第194話 聖女の墓標
私はスラ丸の中から硝子のペンを取り出して、宙に魔法陣を描き、五号を召喚した。
そして、スラ丸五号と二号の間に、【転移門】を繋いで貰って、聖女の墓標の第五階層へと直接足を踏み入れる。
この階層は、ユラちゃんの濃霧によって満たされているので、一寸先すら見通せない。けど、ユラちゃんが霧の中を把握出来るので、私のスキル【感覚共有】を使えば、なんの問題もないよ。
ユラちゃんが私を歓迎するように、霧状の身体を纏わり付かせて、スラ丸二号も擦り寄ってきた。
「ユラちゃん、スラ丸、ご苦労様。ありがとね」
私は二匹を労ってから、【従魔召喚】を使って手透きのスラ丸たちを呼び出す。
この場に集まったスラ丸は、一号、二号、五号、六号。
その他の従魔は、ティラ、ブロ丸、ユラちゃん。
この子たちと一緒に、第五階層の奥地へと向かう。
道中、足元にはゾンビたちのドロップアイテムが、大量に転がっていた。
ゾンビファーザーが召喚するゾンビたち。奴らのドロップアイテムは、色々とあるけど……目ぼしい代物は、鉄製の武具かな。
通常のドロップだと、なんの効果も付与されていない普通の武具。レアドロップだと、マジックアイテムの武具になる。
後者の武具に関しては、切れ味向上とか、自動修復とか、ランダムな効果が一つだけ付いているんだ。
今まではスラ丸二号が、【浄化】を使いながら一つずつ拾っていたけど、回収には時間が掛かる。その作業は切り上げて、攻略を優先しよう。
ちなみに、【浄化】を使わずに拾いまくれば、すぐに【収納】の空きスペースが埋まるはずだよ。
ただ、どの武具も汚れているので、そのまま拾うのは躊躇われる。呪われた装備も、混ざっているかもしれないし……。
ゾンビファーザーのドロップアイテムは、宝石があしらわれた冠と、ドス黒いオーラを垂れ流している権杖。後者がレアドロップだった。
どちらも未鑑定で、スラ丸に拾わせるつもりはない。
権杖は【浄化】を使っても、聖水を浴びせても、ドス黒いオーラが消えなかった。十中八九、とんでもない呪物だろうね。
冠は呪われているように見えないけど、ゾンビファーザーのドロップアイテムというだけで、拾う勇気が湧かないよ。
こうして、ドロップアイテムのことを考えていると──不意に、亡者の手が地面から飛び出して、私の足を掴んだ。
すぐに聖なる霧に触れて、亡者の手は強酸を浴びたように溶けていく。
「汚いなぁ……。もしかして、今のがゾンビファーザー?」
私がユラちゃんに問い掛けると、この子は触手を上下に動かして肯定した。
ダンジョン内の魔物は、倒しても倒しても、何度だって再出現する。
この階層では、再出現と同時に消滅するから、少しだけ憐れだね。
──しばらく歩いていると、白亜の石の台座が見えてきた。
そこには、五つの丸い窪みがあって、魔物メダルを嵌められるようになっている。
ゾンビ、ゾンビリーダー、シスターゴースト、アグリービショップ、ゾンビファーザー。それらの魔物メダルを一枚ずつ嵌めると、地面から巨大な白亜の門が出現した。
大きさは百メートル以上もあって、軍勢が通ることを想定しているみたいだよ。
黙って見守っていると、門が自動で開かれて、眩い光が向こう側から溢れ出した。
私は目の前に手を翳して、従魔たちと一緒に光の中へ足を踏み入れる。
──壁も、床も、天井も、目が眩むほどの純白だった。
そんな白亜の空間の中に、ぽつんと一匹、黒髪のゾンビが佇んでいる。
女性のゾンビで、金糸によって彩られた白い法衣を身に纏っているよ。
側頭部には、短剣と思しきモノが突き刺さっている。刃は見えないけど、赤黒くて禍々しい柄が見えているんだ。
このゾンビは身体が大きい訳でもないし、威圧感がある訳でもない。
お供のゾンビだっていないし、全然強くなさそう……。服装が襤褸だったら、第一階層に現れてもおかしくないような、普通のゾンビに見える。
目玉がない眼孔を私に向けているけど、その場に佇んでいるだけで、何もしてこない。
「こっちから攻撃するまで、戦闘にならないの……?」
