第88話 マンモス

 

「パオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 大音量の鳴き声が水蒸気を押し退けて、怒り狂っているマンモスが姿を現した。

 フィオナちゃんの魔法で左目は焼けたけど、脳まで貫くことは出来なかったみたい。氷塊を貫くときに、威力が結構減衰しちゃったからね。


「ウオオオオオオオオォォォォォォ──ッ!!」


「番犬っ、足場を作ってやる!! 乗れッ!!」


 トールが【鬨の声】を使って、マンモスに負けじと雄叫びを上げながら突っ込んでいく。

 ニュート様はトールを追い掛けて、足元から【氷壁】を出したよ。

 それを利用して跳躍したトールに、マンモスは長い鼻を振り回して【強打】をぶつけようとする。


 トールは鉄の鈍器を用いた【強打】で迎え撃ち、一瞬だけ拮抗することが出来たけど、すぐに吹き飛ばされてしまった。


「隙だらけよッ!! もう一発食らいなさいッ!!」


 フィオナちゃんはトールが作った僅かな隙を見逃さず、マンモスの左前足を狙って【火炎槍】を放つ。

 今度は遮るものが何もない状態で直撃したから、その太い前足を貫通して、後ろ足にも軽くダメージを与えたよ。

 マンモスは悲鳴を上げながら横転したけど、それと同時に全身から、冷たい魔力を立ち昇らせる。


「みんなっ、【氷雨】がくるかも!!」


 私が警告を出すと、みんなは一斉に箱モドキの中へ避難した。

 それから間もなく、浴びれば凍る超低温の雨が降ってきたよ。勢いは小雨程度で、三十秒しか降らなかったけど、屋根がなければ全滅していたと思う。


「あの魔物、凄いね。あんなに痛そうなのに、平気で魔法を使えるんだ……」


 ルークスは感心しながらも、姿勢を少しだけ低くして、いつでも駆け出せる準備を整えた。

 魔法を使う際には集中力が必要になる。だから、人でも魔物でも、痛みを与えれば魔法が使えなくなるというパターンは多い。

 でも、マンモスには無関係な話っぽいね。


 【氷雨】が止んだ直後、ルークスが【加速】を使ってマンモスに肉迫する。

 この速度で走りながら気配を消すことは出来ないみたいで、彼の接近を音で感知したマンモスは、長い鼻を荒々しく振り回す。


 ルークスは跳躍して回避したけど、長い鼻はしっかりと後を追ってきたよ。

 ここで、【風纏脚】のバフ効果を利用した空中跳躍。ルークスは既に、一回までなら安定して、宙を踏み締められるんだ。


 倒れているマンモスの頭上を取ったから、奴の右目がルークスの姿を捉えた。

 彼が逆手に持っている短剣を見て、狙いを察したマンモスは、長い鼻で自分の右目を覆い隠す。


 マンモスからすれば、ルークスが空中跳躍を何回出来るかなんて、現時点では分からない。それなら、回避されるかもしれない攻撃より、右目を確実に守るための防御を選んだってことかな。


「馬鹿がッ!! 守らせねェよッ!!」


 いつの間にか、トールがマンモスの顔の近くで、鈍器を振り被っていた。

 そして、スキル【強打】を使いながら、マンモスの鼻の付け根に渾身の一撃を叩き込む。その衝撃で、奴の長い鼻が右目からズレて、ルークスの短剣がそこに突き刺さった。


 ルークスとトールは反撃を警戒して距離を取り、ニュート様の【氷乱針】がマンモスを襲う。

 これはあんまりダメージを与えられなくて、氷結状態にも出来なかったけど、多少は動きを鈍らせることが出来たみたい。


「ルークス、脳天を貫くことは出来なかったのか?」


「短剣だと刃渡りが足りなくて、骨の途中で止まるよ」


 ルークスは短剣の刃を撫でながら、ニュート様の問い掛けに答えた。

 スキル【鎧通し】があるから、マンモスの防御力は無視出来るんだけど……所詮は短剣の一刺しだから、巨躯の敵を確殺するのは難しい。


「まぁ、両目と左前足を奪えたから、勝ったも同然だよね……」


 そんな私の呟きを否定するように、マンモスは右前足で地団駄を踏む。

 すると、長さが十メートルもある太い氷の柱が、幾つも地面から生えてきた。

 間違いなく、これがスキル【氷乱柱】だよ。足元に敷いていた【土壁】で防げたけど、結構な勢いで持ち上げられてしまう。


「「ひゃあああああああああああああっ!?」」


 私とフィオナちゃんが、二人揃って情けなく絶叫した。

 でも、その後の動きは揃っていない。私は箱モドキの縁を掴み損ねて、フィオナちゃんはしっかりと掴んでいる。運動音痴な自分が恨めしい……!!


