第81話 スラ丸の進化

 

 なんと、スラ丸が進化出来るらしい。それを知って、私は小躍りしてから仮眠を取った。

 従魔を進化させるためには、私が夢を見ないといけないんだ。

 ローズの花弁の生産量が減って、御上に怒られるかもしれないという問題は、一旦頭の片隅に追い遣ろう。

 

 ──微睡に沈むと、暗闇の中に浮かぶ道が見えてくる。

 その道は三本に分岐していて、私は岐路の手前に下り立った。

 それぞれの道には、一枚ずつ看板が立てられているから、サッと目を通す。

 左から順番に、『分裂』『スライムリーダー』『ゲートスライム』って書いてあるよ。


「よしっ、間違いなくスラ丸を進化させるための夢だね」


 分裂はスラ丸が増えるだけで、進化する訳じゃない。

 コレクタースライムは【収納】を使えるから便利だし、増やしてもいいんだけど、折角だから進化させたい。

 主人のレベル不足で、進化させた従魔が反抗期になるという、最悪の事例があるらしいんだけど……スラ丸はまだ弱っちいから、大丈夫だと思う。


 私はステホを使って、進化先となる二枚の看板を撮影した。


 『スライムリーダー』──スライムの統率個体で、自分と同種かつ下位の個体を従えることが出来る。

 頭が良いことが進化条件だから、スライムという種族なら珍しい進化先かもしれない。スラ丸が賢いから忘れがちだけど、スライムは基本的に知能が低いからね。


 『ゲートスライム』──二つの地点を門で繋げることが出来るスライム。

 進化条件は三つもあって、『空間に作用するスキルを取得している』『空間転移を経験したことがある』『分裂した個体が複数残存している』とのことらしい。


 これらの条件を確認して、私は腕組みしながら首を傾げた。


「うーん……? 進化出来るってことは、もう条件を満たしているんだよね……? 空間転移を経験したことがあるって、一体いつの間に……?」


 空間に作用するスキルは【収納】だし、分裂した個体ならきちんと残っている。

 でも、空間転移なんて、一度も経験させた憶えがない。……まぁ、原因を探るのは後にして、早いところ進化させよう。


 スライムリーダーとゲートスライム、どっちも捨て難いけど、私は利便性が高そうな後者を選んだ。

 すると、私の足元に三匹のスラ丸が現れたよ。一匹ずつじゃなくて、纏めて進化するっぽい。


「立派になるんだよ、スラ丸」


 私はスラ丸たちの背中を押して、進化の道を真っ直ぐ進ませる。

 手を振ってお見送りしていると、私の意識は夢の中から緩やかに浮上していった。



 ──目が覚めると、外はもう夕方になっていたよ。

 自室のベッドで寝ていた私は、枕元に居座っているスラ丸に目を向ける。

 姿形は殆ど変わっていない。魔石の透明感が増して、美しくなっているけど、その程度の変化かな。


「スラ丸、ちゃんと進化出来たの? あんまり見た目が変わってないけど」


「!!」


 私が疑惑の目を向けながらスラ丸を突っつくと、この子は意気揚々とベッドから飛び降りて、床の上で身体を膨らませ始めた。


 一回り、二回り、三回り──えっ、まだ大きくなるんだけど!?


「ご主人! 起きたのか──にゃああああああああああああああ!?」


 ノックもなく部屋に入ってきたミケが、巨大化したスラ丸に押し潰されそうになって、大きな悲鳴を上げた。

 最終的に、スラ丸は三メートルくらいの大きさになっちゃったよ。チビっ子の私たちと比べると、倍以上も大きい。


「スラ丸っ、小さくなって!! ミケが潰れちゃうから!!」


 私が命令すると、スラ丸は三十センチくらいまで縮んでくれた。試しに持ち上げてみると、重さも減っている。

 これって、どういう仕組みなの……?

 もしかして、【収納】に自分の身体を仕舞っているとか……?


