第227話 セバスの影

 

 私は黎明の牙のメンバー+ローズを家に集めて、情報を共有した。


「──と、そんな感じで、ルーザー子爵が近日中に攻めてくるし、セバスは裏で暗躍しているみたいだよ」


 セバスの動向は、スラ丸五号が探り始めたけど、全然分からない。

 ルーザー子爵家に身を寄せている訳でもなく、街に拠点を構えている訳でもなかった。

 この話を聞いて、ニュートが訝しげに首を傾げる。


「セバスが生きているだと……? 奴の目的は、ワタシたちか……?」


「それはそうでしょ! あたしたち、あいつの野望を阻止した立役者なんだから!」


 フィオナちゃんの言葉に、私以外が納得している。

 立役者は言い過ぎだけど、セバスが企てていた計画を邪魔したのは、間違いないからね。

 彼に恨まれていても、全然不思議じゃない。でも、私は違うと感じた。

 セバスは恨みではなく、使命感みたいなものに、突き動かされている気がしたんだ。


「す、スイミィちゃん、大丈夫……? セバスが来ても、ボクが守ってみせるから……!!」


 セバスの名前が出たので、シュヴァインくんがスイミィちゃんを気遣っている。

 彼女はセバスに誘拐されて、人質になった過去があるから、トラウマになっているかも──と思ったけど、杞憂だったみたい。


「……大丈夫。スイ、戦える」


 スイミィちゃんは魔導書をギュッと抱き締めて、ジト目の奥に闘志を宿した。

 困難に立ち向かうその姿勢は、立派な冒険者のものだ。


「うぬぅ……? 我はその、セバスとやらを知らぬのだが、強敵なのだ?」


「大したことねェよ! あのクソジジイとの再戦なンざ、今なら楽勝だろ! 負ける気がしねェぜ!!」


 リヒトくんの質問に、トールが気炎を揚げながら答えた。

 彼の言う通り、確かに今なら負ける気がしない。

 セバスは魔力欠乏症で、大きく弱体化しているからね。


「はにゃあ……? 結局、みゃーたちはどうすればいいのかにゃ?」


「セバスが姿を見せた場合、ワタシたちの手で仕留めればいい。姿を見せないのであれば、ワタシたちは予定通りに、ルーザー子爵を迎え撃つ」


 疑問符を浮かべているミケに、ニュートが簡潔な方針を示してくれた。

 それを否定する意見は出てこないので、決定かな。

 この後、ローズが寝惚け眼を擦りながら、私に一つ注文してくる。


「アーシャよ、山が燃やされては困るのじゃ。ユラちゃんを出動させて、しばらくは周辺一帯を霧で包んでたも」


「ああ、うん。そうだね、やっておくよ」


 山はルーザー子爵領の大事な資源なので、常識的に考えれば、子爵自身が燃やしたりはしない。

 でも、常識が通用する相手じゃないんだよね。 

 山を湿らせておけば、火計で炙り出される心配はない。ユラちゃん、任せたよ。


 情報共有が終わり、私たちは翌朝から、決戦に向けて最後の準備を整えた。

 前々から準備していたので、慌てるようなことは何もない。

 戦力になる村人たちは、男女合わせて二百五十人程度。彼らのことは、『民兵団』と呼称している。

 難民を追加で保護することもあったので、少しだけ人数が増えたんだ。


 民兵団は平均レベル10で、その大半が戦闘職。鉄製の武具を装備しており、私が支給したポーション+1も持っている。

 ポーションに合成した特殊結晶は、ピーマンの盾から抽出した代物で、『防御するときに石化する』という効果がある。

 強化値をもっと上げたかったけど、ロックピーマンの生産が追い付かなかった。

 後は私の支援スキルを使って、バフ効果を掛けておけば、準備万端だね。


 【再生の祈り】【光球】【風纏脚】【光輪】【逃げ水】──この五つ。


 【光輪】だけは癖が強いので、受け取らない人が多かった。

 これを使っていると、時間の流れがとても緩やかに感じて、慣れるまで会話も満足に出来なくなってしまう。


 【再生の祈り】に関しては、公開するべきか否か悩んだけど、秘匿して犠牲者が出たら寝覚めが悪くなるので、公開することにした。

 無論、特殊効果の若返りに関しては、誰にも話していない。


 特殊効果がない状態でも、非常に強力なスキルなので、色々な人に目を付けられそうではある。

 ただ、草の根を分けてまで、捜すほどのものではないはず……。

