第112話 悪夢

 

 『中二病』──それは、思春期特有の痛々しい空想や、恥ずかしい嗜好を揶揄した言葉だよ。

 私の前世だと、中学二年生の頃に発症することが多かった。だから、そんな病名が付けられたんだ。

 例え治ったとしても、黒歴史という名の後遺症が残るから、かなりの難病だと思う。


 リヒト王子が、そんな病を患っている……。そう理解したのも束の間、私は不意に、一つの事実を思い出した。

 以前、バリィさんが言っていたんだけど、王族って本当に呪われているんだよね。


 ずっと昔の王様が、聖女の墓標の裏ボスに挑んだ際、末代まで続く状態異常を掛けられたらしい。

 それがどんな異常なのか知らないけど、リヒト王子の右手が呪われているというのは、事実かもしれない。

 生まれ持った呪いを苦にして、空想の世界へ逃げ込んだとか……? そう考えると、泣けてくるよ。


「王子っ、本当に応援していますからね! 是非とも魔剣士になってください!」


「うぬ! その応援、大義なのだ!!」


 リヒト王子の性根は、全然腐っていない。きちんと周りの大人が、愛情を持って接してあげれば、真っ当な人間になると思う。

 ……でも、ツヴァイス殿下は息子に対して、愛情がないと言っていた。


 他所のご家庭のことで、しかも相手は王族だから、私が首を突っ込むことはない。ただ、少しでも良い方向へ進んで欲しいので、今は誠実にリヒト王子と向き合おう。


「そういえば、リヒト王子はどうして、この街へ来たんですか? ツヴァイス殿下は裏ボスに挑むらしいですけど、まさか同行したりしませんよね?」


「うぬぅ……。我も挑みたいのは山々だが、それは駄目だと父上に言われたのだ。この街へ来たのは、父上が不在の王都に残ると、危ういからなのだぞ」


 リヒト王子曰く、彼はツヴァイス殿下の政敵に、身柄を狙われているらしい。

 王族って、生まれながらの勝ち組かと思っていたけど、呪いやら政敵やらで、物凄く大変そうだね……。


 王子への同情もあって、私は長々と冒険に付き合った。

 誰もいない厨房で再びアイスクリームを振る舞ったり、騎士団の鍛錬を見学しに行ったり、広々とした大理石の浴場を覗いたり──私も結構楽しめたよ。


 お屋敷の中を一周したところで、冒険の終わりを切り出す。


「それじゃあ、そろそろ本当にお暇しますね。私にも予定があるので」


 私がそう伝えると、さっきまで燥いでいたリヒト王子が、スンとなって項垂れる。


「つ、次は、いつ会えるのだ……? 我は、その、また遊んでやっても、よいのだが……」


「それは光栄ですけど、具体的な約束は出来ません。私は本日付けで、メイドをやめるので」


「やめるぅ!? な、何故なのだ!? 我の専属メイドにしてやってもっ、構わぬのだぞ!?」


「いえ、結構です。メイドは私の性に、合わなかったもので」


 メイドをやめたとしても、遊ぼうと思えば遊べるけど、あんまり乗り気にはなれない。

 リヒト王子となら、そんなに悪くない関係を築けそうだけど、やっぱり王族だからね。深入りしたくはないんだ。


 この国では、第一王子派と第二王子派の権力争いが、日夜激化しているらしい。

 第一王子派は権威主義を掲げていて、民を家畜として扱う王侯貴族が集まっている。

 第二王子派は民を重んじており、真っ当な王侯貴族が集まっている。


 ちなみに、サウスモニカ侯爵家は第二王子派だよ。

 かなり厳しめの徴発があったから、本当に民を重んじているのか疑問だけど……第一王子派の貴族は、もっとヤバイってことかな?


