第99話 集団戦
突然のゾンビの出現に面を食らったけど、実はそんなに慌てる必要はない。
こっちは三百人という冒険者の集団だからね。すぐに左右と後方の冒険者たちが、スキルを惜しみなく使うことで、ゾンビを薙ぎ払っていく。
問題があるとすれば、この状況を仕込んだ何者かが、恐らく存在すること。
あくまでも予想だけど、何者かが盗賊団の死体を地面に埋めて、私たちが通過するタイミングでゾンビ化させたんだと思う。
ティラや他の索敵系のスキルを持つ冒険者たちが、襲撃の直前までゾンビを捕捉出来なかったから、この予想は的を射ているんじゃないかな。
銀杏の悪臭で、死体の腐臭が誤魔化されていたし、計画的な犯行の臭いがプンプンするよ。
ゾンビの対処は出来ているけど、奴らは恐れ知らずだから、有象無象の弱小盗賊よりは厄介だ。これは難儀なお仕事になったね。
「オイっ、ルークス!! 俺様たちはどうすンだ!?」
「前に行く!! カマーマさんを助けないと!!」
トールがルークスに指示を仰ぎ、ルークスは即座に決断した。
大半の冒険者たちが、ゾンビの相手をすることになった現状──ギルドマスターとカマーマさんを含めた三十人の先頭集団は、黒マントの一団と対峙している。相手の数は五十人くらいだよ。
あれは、闇ギルドの刺客かも……。だとしたら、後方でぬくぬくしている場合じゃない。
数的不利はカマーマさんが覆してくれそうだけど、希望的観測に縋って彼女を失ったら、この山で私たちが全滅することもあり得る。
「あらぁん? これはどういうことかしらん? ただの盗賊って訳じゃ、ないのよねん?」
「金級冒険者、壊門のカマーマ……。我らの狙いは、貴様の首だ」
「あらやだっ、あちきにモテ期到来……!? というか、その声……。アナタ、前に捕まえたハンサムじゃないのん? あちきの記憶違いかしらん?」
「そうか、覚えていてくれたか……。あのときの屈辱……ッ、貴様を八つ裂きにして返してやるぞッ!!」
カマーマさんと話している相手は、フードを払い退けて顔を見せた。
彼は、ルークスたちを流水海域で襲った刺客の生き残り、ハンサムな拳闘士の男性だったよ。
どういう訳か、彼の両腕は生え揃っている。拷問されたはずなのに、その形跡も全く見当たらない。
「アナタ、獄中にいるはずじゃなかったかしらん? しかも、両腕を切断された状態で」
訝しげに首を傾げているカマーマさんの前で、ハンサムな刺客はくつくつと不敵な笑みを漏らす。
「クックックッ……。治験だかなんだか知らんが、未知のポーションの被検体にされてな。そのおかげで腕が生え揃い、一時的に力が漲って、脱獄が叶ったという訳だ!!」
「あはぁん……。運良く助かったのに、こうして命を捨てにくるなんて、アナタも難儀な性格をしているわねぇ……」
「貴様に奪われた純潔は、二度と取り戻せない……ッ!! しかしッ、貴様を殺して恥辱を濯ぐことは出来るッ!!」
ハンサムな刺客の話を聞いて、頭脳明晰な私は察してしまった。
この人に使われたポーションって、私が作ったドラゴンポーションだよね。
ヤク爺にあれを預けた後、彼がどうやって薬効を調べたのか、分からなかったけど……そっか、犯罪者で治験したんだ……。
回復ポーションなのか、毒薬なのか、それすら分かっていなかったから、仕方ないと言えば仕方ない。
──でもっ、ああもう!! また私が原因だよ!!
内心で頭を抱えていると、今度はギルドマスターが刺客に問い掛ける。
「貴様ら、闇ギルドの連中だな? カマーマへの報復のために、これだけの大事を仕掛けるとは思えん。依頼人は誰だ?」
これに対して、ハンサムは嘲笑しながら、ギルドマスターを小馬鹿にする。
「フフッ、馬鹿め! 明かしてやると思うのか!?」
「カマーマ殺し。そんな勝算のない依頼を引き受けるほど、馬鹿になったんだろう? それなら、ペラペラと喋っても可笑しくはなさそうだが」
「生憎と、こちらには勝算があってな!!」
行商人が減ったことで、進退窮まった盗賊たち。そんな彼らを集めて、闇ギルドは大規模な討伐依頼を誘発させた。
流水海域の裏ボス攻略が控えているから、騎士団は出張ってこない。
となると、冒険者ギルドにお鉢が回ってくるのは必然だよね。
集結した盗賊団が齎す被害を考えると、失敗が許されない依頼だから、金級冒険者も参加することになる。
カマーマさんが手隙のときに、ここまでの流れを作れば、彼女が依頼を受ける可能性は高い。
街から誘い出したカマーマさんを討ち取るためには、冒険者集団が邪魔になるから、盗賊団をゾンビ化させてぶつけることで、足止めした。
これが、敵が仕掛けた策略かな……?
