第165話 勝利と敗北
──私はドラゴンが逃げることを危惧していたけど、奴には立派なプライドがあったみたいで、逃げたりしなかった。
帝国軍の騎士たちが総力を挙げて、スキル【挑発】を使っていたので、そのおかげもあるかな。
結果的に、勇者たちとドラゴンの戦いは、一週間も続いたよ。
最後はレイジーさんの手によって、ドラゴンの魔石が破壊され、勇者たちの勝利で幕を閉じた。
大勢の人々がリスキルされ続けて、勇者たちは全裸でドラゴンと戦い続けたんだ。
とてもじゃないけど、英雄譚として書き残すことは出来ない激闘だった。
ドラゴンの討伐後、リスポーン地点も勇者のバフ効果も消え去り、大半の人が溶岩の海に落ちて、死ぬかと思った。けど、正気に戻った結界師たちが、みんなを救ってくれたよ。
これで、めでたしめでたし。一件落着だね。
私は現地に戻らず、自宅からバリィさんのステホに連絡を入れる。
彼は今、首都スレイプニルの市民たちを結界に乗せて、安全な場所まで送り届けている真っ最中だ。
「もしもし、バリィさん。お疲れ様でした」
『あ、ああ……。なんか、軽く千回以上、生き死にを繰り返したんだが……あの悪夢は、相棒の仕業だったのか……?』
バリィさんはゲッソリした口調で、分かり切った質問をしてきた。
「そうです、私の仕業です。でも、悪夢とは失礼ですね。私のスキルで、勝利へと導いてあげたんですよ」
私もあれは、正真正銘の悪夢だったと思っている。
あんなの、敵から見ても味方から見ても、聖女じゃなくて悪魔の所業だよね。
でも、責められるのが嫌だから、『私は悪くないです!!』という体を必死に装う。
『ま、まあ、確かに勝てたな……。だが、こっちは阿鼻叫喚だぞ。この一週間、全員が生死の境目を反復横跳びしまくったから……正気に戻った途端、大半の奴が発狂しちまった』
「う……っ、で、でも、あれ以外に勝てる方法なんて、なかったはず……。わ、私は悪くないです……!!」
聖戦後の勇者たちのメンタルケアまでは、請け負ってあげられない。
聖女のお仕事は、もう終わりなんだ。
バリィさんも、本気で私を責めるつもりはないみたいで、どこか釈然としない雰囲気のまま、納得してくれたよ。
『そう、だな……。相棒は悪くないか……。そういえば、皇女が相棒に会いたがっているぞ』
「えぇっ!? い、嫌ですっ!! 何を言われるか分からないので、もうそっちには行きません!!」
『そ、そうか……。話をしてみたら、案外悪くない方向へ転がりそうだが……』
「いやいやいやっ、ルチア様を信用するのは無理ですよ! あの人、何をやるのか分からない怖さがあるので……」
私が断固拒否だと伝えると、バリィさんは渋々ながらも引き下がってくれた。
聖女として祭り上げられるか、悪魔として火炙りにされるか……。なんにしても、碌なことにはならないと思う。
スキル【聖戦】には、一年というクールタイムがあるし、私はすぐに転職する予定だから、聖女アーシャは霞のように消えるんだ。
人の噂も七十五日。きっと、そのうち忘れて貰えるよね。
『そんじゃ、殿下からの依頼は完了ってことで、解散だな。……相棒はもう、帰ったみたいだが』
「お疲れ様でした! カマーマさんにも、アーシャが労っていたと、お伝えください!」
『あいよ、お疲れさん』
私はバリィさんとの連絡を終わらせて、自室のベッドにダイブした。
まだ正午だから、眠る訳じゃないけど、今はぐだっと脱力したい。
──しばらくの間、ぼうっとした後、私は枕元にいるゴマちゃんを抱き寄せた。
そして、フワフワの身体に顔を押し付けながら、言葉にならない感動を吐き出す。
「ふおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ゴマちゃんが驚いて、ビクっとしたけど、お構いなしに叫び続ける。
よかった、終わった! ドラゴンを倒せた!! ローズもスイミィ様も、これで一安心だね。
ドラゴンとの因縁を断ち切ったので、一気に肩の荷が下りたよ。
清々しい気分で立ち上がり、部屋の窓を開けると、澄み切った快晴が私を祝福してくれた。
春一番が吹き抜けて、街中で新年祭の準備が始まる。
アクアヘイム王国では、新年の最初にお祭りをして、みんなの年齢が一つ上がるんだ。
思い返してみると、今年は本当に激動の一年間だった。
孤児院を卒業してから今日に至るまで、私ってよく無事だったよね。
偉い、生きているだけで偉い。百点満点だよ。
私は別に、大冒険とか波乱の人生とか、全く求めていない。だから、来年はのんびりしたいなぁ……。
ああいや、来年だけじゃなくて、その先もずっと、スローライフを送りたい。
──そう、強く望んでいたのに、現実はどうにも儘ならない。
新たな波乱の幕開けが、すぐそこまで迫っていた。
全ての国民が持っているステホ。そこに、政府からの訃報が届く。
『第二王子、ツヴァイス=アクアヘイム。死去』
その一文を見て、私の頭の中は真っ白になった。
サウスモニカの市民たちも、みんなが同じ訃報を受け取ったみたいで、街中が騒めいている。
私は十分ほど経ってから、なんとか意識を取り戻したけど、混乱の極みだよ。
「死去……? えっ、し、死んだってこと……? ツヴァイス殿下が、どうして……?」
どうしよう、どうしたら──って、頭の中がごちゃごちゃしてしまう。
とりあえず、私にはスラ丸四号がいるんだ。あの子の現在地は王城なので、あっちがどういう状況なのか、分かるかもしれない。
早速、私が【感覚共有】を使ってみると、王城内では戦後の処理が行われていた。
大勢の王国兵が殺し合ったみたいで、あちこちに遺体が転がっており、それを勝者と思しき王国兵たちが、せっせと片付けている。
第一王子派と第二王子派が、遂に激突したのかもしれない。
訃報を信じるなら、アインスだけが生き残っている訳だし、第一王子派が勝ったのかな……?