 生物は仕舞えないスキルだけど、身体の一部なら突っ込めるんだよね。

 私も手を突っ込んで、物を取り出すことがあるから、スラ丸も同様のことをしているのかも。


「良かった……。これなら引き続き、スラ丸を鞄として使えるよ」


 私はスラ丸を撫でながら、ステホで撮影してみた。

 種族名がゲートスライムに変わり、新スキル【転移門】を取得していることが判明。このスキルを使えば、自分と自分から分裂したゲートスライムとの間に、距離を無視して行き来することが可能な門を作れるらしい。


 スラ丸の進化後の変化は、身体が大きくなって、核の魔石が綺麗になり、新スキルを取得したこと。そして、これら以外にもう一つ、重要な変化がある。

 それは、魔力が随分と増えたことだよ。しかも、使い勝手が良い無属性の魔力だから、とっても嬉しい。

 私には【魔力共有】があるから、スラ丸は魔力タンクとしての役割も担えるようになった。

 これでまた、ローズの花弁を大量生産出来るね。


「……スラ丸、十匹くらいドカンと分裂させちゃう?」


 自分の口から零れた独り言が、名案に思えたけど……いや、いやいや、やめておこう。

 レベルはどんどん上がり難くなるから、従魔を使役出来る枠は簡単に埋めちゃいけない。慎重にならないとね。


 とりあえず、新スキルの【転移門】を試そう。

 まずは私が【感覚共有】を使って、スラ丸三号の視界を覗き見する。安全確認は大事だよ。


「──火炎弾!! 火炎弾!! 火炎弾!! あっ、トール!! そっちに逃げたわよ!!」


「チッ、しっかり当てやがれ馬鹿女がッ!!」


「馬鹿女って言わないでっ!! あんたに魔法をぶつけるわよ!?」


 スラ丸三号はフィオナちゃんの腕に抱きかかえられて、今日も流水海域の探索に付き合っていた。

 みんなはスノウベアーと戦闘中で、フィオナちゃんが魔法を連発し、トールが鈍器で敵の頭をカチ割る。

 一段落ついたタイミングを見計らって、私は【転移門】を使うよう指示を出す。


「スラ丸、一号と三号で門を繋いで」


 三号は了承してプルンと震えた後、フィオナちゃんの腕から飛び降りて、身体を急速に膨らませた。

 フィオナちゃんたちが驚愕しながら、慌てて三号に駆け寄る。


「す、スラ丸!? いきなりどうしたの!? 悪いものでも食べた!?」


「お、落ち着いてフィオナちゃん……!! き、きっと、進化したんだよ……!!」


 シュヴァインくんが正解を言い当てて、ルークスは感心しながら三号を撫で回す。その間に、ニュート様は冷静にステホで撮影していたよ。


「良かったね、スラ丸。オレたちが魔石を食べさせていたから、そのおかげかな?」


「ああ、そうかもしれないな。どうやら、ゲートスライムという魔物になったらしい。【転移門】というスキルを取得しているぞ」


 ルークスたちがスラ丸に魔石を食べさせていたなんて、私は知らなかった。

 きちんと仲間の一人として扱い、分け前を渡していたんだね。有難いことだ。

 私が内心で感謝していると、スラ丸一号も再び身体を膨らませたよ。


 そして、一号と三号が同時に、門の形へと変化する。

 二つの門は距離を無視して繋がり、私の部屋から流水海域の様子が、直接見えるようになった。雪と冷気が吹き込んできて、とんでもなく寒い。


「なるほど、【転移門】ってこういう感じなんだ……。みんな、やっほー」


「わっ、アーシャだ! 久しぶり! 元気だった?」


「うん、元気元気。ルークスたちも元気そうで、安心したよ」


 私がみんなに手を振ると、ルークスが手を振り返してくれた。

 一週間も会っていなかったけど、私からすると久しぶりって気がしない。

 教会にいる間も、何度かスラ丸視点でルークスたちを覗き見していたからね。


「ちょっと! なんで呑気に挨拶してんのよ!? これってどうなってんの!?」


