第181話 マンモスの群れ

 

 ──私たちはブロ丸に乗って、無事に第四階層へと到着した。

 ここは広大な凍土であり、上空には夕焼けが広がっている。

 ダンジョン内の空は、天候も含めて変化する階層もあれば、変化しない階層もあるらしい。流水海域の第四階層は、前者だった。

 とりあえず、空を飛んでいるブロ丸ハウスの窓から、地上の様子を確かめる。


 ──地上では、体長が十五メートルほどもあるマンモスたちが、群れを作って悠々と闊歩しているよ。

 群れは幾つもあって、その規模は小さなものでも十数匹、大きなものだと三十匹以上……。

 他の冒険者の姿は、全く見当たらない。時間帯の問題もあるけど、命が一つしかない世界で、ここまでくる人は稀なんだ。


 マンモスが持っているスキルは、【強打】【牙突】【氷雨】【氷乱柱】の四つ。

 対応し難い上下からの魔法攻撃と、その巨躯から繰り出される二種類の物理攻撃。

 これだけでも非常に厄介なのに、連中は物凄くタフで、絶命するその瞬間まで大暴れする。


 こんな魔物が群れを作っているなんて、第四階層の難易度は高すぎると思う。

 第一から第三階層で現れた魔物たち。その姿も、ちらほらと見えるけど……みんな、マンモスに怯えて、静かに活動しているよ。


「うわぁ……っ!! 凄い凄いっ、これが第四階層なんだ!!」


「こりゃァ最高の狩場じゃねェか!! マンモスをブッ殺し放題だぜッ!!」


 ルークスとトールは瞳を輝かせて、今にも窓から飛び降りそう。


「ふ、二人とも、落ち着いてよぅ……!!」


 二人が窓から身を乗り出しているので、シュヴァインくんは頑張って彼らを押し留めている。


「ふむ……。一つの群れと戦っている間に、他の群れが乱入してくることも、あり得そうだな……」


 ニュートは冷静に分析しながら、口元に薄っすらと、挑戦的な笑みを浮かべた。

 ここで、フィオナちゃんが爆弾発言を投下する。


「あたしっ、閃いたわ!! 空の上から爆撃したら、楽勝じゃない!?」


「えぇぇ……? そ、それはアリなの……?」


「冒険者はなんでもアリよ!! さぁっ、ブロ丸!! いい感じに穴をあけて!!」


 私はフィオナちゃんの提案に、思わず頬を引き攣らせてしまった。

 空爆で魔物を蹂躙する。それは果たして、冒険者の戦い方なんだろうか……?

