第63話 複合技
──私たちはバリィさんのスキル【移動結界】に揺られて、街の外まで移動する。ソウルイーターはこちらの思惑通り、その巨躯を引き摺りながらも、しっかりと付いて来たよ。
奴の体内から、ローズのことを獲物として見据えているドラゴン。その威圧感が凄まじくて、バリィさんも冷や汗を掻いているけど、彼の口元には挑戦を楽しむような笑みが浮かんでいた。
頼もしいやら呆れるやら、私はちょっと複雑な気持ちだ。
「バリィさん、時間稼ぎをするって言いましたけど、本当にどうにかなるんですか?」
「なる、と思いたいな……。この威圧感は確かに、ドラゴンのものなんだろうが……あっちはどう見ても本調子じゃないんだ。守りに徹すれば、やってやれないことはないさ」
警戒するべきは、腹部を突き破って露出しているドラゴンの顎だけで、それ以外は瀕死のソウルイーターが振るえる程度の力しか持っていない。これが、バリィさんの見解だね。
街の外へ出ると、ソウルイーターが流している溶岩のような血液が、湿地帯の水面にドバドバと落ちて、断続的な爆発を引き起こした。
瞬く間に周辺が水蒸気に包まれて、私たちの視界が悪くなる。
そして──巨大な鎌が、宙を切り裂く音が聞こえた。
「バリィさん!! 避けてっ!!」
「あいよ! 奴のスキルは把握済みだ!! 任せとけって!!」
ソウルイーターのスキル【斬鉄剣】は、防御力を無視するんだ。私はそれを知っているから、バリィさんに鋭い声を飛ばした。
でも、これは余計なお世話だったみたい。バリィさんは私と合流する前に、きちんとソウルイーターのスキルを調べていたらしい。
彼は結界を自由自在に移動させることで、斬撃を淀みなく躱す。更に、ソウルイーターの腕の関節部分を複数の【対物結界】で拘束し、身動きを封じようとした。
以前よりも【移動結界】の速度が増していて、【対物結界】を置ける距離が伸びている。多分だけど、その強度もね。
しかし、それで稼げた時間は僅か三秒ほど。いくら関節を押さえても、あの巨躯を完全に封じ込めることは出来そうにない。
「見事なのじゃ! 三秒も稼げるなら、上出来と言う他ないのぅ!」
ローズが手を叩いて、バリィさんを励ますように称賛したけど、彼はあんまり嬉しそうじゃない。
「確かに上出来なんだが、これじゃあ半日も持たないな……。回避に徹した方が良さそうだ」
バリィさんがこの戦闘で使う主な結界は、強度が低いけど自由に動かせる【移動結界】と、動かせないけど物理攻撃に滅法強い【対物結界】の二つ。
三秒だけ時間稼ぎが出来たのは後者のおかげだけど、敵の攻撃を回避出来るなら、前者の方が断然燃費は良い。
ソウルイーターの鎌は一本しか残っていないから、バリィさんであれば時間稼ぎは容易いのかもしれない。
ドラゴンの顎が一番怖いけど、これはソウルイーターの真正面に陣取ることで、対策出来ているはず……。
私がそんなことを考えている間に、バリィさんは街にこれ以上の被害を出さないよう、更なる誘導を始めたよ。
「騎士団の人たちと戦っていたときより、ソウルイーターの攻撃に勢いがないです! やっぱり弱ってる!」
「そうか、そりゃそうだよな。これなら楽勝か!」
私が思ったことを口に出すと、バリィさんは早くも勝った気になった。
長期戦になるんだから、変に気負って精神力を擦り減らすよりも、これくらい気楽な方が良いんだろうね。
私も彼を見習って、気楽になれるようスラ丸をプニプニしていると、ソウルイーターが新しい手札を切った。
振り上げた巨大な鎌に風を纏わせて、それを振り下ろす。
すると、その軌跡をなぞるように、無数の大気の渦が発生し、それらが回転する風の刃となって放たれた。
面を制圧する攻撃だから、回避出来る隙間がない。
「おいおいっ、随分と規模が大きい【鎌鼬】だな!?」
「ひえええぇぇぇっ!! バリィさんっ、防御!! 防御して!!」
そのスキルは人間が使った場合、無数の掠り傷を相手に負わせるという、牽制技になるらしい。
でも、ソウルイーターが使うと訳が違う。一つ一つの風の刃に大きな殺傷力があるのは、どう見たって明白だよ。
バリィさんは驚愕しながらも、私に急かされて【対物結界】を六重に展開した。
これが、レベル50を越える結界師の全力の防御だ。
「規模は大きいが、このスキルなら耐えられるッ!!」
【鎌鼬】は、防御力を無視するスキルじゃない。ソウルイーターが使える他のスキルと比べると、命中率が高い分だけ威力は低いだろうから、バリィさんの表情にはそれなりの余裕がある。
私は彼を信じて、少しだけ平静を取り戻した。けど──信じ難いことに、六重の結界がペラペラの紙みたいに、呆気なく切り裂かれてしまう。
