第12話 私の負け
結論から言えば、その日の合コンはとっても盛り上がった、と思う。
冴子ちゃんのお友達の佐々木さんは、とっても素敵な人だった。
驚くようなイケメンで、そのうえ弁護士さんで、もっと気難しい方なのかなと思っていたら、とても感じがよくお話し上手。女性陣の飲み物や食事にも、常に気を配ってくれていた。
冴子ちゃんが事前にさんざん「性格は最悪」「独身をこじらせて人格が崩壊してる」なんて憎まれ口を叩いていたから、どんな人かと少し身構えていたけれど、あれは冴子ちゃんの照れ隠しだったみたい。
佐々木さんと同じ弁護士事務所の後輩だというお二人も、負けず劣らず素敵な方たちだったと思う。
ひとりは持田さん。元ラグビー部だそうで、がっしりした体格と豪快な笑い声が印象的な方だった。
もうひとりは山本さん。帰国子女のイメージどおり紳士的でスマートで、音楽やアートなどに詳しいらしく、桃花と話が盛り上がっていた。
終盤、女子トイレで桃花の言うところの“作戦会議”をした結果、桃花は山本さん狙い、舞は持田さん狙いということで話がまとまった。
当初は二人ともかなり私に気を使ってくれて、「サクラが気に入った人がいたら、全然譲るからね!?」と何度も言ってくれたけど――合コンに慣れていない私は、その場の話題についていくのが精いっぱいで、とても誰かを恋愛対象として意識するような余裕はなかった。
その結果、桃花と舞は「こんな優良物件めったに出てこないよ!」「絶対モノにしてやる!!」と固い握手を交わしながら燃え上がっていたので、私としても大満足だ。
お会計は、いつの間にか男性陣が済ませてくれていた。シャンパンのボトルをばんばん開けていたから、たぶんものすごい金額だっただろうに……。
さすがに全額払ってもらうのは気が引けたけど、私たちは財布を出す暇も与えられず、佐々木さんに先導されて店を出た。
「えー、いいんですか?」
「そんなぁ、悪いですよぉ」
桃花と舞が遠慮してみせると、持田さんと山本さんは笑顔で首をふって、示し合わせたようにスマホをとりだした。
「気にしないで! すごく楽しかったから、そのお礼」
「その代わりじゃないけど――よかったら、連絡先教えてくれる?」
「もちろんですー!」
――なんてスマートな連絡先交換の流れなんだろう、とつい感心してしまった。
ふと視線を移すと、盛り上がる四人をよそに、佐々木さんは黙ってスマホを見ている。そして小さくため息をもらす。――何かあったのだろうか。
私はそっと佐々木さんに近づき、声をかけた。
「あの、お金ほんとに請求してくださいね?」
佐々木さんはバッと顔を上げて、あわてたように首を振った。
「とんでもない! 楽しんでもらえたらそれで充分だからね」
佐々木さんの意思の強そうな黒い目が、優しく細められる。――やっぱり、素敵な人だと思う。
取り出しかけたお財布をしまったほうがいいのか、慣れない状況に戸惑っていると、佐々木さんがふいにいたずらっぽく笑いかけてきた。
「ほんとに気にしなくていいよ。女性陣の分は、ちゃんと遠藤さんに請求するから」
「ええっ! 冴子ちゃんに!?」
「冗談、冗談」
思わず声をあげてしまった私に、おかしそうに肩をすくめてみせてから、佐々木さんはちょっと視線を落とす。
「まったく、あのヤロウ。どんどん貸しが増えていくな……」
その言い方が、なんだか仲間外れにされた小学生の男子みたいで、私は知らず知らずのうちに微笑んでいた。そんな私に気づいて、佐々木さんはちょっと眉を上げる。
「うん? どうかした?」
「いえ、あの――佐々木さんと冴子ちゃん、仲良いんですね」
「いや、全然!」
間髪入れずに、佐々木さんが仏頂面でブンブン手を振った。
「ほとんど他人だよ、あいつとは。他人にちょろっと毛が生えたくらいの仲」
ムキになって皮肉っぽく言う口調が、どことなく冴子ちゃんに似ている気がして、私はますます笑いがこみあげてくる。
「ふふふ。なんか、うれしいです」