 フィオナちゃんが門から身を乗り出して、これが現実なのか確かめるべく、室内を見回しながら私の顔をペタペタと触ってくる。

 彼女はスノウベアーのマントを装備しているから、手が冷たくなったりしていない。……そのマント、私も欲しいなぁ。


「これがスラ丸の新スキル、【転移門】だよ。見ての通り、二つの場所を繋げられるんだ」


「距離を無視して、か……。途轍もないスキルだな。この魔物の進化条件が広まれば、良くも悪くも、世界が一変するぞ」


 ニュート様はそう言って、顎に手を当てながら、難しい顔でスラ丸を見遣った。

 ここで、彼の言葉にトールが突っ掛かる。


「移動の手間がなくなンなら、良いことじゃねェか。どう悪くなるってンだ?」


「少しは頭を使え、番犬。ゲートスライムは犯罪や戦争に、幾らでも利用出来るだろう」


 ニュート様の意見は尤もだね。沢山の犯罪者や軍勢が神出鬼没になる世界って、かなりゾッとするよ。

 人攫いとか、物凄く簡単になっちゃう。

 まぁ、ゲートスライムへの進化条件を満たすのは、とても難しいと思うけどね。

 空間転移の経験を得るなんて、どうすればいいのか見当が付かない。


「あ、そうだ。フィオナちゃん、スラ丸を入れるための鞄、明日にでも一緒に買いに行こうよ。目敏い人にステホで撮影されたら、厄介事になりそうだから」


「ええ、確かにそうね。お馬鹿なトールとは違って、あたしには危険性が理解出来るわ。……ところで、そっちの猫っぽい子は誰なの?」


 私の提案を快諾してくれたフィオナちゃんは、ミケに訝しげな目を向けた。


「猫獣人のミケだよ。紆余曲折があって、私が面倒を見ることになったの」


 私はミケがお店に来た経緯をザックリと説明してから、当人に挨拶させる。


「にゃあ! おみゃーら、よろしくにゃ!!」


「か、可愛い……!! ぼ、ボク、シュヴァインです……。そのっ、猫耳、可愛いね……!! と、とっても……ふへ、ふへへ……。ちょ、ちょっとだけ、触らせて貰っても……」


 シュヴァインくんが辛抱堪らんと言った様子で、手をワキワキさせながらミケに近付いた。けど、すぐに『ぎゃふん!!』と悲鳴を上げて転倒する。

 ミケがスキル【滑る床】を使ったんだ。


「みゃーに触るにゃ! オスにベタベタされても、嬉しくにゃいの!!」


「へぇ、ミケは男嫌いなのね……。それなら、ライバルにはならないか……」


 シュヴァインくんを狙う新たなライバルかと、フィオナちゃんは一瞬だけミケを警戒したみたい。でも、今のミケの反応を見て、ホッと胸を撫で下ろした。

 これ、みんなミケの性別を勘違いしているかも……。ミケは女の子じゃなくて、男の子だよ。


 教えてあげようと思ったけど、寸前で思い止まる。シュヴァインくんがショックを受けたら可哀そうだから、黙っておこうかな。


 この後、みんながミケに自己紹介してから、私は話を切り上げようとした。


「それじゃあ、そろそろ門を閉じるね。もう寒くて限界──」


「待て。ワタシたちは帰りに、このスキルを利用しても構わないのか?」


 ニュート様の質問に、私はどう答えようか悩む。正直、状況次第なんだよね。


「うーん……。門になっているスラ丸自身が、行き来出来ないから、緊急時限定で使って欲しいかな」


「ああ、そうか、そうなるのか……。スラ丸を置き去りにするのは忍びないが……誰かが戦闘不能になったときは、遠慮なく使わせて貰おう」


 スラ丸も大切だけど、私はルークスたちの命を優先するよ。

 スラ丸を置き去りにするという、あって欲しくない未来を想像して、フィオナちゃんがほろりと涙を零した。三号を一番可愛がっているの、フィオナちゃんだからね……。

 

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