第15話 サクラに何が?


 夜も遅い時間に、突如かかってきた佐々木雄吾からの電話。

 スマホの向こうで、佐々木はさらに不機嫌そうに声を張り上げてくる。


『だからさぁ! なんでおまえ、来なかったんだよ!』


「目的語をはっきり仰っていただけます?」


『今日の合コンだよ、合コン。おまえがどーしてもって泣きついてきて、仕方なく開いてやったあの合コン』


「よくそんなこと言えますね!? 二つ返事で、『おまえより若い子連れて来いよ』って返信してきたの、どこのどなたでしたっけ!?」


 佐々木の言いぐさに腹が立ち、思わず対抗するように声を張り上げて言い返すと、顔は見えずともヤツがふっと鼻で笑ったのが気配でわかった。


『俺はな、おまえに同情して合コン開いてやったんだぞ。それなのにおまえ、幹事放棄すんなよ。せっかく独身から抜け出すチャンスを作ってやったのに』


 なんとも恩着せがましい言い方である。

 このまま電話を切ってやろうかとも思ったが、これまで合コンを頼めるような相手もいなかったことを考えると、今回はこいつに感謝するべきなのかもしれない。

 私は自分にそう言い聞かせ、ココアをひとくちすすって心をしずめる。


「余計なお世話ですよ。あなただって、私が来ないほうがお得でしょうに」


 できるだけ冷静にそう言い返すと、佐々木はきょとんとした声で返してきた。


『――得って、何が?』


「私が幹事で出席したら、2人の女子としか出会えないでしょ。だから気を使ったんですよ。3人の新規女性とお知り合いになれるように」


 さらに言うと、桃花は女子アナ系の万人受けする美人だし、舞は社長秘書だけあってスタイル抜群の美女。サクラも一見地味だけど、かわいらしい顔立ちをしているし、何よりあの性格の良さ。――独身をこじらせまくった性悪弁護士に、極上の独身女子(そのうえ年下)を3人も紹介してあげたのだから、少しくらい感謝されたっていいはずだ。


 しかし、呆れたような声で返ってきたのはあまりに腹立たしい返答だった。


『いや、プラマイゼロだよ。俺は合コンに来る女なんて誰一人信用してねーからな! 出会いのうちに入んねーんだよ!』


 ――こいつは、ほんとに…!!


「そういう自分だってちゃっかり合コンに参加してるくせに! 下心満載の自分を棚に上げて、よく上から目線で他人のこと見下せますね?」


『俺は付き合いでやってんだよ!! 人脈を広げるため、仕事の一環みたいなもん』


「うわー恥ずかしい! 人脈のためとか異業種交流会とか、一番恥ずかしい言い訳ですよ、それ!」



 ひとしきり合コンについて口論してから、「お互いに合コンを頼むことなど金輪際二度とありえない」と固く誓い合ったところで、佐々木がひとつ咳払いをする。


『おまえ何してんだよ、今。飲みにいこーぜ』


 私は時計を見上げる。――午前0時を回ったところ。


「行くわけないでしょ、頭おかしいんですか?」


『おかしくねーよ! おまえこそどうせ暇を持て余して、安物の顔パックなんかしながら薄っぺらい恋愛ハウツー本でも読んでるんだろ!?』


 私はあわてて顔から百均のパックを引きはがし、ごみ箱に投げ入れる。


「残念でした。優雅にココアを飲みながら、『巨匠とマルガリータ』を読んでますぅ!」

『あー、あのソ連時代の作家の。ああいうダークファンタジーな世界観いいよな』


 さらりと返ってきた佐々木の言葉に、私は一瞬動きを止めた。


「――意外」

『へ?』

「弁護士って、活字は六法全書しか興味ないと思ってました。文学作品も読むんだ」


 私の偏見丸出しなつぶやきを聞いて、佐々木がまたうるさい声でわめきだす。


『当たり前だろっ……俺を誰だと思ってんだ? 暗い青春時代を送ったこじらせ弁護士だぞ! そりゃロシア文学だってたしなむっつーの!』


 返ってきた佐々木の正直すぎる言葉に、私は思わず吹き出してしまう。


「あれ、自分でみとめちゃってるじゃないですか、年収しか取り柄のないこじらせ弁護士って!」

『うるせーな、おまえだって低収入こじらせ司書じゃねーか!』

「同病相憐れむ、ですね」


 気が付けば、私たちは声をそろえて笑っていた。



 その後もなんだかんだ佐々木は他愛もないことを話し続け、私はすっかり冷めたココアを飲みながら、彼の話を聞いていた。

 ――なぜだか、佐々木の少しかすれた低い声が、耳に心地よい。


『ていうか、どーすんだよ、どんどんおまえへの“貸し”がたまってるからな?』


 良い気分になっていたときに、佐々木が水を差すようなことを言ってきて、私は顔をしかめる。


「貸し!? 私への“借り”の間違いじゃないですか?」


『初回飲んだ分だろ。で、前回飲んだ時も、結局俺がおごったじゃねーか! これで貸し2。んで、今日すっぽかしたから貸し3!』


「いちいち細かい男ですねぇ……金銭で解決しましょ。今すぐ振り込みますから銀行口座送ってくれます!?」


『つくづく情緒のない女だな。それより飲み付き合えって!』


 そのとき、玄関からドアを開ける音と、桃花と舞のにぎやかな笑い声が聞こえてきた。どうやら勇者たちが合コンから帰還したらしい。


「ウチの居住者たちが帰ってきたみたいです。――それじゃ」


 電話を切ろうとする私を、「おい」という佐々木の低い声が呼び止める。


『忘れんなよ。約束だぞ』

「何がです?」

『飲みだよ、飲み』

「……わかりましたよ」


 妙にまじめな声音で念押しされて、私は佐々木と飲みにいく約束を交わしてから、通話を切ったのだった。



=====



 合コンから帰宅した桃花と舞は、上機嫌だった。

 頬を赤くした酔っ払いどもに水のグラスを差し出しながら、「どうだった?」と感想を聞いてみたところ、二人は興奮に目を輝かせて、いかに満足度の高い合コンだったのかを熱弁してくれた。


「冴子! 佐々木さんって、めちゃくちゃ素敵な人じゃん!」

「連れてきてくれた後輩も、二人ともイケメン弁護士で会話も面白くて、大満足ですよっ」

「1本2万円もするシャンパン飲んじゃった~!」

「お料理も最高クラスでしたよ! 社長が最上級の接待に使うレベルの高級店で、もう感動」


 どうやら、佐々木の“ミシュランリスト”が火を噴いたらしい。「俺は権威のない人気は信じない」と断言していた佐々木の顔を思い出して、ついにやりと口元が緩んでしまう。


「――あれ? そういえばサクラは?」


 二人と一緒に合コンに参加したはずのサクラの姿が見当たらない。私の言葉に、桃花が不思議そうに顔を上げる。


「え? サクラ、まだ帰ってきてないの?」


 いつの間にか冷蔵庫からチューハイを取り出してきた舞が、不審そうに首をかしげた。


「おかしいなぁ。サクラ、二次会には行かずに先に帰るって言ってたんですけど……」

「22時過ぎには、お店の前で別れたはず。どうしたんだろ」

「なんか連絡来てる?」


 桃花に聞きつつ私もスマホをチェックしてみるが、特になんのメッセージも届いていない。


「おかしいなあ」

「サクラが外泊なんて、珍しいね」


 私たちは顔を見合わせる。

 ――いったい、サクラに何があったのだろう。


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