 箱モドキの中から放り出されて、私の身体が宙を泳ぐ。


 高さは十メートルをやや超えるくらいの位置だから、このまま地面に落ちると不味い──と思ったけど、私の靴には落下速度を低下させる効果が付いているんだ。

 これなら死にはしないと安堵したところで、


「師匠っ!! ボクに掴まって!!」


 突然、私の身体が引き寄せられて、シュヴァインくんに抱き締められた。

 どうやら彼も、箱モドキから放り出されたみたい。……いや、私を追って自分から飛び出したのかも。


 私たちはそのまま落下して地面に叩き付けられたけど、シュヴァインくんが下敷きになってくれたおかげで、私にダメージはなかったよ。


「ありがとうっ、シュヴァインくん!! あっ、大丈夫!? 怪我してない!?」


「だ、大丈夫……!! この程度なら、軽傷にもならないから……!!」


 シュヴァインくんは強がりを言ったんじゃなくて、本当に無傷だ。流石は騎士様、防御力が高い。


「よかった……。それじゃあ、私の胸とお尻から、手を放してね」


「えっ!? あ、あわっ、あわわわわ……っ、わ、わわ、わざとじゃないよぅ……!!」


 シュヴァインくんの右手が私の胸に、左手が私のお尻に当たっている。

 あの危機的状況で狙って触るとは思えないし、これが古より伝わる例のアレ……ラッキースケベという現象なんだろうね。


 私たちが立ち上がったときには、ルークス、トール、ニュート様の三人と、ついでにティラが、マンモスに総攻撃を仕掛けているところだった。


「アーシャっ、シュヴァインっ!! 大丈夫なの!? 生きてるわよね!?」


「生きてるよ!! こっちは大丈夫だからっ、フィオナちゃんもマンモスに攻撃して!!」


「ええっ、分かったわ!!」


 フィオナちゃんは私とシュヴァインくんの生存を確認してから、自分も総攻撃に参加する。

 マンモスは見た目通りにタフで、しばらく暴れ続けていたけど──数分後、私たちは無事にマンモスを討伐することが出来た。



 アーシャ 魔物使い(20) 土の魔法使い(12)

