第64話 レベルアップ

 

 私がローズの正面に出した複合技、新・壁師匠。

 それは、女神アーシャの姿がレリーフになっているという、純白の土壁だった。

 大きさや厚みは普通の【土壁】と同程度だから、迫りくる業火の熱線を前にすると、かなり頼りなく見える。


 それでも、賽は投げられたよ。


 業火の熱線が新・壁師匠に直撃して、瞬く間に表面から灰塵へと変えられていく。しかし、新・壁師匠の灰塵になった部分は、瞬時に修復され続けた。

 これは多分、【土壁】に対して【再生の祈り】のバフ効果が、適用されているんだと思う。


 生物以外には効果がなかったのに、複合技ならこんなことも出来るみたい。

 削られては修復して、削られては修復して、ずっとそれを繰り返しながら、新・壁師匠は業火の熱線を受け止めている。


 周辺に散った熱はバリィさんの結界で防げているから、私が気にしなくても大丈夫。後はこの攻撃さえ、凌げれば……っ!!


 なんとかなると思ったけど、ドラゴンは自分の十八番の攻撃を受け止められて苛立ったのか、私に敵意を向けながら火勢を強めた。

 そのせいで、新・壁師匠の修復速度が追い付かなくなってしまう。


「さっきまで見向きもしなかったくせに……っ、このおおおおおおおおッ!!」


 敵意を向けられた恐怖で、気を失いそうになったけど、怒りの感情で塗り潰す。

 私は路傍の石ころなんかじゃない!! やれば出来るアーシャだよ!!

 他力本願なんてクソ食らえ!! この攻撃は、私が絶対に止めてやるッ!!


「アーシャよ!! その壁を追加で出せたりせんのかっ!?」


「あっ、で、出来るかも!!」


 ローズに問い掛けられて、私はすぐに新・壁師匠を追加で出そうと試みた。

 その結果、二重、三重と出すことに成功して、業火の熱線を見事に防ぎ切る。


「や、やったのじゃ!! 見たかドラゴンめ!! 妾の家族の底力を侮るでないぞっ!!」 


「ちょっ、やめてやめて! 挑発しないで!」


 ソウルイーターというか、ドラゴンに向かってローズが中指を立てたので、私は慌ててその手を下ろさせた。

 そんな下品なハンドサイン、どこで覚えてきたの?

