第187話 出発

 

 ──お役人さんが帰ってから、私は急いでみんなと話し合う。


「トールたちには、スラ丸三号とテツ丸を同行させるね。人目に付かない場所へ移動したとき、【転移門】を繋いでくれたら、私の支援スキルを掛け直すよ」


 スラ丸は【収納】による物資の運搬、【転移門】による退路の確保、【遍在】による索敵と、物凄く頼もしい存在になっている。

 テツ丸は不眠不休で周囲を警戒出来るし、戦闘力も中々のものだから、役に立たない訳がない。


「それは有難いが、ルークスの方はどうする?」


「オレは隠密行動をしないといけないはずだから、アーシャの従魔は借りられないよ」


 ニュートの問い掛けに、ルークスはあっけらかんと、そう答えた。

 スラ丸を連れて行かないってことは、諸々の支援を受けられなくなる。

 どうしよう、心配で胸が苦しくなってきた……。


「スラ丸を小さくして、懐に入れておくのはどうかな……?」


 スラ丸は自力で小さくなれるし、私が【従魔縮小】を使えば、手のひらサイズにすることも出来る。

 私の提案を聞いて、ルークスは首を横に振った。


「どれだけ小さくしても、オレみたいにスキルで気配を消せないと、感知系のスキルで捕捉されるよ」


「そ、そっか……。それなら、ティラは? 影の中に潜れるから、邪魔には──」


「いや、それは駄目だ。自分の護衛を薄くしようとするなんて、らしくないよ」


 私がティラを貸し出そうとしたら、ルークスは食い気味に拒絶した。

 ティラを自分の護衛から外そうなんて、確かに臆病者の私らしくない。


「で、でも、心配だし……」


「あはは、大丈夫だって。危なくなったら、すぐに逃げるからさ」


 ルークスは朗らかな表情で、『逃げる』なんて言っているけど……こう見えて、彼は負けん気が強いんだ。

 いざというとき、本当に逃げてくれるのかな……?


