第82話 罠

 

 スラ丸の新スキル【転移門】を試しに使った後、私はスラ丸二号の様子を確認しておくことにした。

 【感覚共有】を使うと見えてくるのは、醜悪な腐肉の床、壁、天井。

 ここが、ゾンビが犇めく最凶のダンジョン、聖女の墓標だよ。


「よしよし、二号も元気そうだね」


 私は一瞬だけ痛覚を共有して、スラ丸二号が無事であることを把握した。

 この子の役目は、聖女の墓標で魔石とお宝を集めることだ。

 第一階層を探索するように命令しているから、魔石は小粒のものばっかりだし、お宝もガラクタばっかりだけど、塵も積もれば山となる。

 結構前から探索して貰っているので、そろそろ帰還させて労うべきかもしれない。


「うん、そうしよう。二号、一旦帰っておいで」


 私の聴覚を共有することで声を届けて、帰還命令を出した。

 それなのに、二号は身体を左右に揺らす。これは、同意出来ないという意思表示だね。

 スラ丸が私の命令に逆らうことなんて、今まで一度もなかったはず……。


 まさか、進化して強くなったから、私を侮って反抗期になったとか?

 まだ弱っちいスラ丸なら、進化させても問題ないと思っていたのに、これは困った。


「……あれ? でも、こっちのスラ丸は命令を聞いてくれるよね?」


「!!」


 私の手元にいるスラ丸一号は、当たり前だと言わんばかりに、ポヨンと飛び跳ねたよ。

 うーん……。聖女の墓標でゾンビ狩りをしていた二号だけが、突出して強くなったとか、あり得ない話じゃないと思う。

 あるいは、命令を聞けない状況に陥っているのかも……。


 二号に話し掛けて、その辺りを確かめてみると、後者の推測が正しいと判明した。

 どんな状況に陥っているのか、分かりやすい説明を求めると、二号は一つ頷いてから慎重に移動を始めたよ。


「……慎重? ど、どうして慎重なの? 第一階層に出現するゾンビは、スラ丸を襲わないよね……?」


 私が口に出した疑問に、二号は反応してくれない。『見れば分かる』って、言外に匂わせているみたいだ。

 なんだか嫌な予感がして、背中にじっとりした汗を掻いてしまう。 


 そして──数十秒後。二号が到着したのは、人骨と腐肉で造られた、醜悪かつ冒涜的な神殿だった。

 その中心には、見たことがない太っちょゾンビが、一匹だけ鎮座している。

 体長は五メートルほどで、司教が着るような服を身に着けているよ。

 便宜上、『ゾンビ司教』と呼ぼう。


 ゾンビ司教のお腹はパンパンに膨らんでいて、その表面には苦悶に満ちた人の顔が、無数に浮かんでいる。

 まるで、満腹になるまで、人間の頭を丸呑みにしたかのようだ。

 スラ丸の感覚越しに伝わってくる威圧感は、スノウベアーよりも上……。


 聖女の墓標の第一階層で出現するのが、普通のゾンビ。

 第二階層、ゾンビリーダー。第三階層、シスターゴースト。

 それぞれの階層で出現する魔物と比べても、明らかに格上だから、スラ丸の現在地は更に下層ということになる。


 私の命令を無視して、スラ丸が第一階層から動いたとは、思えないよね……。

 そこまで考えたところで、パズルのピースが嵌ってしまった。


「す、スラ丸……っ、もしかして、罠を踏んだの……!? こう、転移しちゃう系のやつ!!」


 スラ丸は身体を縦に伸縮させて、あっさりと肯定したよ。

 さ、最悪だ……。まさか、こんな形で進化条件を満たしていたなんて……。


「その階層の魔物は、スラ丸を襲う?」


 二号はこの質問にも、身体を縦に伸縮させたよ。これで、帰還出来ない理由が分かったね。

 どのルートを進んでも、ゾンビ司教と遭遇してしまうから、身動きが取れなくなったんだ。

 正直、この難題は手に余る。私は二階の自室から一階の店舗スペースに移動して、ローズとミケに相談することにした。



「──そんな訳で、スラ丸二号がピンチなんだけど、打開策はないかな?」


「全然売れておらん聖水があるのじゃ。これを使ってはどうかの?」


 ローズは商品棚に置いてあった聖水入りの小瓶を手に取り、私に押し付けてきた。

 これは不浄な存在にダメージを与えられる液体で、聖なる杯というマジックアイテムを使って、私が生成したものだよ。

 商品棚がスカスカだと見栄えが悪いから、一応商品として置いてあるけど、誰も買ってくれない。


「普通のゾンビならともかく、この程度の量でゾンビ司教を倒せるかなぁ……?」