でも、これだけだと一押し足りない。カマーマさんは最強の拳闘士だから、この程度の人数差が苦になるとは思えないんだ。
刺客側に勝算があるってことは、いるのかもしれない。
カマーマさんと互角以上に戦えるような、とんでもない奴が……。そんな私の危惧は、現実のものになりそうだった。
一人の黒マントが、悠然とカマーマさんの前に出てくる。
その人物はカマーマさんと同じく、身長が三メートルを超えているよ。
ハンサムな刺客は自慢げに、『見ろ!!』と叫んで、そいつのマントを取り払った。
「あらぁん!? 随分と逞しい死体ねぇ!! あちき、ムラムラしてきちゃったわよん!!」
私たちが見ている前で、姿を晒したのは──身体が病的を通り越して、死体のように青白い、筋骨隆々な巨漢だった。
彼はバケツみたいな鉄の兜で、首から上を覆い隠している。それなのに、胴体は裸という奇妙な格好だ。肌は継ぎ接ぎだらけで、生気が感じられない。
一目見たら、絶対に忘れられない巨漢……。勿論、私は覚えているよ。
こいつは、私からコレクタースライムの情報を買い取った闇商人、ノワールさんが引き連れていた巨漢だ。
『どんなものでも売買する』って、言っていたから……巨漢を戦力として売ったとか……?
この巨漢は見るからにゾンビだし、盗賊団のゾンビ化も、ノワールさんの仕業である可能性が浮上した。
私が想像を膨らませている間に、ギルドマスターが大斧を構えて、周囲の味方に指示を飛ばす。
「カマーマは巨漢ゾンビを始末しろ!! 他の刺客は、俺と銀級冒険者たちで始末するぞッ!! 行けぇッ!!」
ギルドマスターの号令が下った瞬間、戦闘が始まった。
まずは幾つもの遠距離攻撃が飛び交って、フィオナちゃんもそこに参加する。
「ここがあたしのっ、最大の見せ場ねっ!! 食らいなさいっ!!」
彼女は十八番の【爆炎球】を使って、一気に敵を減らそうとした。
しかし、刺客たちの中にも魔法使いがいて、五メートルほどの大きな水球で相殺されてしまう。
「フィオナ、下がれ。ワタシがやる」
「う、嘘でしょ……!? あ、あたしの見せ場が……っ!!」
ニュート様がフィオナちゃんを下がらせて、左手に持った短杖を構えながら、【氷塊弾】を連発した。
水で氷を防ぐことは難しい。倍音の氷杖によって手数も増えているから、敵はこれを捌くのに苦労している。
そして、正面に意識が集中したところで、【氷乱針】が足元から敵を襲った。
大半の刺客が飛び退くか、軽く跳躍して氷の針を壊したけど、一人だけダメージを負って凍り付いたよ。
ニュート様に向かって矢が飛んできたけど、これはトールが鈍器で叩き落した。
シュヴァインくんの盾もあるし、私の【土壁】だってある。だから、敵の遠距離攻撃は全て防げているんだ。
他の冒険者パーティーも、遠距離攻撃の応酬では押しているみたいだよ。
白兵戦に縺れ込む前に、刺客を五人ほど削ることが出来た。ここからは、前衛同士の激突だ。
トール、シュヴァインくん、ニュート様が前衛を務めて、ルークスは気配を消しながら遊撃に回る。
フィオナちゃんは後ろから、味方を巻き込まないように、【火炎弾】で援護射撃を始めた。以前は乱戦になると、何も出来ていなかったけど、修行の成果がきちんと出ている。魔法の命中精度はバッチリだね。
「チッ、手強いじゃねェか……ッ!! レベルだけなら、俺様よりも上らしいなァ!!」
トールは鈍器を振り回しながら、獰猛かつ喜色に満ちた笑みを浮かべた。
彼が相手をしている黒マントは、オーソドックスな剣を使っており、格上だと分かるくらいの技量を持っている。
「子供を斬るのは性に合わないが、これも仕事だ。悪く思うな」
黒マントの身体が揺れ動いて、剣が微かに煌めき──次の瞬間、上下左右から同時に、鋭い斬撃がトールを襲う。
一瞬で四つの斬撃を放つスキル。それを捌くことは、今のトールには出来ない。
彼は下段からの斬撃だけを回避して、左右と上段からの斬撃を浴びてしまった。
見るからに内臓まで達しているから、普通なら致命傷だけど、
「──悪く思うなって? それは俺様の台詞だぜッ!!」
そんな傷はお構いなしに、トールは鈍器を振り被って、渾身の【強打】をぶっ放した。
黒マントはスキル使用後の僅かな硬直中に、その一撃を食らって即死する。
頭が、ぐしゃって……うっ、吐きそう……。
深手を負ったトールは、【再生の祈り】のバフ効果で、すぐに完治したよ。
即死さえしなければ、ダメージなんて無視出来る。これが黎明の牙の強みなんだ。
普通なら防御する場面で、即死じゃないから大丈夫だと割り切り、攻撃に転じる。この戦い方に初見で対応出来る人なんて、殆どいない。
シュヴァインくんとニュート様も、上手く前線を維持しているし、ルークスの暗殺もいい感じに成功している。
そんな中で、私は見ているだけだよ。やる気がないとかじゃなくて、どのタイミングでなんのスキルを使えばいいのか、全然分からないの……。
乱戦は下手なことをすると、味方の邪魔になるから難しい。
一応、敵の大技が飛んできたときのために、【土壁】をいつでも出せるよう、心構えはしておこう。
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