第4話 髪を染めたい

 ***


 私と瑠璃子は同じ学科であったため、1年前期の今は履修科目が多く被っている。それなのに、私は瑠璃子のことを認識していなかった。そのことを瑠璃子に伝えると、瑠璃子はニヤニヤと笑い出した。


「今月半ばに髪染めたから、それまでの私と一致しなかったんじゃない?」


 指先に青い髪を巻き付けながら、瑠璃子は言う。確かに、黒髪と青髪では印象がガラッと変わるため、私の中で一致出来ていなかったのかもしれない。派手な髪色の大学生は多いけれど、まだ2限の講義中で休憩スペースは人がまばらだから、今の状態の瑠璃子はとても目立つ。色が抜けてきたな、と瑠璃子は独り言を漏らしているが今の状態でも十分綺麗だ。

 ふと、瑠璃子がその髪でアルバイトをしているのかどうか気になった。


「瑠璃子ってバイトしてるの?」

「うん、CDショップでバイトしてるよ。……この髪色でバイトできるのかな、って思ったでしょ。うちのお店は髪色自由だから応募したんだ」


 瑠璃子の髪をまじまじと見つめながら話し掛けたせいか、私の考えが見透かされていたようで少し恥ずかしい。ともかく、問題なくアルバイト出来ているようだ。

 私は聴覚過敏があるから、色々な音楽が流れているCDショップに長い時間居ることが出来ない。音楽を聞くこと自体は好きだから行くことはあるが、目当てのCDを買ったら一目散に退店してしまう。騒がしい環境で働ける瑠璃子は凄い。

 私がさっき聞いたのと同じ文言で、瑠璃子に質問をされる。


「透子ってバイトしてるの?」

「してない。やりたいけど、私って働けるのかなって不安があって……」


 瑠璃子に向けていた視線を机の上に落とし、膝の上で両手をぎゅっと握った。

 発達障害のある人は、一般的な人よりも得意なことと苦手なことの差が大きいと言われていて、それは私も例外ではない。私はコミュニケーションを取ることが苦手だし、不注意によってやらかすことが多く、聴覚過敏がある。一方で、記憶力は人並み以上である自信がある。おかげさまで、小学校のテストから大学受験まで勉強面で困ったことは無い。ただ、人の顔を覚えるのはあまり得意では無い。

 私の苦手なことが働く上で支障になりそうで、アルバイトを応募することすら躊躇っている。

 ねぇ、と瑠璃子が声を発したが、その先の言葉が聞こえてこない。その代わりに、机に置いていた私のスマートフォンが通知を受信して震えた。スマートフォンを手に取ってロックを解除すると、瑠璃子からメッセージが届いていた。


『発達障害のある人はどういう仕事が向いてるの?』


 なんとも答えづらい難しい質問がやって来た。画面に文字を打っては消し、あれは違うこれも違う、と頭の中で考えながら質問の答えを作る。渾身の答えが出来上がった、と思いながら送信ボタンを押した。すぐに瑠璃子のスマートフォンが震えて、瑠璃子は内容を確認している。


『人によって発達特性は違うから一概には言えない。接客業が向いてる人も居れば、向いてない人も居る。でも、ネットではマルチタスクが必要な仕事は向いてないってよく言われるかも』


 私から瑠璃子に断定的な情報を教えるのはよくないと思って、少し曖昧な回答をしてしまった。

 障害名は同じでも、人によって出来ることは違う。発達障害という括りだけで、あれは無理これは無理、と可能性を狭めるのは良くない。これまでに働いたことの無い私が言えることでは無いかもしれないけれど。マルチタスクの話だけは、よく目にすることだから伝えてみた。


「そうなんだ。答えてくれてありがとう」


 瑠璃子は私の回答に満足してくれたようでほっとする。瑠璃子の弟は現在小学3年生だ。高校生の時に初めて精神科を受診した私と違い、今の段階で発達障害があることが分かっているのは幸運なことだろう。これから先の人生も苦労すると思うから、瑠璃子を通じて教えてあげられることは教えてあげたい。

 一息つくためにペットボトルのレモンティーを飲んでいると、ある疑問が浮かび上がって来た。


「メッセージじゃなくて、口頭で言ってくれても良かったのに」

「人に聞かれたら嫌かもしれない、って思ったからスマホ経由で聞いてみたんだよ」

「あっ……。そうだったんだ、ありがとう」


 わざわざ口頭で聞いて来なかったのは、私のためであった。それなのに、私はそれに気付かずに余計なことを聞いてしまった。申し訳なさで胸がいっぱいになる。瑠璃子は気にしてなさそうな表情を浮かべているが、私の方が耐えられなくて瑠璃子から目を逸らした。それから、適当な話題を話してこの場を乗り切ろうとする。


「わ、私も髪染めてみたいな」


 瑠璃子の綺麗な青髪が目に入ったから勢いで言ってみた。凄く染めたい訳ではないが、少し興味はある。大学を歩いていると多くの女子学生が髪を染めているから、染めていない私は浮いているのでは無いかと思う時があった。

私は軽はずみな気持ちで言ったが、思いの外瑠璃子の食い付きが良かった。瑠璃子は目を輝かせながら身を乗り出して私の髪を触る。


「透子だったら何色でも似合うだろうけど、服の系統で行くとブリーチはしないで落ち着いた色にした方が良いかも。あ、でもインナーカラーとか可愛いかもね」


 ヘアカラーのことはよく分からないので、とりあえず瑠璃子が話してることに頷いておく。私が染めるとしても、瑠璃子のような派手な色にするつもりは無い。それに、染めれるだけのお金が手元にある気がしなかった。瑠璃子の青髪にはかなりお金が掛かってそうだ。


「いくらあれば、染められる?」

「私はブリーチしてるしカットとかも含めて2万円くらいだけど、ワンカラーなら1万円ちょっとで出来るんじゃない?」

「おぉ……」

「美容室によって値段設定違うし、いくつか比較すると良いよ」


 質問する前から予想はしていたが、改めて聞くと高いと感じた。私の貯金は年明けに貰ったお年玉と入学祝いとして親戚に貰ったお金があるが、どちらもリュックや服を買うのに少し使ってしまっていて、髪を染めるには少し足りない。

 今こそ、アルバイトの始めどきな気がした。


「私、バイト始めてみる」


 実行に移すために、声に出して宣言した。

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グラデーションな私達を映して 月原友里 @tsukihara_yuri

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