「なんで? 何もうれしくないって」
「あはは」
「笑いすぎでしょ」
佐々木さんは照れ臭そうに目を伏せて、顔をそむけた。
――その表情を見て、胸の奥がツンとなる。
元カレの康太も、こんなふうに恥ずかしそうな目で、私に笑いかけてくれていたのに。いつから、ダメになってしまったのだろう。
脳裏を、康太の顔とエミリちゃんの顔が交互によぎる。
『康太先輩にコクられたの。彼女と別れるから、付き合ってほしいって』
ひどいよ、エミリちゃん。
『ごめん。ほかに、好きな子ができた……。別れてほしい』
ひどいよ、康太。
『本命はヒロキくんだよぉ。でもまだ付き合ったばっかで、結婚までいけるかわかんないし。保険はあるに越したことないじゃん?』
ひどいよ……。
私はコートのポケットの中に入れっぱなしにしていた、あの“メモ帳”を握りしめる。
「おーい。二次会いきましょー!」
いつのまに話がまとまったのか、持田さんが声をかけてくれる。
うつむいたままの私のもとへ桃花が駆け寄ってきて、腕に手を絡ませてきた。
「サクラも行くでしょっ?」
桃花も舞も、私を立ち直らせようと、楽しませようと、すごく気を使ってくれているのがわかる。
佐々木さんは素敵な人だし、合コンは緊張したけど楽しかった。だけど――……。
私はぐっと唇をかみしめてから、決意を固めて顔を上げる。
「ごめんね、二人とも。先に帰るね!」
「えっ! ちょっ、サクラ…!?」
「お先に失礼します…!」
男性陣に向かって一礼すると、驚く桃花と舞を尻目に、私は駅に向かって走り出した。
=====
私は三葉商事の正面玄関の前に立ち、長い間ウロウロしていた。
時刻は夜11時前。
たぶん慣れない合コンで、めったに口にしないワインなんかを飲んだせいだろう。私はちょっと、酔っぱらっていたのだと思う。
勢いにまかせて三葉商事のビルの前までやってきたけれど、夜風にあたり、徐々に興奮状態も落ち着いてきて、私は冷静になりつつあった。
正直、「こんなところまで来て何をしているんだろう」「帰ろう」と何度も思った。だけど、そのたびにエミリちゃんの顔を思い浮かべ、なんとかその場に踏みとどまった。
――寝取られたなら、寝取り返す。……私も、同じことをやってやる。
桃花の言葉と、渡された“ヒロキくんの電話番号のメモ”に後押しされて、私はその復讐法を選ぶことにしたのだ。
もちろんそれは、到底うまくいくとは思えない、捨て身の選択肢だった。
そもそも、エミリちゃんと付き合うような男性が、私なんかを相手にするわけない。冷静に考えればわかることだけど、それでもここで一矢報わなければ、私は永遠に自分を卑下し続けることになる。
そう悲壮な決意を固めた、つもりだけど――……。
さすが日本でも指折りの総合商社とあって、うちのような中規模の支店と比べて圧倒的に人の出入りが多い。
ガラス張りのエントランスから若い男性が出てくるたびに、もしかしてこの人かもと凝視して、声をかけてみようと決意するのだけど、結局私はどこまでもビビリな松本サクラだった。
話しかけることなどできるわけもなく、桃花にもらったメモの携帯番号にかける勇気もなく、私はただその場をいったりきたりするだけ。
いつの間にか辺りは暗くなり、晩秋の夜風が冷たく吹き付けてくる。
――私の負けだ。
あまりに惨めすぎて、目からぽろりと涙がこぼれた。慌ててそれを手の甲で拭い、顔を上げる。満月が浮かんでいる。
もう、帰ろう。ビルに背を向けて歩き出そうとしたときだった。
「じゃあなヒロキ!」
にぎやかな男性の声がして、思わず振り返る。
ヒロキ、と呼ばれた若い男性が、同僚らしい相手に軽く手を振って、ビルから颯爽と出てきた。ちょっと古風な、昭和の俳優さんみたいに精悍な顔つきのイケメンで、すらりと背が高い。
――もしかして……この人なんじゃ…。
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