 ドラゴンが激怒するんじゃないかと、私がビクビクしていると──ソウルイーターの内側から覗くドラゴンの瞳が、『ぐぬぬ……』と悔しがるように細められた。


 次の攻撃がくる!? そう思って身構えたけど、不意に奴の瞳が街の方へ向けられて、新たな獲物を見つけたと言わんばかりに、大きく見開かれたよ。

 そして、ドラゴンが私たちを一瞥した後、ソウルイーターは身体を引き摺りながら、再びサウスモニカの街へ向かって歩き出す。


「むっ!? わ、妾を諦めたのじゃ……!! 簡単には食べられないと、判断したのかの……?」


「だとしても、街へ向かう意味が……いや、もしかして……簡単に食べられそうなドラゴンの一部が、街にあるってこと……?」


 私は嫌な可能性に思い至って、頬を引き攣らせた。

 ローズは神妙な表情で頷き、更に嫌な可能性を付け加える。


「その可能性が大きいのぅ……。それを食べて、ぱわーあっぷしてから、今度こそ妾を食べようという魂胆かもしれん……」


 私とローズは憶測を重ね合って、震えながら頭を抱えた。

 街を守るために、あの魔物を連れ出したのに、これじゃあ色々と水の泡だよ。

 ここで、ようやく回復したバリィさんが立ち上がる。


「それを許す訳には、いかないよな……。パワーアップなんてされたら、いよいよ手に負えなくなっちまう」


「な、なら、どうすれば……」


「どうもこうも、阻止するしかない。気合を入れろ! 行くぞ相棒!!」


 立ち止まっていても、事態は好転しない。

 あの街には仲間たちがいるし、育ての親であるマリアさんだっているんだ。

 見捨てられないなら、行くしかない。やるしかないよね。


 私たちは覚悟を決めて、再びバリィさんの【移動結界】に乗り、ドラゴン入りのソウルイーターの後を追った。

 奴は付いてくるなと言わんばかりに、後方の私たちに業火の熱線を連発してくる。

 その度に新・壁師匠で防ぐも、途中で私の魔力と集中力が切れそうになったので、休憩を余儀なくされてしまった。


「すみません……。前よりも、沢山スキルを使えているんですけど……これ以上は……」


「謝らなくていい。相棒は本当に、よくやってくれているぞ」


 バリィさんに頭をポンポンされて、私は少しだけ肩の力を抜く。

 それから、彼に貰った青いポーションを飲み干した。中級ポーションは品切れみたいで、下級ポーションだったよ。

 初めて飲んだ青いポーションは、目玉が引っ繰り返るほど不味かったけど、文句は言わない。


 休憩時間は三分程度で、私たちは再び移動を開始する。

 ソウルイーターの背中が随分と遠ざかっているから、私は焦燥感に駆られた。

 バリィさんを急かそうと思って、顔を見上げると──彼は決戦に備えて、心を落ち着かせていたよ。


「……やっぱり、凄い人ですね」


 私は思ったことをボソッと呟いて、深呼吸を繰り返す。

 バリィさんだってマリアさんが心配だろうし、全速力を出していない訳がないんだ。今は焦っても仕方がない。落ち着いて、少しでも心身を回復させよう。


 ──道中、ふとバリィさんが自分のステホを確認して、口角を上げながらガッツポーズをする。


「っし、ようやく届いた……ッ!! これなら、なんとか出来るかもしれない!!」


「届いたって、どういうことですか?」


 私が質問すると、彼は自慢げにステホを見せつけてきた。

 普通は自分のステホって、他人に見せたりしないんだけど、私は以前にも見せて貰ったことがある。


 バリィ=ウォーカー 結界師(60)

