第66話 お葬式
雲一つない青空の下、幾つもの馬車が大通りを緩やかに進んでいる。
全ての馬車に、サウスモニカ侯爵家の紋章が刻まれており、荷台には空っぽの棺桶が乗せられていた。
この街で暮らしている人々は、献花を持ち寄って棺桶に敷き詰めていく。
これは、侯爵家が主導して執り行っているお葬式で、ソウルイーターと戦って散った者たちを弔っているんだ。
私も一輪の白いカーネーションを棺桶の中に入れて、静かに知人の死を悼む。
「……私、ガルムさんのこと、忘れません」
騎士団が壊滅して、街には大きな被害が出たから、とてもじゃないけどハッピーエンドとは言えない。でも、ソウルイーターはきちんと討伐されたよ。
バリィさんが結界を維持している間に、国中から凄腕の冒険者が集まってくれて、王都からも第一王子が率いる精鋭部隊が駆け付けてくれた。
彼らの尽力のおかげで、あれ以上の犠牲者は出ていない。
功績の大部分は第一王子に持っていかれて、世間的には『第一王子が事態を収束させた』ということになっている。
今回の大事件を纏めた第一王子の英雄譚には、ガルムさんを含めた騎士団員の名前が出てこない。それと、バリィさんの活躍も端折られているから、私としては大いに不満だ。
子供たちの活躍なんて、一から十までなかったことにされたよ。
それでも、誰も文句を言ったりしない。
第一王子って、多分だけど未来の国王様だからね……。
私は遠目から見たけど、第一王子は四十代前半くらいで、高身長、超肥満、丸坊主、そして隻腕の男性だった。
丸っこいシュヴァインくんとは違って、顎や首、お腹周りの贅肉が、だらしなく垂れ下がっている。侯爵様も太っちょだけど、それを超える太っちょだね。歩くことすら大変そうだよ。
「──アーシャ、そろそろ行こう。みんなが待っているから」
「うん……。そうだね……」
ルークスに手を引かれて、私は大通りを後にした。
それから、露店で香り高い果物を幾つか購入して、侯爵家のお屋敷へと向かう。
門番は私たちの顔を確認したら、問答もなく中に入れてくれたよ。
メイドさんに案内して貰って、私たちはスイミィ様の部屋に到着する。
少し前まではベッドしかない部屋だったけど、今は椅子とテーブル、それから大量のぬいぐるみが置いてある。
丸みを帯びたものが好きみたいで、丸っこいぬいぐるみばっかりだね。
「……姉さま、おひさ」
「最近は毎日会っているのに、毎回その挨拶ですね……」
迎え入れてくれたスイミィ様と言葉を交わしてから、私はベッドの横に座っているフィオナちゃんと目を合わせた。
「もうっ、アーシャったら! そんなに心配そうな顔するんじゃないわよ!」
彼女はきちんと笑ってくれたので、今日も問題ないみたい。
なんの問題かって、今も眠ったままのシュヴァインくんのことだよ。
ソウルイーターに一度は殺された彼だけど、スイミィ様がスキル【生命の息吹】を使って、自分の命の半分を譲渡してくれたから、息を吹き返したんだ。
でも、未だに目を覚まさないから、この部屋のベッドを借りている。宿屋に連れ帰っても良かったんだけど、スイミィ様がどうしても面倒を見たいって。
彼女にとって、シュヴァインくんは死の運命を覆してくれたヒーローだからね。彼を見つめる瞳がどこか熱っぽくて、ラブコメの波動を感じてしまう。
ちなみに、スイミィ様が【生命の息吹】を取得した理由だけど、いつか自分が殺されることを知っていたから、そうなる前に母親に命を譲渡して、生き返らせたかったみたい。
でも、お墓を荒らすことを躊躇って、命の譲渡は結局しないままだった。
スイミィ様は誰にも相談せず、宝物庫に忍び込んでスキルオーブを使ったから、彼女が【生命の息吹】を取得していることは、本人以外に誰も知らなかったよ。
そんな訳で、ニュート様と侯爵様が、とても驚いていた。
……驚いたと言えば、私は侯爵家の親子関係に驚いた。
ニュート様は美少年で、スイミィ様は美少女。それなのに、父親の侯爵様が……その……まぁ、リリア様がよっぽど美人だったのかな。
話を戻そう。シュヴァインくんはこの部屋に泊めて貰って、スイミィ様が彼の面倒を見ている。
こうなると、フィオナちゃんが黙っているはずもなく、彼女もこの部屋に泊めて貰っているよ。スイミィ様と一緒に、甲斐甲斐しくシュヴァインくんのお世話をしているんだ。
私は今まで通り、自分のお店で寝泊まり。ルークスとトールも今まで通り、宿屋で寝泊まり。それで毎日、お屋敷へと足を運び、シュヴァインくんの様子を確かめに来ている。
「色々な果物を買ってきたよ。この匂いで、起きてくれないかな?」
「シュヴァインの食い意地を考えると、普通にあり得そうね……。鼻に近付けておくわ」
フィオナちゃんは私から果物を受け取って、至極真面目な表情で有言実行。すると、早々にシュヴァインくんのお腹が鳴った。
まだ起きてくれないけど、みんなの笑みが零れる。
それから、フィオナちゃんが私とルークスの背後に誰もいないことを確認して、小首を傾げた。
「ところで、トールはどうしたのよ?」
「トールなら冒険者ギルドの練習場を借りて、バリィさんに指導して貰っているんだ」
ルークスが肩を竦めてそう答えると、フィオナちゃんは盛大に頬を膨らませた。
「あいつぅ……!! シュヴァインのお見舞いにこないなんて、友達甲斐のないやつね!」
トールは貪欲に強さを求めて、早朝からバリィさんのところへ押し掛けていた。
バリィさんは戦士じゃないし、職業的には後衛の人なんだけど、それでも大ベテランの冒険者だからね。トールが学べることは、いっぱいあるみたい。
ソウルイーターが討伐された後、みんなはすっかりバリィさんに懐いちゃった。
彼もみんなの勇気ある行動を称賛して、随分と気に入ってくれたらしい。同じ孤児院出身の冒険者だし、あっという間に仲良くなっていたよ。
全くもう、私のバリィさんなのに!
