんなさいって言いましたよ。そう言って断るのが一番いいじゃないですか」

「そうね」と、理花さんはにこにこ笑いながら仕事へと戻っていった。


 私はその日の朝からイエスタデイで時間をつぶしていた。連休中に私は時間を持て余していた。次の目標に向けて、絵を描き進めなくてはならなかったのだけど、朝から降り続ける雨を眺めていると、どうしても筆が進まなくて、私はそのことを考えることを少しの間放棄していた。それはよくないことだということは私もよく分かっていたのだけれど、私が筆を持っても頭の中には何も浮かんでこなかったし、キャンバスは白いままだった。それでも私は描けないからと言って描こうとしていないのではないということは言い訳として付け加えさせてほしい。このままではいけないと少し焦って、風景でも人物でも、私が見ることができるものを忠実にキャンバスに再現してみたことがある。自分の個性だとか癖だとか好きな描き方だとかもしくは全体の色合いだとか、とにかく私の意識が少しでもキャンバスに表れることのないように注意して描いてみたこともある。何もしないでぼんやりとしているくらいなら筆を動かしてみた方がいいと思ったのだ。でも完成したものはパッと見には上手な絵だったけれど、私はそれをどうしても人には見せる気にはなれなかった。絵から感じる違和感をどうしても無視することができなかったのだ。もし理花さんに見せたなら、「とてもきれいな絵だと思う」とか、まず褒めてくれると思う。案外彼は、「まあいいんじゃない」とかなんとか微妙なことを言って私が感じている違和感を感じ取ってきたりするのだ。こういうときに私はとても不思議だなと苦笑いする。

 雨のせいもあってかイエスタデイの店内は閑散としていた。私がイエスタデイに入ったとき、店の中には理花さんとお客さんが二人いるだけだった。正直に言って私はイエスタデイに彼がいなくてほっとしていた。絵を仕上げることができなくて、神経質になっているときに会いたくはなかったのだ。それは私の都合でもあったけれど、相手に対する配慮でもあった。私は理花さんから受け取ったコーヒーを一口啜ると、期限まではまだ時間があるからと自分に言い聞かせて、鞄から文庫本を取り出して読み始めた。本を読むことは昔から好きだったし、気分転換としてもちょうどよかった。理花さんは気を使ってくれて、私が本を読んでいるときには何も話しかけてこなかった。少し申し訳ないと思ったこともあるけれど、この距離感というか配慮というか、その場その場で雰囲気や空気感を私に合わせてくれているのはとてもありがたいものだと思ったものだった。でもこの暗黙の了解が通用しない相手もいた。彼は、私が本を読んでいるときにも話しかけてくることがあるし(でも気を使ってくれたのか静かにしているときもあったのがよく分からないところだった)、私がちゃんと返事をしなくてもお構いなしなのだ。一回私が不機嫌そうに本を示して、「今これ読んでるから」とわざと感じ悪そうに言った時も、そうとつぶやいてからでもと言って話を続けてきたのだ。なんだこいつ無視してやろうかという考えが頭の片隅をよぎったけれど、さすがに悪いかなと思ってたまに適当な相槌を打ったりした。理花さんはそういう時とても楽しそうにこちらを見ていた。

 私が読んでいるのは三十年から四十年くらい前に刊行された海外のSF小説だった。小説に詳しい友達が教えてくれた本だった。この小説が入っているレーベルはもうなくなってしまったのだけど、その後に新しい訳が出ていないとかで、今となっては貴重な翻訳小説がいくつか入っているという話だった。このレーベルは元々中学生から高校生くらいの女の子を対象としていたこともあって恋愛小説が多く含まれていて、それもべたべたの恋愛小説であることが多かった。そのとき私が読んだ小説はある男の子と未来から来た女の子の恋愛を描いた小説だった。今の時代からするとあまりに王道すぎるストーリーが展開されていたり、主人公の男の子も欠点がなくてあまりにも素敵な人だったりと色々と突っ込みを入れたりしたくなるところはあった。だけど、私としてはなんだかなぁと思いつつも、どんどん都合よく話が進んで行くのは逆に小気味よくもあった。そして私が気に入ったのは主人公カップル二人が何の迷いもなく相手のことを想っているところだった。迷いのないそんな一途なところはうらやましい気もした。自分たちのことを一番に考えて行動している姿は子どもらしいかもしれないけれど、この本を好きだという人はそんな二人の姿を気に入ったのではないかと思ったのだった。

 静かなイエスタデイの店内で古いSF小説を読みながら飲むコーヒーはとても美味しかった。


 僕がイエスタデイに行ったその日は朝から雨が降っていて、そのせいで僕は大学に行くことを諦めてしまった。大学に行かないことにしたのなら、一日中家にいて小説を書こうかと思ったけれど、ほとんど何も入っていない冷蔵庫のことを思い出して(家の中にだって不思議なくらい食べ物はなかった)、イエスタデイで理花さんに作ってもらったクラブハウスサンドを食べながら原稿を進めることにしたのだ。

 イエスタデイに着いて、理花さんにコーヒーとクラブハウスサンドを注文すると理花さんは苦笑いをして、「またそれ?」というような表情をした。僕がそのまま入り口近くの席に座ろうとすると、理花さんはそっと隅の席の方を示した。別の客から影のようになっている奥の席の方を覗き込むと、ユキが一番奥の席に座って文庫本を読んでいるのが見えた。カウンターテーブルにもたれかかるように腰かけていて、まるで家にいるんじゃないかっていうくらいリラックスしていた。僕が店の中を歩いて行って、ユキの隣の席に座っても、僕に気が付かないくらい集中していた。本に向けて目線を下げたままで、僕の方を向くことはもちろん顔を上げたりもしなかった。

 隣の席でユキを見ると、僕は彼女が少し疲れているように感じた。僕が少し会っていない間にユキの髪は少し伸びて、後ろの髪は毛先が肩に触れていたし、前髪も目が半分くらい隠れるぐらいの長さになっていた。かすかに赤色だった髪の色もその後染めていないのか、すっかり黒に戻っていて、そんなに長い間会っていなかったかなと僕は思うのだった。

 十分くらいして理花さんがコーヒーとクラブハウスサンドを持ってくると、ユキもようやく気が付いたように顔を上げて、僕にコーヒーとクラブハウスサンドを渡す理花さんを見て、その後に料理を受け取る僕をぼんやりと見た。ユキはほんの少しの間不思議そうに僕の方を眺めていたけれど、すぐに眉をひそめて嫌そうな顔をし始めた。なんだ、こいつと考えていそうだった。

「これ食べる?」と、僕はクラブハウスサンドが盛り付けてある皿を僕とユキの席の真ん中に置いて言った。

ユキは戸惑ったような表情をしてから、

「いい」と、小さな声で言った。

その様子を見て理花さんはユキに、

「コーヒーのおかわり淹れる?」と、尋ねた。

ユキはすぐに、

「お願いします」と、言った。

 ユキはコーヒーのおかわりを用意している理花さんを見て、手に持っていた文庫本にしおりを挟んで閉じカウンターの上に静かに置いた。そして理花さんからコーヒーを受け取ると、とても美味しそうに一口飲んだ。

「今日、大学はどうしたの?」

「雨が降ってたから休み」

「適当だなあ」と、ユキは働いている理花さんの方を見ながら言った。

 理花さんはそんな僕とユキを笑顔で眺めていた。イエスタデイのコーヒーは熱いときはもちろん、冷めてしまっても美味しいというのが理花さんの自慢だった。

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イエスタデイ【改稿版】 右手 @migite1924

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