 【対物結界】【対魔結界】【迷彩結界】【消音結界】

 【移動結界】【反射結界】【規定結界】


 私は思わず目を見張り、バリィさんが笑みを深くする。


「見ての通り、レベル60に届いたんだ。多分、自分の限界を超えて、七重の結界を張ったタイミングでな」


「す、凄い……!! ローズクイーンを倒したのがつい最近で、あのときはまだ、レベル53でしたよね? レベルが上がる速度、尋常じゃない気がします……」


「あの後も、幾つか修羅場を潜ったんだ。相棒の支援スキルのおかげで、かなりの無茶が出来たからな。レベル上げが捗ったぞ」


 バリィさんはローズクイーンを倒して、レベル51→53になったはずだから、そこからレベル60に持っていくのに、一体どんな修羅場を潜ったのか……。

 ちょっと想像が付かないけど、彼には彼の大冒険があったんだろうね。


「バリィよ、彼の魔物を相手に、何が出来るようになったのじゃ? 何かこう、切り札になるスキルでも手に入れたのかの?」


「ああ、その通りだ。新しく取得したスキルが、大いに役立つぞ」


 バリィさんがレベル60の大台に乗ったことで、新たに取得したスキル──その名も【規定結界】。

 これは、内部の空間に新たな法則を追加する結界で、この法則はなんと、自分で設定出来るらしい。結界師が取得出来るスキルの中で、一番の大当たりだと思う。


 ただし、追加する法則は一度決めると、生涯変更することが出来ない。

 私の【魔力共有】に追加されている特殊効果と、似たようなものだね。

 バリィさんの新スキルの説明を聞いて、私とローズは瞳を輝かせる。


「そのスキルがあったら、ドラゴンだって敵じゃないですね!」


「魔物の寿命が急速に減っていく法則とか、どうかの!? あるいは、魔物の首が勝手に捻じ切れる法則とか!! そういう殺傷力が高い法則にするのじゃよ!!」


「いや、命を直接奪えるような法則はなしだ。法則の内容次第で、消耗する魔力量が決まるから、余りにも強力な法則にすると、使い物にならなくなる」


 【規定結界】には面倒な制約があったけど、それでも切り札になるスキルなのは間違いない。

 三人で案を出し合った結果、『ドラゴンの気力が湧かなくなる』という、怠惰の法則にすることが決まった。

 対象をドラゴンに限定することで、魔力の消耗を抑えてあるよ。


「──あっ、そういえば!」


 私はポンと手を打って、重要なことを思い出す。

 私が支援スキルを掛けた人が戦闘を行うと、私も戦闘に貢献したことになって、レベルが上がるんだ。

 貢献度は実際に戦っていた人よりも低いから、貰える経験値も少ないけど……バリィさんが私の支援スキルに頼っていたなら、期待してもいいはずだよね。


 最近、自分のレベルを確認していなかったから、今のうちに見ておこう。


 アーシャ 魔物使い(16) 魔法使い(30)

 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】

     【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】

 従魔 スラ丸×3 ティラノサウルス ローズ ブロ丸

    タクミ


 魔物使いのレベルが14→16で、魔法使いのレベルは12→30だよ。

 後者が予想以上で驚きだ。レベル30って、大人の平均レベルだったはず……。

 私の年齢で、このレベルに到達している人は、早々いないと思う。


 魔法使いのスキルを使って支援することが主だから、そっちのレベルばっかり上がったんだろうね。

 こんなにレベルが上がったことは、とても喜ばしい。けど、一つだけ不満がある。


「魔法使い(30)って表記、物凄く嫌かも……」


 これだとレベルじゃなくて、年齢の表記に見えるんだ。こんなのもう、他力本願のアラサーメイジだよ。

 ……気を取り直して、新しく取得した二つのスキルを確認しよう。


 魔法使いのレベルが20のときに取得した【微風】。これは、アムネジアさんが持っていた外れスキルだね。

 微かな風を吹かせて、矢を少しだけ遠くに運んだり、暑い日に涼んだり、一応はちょっとした支援スキルという扱いになる。


 【他力本願】の効果で強化されているから、本来であれば扇風機の『弱』くらいの風量だけど、それが『強』くらいになっていた。

 まぁ、それでも立派な外れスキルだ。

 重要なのは追加されている特殊効果で、この風を浴びた対象は、精神の乱れが緩和されるみたい。つまり、鎮静効果だね。心が弱い私にとっては、非常に有難い。


 お次は、魔法使いのレベルが30になってから取得した【風纏脚】。読み方は『ふうてんきゃく』かな。

 これは任意の対象の脚に風を纏わせて、走る速度を一時的に上げてくれるスキルだよ。


 【他力本願】の効果によって、移動速度と持続時間が伸びている他、宙を蹴って跳躍出来るという特殊効果まで追加されている。

 バリィさんにこれらを説明すると、大喜びしてくれた。


「そりゃ凄いぞ!! 【風纏脚】は文句なしの大当たりだ!! それさえあれば、軍属でも貴族のお抱えでも、一生重宝して貰えるからな!」


「軍属も貴族のお抱えも嫌ですけど、大当たりなのは嬉しいですね。……ちなみに、【微風】の方は?」


「文句なしの大外れだな。それを引き当てると、地域によっては呪いだなんだって騒がれるほどだ」


 天国と地獄かな? まさか、呪いとまで言われるとは思わなかったよ。

 でもまぁ、夜間の照明として役に立つ【光球】ですら、外れスキルとして扱われているんだもの。役に立つ機会がそれ以上に少ない【微風】なんて、呪い扱いでも納得しちゃうね。

 

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