「スラ丸、そこで何が起こったのか、詳しく知りたいんだけど……私が判断材料に出来そうなものって、どこかにある?」
私の聴覚を共有して、スラ丸四号に尋ねてみたら、あの子は人目を避けながら、コロコロと転がり始めた。
そうして、王城の広々とした中庭に出ると、大勢の騎士や使用人、それから少数の貴族たちが、悲嘆に暮れながらバルコニーを見上げていたよ。
スラ丸にも確認して貰うと、そこには──ツヴァイス殿下の首だけが、槍に突き刺された状態で、目立つように晒されていた。
彼が付けていた仮面は外されており、その下にある素顔には、ザックリと斬られた傷跡が見える。
「ああ……。そんな……」
一体何がどうなって、ツヴァイス殿下が死んでしまったのか……。
彼は北東南の諸侯を味方に付けていたし、極大魔法の鍵だって持っていた。
そんな状況で、アインスに負けるとは思えない。
今更、事情を把握したとしても、過去は代えられないけど……知っておきたい。
そういえば、私には観測者の職業スキル、【過去視】があるんだ。
咄嗟の思い付きで、【感覚共有】+【過去視】の複合技を試みる。
すると、スラ丸四号の視点から、過去を覗き見することが出来た。
どうやら、ほんの三十分ほど前に、アインスがツヴァイス殿下の首を持って、バルコニーに現れたみたい。
「──ツヴァイスを支持していた者たちに告ぐ。吾の、勝ちだ」
アインスはなんの感慨もなく、そう宣告してから、バルコニーにツヴァイス殿下の首を置いた。
第一王子派と第二王子派が、城内で戦っていたけど、ツヴァイス殿下が討ち取られたことで、第二王子派は降伏したみたい。
スラ丸には引き続き、城内を徘徊して貰って、過去を覗き見する。
──数時間前。アインスは王国軍第一師団と、王国西部の貴族や兵士たちを従えて、王都に直接乗り込んできた。
このときに、ゲートスライムの【転移門】が使われたらしい。
ツヴァイス殿下は王都の中に、二十四時間体制の警戒網を構築していたので、発見も報告も迅速だったよ。
「アインス殿下っ、襲来!! 軍勢を率いています!!」
伝令の怒号が城内に響き渡って、第二師団は即座に臨戦態勢を整えた。
この事態は誰もが想定済みだったのか、混乱している人の姿は見当たらない。
バリィさんが不在なので、ツヴァイス殿下の護衛が手薄になっているかと思いきや、きちんと強そうな親衛隊を用意していた。
前線に出るような無茶もせず、総大将として、一番安全な場所に引き籠っていたんだ。
「第二師団は死力を尽くせ!! 王国の北部、東部、南部は味方だ!! 凌いでいればっ、すぐに援軍がくるぞォ!!」
第一王子派と第二王子派は、市街戦に突入した。
両派閥は市民を犠牲にしないよう、最低限のルールを守って激突。
ただ、建物にまで気を使うことはなくて、王都は瞬く間に荒れてしまった。
最初に援軍に駆け付けたのは、北部のノースモニカ侯爵と、彼が率いる生え抜きの軍勢だった。
開戦から、まだニ十分も経過していないタイミングでの、素早い到着だったよ。
王国北部は戦争に慣れているので、戦支度も早いんだろうね。
長年、帝国軍に対する盾であり、矛の役割を担っていた人物。それが、ノースモニカ侯爵なので、とても心強い援軍だ。
──そう、誰もが思ったのに、ノースモニカ侯爵は城内で反乱を起こして、ツヴァイス殿下を裏切った。
これで、第二王子派は呆気なく瓦解。
第一王子派が城内に雪崩れ込んで、ツヴァイス殿下を殺してしまった。
ノースモニカ侯爵って、ヨボヨボだけど好々爺みたいな人だよ。
全然、悪い人には見えなかったけど、なんで裏切ったの……?
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