だとすれば、有難いことだね。
私はステホを取り出して、目の前のゾンビを撮影することにした。
このタイミングで、自分のステホに罅が入っていることに気付く。しかも、その罅は徐々に広がっているよ。
これを生成した神聖結晶が、壊されてしまったらしいので、そのせいかもしれない。
とりあえず、問題なく撮影は出来たけど……いつ砕けても、おかしくなさそう。
『堕ちた聖女・ニラーシャ=アクアヘイム』──持っているスキルの数は、五つ。
【浄化】【再生の祈り】【信仰布武】【聖戦】【絶望の呪禍】
一つ目はスラ丸が持っているスキルで、二つ目は私が持っているスキルだった。
【信仰布武】は人々から集めた信仰の分だけ、自分の身体能力が上がるという、常時発動型のスキルだった。
アクアヘイム王国では、聖女信仰が根強いので、ニラーシャは物凄い身体能力を持っている可能性が高い。
【聖戦】は勇者を選定するスキルだけど、この場には対象になる存在が見当たらない。
【絶望の呪禍】は自分が抱く絶望の種類と大きさに応じて、効果が変化するスキルらしい。
王族に掛けられた老化の呪いの原因は、【絶望の呪禍】にありそう。
私は解呪出来るので、なんの問題もないかな。
裏ボスと言えば、シャチしか知らなかったけど、あれよりも随分と弱そうだ。
「……そういえば、ニラーシャって建国の聖女だっけ?」
私がスラ丸に確認を取ると、この子は身体を縦に伸縮させて肯定した。
以前、教会で聖女のことを調べたときに、その名前が出たんだよね。
建国の聖女がダンジョンの裏ボスだなんて、どんな経緯でそうなったのか、少し気になる。
「うーん……。まぁ、いいや。スラ丸、ユラちゃん、殺っちゃって」
私が命令すると、スラ丸たちが聖水を放射して、ユラちゃんが【冷水弾】と【霧雨】を連発した。
ユラちゃんが使う水属性のスキルは、【聖杯】によって聖なる力を宿す。
ニラーシャがどんな魔物でも、所詮はゾンビなんだから、これには耐えられないはず……。
早く片付けて、街から悪臭を取り除いて、それから──それから?
「……あれ? それから、私はどうすればいいの?」
私が首を傾げている間に、聖水を浴びたニラーシャが炎上した。
それは、普通の炎じゃなくて、熱が感じられない白い炎だよ。
水を掛けたのに燃えるなんて、不思議な現象だなぁ……と思っていると、ニラーシャは緩慢な動作で手を動かして、頭に突き刺さっている短剣の柄を握り締め、それを引き抜いた。
赤黒い血飛沫と共に、ゾッとするほど美しい銀色の刃が、私の目に映る。
それは、私が聖女の墓標で入手して、ルークスにプレゼントしたマジックアイテムと、同じ代物──『渇きの短剣』かもしれない。
「その武器で、貴方に何が出来るの?」
渇きの短剣の性能なら、知っているよ。突き刺した相手の血を吸って、刃の耐久度を回復させるだけだ。
便利だけど、大して強くない。そんな武器で、私のスキルを凌駕出来るとは思えない。
私はなんの感慨もなく、ニラーシャの観察を続けた。
すると、彼女の側頭部の傷口から、夥しい量の汚泥が溢れてきたよ。
見るからに、人体に収まる量じゃない。その汚泥は瞬く間に、白亜の空間を塗り潰していく。
汚泥に聖水を掛けると相殺出来るけど、汚泥が広がる速度の方が上だ。
「ブロ丸、足場になって浮かんで」
私の指示に従って、ブロ丸が四角形になり、私たちを乗せて宙に浮かぶ。
汚泥を回避しながら、ニラーシャに対して聖水を浴びせ続け──空間全体が、汚泥で塗り潰された直後、奴の口が静かに動く。
『そ れ を 寄 こ せ』
声はなかった。でも、何を言っているのか、分かってしまった。
脳味噌の奥底に汚い手を差し込まれて、大切な何かを握られたような、悍ましい感覚が私を襲う。
そして、ニラーシャの真っ暗な眼孔に、私の意識が吸い込まれて──その中には、聖女と謳われた一人の女性の、絶望が詰まっていた。
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