最初に結界を切り裂いた風の刃は、私の真横を通過したよ。
「ば、バリィさんの嘘吐きぃ!!」
思わず泣きながら非難しちゃったけど、バリィさんは自分が装備していた黒いマントを使って、【鎌鼬】に対処してくれた。
なんの変哲もないマントに見えたけど、私たちに直撃するはずだった幾つかの風の刃が、その裏地に吸い込まれていく。
「あっぶねぇ……!! 今のは複合技か!?」
冷や汗を拭うバリィさんの口から、聞き慣れない言葉が出てきた。
「ふ、複合技ってなんですか!? 結界が紙切れみたいになっちゃいましたよ!?」
「複数のスキルを同時に使って、それらを練り合わせる技だ……!! あの魔物っ、【鎌鼬】+【斬鉄剣】で、俺の結界を切り裂きやがった……ッ!!」
複合技はとんでもない高等テクニックで、バリィさんでも出来ないことらしい。
もしも習得出来れば、【移動結界】+【対物結界】で、移動する対物結界を作れたりするみたい。
ソウルイーターはただでさえ強大なのに、次から次へと新しい強みを持ち出してくる。もういい加減、この理不尽に押し潰されそうだ。
「バリィさんっ、覚醒してください!! 秘めたる力を解放してパワーアップしないとっ、敵のインフレに付いていけません!!」
「悪いが覚醒なんて残してないぞ!! 今の俺がッ、正真正銘の!! 全力全開だッ!!」
バリィさんは私の期待を裏切り、再びソウルイーターの攻撃に対処していく。
【火炎斬】は普通に回避すれば、結界が熱波を防いでくれるから、なんの問題もない。やっぱり、回避出来ない【鎌鼬】が問題なんだ。
バリィさんは黒いマントに、回転する風の刃を吸収させているけど、このマジックアイテムも無敵じゃない。吸収させればさせるほど、マントが徐々に朽ちていくから、限界があるんだと思う。
こうなったら、私が覚醒するしかない!
試しに、複合技とやらを使うべく、意識を集中させてみた。
──心の奥底に、一つのイメージが浮かび上がる。前世の私と今世の私が、手を取り合って一緒に歩いている。そんなイメージだよ。
何かを掴んだ気がして、今この場で【再生の祈り】+【光球】を使ってみると、
「あっ、出来た」
拳大の光球の中に、デフォルメされたチビ女神のアーシャが入っているという、謎の複合技を簡単に使うことが出来た。
普通の【光球】とは違って、その輝きは神々しく見える。
「……あの、バリィさん。出来ましたけど」
「いやいやいやっ、そんな馬鹿な!? 俺は何年も頑張って、切っ掛けすら掴めていないんだぞッ!?」
私の報告を聞いて、バリィさんが愕然としていると、彼の頭をローズが蔦で引っ叩く。
「馬鹿は其方じゃ!! 今はそんなことを気にしている場合ではない!! 自分の腕を見よ!!」
そう言ってローズが指を差したのは、バリィさんの左腕なんだけど……肘から先が、なくなっていた。滴る血を目で追うと、結界の床に片腕が落ちている。
黒いマントで私とローズを守ることを優先して、自分に飛んでくる風の刃の対処を疎かにしたっぽい。
バリィさんは肩を竦めてから、特に気にした様子もなく、ソウルイーターの相手を続行する。
「慌てるな、相棒の支援スキルが掛かっているんだ。この程度なら、全く問題ない」
彼の流血はすぐに止まって、にょきっと腕が生えてきた。
【再生の祈り】によるバフ効果だろうね……。ここまでの部位欠損が治る様子は、初めてみたよ。
「め、滅茶苦茶じゃのぅ……。彼の魔物の複合技とやらは不味いが、バリィのマントとアーシャの支援スキルがあれば、どうにかなるかの……?」
「いや、このマントを当てにするのは厳しいぞ。これはスキルによる遠距離攻撃を吸い込んでくれるが、許容量を超えると自壊しちまうからな」
ローズはバリィさんのマントに期待していたけど、当てにならないと分かって落胆した。そんな私たちの会話なんて気にも留めず、ソウルイーターは鎌を振り回し続ける。
「バリィさん、マントがなくなった後の対策とかって……」
「大きく距離を取って、逃げるしかないが……空を飛ばれたら、追い付かれるんだよな……。相棒の複合技で、どうにかなったりしないか?」
「うーん……。これがどういうスキルになっているのか、分からないので……なんとも……」
チビ女神が入っている光球──略して『女神球』は、効果不明の代物だった。ステホで撮影しても、なんの情報も出てこない。
この神々しい光に、なんらかの効果があるのかと思って、私たちを照らしてみたけど……全員が釈然としない様子で首を捻る。
「心地よい光なのじゃが、それだけかの?」
「ああ、何かが変わった感じはしないな……っと、ヤバい!! このマントで炎は吸収出来ないんだ!!」