 大量に用意出来れば、通用すると思う。でも、聖水の生成には魔力が必要になるんだ。

 全然売れなかったから、在庫も増やしていないし、今すぐ大量に用意するのは現実的じゃない。


「ご主人、冒険者ギルドに依頼を出したらどうかにゃ? スラ丸を救出して! お願いにゃんにゃん! って感じで」


「お願いにゃんにゃん……? いや、聖女の墓標に入ってくれる人は、いないと思うんだよね……」


 ミケが真っ当な意見を出してくれたけど、それは難しいと言わざるを得ない。

 あのダンジョンに充満している悪臭は、殺人級らしいからね。

 嗅覚がないスラ丸だから探索出来ているけど、普通の人間には厳しいよ。


「うーむ……。確か、聖女の墓標の悪臭は、結界によって防がれておるんじゃよな?」


「うん、そうだよ」


「であれば、バリィに助けを求めるのはどうじゃ? 結界と言えば、あの者であろう」


「あっ、そっか! その手があったね!」


 私はポンと手を打って、ローズの提案に乗っかることにした。

 バリィさんの結界で悪臭を遮断出来るか分からないし、そもそも暇じゃない可能性もある。

 それでも、一縷の望みに縋って、ステホで彼と連絡を取った。


『──よう、相棒。どうかしたのか?』


「バリィさん! 実は、スラ丸がピンチになっちゃって──」


 私が事情を説明すると、通話口から申し訳なさそうな雰囲気が伝わってきたよ。


『助けてやりたいのは山々だが……俺は今、王都にいるんだ。しかも、第二王子の護衛っていう大仕事でな。すまんが、助けになってやれそうにない……』


「そ、そう、ですか……。分かりました……」


 残念ながら、バリィさんはお仕事の真っ最中だった。その内容を鑑みると、どうあっても邪魔をする訳にはいかない。

 これ以上時間を取らせるのも申し訳ないから、通話を終わらせようとしたところで、彼から一つ提案があった。


『そっちの街に、俺が信頼している冒険者が滞在中だが、俺からそいつに話を持っていくか? 金級冒険者だから、問題を解決する能力は高いぞ』


「本当ですか!? 是非っ、お願いします!!」


 目の前に垂れ下がった蜘蛛の糸。それを私は全力で掴んだ。

 バリィさんが信頼している金級冒険者なら、人柄も実力も申し分ないはず……。

 スラ丸は分裂して増えるとは言え、出来るだけ捨て駒にはしたくない。助けられるものなら、助けたいよ。



 ──こうして、一時間後。バリィさんの要請で、私のお店に一人の冒険者がやって来た。


「ゴラアアアアアアアァァァァァァッ!! あちきのバリィちゃんと仲良しこよしなメスガキィ!! 来てやったわよおおおおおおおおおおおおん!!」


「で、出たっ!! オカーマさん!!」


「あちきはカマーマよん!! 食らいなさいっ、失礼なメスガキに見せ付ける上腕二頭筋ッ!!」


「うわぁっ、凄く逞しいです!!」


 カマーマさんは来店早々に、両腕の上腕二頭筋を隆起させて、美しいマッスルポーズを取った。

 迫力満点の肉体美を前に、私は思わず拍手してしまう。

 バリィさんが信頼している金級冒険者って、カマーマさんのことだったみたい。


 この人、ルークスたちとは仲良くしているけど、私とは面識がなかったんだ。

 自分の肉眼で見ると、なんかもう、色々と物凄い。余りにも見た目のインパクトが大きいから、語彙力がなくなっちゃうよ。


「と、唐突に上腕二頭筋を見せつけるにゃんて、にゃんだこのオス……っ!? ヤベー奴だにゃあ……っ!!」


「アーシャっ、知り合いは選んだ方がよいぞ!?」


 ミケとローズは店内の片隅に移動して、身体を寄せ合いながらプルプル震えている。私も事前にカマーマさんのことを知らなかったら、同じ反応をしていたかもしれない。

 この人ね、別に悪い人じゃないんだよ。


「あちきはオスじゃなくて、メスよんッ!! そういう子猫ちゃんは、そのナリでオスでしょう!? あちきの大胸筋は誤魔化せないわよん!!」


「嫌にゃああああああああああ!! 近寄るにゃああああああああああ!!」


 カマーマさんは自分の影が追い付かないほどの速度で、ミケに急接近した。

 そして、ミケの目の前で大胸筋を見せ付けながら、高速でピクピクさせる。


 ……その行動に、一体なんの意味が?

 

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