第21話 正論で草

 数秒間の沈黙を破ったのは、その原因となったウォルトだった。


「その呪術の本を読んだ時は、挿絵がどれも恐ろしくってすぐに閉じちゃったんだ。ただ、呪いの名前とアザの模様だけが強く記憶に焼き付いた感じだね」


「じゃあ、ウォルトの力でも治せないの?」


「専門ではない……と言っておこうかな。呪いは毒じゃなくて魔法に近い。このアザはローウェさんを不健康にしているというより、張り付いて腰に攻撃を加え続ける攻撃魔法なんだ。だから、俺の力で体を健康にしても、攻撃を受け続けることに変わりはない」


「なら、必要なのは呪いを打ち負かすための反撃ってことね」


「俺の体の中にはそういう邪悪な草……あっ、いや、呪いの力も存在している。それをローウェさんの体内に注入すれば、アザと戦って追い出すことも出来るかもしれない」


 思わず草と言いかけたウォルトだが、何とかごまかす。


「つまり、呪いには呪いをぶつけるってことね。ウォルトが出した呪いの方は、またウォルトの力で回収出来るし後腐あとくされない!」


「だけど、この対抗手段には弱点がある。それはローウェさんの体内で呪いと呪いの戦いが起こるということ……。激しい戦いになれば、その余波よはで腰どころか全身の骨が砕けるかも」


「でも、呪いを追い出した後ならウォルトの癒しの力で砕けた骨を治せばいいだけじゃない?」


 フロルの地味に恐ろしい提案にウォルトはハッとする。


「そうか、その手があった! 呪いを追い出した後に治せば全部解決だ!」


 ウォルトとフロルは解決策を見つけて盛り上がる。

 しかし、盛り上がっているのは二人だけで、ローウェに至っては顔面蒼白がんめんそうはくだった。


「ちょちょちょ……待って待って! 何か治す手段が見つかったみたいになってるけど、流石に全身骨折の危険性がある治療法なんて受け入れられないわっ!」


 ローウェが至極しごく真っ当な意見を述べる。


「フロルちゃんの【探索術】は当てにしてるけど、それはそれ! これはこれ! まだそんな危険な治療法をお任せ出来るほど深い関係にはなってないからねっ! 流石にこわ~い!」


「「正論で草」」


 ウォルトとフロルは人の体内で呪いと呪いを戦わせるという治療法を一旦保留にした。


「バイパーバレーの温泉には聖なる力が宿っているってウワサを信じて、アタシはそれを探すわけだけど……この腰の痛みを生み出している原因が、呪いと知れたのはありがたいことだわ。呪いなら聖なる力がよく効きそうじゃない?」


 会議室にいる全員がうんうんとうなずく。


「だから、その危険極まりない治療法を試すのはせめて温泉が効かなかった時にしましょ! まずは温泉でお願い……っ!」


 それは雇い主としての命令ではなく、切実な願いだった。

 温泉同行隊のメンバー全員がそれに同意する。


「ふふふっ! それにしても、アタシが治ったらバイパーバレー温泉同行隊は解散だっていうのに、よく治療を提案してくれたわね。その気持ちはと~ても嬉しいわっ! もし治っていたとしても、ここに集まってくれた人たちにはちゃんと報酬を払ってたからね!」


 メンバー全員が「何と素晴らしい人だ……」と思った。

 そして、依頼をクリアして報酬を貰うと同時に、ローウェの腰を何とか直してあげたいという想いがメンバー全員に生まれつつあった。


「さて、もうすでにドッと疲れてるけど……作戦会議を始めましょ!」


 ローウェが再び会議室の黒板の前に立ち、温泉探索の具体的な作戦を考える。


「まず、あの毒蛇や毒草ひしめくバイパーバレーに温泉があるのかという話だけど……実際に入ったという人の話はそれなりに聞くわ。まあ、真偽のほどは不明だけど、それこそ古くから体験談はちまたに出回っているのよ」


 そもそも探している物が実在するのかという核心の話――

 ローウェ曰く、古い時代の文献にもバイパーバレーの温泉の話は存在するらしい。


「傾向的には谷を登った高い場所にあったという話が多いわ。温泉の周りには植物もなく、不思議と魔獣も近寄らないなんて都合の良い情報もあるわね~。ただ、やはりバイパーバレーの地図があるわけでもなく、場所を特定は難しかったの」


 この場合しらみつぶしにバイパーバレーとその周囲の山を歩き回ることになる。

 だが、温泉同行隊には彼女がいる――


「フロルちゃん……本当に温泉を探せそうかしら?」


 指名を受けたフロルは自信満々に応える。


「いけます! 人が入れる温度のお湯、そして人が入れる水量と広さ、さらには聖なる力……までは条件に上手く盛り込めるかわかりませんけど、この条件でヒットする場所がバイパーバレーの中にそう多くあるとは思えませんし!」


「うふふふふふ……! 頼りになるわ~、フロルちゃん! 探索範囲はどれくらいなのっ?」


「しっかり計測したことはないですけど、私が住んでる村一つは範囲に収まってましたし、このジェルバの街も中心に立てば全体を範囲に収められる感覚はあります。ただ、でっかい自然の中ではちょっと探索範囲が足りない気もします」


「それなら、ある程度は動き回って探す必要はあるわけね。でも、少なくとも1キロメートル以上は探索範囲なんだから、やっぱり頼りになるわ~!」


「え、えへへ~!」


 べた褒めされて照れ始めるフロル。

 レラス村では村の住人がなくした物を探す程度の活躍だった【探索術】がこんなに頼りにされるなんて、村の外に出なければ知らなかっただろう。


「じゃあ、バイパーバレー探索当日はフロルちゃんを中心に一塊ひとかたまりになって、アタシとフロルちゃんを全員で守る感じに……」


「ああん、ちょっと待たれいよ」


 ぶっきらぼうに話をさえぎったのは一人の男。

 彼は鋭い眼光と牙と……もふもふした犬のような耳を持つ笑顔の男だった。


「別に楽しくて笑ってんじゃねーぞ。生まれつきなんだ……!」


 思っていたことを当てられた人はギクッと体を震わせる。

 ウォルトとフロルも例外ではなかった。


「俺は見ての通り、狼の獣人の血が入ってる。犬じゃねーぞ……!」


 思っていたことを当てられた人はギクッと体を震わせる。

 ウォルトとフロルも例外ではなかった。


「ゆえに俺は鼻が利く。温泉といえば独特の臭いがするもんだろ? だから、俺たちはその臭いを頼りに探索を進めたいわけさ。なぁ、町長さんよ……!」


 狼の獣人の血を引くと言った男は、他三名のメンバーとすでにチームを組んでいるようだ。

 そもそもチームで温泉同行隊に採用されたのかもしれない。


「俺たちは俺たちでいろいろ考えてここにいる。こっちはこっちで自由に探させてもらっていいかぁ?」


「う~ん、一緒に固まってた方が安全だと思うけど……いいわよっ! そういうギラギラした男ってアタシ好きだからっ!」


「へへっ、話のわかる町長さんだぜ。まあ見てな……。俺たちが一番に温泉を見つけてやる!」


 温泉同行隊は早くも分裂の兆しを見せていた。

 ただ、ローウェを含めた全メンバー12人が固まって動くというのも、それはそれでリスキーだ。


 とりあえず彼らの別動隊は認められた上で作戦会議は進み、バイパーバレーに挑むのは今から三日後の早朝ということで決まった。

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