私が内心でプリプリしていると、スイミィ様が一冊の絵本を持ってきて、みんなの前で広げて見せた。
「……これ、見て。……これで、シュヴァイン、目が覚める」
その絵本の内容は、悪い魔女の呪いで永遠の眠りに就いたお姫様が、イケメンな王子様の接吻で目を覚ますという、なんともベタな童話だった。
フィオナちゃんはこれを熟読した後、小さな溜息を吐く。
「はぁ……。これは参考にならないわよ。王子様はシュヴァインで、あたしがお姫様でしょ? 役割が逆じゃない」
「……分かった。フィオナ、見てるだけ。……スイが、やる」
スイミィ様は無表情なまま、すたすたとシュヴァインくんの枕元に移動して、ムチューっと熱烈な接吻をキメた。
もうね、傍から見ているだけでも、愛情がたっぷりだって伝わってくるよ。
ルークスにはまだ早いから、私は彼の目を両手で塞いでおく。
……そういえば、私って中身はアラサーなのに、ファーストキスすらまだなんだよね。どうしよう、五歳児に大きく先を行かれちゃったよ。
三十秒ほど、時間が止まったかのような接吻が続いて──スイミィ様はようやく、むふーっと満足げに唇を離した。
シュヴァインくんの瞼が少しだけ動いて、頬が赤くなっているから、愛情が特効薬になったのかもしれない。
ここで、あんぐりと口を開けながら硬直していたフィオナちゃんが、慌ててスイミィ様を押し退ける。
「──ッ!? こ、この泥棒猫っ!! あたしを差し置いて!! シュヴァインにキスしてんじゃないわよっ!!」
「……フィオナ、文句言った。……ばいばい」
「あたしは役割が逆だって指摘しただけでしょ!? キスなら幾らだってしてあげるんだからっ!!」
スイミィ様との接吻を上書きするように、フィオナちゃんがシュヴァインくんの唇に吸い付いた。それはもう、タコみたいに、ブチューーーっとね。
私は一体、何を見せられているんだろう?
正気度が削られていくから、止めに入りたいんだけど……シュヴァインくんの鼻息が、興奮気味に荒くなった。なんか、このまま本当に目覚めそうだよ。
結果良ければ全て良し、と自分を納得させて見守っていると、フィオナちゃんが手招きして私を呼び寄せる。
「ほらっ、早く来て! 次はアーシャの番よ!!」
「え……えぇっ!? 私も!?」
「当たり前でしょ!! これでシュヴァインが、目を覚ますかもしれないんだからっ!!」
接吻をする人が増えると、シュヴァインくんの目覚めが早くなるの?
そんなことないと思う……って、言いたいんだけど、フィオナちゃんとスイミィ様の目がマジだ。断ったら、何をされるか分からない。
私が眠れる子豚の王子様に目を向けると、彼の唇がタコみたいに突き出された。
……あのさ、もう起きてるよね? 蹴飛ばして良いかな?
「うーん……。よしっ、ルークス! やってあげて!」
「う、うん? やってあげてって、オレがシュヴァインにチューするの?」
「そうだよ。だって、絵本の王子様は男の人だからね。ルークスのチューの方が、絶対に効果あるよ」
「ああ、そっか。確かにそうだね! 分かった、任せて!」
ルークスは仲間を助けたいという一心で、キリッとした表情をしながら、自分の唇をシュヴァインくんの唇に近付けた。
そして──二人の唇がくっ付く直前、シュヴァインくんが目をカッと見開いて飛び起きる。
「お、起きた!! ボクもう起きたよ!! だからキスはいらないよ!!」
「良かった。これで駄目なら、トールの唇の出番だったからね」
「し、ししょぉ~~~!!」
私の無慈悲な計画を聞いて、シュヴァインくんが泣きながら縋り付いてきた。それだけはやめて欲しいって顔だね。
そんな彼に、フィオナちゃんとスイミィ様が大喜びで抱き着く。
接吻はしてあげられないけど、私も抱き着くくらいはしてあげよう。
これで本当に、一件落着だよ。
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