クエスト:報告書確認

「たぁだいま~!」


 夕方、リンデンの買い出しの手伝いを終えて解散し、活動部屋に戻るとユズだけが居た。彼は机の上に五冊ほど本を積み上げ読書していた。


「お疲れ! ミュウちゃん。ギルドでリンゴ貰ったけど食べるかい?」

「食べる食べる!」


 わーい! リンゴだ!!


 先日、ユズは私と『マンドレイクとリンゴの交換交渉』をした際、一年分のリンゴを私に納める事になった。

 互いに『分納でお願いします!』となったので、時々こうやって納品される。私は彼から「ありがとー!」と受取り、椅子に座りしゃくしゃくと食べ始めた。

 

 甘い! みずみずしい! 最高!! そうだ!

 

 私は食べ物繋がりである事を思い出した。体内からお菓子の入った袋を取り出す。


「そうだ。ユズ! リンデンからお土産だよ。」


 私はリンデンから預かったお菓子をユズに渡す。受取った彼は開眼して驚き、私とお菓子を見比べている。

 どうした? 開眼するほど驚く物でもあったかな?


「え……? 食べ物に目が無いミュウちゃんが……素直に渡しただと?」

「酷いなぁ!! そんな、人の物……盗らないと思う。私の分もリンデンから貰ったし。」


 ユズに渡したお菓子と同じものを体からおずおずと取り出す。胸を張って言いきれない自分が情けない……。


「ごめん、ミュウちゃんはいい子に成長しているね。ああ……このお菓子、尊い♡」


 彼はそう言ってお菓子の包みに頬ずりしている。もう慣れた光景だ。日常だ。

 呆れ顔でリンゴを食べながら彼を見ていると、私は彼が読んでいる本が気になった。


 ずいぶん古い本だなぁ……そんな本この部屋には無かったはずだけど。

 私はリンゴの芯をぱくっと食べて完食し、ユズに尋ねた。


「ユズは何を読んでいるの?」

「ああ、ギルドに保管されていたのモンスター調査資料だよ。ミミックについて書かれた物だから借りてきちゃった。ミュウちゃんも読むか?」


 ほう! ミミック!!


「いいの? 読む読む!」


 私は彼から一冊の本を受け取る、古い革の表紙には『ミミックの生態観察記録』と刻印されている。著者は『オリバナム=フランキンセンス』

 フランキンセンス……オリバー氏のご家族かな? まあ読んでみよう。


 私自体ミミックの詳しい生態を知らない。あのダンジョンでも時々ミミックは見るけど、彼等はテリトリーに厳しいので追い払われたり逃げられたりで同族と交流が無いのだ。孤高だなぁ。


 私は本を抱えて宝箱型に戻り箱の中に入って蓋をパタンと閉じた。

 体内で本を開き、触れてスキャンする。


 なになに……へぇ~! ミミックを地上で育てたんだ。それで寿命が……30年・28年・33年・25年……まぁ、約30年前後なんだ。


 こちらは……ダンジョン内で育てたデータもある! いつの間にそんな事をしてたんだ? 全然気が付かなかった。ダンジョン内でも寿命は約30年くらいか……。


 私より短いな。それに人に懐く個体は少なかったんだ。……食べ物も肉食か。


 私は一通り読んで箱の蓋を開ける。


「ユズありがとう。読み終わったよ~。ミミックの育成記録だったけどみんな寿命が30年くらいなんだね~。……意外と短いね。みんなストレスで早死にしちゃうのかな?」


 私は読み終えた本を彼に返した。

 彼は驚いて一瞬開眼する。本をいろんな角度から見ている。

 どこか傷つけちゃったかな?気を付けてはいたけど……。


「え! もう読み終わったの? 5分位しか経ってないよ? ……それに本を体内に入れていたから、ヌルヌルするのかなと思ったけど……そんなこと無いんだね。オドロキ!」


ああ、なるほど! それを驚いていたのか。そうです。クセ強な読書スタイルです。


「 ミミックの寿命に関してはそう捉えるんだね? 俺はミュウちゃんがとても長生きって結論に至ったけど。もう一冊読む?」


『長生き』そうか! 私の方がイレギュラーなのか!! それはそれで不安になるけど……。食の違いかな?