 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】

     【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】

     【従魔召喚】【耕起】

 従魔 スラ丸×3 ティラノサウルス ローズ ブロ丸

    タクミ ゴマちゃん


 魔物使いと土の魔法使い、どっちもレベルが上がったよ。

 新しく取得した魔物使いのスキル【従魔召喚】は、私が描いた魔法陣の場所に、従魔を召喚するというもの。

 この魔法陣は従魔が任意で使うことも出来るし、私が強制召喚することも出来るみたい。


 【他力本願】の影響で追加されている特殊効果によって、召喚した直後の従魔が、短時間だけ強化されるらしい。

 召喚する従魔の強さに応じて、必要な魔法陣の規模が大きくなるから、この特殊効果は使い難いかな……。


 でもまぁ、私にとっては大当たりのスキルだよ。

 スラ丸を置き去りにする心配がなくなったから、今後は気兼ねなく【転移門】を使えるんだ。

 必要な魔法陣の知識は、スキルを使おうって考えると、頭の中に浮かんできた。


 魔法陣を描く際のインクは、私の魔力を流せるものじゃないといけない。

 自分の血液が最良なんだけど、痛いのは嫌だから代替品を探さないと……。



 土の魔法使いの新スキル【耕起】は、土を耕す魔法だった。こっちは残念ながら、私にとっては外れだね。

 農作業を楽にするスキルだから、農家の人だったら喜ぶんだろうけど、私には農民になる予定がない。

 【他力本願】の影響で追加されている特殊効果は、地味を肥やすこと。


「うーん……。折角だから、庭で野菜を育てるとか……いやでも、日課の水遣りが続くかどうか……」


 雑草を抜くのも大変そうだから悩ましい。……私は土だけ耕して、他はミケに丸投げしようかな。

 私が新スキルの確認を終わらせたところで、ルークスの声が耳に入ってくる。


「──それで、この宝箱は誰が開ける?」


 今、みんなは銀色の宝箱を囲んで、盛大に揉めていた。


「俺様に決まってンだろォがッ!! テメェらは引っ込ンでやがれ!!」


「はぁ!? あたしだって開けてみたいんですけど!! マンモス狩りで一番活躍したのはあたしなんだからっ、あたしに譲りなさいよ!!」


「前衛の俺様は命を懸けてンだ!! 後ろでヌクヌクしている奴に、この褒美は譲れねェなァ!!」


「前衛だからって偉そうにしないでっ!! トールなんて真っ先に、ぶっ飛ばされた癖に!!」


 どっちが宝箱を開けるかで、トールとフィオナちゃんが取っ組み合いの喧嘩を始めそうだよ。

 他の面々も、自分で開けたそうにしていたけど、この二人が面倒だからすぐに諦めた。


「早く決めてくれないか? このままでは、日が暮れてしまうぞ」


 ニュート様が苛立ちながら催促して、トールとフィオナちゃんは結局、コイントスで決着をつけることにした。

 ルークスが銅貨を指で弾き──勝者に選ばれたのは、フィオナちゃん。

 歯噛みして悔しがるトールをしり目に、彼女は意気揚々と宝箱を開ける。


「いでよ!! 気儘なペンギンの装飾品!!」


 銀色の宝箱から、ソレが出るのは嫌だなぁ……って思いながら、みんなで中を覗き込む。

 そこにあったのは、一本の短い杖だった。白銀に水色を混ぜたような金属で作られており、持ち手には丸い氷の魔石が嵌められている。全体には美麗な模様が彫られていて、気品がある代物だよ。


 ステホで撮影してみると、このマジックアイテムの名前は『倍音の氷杖』だと判明した。

 これを装備すると、同一の氷属性魔法を三回連続で使用した際、魔力を消耗せずに追加で一回、同じ氷属性魔法が自動で発動するらしい。


「「「おおーーーっ!!」」」


 明らかに強力なマジックアイテムだから、私、ルークス、フィオナちゃんが感嘆の声を上げた。けど、トールは面白くなさそうに舌打ちする。


「チッ、クソ眼鏡を強くするための装備かよ! ゴミだゴミ、その辺に捨てちまえ!」


「と、トールくんの心が、狭い……」


「あァ゛!? なンか言ったか豚野郎ッ!?」


「ひぃっ、な、なんでもない……!! なんでもないよトールくん……!!」


 シュヴァインくんの口からポロっと漏れた本音。

 これにトールが噛み付いて、シュヴァインくんは慌てて誤魔化したけど、みんな同じことを思ったよ。心が狭い。


「これはニュートに使って貰いたいんだけど、どうかな?」 


「いいのか? 売れば間違いなく、白金貨数枚か、あるいは数十枚になるはずだが……」


「それだけ強力なマジックアイテムなら、やっぱり仲間に持たせたいよ。みんなも、それでいい?」


 ルークスが同意を求めると、フィオナちゃんが真っ先に頷いた。


「あたしは賛成よ。でも、その杖を活用することに、拘り過ぎないでね。攻撃するときは攻撃、防御するときは防御、それを間違わないで」


「ふむ、そうだな。肝に銘じておこう」


 フィオナちゃんの注意に、ニュート様は甚く感心した様子だ。確かに、『三回同じ魔法を使う』という条件に拘ると、危ないよね。


 この後、私とシュヴァインくんも、ルークスの提案に賛成したよ。

 トールはツンツンしているけど、本気で反対するはずもなく、倍音の氷杖はニュート様が装備することになった。

 細剣も装備しているから、杖と剣の二刀流になる。これは練習が必要かな。


 ──キリがいいから、今日の探索はここまで。

 ちなみに、マンモスのドロップアイテムは、氷のブロックに入っている一トンの肉塊と、大人の握り拳の倍はある氷の魔石だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る