私たちの視線の先で、ソウルイーターは鎌を高々と振り上げて、そこに炎と風を同時に纏わせた。
【火炎斬】+【鎌鼬】の複合技だと思うけど、そこに【斬鉄剣】まで加わっている可能性があるから、どうにか回避するしかない。
慌てたバリィさんはなんの相談もなく、いきなり【移動結界】を消して、みんなで自由落下することを選んだ。
「──ッ!?」
「のじゃああああああああああああああああっ!?」
怖過ぎて声が出ない私と、大声で悲鳴を上げるローズ。
そんな情けない私たちを小脇に抱えたバリィさんが、自分の足元に複数の結界を直列させて、斜め下に向かって配置した。
それは滑り台の役割を果たして、私たちはソウルイーターの股座に滑り込む。
奴の真下は、溶岩のような血液が降ってくる灼熱地獄だったけど、バリィさんが即座に結界で私たちを囲い、どうにか難を逃れたよ。
ソウルイーターは一拍遅れて、私たちがいなくなった真正面の空間に、炎を纏った無数の風の刃を放つ。
「せ、セーフ……っ!! 死ぬかと思ったぁ……!!」
心臓が口から飛び出しそうになっている私は、額から吹き出る汗を拭おうとしたけど、その程度の暇すら貰えないみたい。
「ああクソっ!! これは聞いてないぞ!?」
バリィさんが頭上にあるソウルイーターの下腹部を睨み付けて、先ほどよりも更に焦った声色で悪態を吐いた。
私とローズも釣られて、頭上を確認すると──熱エネルギーで形成された一本の巨腕が、ソウルイーターの下腹部を内側から突き破り、私たちに伸びてくるところだった。
その巨腕は爬虫類のものっぽくて、四本の指からは凶悪な爪が伸びている。
きっと、これはドラゴンの腕……。私たちなんて、この腕の大きさと比べたら、豆粒みたいなものだ。
「ば、バリィさん!! なんとかしてえええええぇぇぇぇッ!!」
「言われなくてもやってやるッ!! やるしかないからなぁッ!!」
他力本願でごめんだけど、私はバリィさんに縋り付いた。
彼は両手を頭上に突き出して、【対物結界】を重ねていく。
その数、なんと合わせて七枚。六重の結界までしか張れなかったはずなのに、この土壇場で自分の限界を一つ超えたみたい。
その代償に血管が千切れて、目と鼻から血を流すことになっているけど、これはすぐに止まったよ。どうせ再生するんだから、自傷なんて気にせず力を振り絞って貰いたい。
ドラゴンの手は結界を掴み、そのまま握り潰そうと力を籠め始めた。
ミシミシと、結界は嫌な音を立てて、少しずつ罅が入っていく。
「ぐっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ──ッ!!」
バリィさんの気炎に呼応するように、結界が強度を増した気がする。
そうして、二十秒は耐え凌いだところで──突然、ドラゴンの腕が撓り、結界ごと私たちを乱暴に投げ捨てた。
結界内でみんな一緒にシェイクされている最中、バリィさんの『やべぇ……ッ!!』という呟きが聞こえてきたよ。
そして、最悪の状況はすぐに訪れる。
私たちが入っている結界が、ソウルイーターから離れた場所に転がって、ようやく停止したとき──奴の腹部から飛び出しているドラゴンの顎が、こちらに向けられていたのだ。
「ば、バリィさぁん……!!」
「うっ、ぐぅ……っ」
バリィさんは意識が朦朧としているのか、なんとか立ち上がろうとしているけど、上手くいかないみたい。
結界内でのシェイク中、彼は私とローズの頭部を守るために、両腕で抱き締めてくれていたから、自分の頭部を守れなかったんだ。
限界を超えた分のダメージもあるから、再生がやや遅い。
「アーシャっ!! 妾の後ろに!!」
ローズが私の前に立って、【竜の因子】を使った。頭に赤い角、肩や背中に鱗が生えて、彼女の上半身が竜人になる。
これで、火が弱点ではなくなり、全ての能力が五割増しになった。けど、その程度でドラゴンの業火を受け止められるとは、到底思えない。
このままじゃ、みんな死んじゃう……っ!! 誰か助けて!!
私は心の中で、そう叫ぶのと同時に、自分自身の頬を引っ叩きたくなった。
ああもうっ、誰かじゃないんだ!! 私がどうにかしないとッ!!
私はやれば出来る子だって、前世のお母さんが言ってたよ!!
なんとか自分を奮起させて、過去に類がないほど頭を回転させる。
そして、一つだけ閃いた。【再生の祈り】+【土壁】の複合技だ。
これでどうにか出来る確証はないけど、やるしかない。壁師匠を信じよう。
「──出でよっ!! 新・壁師匠!!」
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