 私は悶々としながら、ルークスが持っていけるものを見繕う。

 ドラゴンポーションが五本と、緑色の下級ポーションが二本。毒薬、麻酔薬、睡眠薬が一本ずつ。これらを小さな鞄に入れておくよ。

 隠密行動の邪魔にならない範囲だと、これが精一杯だった。


「何があっても、必ず生き残ってね……」


「分かった、約束する。ありがとう、アーシャ」


 ルークスは私から鞄を受け取り、目を合わせて生還の約束をしてくれた。

 彼は約束を破ったことがないので、今回も大丈夫だと思いたい。

 ちなみに、私とルークスの横では、スイミィちゃんがシュヴァインくんに、ギュッと抱き着いている。


「……シュヴァイン、気を付けて」


「う、うん……っ!! す、スイミィちゃんも、修行、頑張って……!!」


 二人が一時の別れを惜しんでいると、フィオナちゃんが間に割って入り、スイミィちゃんの頬を抓った。


「スイミィっ、あたしの彼氏に抱き着くんじゃないわよ!」


 スイミィちゃんも負けじと、フィオナちゃんの頬を抓り返す。

 それでも、彼女の口から出てくるのは、気遣いの言葉だった。


「……フィオナも、気を付けて」


「フンっ、あんたに言われるまでもないわ! 帝国の連中なんて、あたしがドカンと殺ってやるわよ!!」


 この二人は頬を抓り合っているけど、険悪な雰囲気にはなっていない。

 仲が良いのか悪いのか、ちょっと分からない光景だよ。

 ここで、ニュートが寂しそうに、スイミィちゃんに声を掛ける。


「スイミィ、ワタシには何かないのか……?」


「……兄さま、忘れてた。気を付けて」


「わ、忘れて──ッ!? ば、馬鹿な……。昔はもっと、ワタシに懐いていたはず……。おのれぇ……ッ!! シュヴァイン……ッ!!」


 ニュートはショックを受けて、膝から崩れ落ちた。

 少し不憫だけど、恋する乙女は盲目なので、仕方ないと割り切るしかないんだ。


「兄貴っ! 帰って来たら、武勇伝を聞かせて欲しいのだ!!」


「あァ、任せとけや!! 暴れて暴れて、暴れまくってやるぜェ!!」


「くぅーーーっ!! 兄貴は格好いいのだ!! 我ももっと強くなって、いつか兄貴と一緒に戦うのだぞ!!」


 リヒトくんは兄貴分のトールに、キラキラした眼差しを向けながら、呑気なお願いをしていた。

 トールは獰猛な笑みを浮かべて、そんなリヒトくんの頭をガシガシと撫でる。

 それから、スッと真顔に戻って、私と目を合わせた。


「──その、あれだ。気を付けろよ、風邪とか……」


「トールこそ、気を付けて。いざというときは、逃げなきゃ駄目だからね」


「……逃げるかどうかなンざ、そのときにならなきゃ、分かンねェよ」


 逃げない、と即答しないだけ、トールも成長したね。

 本心では逃げる気なんて、微塵もないだろうけど……私の心情を慮って、逃げる可能性があるような言葉を残してくれたんだ。


 ここは一つ、激励のために何かしてあげたい。抱擁はやり過ぎだと思うので、私はトールに向かって拳を突き出した。

 彼は私の意図を察して、少し照れくさそうに、自分の拳を軽くぶつけてくる。

 こうすると、『頑張れ!』って気持ちが伝わるよね。

 みんなもこれを真似して、お互いに拳をぶつけ合う。


 この後、一軍のメンバーは、それぞれの戦地へと向かって出発した。

 居残り組の私たちは、彼らの背中が見えなくなるまで、お見送りしたよ。




 ──お屋敷に残ったのは、私、スイミィちゃん、リヒトくん、ミケの四人。それから、私の従魔たち。

 まだまだ大所帯だけど、一気に静かになってしまった。

 寂しいなぁ……と思いながら、私がぼうっとしていると、リヒトくんが元気に声を上げた。


「兄貴たちは、今よりもずっと強くなって、帰ってくるのだ! 我も負けてはいられぬ! 修行をするのだぞ!!」

 

「そう、だね……。うんっ、そうだね!」


 やることは沢山あるんだから、ぼうっとしている場合じゃない。

 二軍メンバーの修行を続けて、私のレベル上げもして、ポーションの納品もしないとね。


「……スイも、修行する。……姉さま、リッくん、がんばろ」


 スイミィちゃんもやる気満々で、握り拳を小さく上下にブンブンさせている。


「おみゃーら、早くレベルを上げるのにゃあ! みゃーに追い付いたら、一緒に冒険してやるのにゃ!」


 既にレベル10のミケは、そう言い残してお店に出勤した。

 私たちは高いモチベーションを維持したまま、今日も修行を始める。

 私とイーシャは、消耗品の杖と指輪を使って、またもや地味な攻防だよ。


「──あ、そうだ。ペンペンにも修行させないとね。剣と盾を使って貰いたいんだけど……出来る?」


「…………」


 ペンペンは自分の手を見下ろしてから、私に悲しそうな目を向けてくる。

 指がないペンギンの手で、剣と盾なんて持てる訳がないって、そう言いたいんだろうね。

 でも、エンペラーペンギンが召喚したペンギン軍団の中に、剣と盾を持つペンギンが存在していたので、出来ないことはないと思う。


「ペンペン……。ファンタジー世界では、常識を捨てないと駄目だよ。さぁ、持ってみて」


 私が木刀と木の盾を押し付けると、ペンペンは渋々とそれを受け取って──当たり前のように、ポロッと取りこぼした。

 ……頑張れっ、ペンペン! キミの修行は、まだ始まったばっかりだよ!