 ──閑話休題。ここで、リヒト王子が涙を堪えながら、とんでもないことを言い出す。


「ぐぬぬぬぬ……っ、しょ、処刑するのだぞ!? 我と遊んでくれないとっ、処刑してしまうのだ!!」


「リヒト王子……。それが、どういう意味なのか、分かっているんですか?」


「と、とっても恐ろしいことなのだ!! メイドたちがそう言っていた!!」


 彼は本当に何も知らないみたいで、私は思わず溜息を吐いてしまう。


「はぁ……。それは、『殺す』という意味です。分かりますか? 処刑は、人を殺すことなんです」


 厳密に言えば、死が確定するのは死刑で、処刑の場合は死なないこともある。

 でも、大抵の場合は処刑と言えば、死刑に結び付いてしまうんだ。


「こ、殺す……!? いや待てっ、それは駄目なのだ!! アーシャが死んでしまう!!」


「じゃあ、処刑はなしで」


「う、うぬ……。でも、それだと、我はアーシャと、二度と遊べない……?」


 リヒト王子が瞳を潤ませて、捨てられた小犬みたいな表情を浮かべる。

 私は悪いことなんて、していないはずだけど……罪悪感が刺激されちゃうよ。


「うーん……。まぁ、生きていれば、いつかは再会出来るかもしれません。そんな日が訪れたら、是非ともまた一緒に、遊びましょう」


「生きて、いれば……」


 リヒト王子は私の言葉を胸に刻むように、ギュッと自分の胸元を握り締めた。

 私は彼の頭を軽く撫でてから、後ろ髪を引かれる思いで、この場を後にする。

 大きく予定が狂ったけど、スイミィ様に顔を見せたら、早いところ家に帰ろう。


 そう決めて、彼女の部屋を訪れると──


「……姉さま、大変。……スイ、大変な夢、見た」


「えっ、夢……!? もしかして、スキルで見た夢ですか?」


 スイミィ様は私の顔を見るや否や、駆け足で抱き着いてきた。いつものジト目と無表情に、焦燥感が垣間見える。

 彼女は先天性スキル【予知夢】を持っていて、夢の中で未来の出来事を見ることがあるんだ。


「……そう。スキルで、見た。……みんな、死んじゃう夢」


 スイミィ様の言葉を聞いて、私の肌が粟立つ。

 死の運命が、再び近付いて来たらしい。


「み、みんなって、具体的には……?」


「……父さまと、殿下と、騎士団の、みんな。……ダンジョンから、誰も帰って、こなかった」


 スイミィ様曰く、流水海域の裏ボス攻略に向かった人たちが、みんな死んでしまうって。

 世界中のみんなとか、国中のみんなとか、街中のみんなとか、そういう規模じゃないみたい。私は薄情にも、一瞬だけ安堵してしまった。


 自分と仲間たちは、巻き込まれないから……。


 でも、すぐに考えを改める。今回の死の運命には、バリィさんが巻き込まれる可能性が高いんだ。

 彼が裏ボス攻略に同行するって、決まった訳じゃないけど……十中八九、するよね。


 ツヴァイス殿下とは、交友関係にあるんだもの。バリィさんは友達を見捨てないって、付き合いが浅い私でも確信出来てしまう。

 彼には散々お世話になったから、見殺しにはしたくないなぁ……。


「裏ボス攻略は、失敗に終わるんですね……。それ、他の人たちに伝えましたか?」


「……ん、伝えた。今、父さまと殿下、話し合ってる」


「そうですか……。中止になるといいんですけど……」


 死の運命は覆せる。実際に、スイミィ様が見た自分の死は、回避出来たからね。

 その一件が原因で、【予知夢】が軽視されるかもしれない。そうなれば、裏ボス攻略の強行は全然あり得る。


 バリィさんを助けるために、私はどこまで出来るのか……。

 形振り構わず、全てのスキルを使えば、大きな力になれると思う。けど、その後にどんな面倒事に巻き込まれるのか、分かったものじゃない。


 私が頭を悩ませていると、スイミィ様がブロ丸に抱き着いて、こてんと小首を傾げた。


「……姉さま、姉さま。……この子、丸ちゃん?」


「あ、はい。そうですよ。ブロ丸が進化したんです」


「……めでたい。おめでと」


「はい、ありがとうございます」


 進化したブロ丸のお披露目が終わったから、私はメイド服から私服に着替えて、自宅へ帰ることにした。

 裏ボス攻略がどうなるのか、大人たちの話し合いの行方が気になる。攻略中止になれば、それで解決する話なんだ。

 夜になったら、バリィさんに連絡を取ってみよう。

 

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