 彼は私に本を差し出した。私は意気揚々と受取り、先程と同じように本を抱えて箱の中に閉じこもり読む。


 ふむふむ……これもミミックの研究記録だ。でもこっちの記録は育成日誌というよりは実験の経過をつづったものだ。条件を変えて薬を与えたりなど……。特定の餌しか食べさせない実験もあった。死因は “お察し” な物がほとんど。


 ええぇぇぇ……ヤダぁ! 絶対に捕まりたくない。誰よ? こんな研究しているの? これも『オリバナム=フランキンセンス』……あなたミミック好きねぇ。


 私は読み終わり蓋を開けると、目の前にユズが居た。


「うわぁっ! びっくりした。近いよ? どうしたの??」

「いやぁ、ミュウちゃんはどんなふうに本を読んでいるのかなと思って。箱に入らなくても読めるんだろ?」

「読めるけど、読むスピードが遅くなるんだよね。体に入れて読み込んだ方が早いんだ!」

「へぇ~……。」


 ユズは私をじろじろ見て感心している。


「まさか……ユズもミミックを研究するとか言わないよね?」

「いやぁ、ミュウちゃんが来たからミミックの事詳しく成ろう! と思って読んではみたものの……ミュウちゃんはイレギュラー要素が多いからあまり役に立たなかったかも。」


 彼は「ははは! ドンマイ☆」と笑った。

 研究対象にされなくてよかった~。でも、私を知ろうとしてくれて嬉しい。


「そうだね。言葉を話して常時上半身は人間に擬態して、長生きで……。フランキンセンス一族に捕まったら間違いなく研究対象だよ……こんな実験されたくないよ~!! 何で彼等はミミックに執着しているんだろう?」


「それな。あの一族が研究する理由は分からないけど、冗談にならないから気を付けるんだよ。」


 私は「そうする~」といって乾いた笑みを受けべた。

 まぁ、オリバー氏にバレてるかも知れないんですけどね? もう単独で近づくまい。

 

 ◇ ◇ ◇


「ユズは何で冒険者になったの?」

「そうだな……俺、三男坊だからさ、家督は継げないから何かでっかい事をしたくて。ここのギルドマスターとかいいかな? って。ギルドマスターがダメなら影の支配者とか……かっこよくない?」


 ふむふむ。大きな野望を抱いているのか。ユズはどちらかと云えば、影の支配者が似合うな。飄々とした彼に、更に気になっていたことを聞いてみた。


「なるほどね、それはワクワクする! ……かっこよくなって、いつリンデンに気持ち伝えるの?」


 ユズは驚いて開眼した。しかし、それも一瞬ですぐにいつも通りのニコニコとした顔に戻ってしまう。


「やだなぁ、ミュウちゃん。気付いちゃった? いやん♡」

「ユズはリンデンの可愛い姿を見ていつも『尊い♡』とか言っていたから。さっきのクッキーもリンデンがくれたクッキーだから尊いんでしょ?」


「うっ……目を細めてバレないようにして見ていたのに。」

「へっへっへ……それに私でカモフラージュしてリンデンを見ているの知ってるんだから!」


 彼は諦めて開眼して、語り出した。


「まあね、沢山カッコいい所見せて、彼女に頼ってもらえる男にならないと厳しいかな? 長く一緒だから幼馴染から抜け出せていないし、ライバルのイリスねえに勝たなくちゃいけないからなぁ。だからこのギルドの頂点目指して色々工作中さ。」