 ルークスたちも、それはどうなんだろうって、首を捻っているよ。


「ま、まぁ、安全に倒せるなら、それが一番いいよね……」 


 私が許可を出すと、ブロ丸は床に大きな穴をあけた。

 フィオナちゃんはその穴から、ガマ油の杖をマンモスの群れに向ける。

 初っ端から、三十匹くらいの群れが標的で、私はギョッとしてしまった。


「いくわよっ!! 爆炎球!! 爆炎球!! 爆炎球!!」


 直径が十メートルもある炎の球が、粘度の高い油を内包している状態で、次々と投下されていく。

 それらは着弾と同時に、大爆発を巻き起こして、燃える油を盛大に撒き散らした。


「「「パオオオオオオオオオオオオオオン!?」」」


 炎上したマンモスたちは、悲鳴を上げながら藻掻き苦しんでいる。

 無事なマンモスたちが、慌てながら冷たい魔力を立ち昇らせて、スキル【氷雨】を使った。

 これは液体窒素みたいな、超低温の雨を降らせる魔法だよ。


 数匹が同時に使ったので、あっという間に土砂降りのような勢いになった。

 ブロ丸には殆どダメージがないけど、この雨によって炎は消されてしまう。


「ちょっと、アーシャ! 油があるのに、簡単に消されちゃったわよ!?」


「うーん……。この雨、やっぱり液体窒素そのものかな……?」


 燃えている油に普通の水を掛けたら、爆発するか燃え広がるかで、そう簡単に消火することは出来ない。

 でも、液体窒素を掛けた場合なら、その液体は熱で気化して窒素に戻る。

 つまり、炎が燃えるのに必要な酸素の濃度を下げて、簡単に火を消せるんだ。


 フィオナちゃんは必殺技が必殺にならなくて、ショックを受けているけど、ダメージはいい感じに与えられた。

 マンモスたちは肩で息をして、それなりに弱っている。酸素も薄いだろうし、かなり苦しそうだよ。


「今が好機か……。アーシャ、ブロ丸を地上に下ろしてくれ」


「う、うん。分かった。ブロ丸、あの群れから離れた位置に下りて」


 ニュートの指示に従って、私はブロ丸を着陸させた。

 私たちが表に出ると、マンモスの群れが目を血走らせながら、こちらに迫ってくる。どう見ても、お怒りだね。

 迫力満点で、私は足が竦んでいるけど……他のみんなは武器を構えながら、闘志を燃やす。


「ニュート、やれる?」


「当然だ。任せておけ」


 ルークスの短い問い掛けに、ニュートは力強く頷いて、左手に持っている杖を前方へと向けた。そして、【氷乱針】を連発する。

 これによって、鋭い氷の針が、無数に地面から生えてきたよ。


 彼は右手に一刺しの凍土を持っているので、氷の針は長さが一メートル半もある。

 通常時は五十センチくらいだったので、三倍の長さだね。

 絨毯のように、扇状に広がった氷の針は、マンモスたちの足裏を貫いて、四肢を氷結させた。


 これで、突進は止まったけど、奴らは再び魔力を立ち昇らせる。


「ブロ丸っ、屋根になって!!」


 私の指示に従って、ブロ丸は巨大な盾の形状で、私たちの頭上を守ってくれた。

 【氷雨】を防いでいると、トールが鋼の鎚を素振りしながら、みんなに質問する。


「そンで? 後は突っ込ンで、暴れりゃァいいのか?」


「いや、あの中に突っ込むのは厳しいよ。フィオナに一匹だけ、釣って貰おう」


 ルークスの話を聞いて、フィオナちゃんは訝しげに眉を寄せた。


「いいの? そんなことしたら、折角の氷が溶けちゃうわよ?」


「うん、それでいいんだ。的を一匹に絞って、上手いこと氷を溶かしてほしい」


 そうすれば、群れから孤立して突っ込んでくるはずだと、ルークスは説明した。

 フィオナちゃんはそれに納得して、雨が止むのを待ってから、片腕を高々と頭上に掲げる。

 すると、燃え盛る炎によって、一本の槍が形成されたよ。


 【火炎槍】──貫通力に定評のある攻撃魔法だ。

 彼女は堂に入った投擲フォームを披露して、その槍を発射させた。

 マンモスはスキル【牙突】を使って、自分の長い牙を炎の槍にぶつける。


 【牙突】は通常の二倍くらいの威力がある刺突攻撃で、マンモスが使うと凄まじい威力になるんだ。

 しかし、【火炎槍】を弾くことは出来なかった。

 多少は勢いが削がれたし、急所からも外れたけど、身体には突き刺さる。


「くるわよッ!! 気を付けて!!」


 フィオナちゃんが注意を呼び掛けるのと同時に、【火炎槍】の熱でマンモスを拘束していた氷が溶けた。

 その個体は、自分が負ったダメージなんて気にせず、再びこちらへ迫ってくる。