 それに、私の自衛能力も上がっているし、仲間たちも心強くなったし、いつでも逃げ込める箱庭まで手に入れたんだ。もういい加減、手札を隠して暮らす必要はないと思う。




 ──みんながそわそわしながら、三日が経過した。

 ルーザー子爵は百人の私兵と、五十人くらいの犯罪奴隷を引き連れて、自分の領内の村々を襲い始めた。

 私はスラ丸に偵察させて、その様子を覗き見しながら、深々と溜息を吐く。

 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、本当に馬鹿な人だ。


「身の程知らずの下民どもにッ、恐怖を知らしめろッ!! ワシに逆らえばどうなるか、思い知らせてやれぇいッ!!」


「い、嫌だ……!! あっちの村には、俺の家族がいるんだ!! もう付き合ってられるか!!」


「お、おらも抜けるだ!! あんだには、付き合いきれんべ!!」


 ルーザー子爵の命令に、結構な数の兵士たちが背いた。

 素行不良の連中でも、自分の故郷を襲うのは耐え難いんだ。

 ちなみに、私が警戒しているセバスの姿は、ここでも見当たらなかった。

 あの人、本当に何がしたかったの……?


 盗賊ではなく、領主が襲ってきたとなれば、各地の村人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 私たちの村では、そんな難民を積極的に保護することになり、急速に人口が増えていった。


 少し不思議だったのは、私たちが迎えに行く前に、難民たちが『盆地の村で保護して貰える』という話を知っていたことだ。

 噂話として広まっているみたいだけど、誰が吹聴したのか不明だよ。少なくとも、盆地の村の住民ではない。



 ──僅か数日で、盆地の村の人口は倍になった。

 食糧は全く問題ないものの、家が足りなくなってしまう。だから、一先ずは私の【土壁】で、簡素な仮住まいを用意した。


 決戦前に揉め事は困るので、【過去視】を使って怪しい人物がいないか、きちんと確かめておく。その最中、一人の男性の記憶の中に、セバスの姿を発見したよ。

 難民の男性は、以前に街へと買い出しに行った際、酒場で一杯飲んでいたら、セバスに声を掛けられたんだ。


『行き場を失ったら、山中にある盆地の村へ行くことをお勧めします。あそこでは、難民を手厚く保護していますよ』


 それだけを伝えて、セバスは立ち去った。どうやら、彼が噂話の発信源らしい。

 時系列的に、盆地の村で難民を保護していたことは、内部の人間しか知らないことだった。

 つまり、セバスは何らかの方法で、盆地の村の内情を集めていたことになる。


「うーん……。分からない……。セバスが何を考えているのか、さっぱり分からないよ」


 私は頭を抱えて、しばらく悶々とした。

 この村に難民を纏めて、一網打尽にしたいのかな?

 いやでも、ルーザー子爵が持つ兵力を考えたら、各個撃破を選んだ方がよさそう。


 火計を使うつもりなら、辻褄が合いそうだけど……なんだか釈然としない。

 とりあえず、この情報はみんなで共有しておいた。

 すると、すっかり頭脳労働が板に付いたニュートが、冷静に分析してくれる。


「ふむ……。セバスにとっての敵は、ワタシたちでも民でもなく、ルーザー子爵かもしれないな」


「あっ、そっか。そういう可能性もあるんだね……」


「動機は不明だがな。王国への復讐の一環か、ルーザー子爵に恨みでもあるのか……」


 私とニュートが話し合っていると、トールが苛立ちを露わにした。


「チッ、あのクソジジイ……ッ!! 俺様たちを利用しようってか!? ブッ殺し甲斐があるじゃねェかッ!!」


 トールは殺意を剥き出しにしながら、鎚を持って素振りを始める。

 そんな彼を頼もしく思いつつ、私は村の広場から周辺の山々を見渡して、無視出来ない不安を零す。


「セバスの狙いがなんであれ、私たちの動きが把握されているの、かなり怖いよね……。今もどこかから、見られているのかも……」


 確かに、とみんなが同意して、警戒するように視線を巡らせた。けど、セバスの姿はどこにも見当たらない。

 奴に手の内を知られたかもしれないとなると、心中は穏やかじゃないよ。

 覗き見は私の専売特許じゃないって、思い知らされる一事だね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る