 私はペンペンから目を逸らして、スイミィちゃんとリヒトくんの様子を確認する。

 二人は壁師匠を並べた練習場を使って、軽快に動き回りながら、魔法を使う練習をしていた。

 魔法使いのレベル上げに関しては、頗る順調だね。


 魔力が切れそうになったら、今度は剣術の修行を始める。

 二人が魔剣士を目指している以上、魔法使いである間も、剣術の技量はきちんと磨くべき。そういう方針なんだけど……正直、こっちは順調とは言い難い。


 模擬戦をすると、リヒトくんがスイミィちゃんに、全く勝てないんだ。

 リヒトくんは右手の呪いが解けて、間違いなく絶好調なのに、その才能は凡人の域を出ない。

 逆に、スイミィちゃんは天賦の才能を持っている。


 人型壁師匠を活用して、スイミィちゃんの技術をリヒトくんに伝授しても、スイミィちゃんが圧勝してしまう。

 今日も彼女は、僅か三合でリヒトくんを下して、男の子のプライドをズタズタにした。


「……リッくん、よわよわ」


「ぬあああああああああああっ!! そ、その一言はっ、我が右手に封印された魔人の力を呼び起こしかねないのだ!! 世界が終焉を迎えてしまう!!」


 リヒトくんは自分の綺麗な右手を押さえ付けながら、藻掻き苦しむ演技をした。

 そんな彼に、スイミィちゃんは追い打ちを掛ける。


「……でも、よわよわ」


「ぬあああああああああああああっ!! て、手加減しているのだ!! 我は魔人の力が暴走しないようにっ、手加減しているだけなのだぁ!!」


 苦しい言い訳だよ。子供の頃から、才能の格差を目の当たりにしていると、リヒトくんの心が折れるかもしれない。

 もういっそ、魔剣士になるのは諦めて、魔導士を目指すという手もある。


 ……でもなぁ、リヒトくんは魔剣士に憧れているんだ。彼の年齢で、夢を諦めさせるなんて、そんな悲しいことはしたくない。

 どうしたものかと、私が悩んでいると、半泣きのリヒトくんが、こちらに駆け寄ってきた。


「アーシャっ、どうすれば我はスイミィに勝てるのだ!? 全く勝てる気がしないのだぞ!?」


「うーん……。なんというか、スイミィちゃんは全く動じないんだよね。リヒトくんも、まずはそうならないと、同じ土俵に立てないよ」


「動じない……? どういうことなのだ?」


「スイミィちゃんって、目の前を木刀が横切っても、怯えないどころか瞬き一つしないの。いつも平常心というか、無我の境地というか……」


 リヒトくんは私が教えたことを脳裏で反芻して、深々と頷いた。

 彼は人並みに怯えるし、目の前に木刀が迫ったら、流石に目を閉じてしまう。

 しかも表情豊かで、『これは不味い!』とか、『これで決める!』みたいな考えが、透けて見えるのもよくない。


 駆け引きが成立しないことには、スイミィちゃんとの差は縮まらないよ。

 とは言え、それが成立するようになっても、十合耐えられれば御の字だと思う。

 スイミィちゃんは一試合毎に──いや、一合毎に、自分の実力を研ぎ澄ませていくからね。


「それで、我は結局、どんな修行をすればいいのだ?」


「胆力を鍛えるためには、実戦経験を積むしかないかも……。実戦はレベル10になるまで、お預けだから、今はとにかく修行だよ」


 リヒトくんが魔剣士になるまでの道のりは、とっても長い。

 だから、どこかで自分の才能に見切りをつけて、魔導士を目指すかもしれない。

 そんな風に考えていた私は、彼のことを侮っていたんだ。


 身近に同い年の天才がいて、毎日のようにコテンパンに負かされて、それでも折れない心。

 直向きな努力と反復練習を苦にしない精神性。そして、何より──


「ナハハハハハハハッ!! 我はいつか、必ずスイミィを超えて見せるのだ!!」


 自分自身の将来性を信じて疑わない、その愚かさ。

 それは紛れもなく、天から賦与された才能と呼べるものだった。


 この日から、リヒトくんは誰よりも早く起きて、素振りや筋トレを行い、精力的に自分を鍛え始める。

 朝が苦手なのに、雨の日も風の日も頑張るから、私も師匠としての血が騒いで、甲斐甲斐しく面倒を見ることになったよ。

 

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