 群れの仲間は後ろで見ているだけなのに、一匹でも微塵の恐怖すら抱いていない。


「パオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


「ウオオオオオオオオオオォォォォォ──ッ!!」


 マンモスの咆哮に負けじと、トールが【鬨の声】を使って、雄叫びを上げながら突っ込んでいく。

 これは味方の士気を上げて、敵を怯ませるスキルだよ。

 後者の効果は、格下にしか通用しないので、マンモスには意味がない。


「ぼ、ボクが相手だ……ッ!! 掛かってこい……ッ!!」


 シュヴァインくんはトールと並走して、マンモスが目前に迫ったところで、盾を構えながら【挑発】を使った。

 盾が二倍の大きさになったけど、それでもマンモスの前では、まだまだ小さく見える。


 マンモスは長い鼻を振り回して、スキル【強打】をシュヴァインくんの盾にぶつけた。

 彼は後退させられたけど──グッと腰を落として、歯を食いしばりながら、きちんと防御することに成功したよ。


「シュヴァインっ、いいわよ!! 背中が大きく見えるわ!!」


「シュヴァインくんっ、頑張れーーーっ!!」


 フィオナちゃんと私の声援を背中に浴びて、シュヴァインくんが再び【挑発】を使う。


「ボクからっ、目を逸らすなああああぁぁぁぁッ!!」 


 マンモスの視線はシュヴァインくんに釘付けで、トールの姿が見えなくなっていた。

 自由に動ける時間を貰ったトールは、獰猛な笑みを浮かべながら跳躍する。

 そして、隙だらけのマンモスの左前脚に、渾身の一撃を叩き込んだ。

 【強打】を使って巨大化した鋼の鎚が、爽快感とは無縁な鈍い音を響かせて、その脚をへし折る。


「っしゃァ!! このまま──ッ、くたばれェ!!」


 トールは再び【強打】を使って、横転するマンモスの頭に一撃を叩き込んだ。

 ぐしゃっと、スイカが潰れるような音がして、マンモスの頭が拉げたよ。


 この後、みんなが代わる代わる、残りのマンモスとの戦闘に加わっていく。

 ルークスは武器が短剣なので、攻撃力不足が否めない。それでも、マンモスの目を潰すことで、しっかりと活躍していた。これはテツ丸も同じだね。


 身体を薄く伸ばしたブロ丸が傘になり、【氷雨】がマンモスに降り注ぐのを防いだ状態で、フィオナちゃんが盛大に燃やす。これが、最も簡単に奴らを倒せる方法だった。

 群れの半数は、この方法で始末したよ。


 敵が【氷乱柱】を使って、氷の柱を乱立させても、前衛のみんなは難なく往なしている。

 先端が尖っている訳でもないし、鋭い刃が付いている訳でもないから、身体能力が高ければ問題ないみたい。

 勿論、後衛の私たちにとっては、非常に危険だけど……マンモスはこっちに近付けないんだ。シュヴァインくんを突破出来ないからね。



 ──しばらくして、マンモスの群れが一つ、全滅した。


「ええっと、勝った……?」


 私がボソッと呟くと、みんなが顔を見合わせて、徐々に喜色を滲ませ──歓声が爆発する。


「「「勝ったあああああああああああああっ!!」」」


 わーい、とハイタッチを交わして、私たちは勝利の喜びを分かち合った。

 凄い凄いっ、マンモスの群れに勝てたんだ!!

 一通り燥いでから、私はふと冷静になって、みんなに質問する。


「ねぇ、みんな……。ブロ丸がいなかったら、どうするつもりだったの? 【氷雨】の対処、考えてた?」


「あァ? 冷てェだけの雨なンざ、気合いでどうにかなンだろ」


 トールの馬鹿な返事を聞いて、私は腰が抜けそうになった。

 彼は液体窒素の存在を知らないし、【氷雨】を浴びたこともないから、危険性が理解出来ていないんだ。


「ワタシはトールほど、向こう見ずではない。【氷壁】を使って、防ごうと思っていた」


 ニュートはきちんと、対処方法を考えていたみたい。

 トール以外の面々も、それを承知していたらしく、ウンウンと頷いている。

 よかった……。そうだよね、お馬鹿なのはトールだけだよね。


「ああっ!! こ、これって、レアドロップじゃないの!?」


 私がホッと胸を撫で下ろすと、フィオナちゃんがマンモスのドロップアイテムの中から、乳白色の杯を発見したよ。

 ステホで撮影してみると、『象牙の氷杯』というマジックアイテムであることが判明した。

 これに魔力を注ぎ込むと、液体窒素が生成されるらしい。

 

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