「工作って怖いな。例えば?」

「地道なクエスト受注と達成とか?」


 彼はお茶目に言ってのけるが、大きな野望をもう人がそれだけでのし上がる訳ないでしょ。


 そもそも何でこのギルド何だろう? 小さいギルドなら沢山あるし、ましてや自分で立ち上げれば、すぐにでもトップになる事も出来るのに……。


「そうやって、誤魔化すんだから。何でこのギルドにこだわっているの? 偉くなりたいなら他にもあるし、自分で立ち上げる事も出来るでしょう?」


「それも気付いちゃった? ……ギルド・ローレヌは謎に満ちて面白いからね。ミュウちゃんはこのギルドの創設者と理由は知っているだろ?」

「うん、理由は『周囲地域の冒険者を束ねて非常時は協力してモンスターから村々を守る為』で、創設者は英雄シトラス。」


「よく勉強しているね。でも惜しい。創設理由は満点。創設者は五十点。」

「創設者がまだいるの?」

「そう、僕達が良く知っている人の先祖さ。オリバナム=フランキンセンス。後に初代の顧問錬金術師になるお方だ。オリバー氏は確か三代目だったかな? 俺もシトラスが破門って情報は初耳だったけど……英雄伝では途中からフランキンセンスがギルドを指揮して、シトラスは急にドラゴン退治に行っちゃったからね。おかしいとは思っていたんだ。」


 シトラスを破門に出来る程の実力者はフランキンセンスしかいない。創設者同士の仲間割れか……それにフランキンセンス一族がギルドの顧問錬金術師だなんて、実質彼等がギルドを支配しているに近い。


「それに表面上は創設理念を守るように動いているが、彼等の実験から分かるように、自分の実験のためギルドを利用することが有る。」


 彼等は実験の為にギルドの冒険者を利用してダンジョンからモンスターを生捕りにして飼育研究していた。今回、私が運び出された時もそうだ。

 ギルドの私的利用……だがその研究は何の為に? 彼は錬金術師だから何か薬でも作ったのだろうか……?


「その実験が公共の利益になる実験ならいい。しかし彼の実験は偏っているし、世の中に公表すらされていない。この書籍だけに留まっている。とても怪しいよね? 俺達が知らず知らずのうちに彼に利用されて後戻りできない事になったら御免だからね。謎解きと自衛って所だね。」


『どちらかと言えば、リンデンを守る為でしょう?』というツッコみは飲み込んだ。

 そうだ、現にこのギルドに所属するメンバーたちは彼が研究するモンスターを捕まえるという片棒を担がされている。彼がもっと危険な研究に手を出したらその時はもっと恐ろしい事になるだろう。


「俺は人のてのひらの上で踊らされるのは嫌いな性分でね。それに謎は暴きたい性分でもあるんだ。フランキンセンス一族が一体何ににそこまで執着しているのか、一枚ずつその謎とやらを脱がして行ったらどうなるか。脱がせたその姿に非常に興味が有るよ。」


 彼は開眼して悪い顔で楽しそうにニヤリと笑う。普段のユズらしくない笑いに背筋がゾクリと冷えた。この子は敵に回したくないなぁ。


「言っているセリフが悪役のそれになっているよ。ユズ、闇に呑まれないでね?」


「いけないいけない! 二人の前で云ったらまた冷たい目で見られるところだった。ミュウちゃんもごめんね? これ秘密にしといてね。後でリンゴ持ってくるから。あ! でもミュウちゃんも隠し事しているだろ? シトラスの話、後半ぼかしているからね。何を語らなかったんだい? 秘密?」


「え! バレてた……。んん~シトラスにも好きな人が居たって事かな。彼は幼馴染の彼女を守れなかったことを悔やんでいたから。」


「…………破門された英雄と、守れなかった幼馴染、代々続く顧問錬金術師一族……なるほどね。へぇ、おもしろい。妄想が捗るよ! さて僕もそろそろ帰るかな。ミュウちゃん、俺の事リンデンにはくれぐれも秘密で頼むよ。お疲れちゃん!!」


「え? うん! もちろん!! お疲れちゃーん。」


 彼は陽気にそう言って帰って行った。

 最後の間は何だったのだろう?

 少し怖い感じもしつつ私は活動部屋の倉庫へと戻った。

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