第22話 チームがバラバラで草

 そして、3日後――

 谷を歩く装備を整えたウォルトとフロルは集合場所である町長邸宅に向かっていた。


「それにしても、ウォルトの草の力でも治せないものがあるなんてねぇ」


 フロルが何気なくそう言う。


禍害かがい呪術は誰かの強い怨念がこもった呪術だからね……。どんな方向性であれ、人の真剣な想いに大して直接草を生やす行為は、神経を逆撫でして事態を悪化させることが多いんだ」


「ふぅ~ん……まあ草って笑いなわけだし、陽気な力だもんね。呪いみたい陰気な力とは相性があんまり良くないのも納得ね」


「圧倒的大草原で怨念を押し流すことも不可能じゃない。実際、俺に『呪い』をかけようものなら、それはすぐさま『祝い』に変わるだろう。でも、それを他人の体で試すのは責任が持てないのさ」


「町長さんをおかしくしちゃったら私たち捕まっちゃうもんねぇ」


「先の読めないリスクを背負ってここで旅は終わりってのは……草も生えないからね。それにしても、あれほどの呪いをどこで誰に受けたのかが気になるところだ」


「確かに! 誰かに怨まれるような人には見えなかったのに!」


「まあ、町長という偉い立場だから誰かに狙われる理由はある。でも、あれほどの呪いの力はちょっと聞きかじって使えるようになるものじゃない。専門家がどこかにいるか、あるいは触れてはいけない物に触れたり、入ってはいけないところに入って呪われたか……」


「でも、町長さんは何かやっちゃいけないことをやった覚えはないって言ってたよね。嘘をついているようには見えなかったけど……」


「何にせよ、あの呪いを消すだけじゃすべて解決とはいかないかもしれない。もっと根本的な原因がどこかにある可能性もある」


「バイパーバレーから抜けたら町長さんともお別れだし、それまでにスカッと解決してあげられたらいんだけどなぁ~!」


 そんなことを話していると、ウォルトとフロルは町長邸宅に到着した。

 門をくぐって庭のお花畑に入ってみると、そこには温泉同行隊のメンバーが半分ほど揃っていた。


「早めに来たつもりだったけど、私たちよりせっかちな人もいるものねぇ」


「狼の血族――ルーブ・リブラのパーティだな」


 狼の獣人ルーブを含めた4人のパーティは、やはりパーティとしての採用だった。

 冒険者ギルドに所属する彼らは決して高ランクではないが、獣人の優れた身体能力によって僻地へきちでの活動を得意としていた。


「この温泉探しはギルドの仕事じゃねーが、クリア出来れば十分実績にも稼ぎにもなる案件だ。わりぃが……お前たちの出番はねぇぜ」


 挑発のような素振りを見せるルーブたち一行。

 しかし、ウォルトたちの主目的はバイパーバレーの草を食いつつ北に抜けることなので、彼らが温泉を見つけてくれることは大歓迎だった。


「ああ、頼りにしてるよ。ぜひとも君らの力で温泉を見つけてくれ」


 ウォルトがそう返事をすると、ルーブは「けっ!」と不満顔を見せた。


「食えねぇ男だなぁ……。お前、何か隠してるだろ? 冒険者ってのは情報が命だ。耳も早い。お前の正体に察しがついてないわけじゃないんだぜ?」


「な、ななな、何も隠してない……ぞ!」


 さっきまでの余裕が嘘のようにキョドり始めるウォルト。

 そんな中、温泉同行隊の残りのメンバーがお花畑に現れた。


「どうやら、私たちで最後のようですね」


 奇術師マジナを含めた4人組だ。

 そう、3日前の作戦会議の時――マジナを中心としてまた新たな別動隊が生まれていたのだ。

 マジナが別動隊を作った理由は、あまりフロルと顔を合わせたくないから……である。


 理由はどうあれ、結果としてローウェを含めて12人いた温泉同行隊は、結成初日で3つのパーティに別れてしまった。

 ウォルトは「すでにチームがバラバラで草」と言わざるを得なかった。


「みんな、集まったわね? それじゃあバイパーバレーに出発よ~!」


 ヘルメットを被り、大きなリュックを背負ったローウェがお花畑にやって来た。

 依頼主である彼が所属するのはウォルトパーティということになる。


 そして、ウォルトパーティの4人目は――


「ウォルトの兄貴、フロルの姉貴! 絶対に俺たちが一番に温泉を見つけてやろうぜっ!」


 大弓を背負った黒髪の少年――その名をハルト・タガタニといった。

 年齢はウォルトよりの1歳下の13歳。

 東方の国より出稼ぎに来たと語っていた。


「ああ! 頑張ろう、ハルト」


 ウォルトにとって年下の男の子は弟たちを思い出させる。

 ゆえに自然と声色も優しいものになる。


 こうして、すでにトラブルの予感しか感じさせない温泉同行隊は動き出した。

 目指すはジェルバの街の北にそびえる山脈、その山と山の間を蛇行するように伸びる谷バイパーバレー。

 まずはローウェの用意した馬車で近くの村まで移動することになる。


「立ち入り禁止にされるほどの危険地帯……果たしてどんな草と出会えるかな」


 馬車に揺られながらウォルトはつぶやいた。

 もちろん、心優しい彼は温泉の発見とローウェの腰痛の快癒かいゆも願っている。


 だが、草が風に揺られてざわつくような妙な気配も感じていた。

 果たして毒蛇の巣食う谷に待ち構えているのは温泉だけなのか……。


 そんな予感とは裏腹に馬車での移動は順調に進み、12人はバイパーバレーの出発地点までたどり着いた。

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