第13話「いてくれたら」
自分より二周りは大きな体をした筋肉隆々の狼人間を、軽くあしらうみたいにやっつけてみせた知華子の姿を見て、これ以上ないくらいの安心感が生まれた。
コウモリ達が視界を遮って相手は上手く反撃出来ない状況だったにしても、意外にも真っ向からフィジカルでねじ伏せたその姿はまさに圧巻の光景だった。か細い女の子が大男を倒すのは、なんだか胸が熱くなる展開だ。
細い足が、夜空に弧を描く。その光景がやけに、瞳に焼き付いた。
ひと通り終えて、狼人間こと犬飼くんは無数のコウモリ達によってどこかへと運ばれていった。彼らは運搬もできるんだ…便利な能力。
「……もう大丈夫よ」
わざわざ汗をかいてまで助けに来てくれたから、嫌味のひとつでも言われると思ってたけど、予想に反して私の体を起こしてくれた知華子は優しく声を掛けてくれた。
「…なんで助けに来てくれたの?」
「あなたが呼んだんでしょ」
確かに呼んだ。でもたった一回、ぽつりと呟いたその声に反応してくれるなんて思ってなかった。私の知らないところで、あの黒い紙切れみたいに代わる何かを仕込んでおいてくれたのかな。
土で汚れた私の体に自分の上着をかけてくれて、そのまま膝の下に手を入れられた。
「ま、待って」
「何よ。どうせ腰抜けて歩けないでしょ?家まで連れてくわ」
「いやそうなんだけど…私、その」
「平気よ」
知華子が抱き上げるために触ろうとしている箇所は、私の体液と土で汚れている。流石にそれは汚いと思って止めたけど、知華子は気にした様子もなく私の体を抱き上げた。
いわゆるお姫様だっこの状態で、落ちないように首にしがみつく。
「帰ったら、まずお風呂ね」
「……ごめん、汚くて」
「あら、嫌味じゃないわよ。…体、冷えちゃったでしょ」
「うん…」
「しおらしいなんて不気味だわ。明日は槍が降るかもね」
「…うん」
「今のは嫌味よ」
私が何も反応せずいたら、知華子がコツンとこめかみのあたりに弱く頭突きをしてきた。
「早くいつもの香夜に戻って。憎まれ口叩いてよ」
どこか懇願するみたいに呟く声が聞こえて、どうしてか胸の奥がキュっと縮こまった。こんな優しい声の知華子は初めてだ。
「……帰るわよ」
その言葉と共に、体が浮いた感覚に襲われる。
どうして呼んですぐ、あんなに早く来れたのか疑問に思ってたけど、それはすぐに解消された。
真っ黒なコウモリみたいな翼が広がって、躊躇なく知華子は空へ向かって飛び立つ。吸血鬼はこんな事もできるんだ…と、変な感動が芽生えた。
家まではあっという間に着いて、流石に心配なのかこの日は知華子も私の部屋に泊まってくれる事になった。
夜通しメンタルケアと護衛を並行してくれるらしい。本当に仕事が出来る女だと思う。同じ年なのが信じられない。
とりあえずお風呂に入って、土と体液を洗い流して、色々込み上がってきてちょっとだけ泣いて、お風呂を出た。
「髪、濡れてるわよ」
「……乾かして」
なんだか甘えたい気持ちになってわがままな自覚はありながらも言ってみると、「仕方ないわね」とため息はつくものの知華子は丁寧に私の髪を乾かし始めた。
「私はあなたの奴隷じゃないんだけど」
「…ごめん」
「いつまで落ち込んでるのよ。やりづらいわね」
居心地悪そうな顔をして、細い目で見つめられる。私がその視線から逃げるように顔を逸らしたら、何を思ったのか抱き寄せられて頭を撫でられた。
「今回の事は、私が悪かったわ」
何も悪い事なんてない、むしろ助けてくれたのに謝られる。
…確かに知華子のアドバイスもあって二度目のデートはしたけど、行こうと決めたのは私だ。知華子は何も悪くない。
「魔力の暴走は油断できないから…あなたの状態を早く安定させたくて急ぎすぎてたみたい」
私が思うよりも、私の事を案じてくれてたらしい。単に私に危機感が足りてなかっただけなのに。素直に反省する。
「今後は…香夜のペースでパートナーを見つけていけばいいわ」
そう言われて、思わず首を横に振ってしまった。
「もうパートナーとかいらないから…ずっと知華子がそばにいて」
そうすれば魔力の暴走だって抑えられるし、怖いものはない。そんな単純な思考回路で言ったつもりだったけど、今思えばこれは告白めいた言葉だったかもしれない。
自分がけっこう気があるような事を言った自覚がないまま、色んな気持ちが溢れてきてそのまま知華子の腕の中で号泣してしまった。
そんな私を、彼女は何も言わずただ黙って抱きしめてくれていた。
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